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この作品「元の世界に帰りたい! 第4話 前編」は「一次創作」「ファンタジー」等のタグがつけられた作品です。
元の世界に帰りたい! 第4話 前編/レジェメントの小説

元の世界に帰りたい! 第4話 前編

6,428文字13分

異世界に飛ばされた男の子が頑張って元の世界に帰ります。

注意事項などは第1話の説明文を参照してください。

2022年8月29日 14:21
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 優莉、ニーナ、フレー、アリー、ユキの5人は賢者の山に向かっていた。フレー達の拠点があった国を出発してから約2週間が経過している。

 基本的に歩いて移動したが、険しい道や通れない場所はユキのブックヴァレットを使って飛び越した。そのため、以前よりも移動は格段に楽になっていた。
 5人は、道中にある珍しい木の実を採ったり獣を狩ったりして、寄った町でそれらを売った。得たお金は必要な物の購入や宿泊、街で遊ぶのに使っている。街で遊ぶ必要は本来無い。できればさっさと進んだ方が良い。しかし、ニーナに世の中を体験してもらうため、旅が長引かない程度に滞在し楽しんだ。

 ニーナは優莉達との会話や街での体験もあってか、常に存在していた警戒感が薄れて最初より話すようになった。表情もだいぶ和らいだように見える。優莉は、彼女が良くなっていく姿を見て心底安心した。
 優莉はニーナにも"自分が別の世界から来た"という事を話したが、その時のユキとフレーの提案で、現在は途中知り合った人がいても優莉の事情は濁している。「話すと面倒くさいから」という理由だった。普通の人には別世界の存在など理解し難いのだから当然の判断だろう。


 そして優莉達は今日も、立ち寄った町で収穫物を売ろうとしていた。





「・・・あれ?」
「どうしたの、ユーリ」
「いや… ちょっと」

 広場を横断していると、優莉はある音が聞こえたような気がした。初めは人々の声や生活音が作り出した空耳かと思ったが、歩き続けると音は徐々にはっきりしてくる。それは、優莉には聴き馴染みのある音色だった。フレー達も気付いて話す。

「あ~、これは楽器の音ですね」
「向こうで演奏してるのかな?」
「行ってみていい?」
「行ってみましょう」

 5人は演奏の聞こえてくる方に向かった。


 広場を抜けて少し進むと、そこでは管楽器がメインの路上演奏会が行われていた。演奏されていたのは、優莉の元居た世界では聞かない旋律のごちゃごちゃしたよく分からない曲。しかし雰囲気は楽し気で、通りがかる人々を楽しませていた。



 優莉は気になっていた音色を発する楽器を見つけて驚愕する。

(えっ!? あれトロンボーンじゃん!)


 その楽器は、前後に長い金属の管楽器で、ベルが奏者の頭の横に位置し、管をスライドさせて音を変える、どう見てもトロンボーンだった。
 優莉は金管楽器の音が気になって演奏を見に来たが、まさか元の世界にある楽器と遭遇するとは思ってもみなかった。他の楽器も確認するが、ちらほら元の世界の楽器と似た物はあっても、このトロンボーンほど断定できる物はなかった。

「あの、あの楽器…」
「あの楽器がどうかしたんですか?」
「僕が吹奏楽部で吹いてたトロンボーンってあれ!」
「ええ?」

 優莉の発言にユキとアリーは戸惑う。

「あの楽器見た事ないですね…」
「金属管でできた楽器って珍しくない?」
「いや、あるにはあるけどあんなに長く大きいのは初めて見た」
「ホントに同じ楽器なの?」
「細かい所は微妙に違うけど絶対そう」
「もしかして… ユーリと同じように別の世界からやってきた?」
「まさか…」
「?」

 フレー達と優莉の会話は、ニーナにはまったく理解できなかった。
 すると、自分を見て騒ぐ優莉達にトロンボーン?の奏者が気付いた。合奏が一段落ついたところで、彼は優莉達に話しかける。


