アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

44 / 44

日常回です。
そういえばモモンガさんのあれやこれってどうなってんの?っていう回答回。




6.発散

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんにちは、ツアレニーニャです。

 

 現在私はモモン様に拾われ、モモン様のお屋敷のメイドとして働かせていただいてます。今日でモモン様と出会ってから三日目。私は、自分でも少し恐ろしいと思うくらい幸せな生活を送っています。

 

 

「よい、しょ」

 

 

 真水の溜まったバケツを運ぶだけでもひ弱な私にはそこそこの肉体労働ですが、それが却って嬉しく思ってしまいますね。あの娼館でのことを思い出せば思い出すほどまともな労働なんて……。

 

 

「…………」

 

 

 ふとした瞬間に思い出して、心が濁ることはしばしばです。

 

 病に冒されてボロボロだった私の体は、モモン様の治療によってまるで今までが嘘の様に健康になったのですが、やはり心に植え付けられたトラウマはそうはいかないようですね。今でも外出することを思えば震えが止まらないし、男性と目を合わせることを想像しただけでも鳥肌が止まりません。

 

 私の世界はこの小さなお屋敷と、モモン様ただお一人でいい。

 

 モモン様は私が自立できるまでの期間雇ってくれると言ってくれたのですが、本当は自立なんてしたくありません。いつまでもモモン様のお側に仕えていたい。そう思ってしまうのは、私の贅沢なのでしょうね……。

 

 ……。

 

 ……ううん。そんなことを思って暗くなっている時じゃありません。水に浸した雑巾をめいっぱい絞り、この広い屋敷を隅々まで磨き上げていくのが今日のお仕事。時間は有限なのですから、しっかり働いて少しでもモモン様のお役に立たないと。

 

 

「ツアレさん、今日も精が出ますね」

 

「モ、モモン様……!」

 

 

 ぴしり、と背筋が伸びてしまう。

 振り向けば、私がこの世で最も敬愛する御方が、きらきらと輝いて目に飛び込みました。

 

 頬が僅かに緩んで、上気してしまうのが自分でも分かってしまいます。

 

 私を地獄からお救いくださり、衣食住を与えてくださるばかりか、私をメイドとして雇ってくださった、この世で最も尊く、美しい御方……。

 

 

(モモン様、今日も本当にお美しい……)

 

 

 保護され、初めて拝顔させていただいた時は本当にモモン様を女神かと思いました。しかしその時の気持ちは、今でも同じです。お見かけさせて頂く度に、私はその美しさから零れそうに出る溜息を止めるのに苦労しています。

 

 読み物をしていたのか、モモン様は本日は眼鏡を掛けていらっしゃいます。ゆったりとした貫頭衣をお召しになっているのですけれど、それでもあの御方の美しいプロポーションを隠すことは適いません。

 

 モモン様に名前を呼ばれる度に、私は初恋を覚えた生娘の様な感動を覚えてしまうのです。

 

 ……純潔など、とうの昔に失くしたというのに。

 

 

「仕事に精を出すのは良いですが、休憩はちゃんと取ってくださいね。なにせ、貴女はまだ病み上がりなんですから」

 

「そ……そんな、や、病み上がりなんて、言ってられません……働かせていただけるだけでも……その、恵まれている、のですし……」

 

「ツアレさんは真面目ですね」

 

 

 モモン様は、いつも柔らかな微笑みで優しい言葉を送ってくださいます。こんな一国の淑やかな王女様のような御方が冒険者をされているなんて、本当に嘘のようです。

 

 

「ツアレさん、今日のランチメニューはなんでしょうか?」

 

「き、今日は……シチューが、シチューを作ろうと、思います」

 

「それは楽しみです。ツアレさんの料理は美味しいですからね」

 

 

 ぼっ、と顔が紅くなったのが、自分でも分かります。きっとモモン様は私みたいな貧しい村出身の女が作る家庭料理なんかより、もっと美味しい食事を沢山知っていらっしゃると思うんです。それでもこの御方は、私が作った料理を美味しい美味しいと、いつも笑顔で召し上がってくださいます。

