プロローグ
第一話 遠足はたまにしかないから楽しいもんだ
目の前にあるのは、唯々白い空間だった。
私は目の前の光景に態度悪く舌打ちする。
私はさっきまで自転車で最寄の本屋に向かっていたはずだ。
こんな真っ白な空間にはいなかったし、来た覚えもない。
「……チッ。またかよ」
こんな空間、知らないと言えば知らないのだが、心当たりはと言うと、ぶっちゃけありまくりである。
「こらこら、女の子が舌打ちなどするものではないぞ」
声をかけられて振り向くと、何やら神々しそうなオーラを纏ったこれまた真っ白なにーさまが浮いていた。
確認するまでもない。
どうやら心当たりは正解だったようだ。
私はにーさんに数歩歩み寄ると、某ノートのセリフで迎え出た。
「あなたが神か」
にーさんは、私の言葉に満足そうに微笑む。
「いかにも。私はまさしく神と呼ばれる存在だ」
神々しげなオーラを二割り増しにするにーさんは、まさに名乗った通り神そのもの。
普通の人なら、その姿に圧倒されるか、もしかしたら跪くかもしれない。
しかし、私の返答はいたって淡白だった。
「さっさと用件を言って。それから、どれぐらいで帰って来れるのかも」
私のような存在のことを、一般的にトリッパーと呼ぶのだろう。
どうやら私はトリップ体質らしく、幼少期より異世界に飛ばされた数はゆうに二桁を越える。
行き先はお約束の中世ヨーロッパ風だったり、戦国時代な感じだったり、SFチックだったりと様々だ。
動物オンリーの世界や、宇宙人みたいな住民の世界に飛ばされた時は、流石に途方に暮れかけたが。
飛ばされる理由も様々だ。
勇者として召喚されたり、次期魔王として召喚されたり。
他にも、巫女だとか生贄だとか精霊様だとか王族や魔王の嫁候補だとか女神様だとか、粗方の召喚理由は出尽くした。
召喚の他にも、事故だとか何かしらの儀式の余波や副作用だとか、故意ではなく飛ばされたりもしている。
飛ばされてから帰って来るまでの期間はまちまち。
しかも飛ばされた先と元の世界の時間の流れが同じとは限らない。
向こうで数年もの時間過ごして帰ってきてみれば、一週間も経っていなかったり、逆もまた
お陰で学校にもまともに通えない。
両親は私の体質を理解してくれているが、世間はそうもいかないわけで。
中学三年生の時、異世界トリップによる不登校によって卒業できなくなる可能性や、両親への負担も考え、私は自分で定時制の高校に通うことを選んだ。
一日の授業数少ないし、高卒認定試験で単位補えるし。
さて、異世界トリップと言えば、一般人にはある種の憧れの対象かもしれない。
しかし、今まで述べたことから察してくれてるかもしれないが、決して望んだ通りのものばかりではない。
よく考えてみろ、そこが平和な世界だったらいい。
だが、そうではなかったら?
一歩外に出れば獣に食い殺されるような世界だったら?
腐りきった政治家が支配しているような世界だったら?
異世界人を生贄として召喚する世界だったら?
黒髪黒目が邪悪なものとされている世界だったら?
(神聖視されていたらされていたで、面倒なことこの上ない)
そんなところに無力な一般人が放り出されてみろ。
死の一途を辿るしかない。
とにかく、私は様々な世界に飛ばされた。
それはもう、うんざりする程に。
今言った通り、いいことばかりではない。
勇者として召喚され、散々利用されたあげく、殺されかけた。
魔王として召喚され、人間に理不尽な敵意を向けられた。
側室として召喚され、人権を完全に無視した扱いを受けた。
生贄として召喚され、殺されかけた。
巫女として召喚され、記憶を消されかけた。
見知らぬ場所に放り出され、魔物に殺されかけた。
同上、野垂れ死にかけた。
これだけではまだ上げきれない。
もちろん、確かにいいこともあったのだ。
現地の住民達によくしてもらったことは、今でも忘れない。
親切にしてくれた人も、友達も、仲間も、たくさんできた。
だがそういった人達とは、必ず別れなければならなかった。
私にとって、異世界トリップはデメリットの方が圧倒的に多かったのだ。
メリットと言えば、一度トリップ先で手に入れた能力が、元の世界に戻っても失われなかったこと。
お陰で二度目以降のトリップは、段々と心強いものになっていった。
そして、トリップ先で得た人生的経験値。
しかしこれは経験値を得た先が先なため、こちらの世界で得るものとは大分かけ離れていたりする。
例えば、道徳観念なんかはこちらの世界では異質に映るかもしれない。
害のある者なら殺すことも躊躇わないし。
しかも、トリップ先での凄惨な体験や、己の命のため少ない経験値で無理矢理レベルアップせざるを得なかった実情、そして利用されないよう繰り返し必死に
これらの経験のお陰で、私の性格は性格破綻者寸前レベルまで歪みに歪みまくった。
両親や友達は何も言わないでいてくれるけど、他の人の目には私は異質に映るだろう。
さて、長々と説明してしまったが本題に戻ろう。
問題は目の前のにーさんである。
にーさんは私の態度に少しだけ眉を寄せた。
「随分つっけんどんな態度をするものだ」
「当たり前でしょ。こちらとしては異世界トリップなんて御免
そう言って三白眼をにーさんに向ける。
おそらく第一印象は最悪だろう。
にーさんは溜息をついた。
「数多の世界を救った英雄だと聞いたのだが……いや、数多くの世界を渡り歩いたからこそこうなってしまったのか……。ならば早々に用件を言ってしまおう。どうか、私の世界を救ってほしい」
「はいはい、テンプレ乙」
私は不機嫌な様子を隠さず、あくまで突き放した態度を取る。
トリップ初期の頃は、神やら王族やらに世界を救ってくれとか言われれば、内心わくわくしながらも使命感に燃えたものだった。
だが今はそんなわくわく感も使命感もない。
いかにも使命感に燃えているように演技して、ご機嫌を取るつもりもない。
「……真面目に話をしているのだが?」
「さっきも言ったでしょ。私はこんなことうんざりする程やってるの。それに私は英雄なんかじゃないわ。本当に英雄なら、喜んで引き請けてるでしょうよ。さっさと説明して、さっさと
そう言って、ジロリとにーさんを睨む。
「神に頭下げられたって、態度を改めるつもりはないわよ」
しばらくにーさんとの睨みあいが続く。
先に口を開いたのは、にーさんの方だった。
「……そなたは随分と元の世界に執着があるようだが、残念ながら、そなたは元の世界に帰ることはできない」
「…………はぁ?」
帰れない。
その言葉に、私はにーさんを射殺す勢いで睨みつけた。
「理由を訊くわ」
「こちらの世界に来てもらうには、生身のままでは駄目なのだ。故に、そなたには魂のみの状態になってもらった」
「つまり?」
「申し訳ないが、そなたは元の世界では死んだことになっている」
重たい沈黙が降りた。
申し訳ないとか言いながら、にーさんの表情には申し訳なさは欠片もない。
まあ、こんだけ態度悪く振舞っていれば、謝罪をする気もなくなるのかもしれないが。
私はここで初めて笑みを浮かべ、右手の親指を立てて首の前で左から右へと横切らせた。
そして右肩あたりに来た右手を、くいっと後ろに引く。
この後に言う言葉は決まっていた。
「表出ろや!!この駄目神が!!」
最初は少しシリアスです。
頑張ってコメディにしますので、そっと部屋の片隅で見守っていてください。
2/20 移動した世界の桁数を変更させていただきました。