「やあ君達。どうやらこの楽器に興味があるようだね」
「あのっ… それってなんて言う名前なんですか?」
「これは"ベルリス"。うちの店で扱ってる新しい楽器さ。見たこと無いだろう?」
(そりゃトロンボーンじゃないよな…。もしアリーの言うように僕と同じ世界からやって来てたとしても、名前は分かりっこないし…)

「向こうの国のダイナレストってご令嬢が発明したんだよ」
「ダイナレスト家のご令嬢って… ヒメル嬢?」
「あーそうそう」

 フレー達はその人を知っているようだった。

「誰それ」
「ヒメル・ダイナレスト嬢、名家のご令嬢です。稀代の天才と言われていて、魔術、体術、数学、建築学、政治学…など、様々な分野で活躍されています」
「ユキのブックヴァレットやカバンを作ったのも彼女だよ」
「へぇ~すごい」
「ヒメルお姉ちゃん発明家なんです」
「いつの間にか新しい楽器も作られてたんだ。さすが」

 楽器はトロンボーンではなく、この世界で生み出された物だった。優莉は、この世界にもレオナルド・ダ・ヴィンチのような多才な人が居るんだなと感心した。

「もしよかったら吹いてみるかい? ベルリス」

「…いいんですか?」



 持ち方を見せられた後、優莉は楽器を受け取り観察する。金属は銀に少し赤色を混ぜたような色だった。唾を捨てるキーは無い。管は金属管4本からできているようで、取っ手や梁は別の管が溶接されている。ベル後方にちゃんとチューニング用のU字管もある。チューニング管、マウスピース(口を当てるパーツ)は木製だった。

 優莉はマウスピースを拭き、口を当てる。前回吹いてから間が空いているのと、楽器の作りが異なるためか、最初は音を出すのに手こずった。しかし、音が出るようになってから慣れるまでは早かった。

「お~ 上手い上手い。センスあるんじゃないの?」
(同じような楽器をほぼ毎日吹いてたんすよ…)

 事情を何も知らないベルリスの人は優莉を褒めた。


(てかこれ… 第1ポジションの音BベーFエフじゃね?)

 トロンボーンはスライドの引き出した位置と口で出す音を変える。スライドの位置によって出る音はトロンボーンの種類ごとに異なるが、この楽器のスライドを一番縮めた時の音は優莉が元の世界で吹いていたトロンボーンと同じだった。
 確認のため、優莉はド~上のレ~ドの位置を一通り吹く。ピッチ(音高の正確さ)は合わないが、テナートロンボーン同様の音を出すことができた。

(ええ・・・。ま、まあ、同じくらいの管の長さなら同じ音が出るか…)


 夢中になっていた優莉は気付かなかったが、初めて吹くはずの楽器を慣れた手つきで扱い、整った音を出す優莉に、ベルリスの人や他の楽器の奏者達は驚いていた。特にニーナは、初めて見る金管楽器と初めて聞く音楽・音色に強く惹かれている。

 ここで優莉はようやく自分が注目されている事に気付いた。

(うわめっちゃ見られてる! みんなも!)


(…ここは1曲吹いてやるか)

 優莉はいつでも吹けるように個人的に練習していた、あるゲームの曲のサビ部分を吹いた。一発芸だ。曲が始まると同時に周囲は静まり返り、曲が明けると多くの歓声とチップが投げられた。思った以上に盛り上がってしまい恥ずかしくなった優莉は、楽器を返却すると逃げるようにその場を去った。








 5人は持っていた収穫物をようやく市で売り、近くのお店で昼食をとる。話は優莉の吹奏楽部の事で持ち切りだった。


「――あのベルリスみたいな金属の管楽器がたくさんあるの。それと、木管楽器と、打楽器と、良い学校は弦楽器なんかも使って、みんなで演奏する」
「それは華やかそうですね」
「大人数だとね。僕の学校は人数少ないから…」
「でもこの世界の私達が観たらとっても楽しそう!」


「前に見せてくれた"チューナー"って吹奏楽部で使ってるんでしょ?」
「そうそう。楽器の音の高さを合わせるのに」
「でも音の高さの違いなんて普通に聞いて分かりそうです」
「え~っと、同じ音でも微妙に違うことがあって、ピッチって言うんだけど――」