 

 モモン様はお姿ばかりか、海溝よりも深い美しい心の持ち主でいらっしゃいますね。

 

 今日もそんなモモン様の為に、私のできる限りの精一杯調理したい、と心が燃えました。

 

 

「……ああ、そうだ。ツアレさん」

 

「は、はい」

 

「そのメイド服はどうでしょうか? 丈間なんかに問題はありませんか?」

 

「は、はい。サイズは問題ありません」

 

 

 モモン様に分かる様に、私は小さく回って見せました。このメイド服は、モモン様が私を雇った際にお店で特注オーダーで誂えてもらったものなんです。それが今朝届いて、今日初めての着用になります。

 

 シルエットは作業の邪魔になりませんし、生地がすごく上等で、メイド服なんかにするにはもったいないくらいの素材感なんです。問題があるとしたら、その素材感に気後れしてしまう……くらいのものでしょうか。

 

 

「…………」

 

 モモン様は爪先から頭の先まで、しげしげと目線を配っておいでです。ちょっとだけ、なんというか、いつもよりも感情の乗った視線に感じて、ドギマギしてしまいます。何かご不満なところがあったのでしょうか。

 

 

「なるほど、これはいいものだ……ホワイトブリムさんの気持ちが今では分かりますよ」

 

「え?」

 

「え? あ、ええと! 今のはただの独り言ですから、気にしないでください」

 

 

 モモン様は少し慌てたように見えますが、本当に大丈夫でしょうか。こんなモモン様、ちょっと珍しいかもしれません。モモン様はちょっとだけ横目で私のメイド服の具合を見ながら、咳払いを一つしました。

 

 

「今日は部屋に籠って少しやりたい作業があるので、食事は時間になったら部屋の前に置いといてくれますか?」

 

「え?」

 

「繊細な作業を要するものなので、なるべく部屋には近づかない様にしてくれると助かります」

 

「わ、分かりました」

 

「ありがとう」

 

 

 そう言った後に、にこり、とモモン様は微笑んで、私室へと入っていきました。メイドなんかにお礼を言う必要なんてないのに……。

 

 残念ながら、今日は余りモモン様のお顔を見れないようです。しかし仕方がありませんね。私が我儘を言うべきことじゃありませんから。

 

 ひらり、とメイド服のスカートを翻して、私は再びお屋敷の汚れと向き合います。モモン様がお部屋から出られた時、驚くくらいピカピカにして差し上げたいですね。

 

 そして驚いたモモン様がよくやったと私を褒めてくださったなら……。

 

 

「……ふふ」

 

 

 私は緩んだ頬をきりと引き締めて、袖を捲り、作業に取りかかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……っ……く、はぁ……ん……」

 

 

 モモンガの私室。

 

 ツアレに部屋に籠ると告げ、訪れたその部屋の中に、何かに耐える様な、吐息の混じった甘い女の声が垂らされる。肉体(アルベド)の声帯から発せられるそれを聞いている男がもしもいたなら、それだけで下腹部に熱が溜まっていくに違いない。

 

 

「はぁ……はっ……んっ……」

 

 

 モモンガは今、とある行為に耽っている。

 自室に篭り、ツアレを寄せ付けず、それに没頭していた。

 

 彼の体は、悪魔(アルベド)骸骨(モモンガ)の種族特性や設定によって様々な影響を受けている。

 

 闇の中を真昼の様に鮮明に見渡せたり、翼があるおかげで空を飛べたり、極自然に人間を下等種と見てしまったりと、例を挙げれば枚挙に暇がない。

 

 それは彼に本来あったはずの人間の三大欲求にも影響が及んでいる。

 

 睡眠欲、食欲、性欲。

 

 人が人として生きる為に必要な、生理的かつ原始的な欲求だ。しかしモモンガに本来ある筈のそれらが、今では肉体の影響によって欠けてしまっていた。

 

 飲食は趣味でやっているだけだし、睡眠もこの体には不要だ。それらの欲求は一切湧いてこない。食道楽が旅の目的ではあっても、実際今後悠久の人生を過ごす間、何も口にしなくてもこの肉体は生命活動を維持できるのだ。