「ユーリが吹いてたのは変わった曲だった」
「あー、ゲームのやつだし…。普通はもっとなんか格式高い曲を吹いたり、歌として作られた曲を吹いたりするんだ」
「たぶん、僕達がユーリの世界の音楽を聴くと全て風変わりに感じますよ」
「そうなのかな…」



「え~っ! 楽しくなかったんですか!?」
「いやだってさぁ… 大変だよ吹部?毎日やるの」

 ここまで意気揚々と皆に語ってきた優莉だったが、吹奏楽部の事はあまり好きではなかった。好きなスポーツが無く部活動見学・体験入部で魅了されて吹奏楽部に入ったものの、大会や演奏会に向けた練習ばかりで楽しいイベントは皆無、家に帰っても宿題に加えてエア練習やリズムをとる練習、他の部員は女子ばかりで価値観の違いから距離が生じ、それなのに欠席が一番少ない事を理由に部長にされた。
 また、優莉は楽しさを見いだせず2年を過ごしてしまったことで、練習不足により他の中学三年生より実力が劣っていた。熱心な後輩の方が上手い。部長であるにもかかわらずこの体たらくである。自治体のイベント等で複数校が集まり同じ楽譜を吹く人がいる時は、トロンボーンだと観客から見て演奏できていないのがバレてしまうため、その楽譜を音階だけでも正しく吹くのに全力を注いだ。そのような取り組み方では上達するはずもなく、結果楽しくなく、優莉は負のスパイラルに陥っていた。

「嫌々やってたんだよ、僕は」
「・・・」
「そんな… さっきの演奏すごく良かったのに」
「それは曲が良いからだよ」



「おーい、ここに居るって~」

 なにやらお店の入口の方が騒がしくなる。気になって見てみると、先程路上で演奏していた人達の一部がぞろぞろお店の中に入ってきて、5人の席の前に集まった。

「みなさんどうかされました?」
「魔導師様、あの~、お願いがあるんですが…」
「はい。なんでしょう」

「その少年を私達に貸してもらえませんかね?」
「え僕!?」


 話を聞くと、この街では3週間後に大きな祭りがあり、そこで優莉が吹いていたような曲を演奏したいらしい。祭りは他の国からも客が来るほどの規模で、そこで立派に演奏できれば楽器・奏楽文化を大勢に広めることができると彼らは考えていた。

「まさか本国から来たベルリス吹きだとは思わなかったよ!」
「い、いやぁ…違うんですけど…」
「ああこれ! さっき君がもらった投げ銭!」
「みなさんがもらってください…」


「すみませんが、私達には彼を賢者様の山まで連れていく使命がありますので…」
「そこを! なんとか、お願いできませんか!」
「う~ん・・・」

「どうですか? ユーリ」
「いやどうって… フレーの他の仕事もあるから僕の件はなるべく早く済ませた方が良いんじゃないの?」

「僕たち魔導師には人々の為に行動する責任があります。より良い演奏技術をもたらして音楽文化の発展に寄与できれば、それも魔導師の本望と言えるでしょう」

 フレーの言葉を聞いて、アリーは困った感じで笑い、ユキは兄が誇らしいというような顔をした。


「3週間後って事は、3週間ここに居るって事ですよね?」
「そりゃそうでしょう」


「…早く元の世界に帰らなくていいの?」

 優莉が悩んでいるとニーナが尋ねる。
 優莉がこの世界にやってきてから2カ月が過ぎようとしていた。優莉の元居た世界で同じ時間が経過していたとしても深刻な長さだ。が、優莉は逆に、それなら追加で3週間伸びても変わらないのではと考えた。今すぐ帰りたいわけではないし、4人との旅も嫌ではなかった。この奏者の人達も喜ばせることができる。

(それに・・・)



「…寝泊まりの場所や食事、人手、楽器や必要経費は用意してくれますね?」
「もちろん惜しみなく用意するよ!」
「いいの? ユーリ」

「大丈夫?」
「これも君の良い経験になるよ」

 気に掛けるニーナに優莉は笑顔で答えた。








 街から少し離れた山際に、演奏の練習で使われている平屋があった。中に案内され演奏のメンバー全員と顔を合わせる。彼らは、楽器職人とその家族や商人達の集まりだった。十数人ほど居る。

 どんな曲を演奏したいか訊くと、彼らは「優莉が吹いたような変わった曲」「とにかく特別な良い演奏をしたい」と答えた。
 優莉は吹奏楽部の楽譜等は捨てずに持っていたが、トロンボーンとユーフォニアムの大会曲の楽譜しか持っていなかった。それを全員で吹いても面白くないので、元の世界のよく覚えている良い曲を脳内で再生しそれを耳コピ・採譜することにした。慣れない優莉には重労働だがやるしかない。1,2分の曲を1曲しか用意できないかもと言うと、彼らはそれで構わないと快く受け入れてくれた。


 優莉が思っていた以上に問題は山積みだった。楽譜の書式を確認すると、楽器・人ごとに記法はバラバラだった。統一された楽譜ではないのだ。それどころか楽譜自体存在しない楽器もある。さらに、ほとんどの楽器で出せる音がオクターブ違いの音など特定のものに限られている事も判明した。ドレミが全て出せるのは、音階にとらわれず自由に音が出せるベルリスと弦楽器だけだった。

 そもそも、この世界にはドレミのような音階の概念が存在しない。楽器の出せる音だけで、または各楽器の出せる音を寄せ集めて演奏にする、というのがこの世界の奏楽のスタンスであり、規格化された音階も楽譜も必要とされていなかった。


 現状を把握しきったところで優莉は椅子に座り、絶望する。

 元の世界の曲を楽譜に起こすだけで大変なのに、耳コピに必要なピアノどころか楽譜やドレミすら無いのだ。環境が違いすぎる。ここからなんとかして皆で元の世界の曲を満足に合奏するなど、不可能に近い。

(この世界にはまだ早いのかも…)

(やっぱり断るか…)





 諦めようとした優莉の目に映ったのは、ベルリスを練習するニーナの姿だった。ベルリスの人に見てもらいながら音を出そうと何度も息を吹き込んでいる。その奥ではユキも、木管楽器の吹き方を教えてもらっていた。


(・・・僕も頑張ろう)


 優莉は、合奏にたどり着くまでの段取りを考え始めた。

 まず演奏する元世界の曲を脳内耳コピ・採譜するのは確定だ。楽譜は五線譜に実音で記せばいいだろう。音部記号は自分がよく知らないので、位置だけト音記号とヘ音記号に合わせる。そして楽譜の読み方を皆に説明する。
 曲は各楽器の出せる音を考慮してパートに分けるので、各楽器の出せる音を先に調べておく必要がある。まさかここにきてチューナーが役に立つとは思わなかった。
 しかし、やはりドレミを出せる楽器がベルリスだけだと合奏は不可能に近い。演奏メンバーの中には楽器職人が居るので、彼らに既存の楽器を改良してドレミが出せる楽器を作れないか打診してみよう。とすると彼らにドレミ…十二平均律の解説をしなければならない。楽譜の読み方の前に、最初に全員へ説明しておくことにする。
 一番の問題は耳コピと採譜だ。耳コピはベルリスでなんとかなりそうだが、できればピアノのような物が欲しい。採譜に至っては、DTM等が無いので作った楽譜がちゃんと曲になっているのかを確認する術が無い。


「どう? 演奏はできそう?」

 考え込む優莉にアリーが話しかけた。

「…ねえアリー。魔術で、人が居なくても楽器を自動で演奏できるシステムとか作れないかな。演奏に使う楽器全部」
「え」

「・・・ちょっと待ってね、兄さん呼んでくる」


「う~ん、まあできない事はないかな」
「楽器ごとに演奏の仕方を記憶する必要があるよね」
「曲を楽譜にするのにどうしても必要なの! お願い!」
「分かりました。やろうアリー」
「うん」



 こうして、優莉達と演奏メンバーの3週間にわたる戦いが始まった。








― 第4話 前編 終わり ―

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