 

 

 ──しかし……性欲は違う。

 

 

 骸骨の肉体であったならそれも欠けていただろう。

 

 だが今、モモンガの魂が収まっているのは淫魔の体なのだ。性欲と切っても切り離せぬ種族なのは皆も知っているところだろう。実はこの影響も、彼はしっかりと受けていた。

 

 ぶっちゃけて言うと、性欲が人一倍も二倍も溜まるのだ。

 

 

「はぁ……うっ、……ぅく……」

 

 

 この世界は男女問わずどうにも美形が多い。なんてことのない村娘のエンリも美しいし、ツアレも愛嬌のある顔をしている。

 

 それに何というか、接する女性達はモモンガが同性である為かガードも緩い。現代の日本と違って何となく隙があるようにも見えるし、うっかり下着の姿を見かけることもある。

 

 そんな生活で性欲が昂らぬ淫魔がいないはずもない。

 

 モモンガは周期的……月に一度、どうしても己の性欲が制御できぬ日が来てしまう。刹那的にムラついたその重なりを、吐き出さねばならない日が嫌でもやってくる。

 

 それが今日だ。

 

 正直、ツアレのメイド姿に若干の下心を抱いてしまった。その為に、溜まった情欲に下火がついてしまったのだ。これは生理的現象であり、淫魔としては健全な捕食本能なのでどうしようもない。

 

 じっとりとした煩悩が、肉体と脳に纏わりついて離さなくなる。

 

 こうなってしまってはもう仕方がない……というか、抗いようがない。

 

 性欲を抱いた対象を食ってしまえば……とも思うが、それは仲間の娘の体を預かる身としては言語道断の行為だ。大切な娘の純潔を浅ましい性欲で散らすわけにはいかない。

 

 モモンガはそういう時は、せめてものと部屋に一人籠り切りになるのだ。朝から晩まで、彼は自分の体を使ったある行為に耽る。その行為の果てに、体が限界だと言っても、更に一段階その先を目指して追い立てていく。

 

 ……そうしなければ、溜まり切った体の昂りを吐ききれないからだ。

 

 月に一度、纏めて発散する。

 

 密室、籠り切り。

 昂った性欲と、漏れる声……吐息。

 

 むら、と柔肌を伝う汗の滴。

 

 ここまで言えば、やることなど一つと分かってしまうだろう。

 

 そう──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──……筋トレだ。

 

 

 

 

 

 モモンガは部屋に籠って、現在筋トレに明け暮れていた。

 

『上位道具創造』で編み出した重さ特化の鎧を着込み、腹筋の一番きつい姿勢で停止。両手を床と水平になる様にぴんと伸ばし、小指の上に重金属のインゴットを乗せまくってそのまま一時間キープだ。

 

 その後はこれと似た様な形式の腕立てとスクワットを計十セットずつ。

 

 エ・ランテルにいたときは、重鎧を着込んでのカッツェ平野永遠マラソン~アンデッド百体殴るまで帰れません~がメニューに組み込まれたこともある。

 

 そこまでしないと音を上げないのがこの肉体の怖いところだ。

 

 そしてこのモモンガ・ブートキャンプの真骨頂はやはり、MP燃費の悪い『完全不可知可(パーフェクト・アンノウアブル)』を行使し続けながらやる、ということにあるだろう。これにより、肉体的にも魔法的にも己を追い詰めることができる。

 

 メニューの全行程が終われば、文字通りモモンガは空っぽだ。

 

 煮詰まった性欲などという邪念はすっぱりと消え去り、元の綺麗なモモンガの状態へ戻ることができる。煩悩に打ち勝つにはやはり筋トレ。筋肉は全てを解決してくれる。

 

 

「う……っつ……、はぁ……きっつ……!」

 

 

 今日もモモンガは己を鍛え上げる

 全ては仲間の娘同然のこの大事な肉体の純潔を守る為に。

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに食っちゃ寝生活が板についてきたモモンガの肉体が未だに完璧なプロポーションを保ち続けていられるのはこれのおかげだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。