改築前の東京ステーションホテルの赤い絨毯に、一丁倫敦と呼ばれた頃の丸の内の拓けた眺めに、東京を隈なく走っていた都電に、有楽町にあった日劇のゴージャスな曲線に、夜な夜なショーが繰り広げられたキャバレーに、川だらけだった銀座に、水上生活者のいた景色に、樋口一葉が歩いた町並みに――。散歩の途中、史跡の看板に足を止め、かつてそこに、どんな東京があったかを想像する。昭和、大正、明治、江戸。死んだ恋人の姿かたちを幻視しようと試みる。
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コロナ禍をくぐり抜けたころ、街を彩る店々の灯りは、どれだけ残っているのか。だけど東京は、あっという間に再生するだろう。またひとつ、失くなった時代の層を重ね、街は前へ前へと進みつづける。
上京する前の自分が抱いていた東京のイメージを、もうまったく思い出せない。80年代の流れをくむトレンディドラマと、90年代の雑誌カルチャーによって、私的に形成された“わたしの東京”。それは、なにかに強くあこがれる力を持つ、若い人にだけ見える幻影みたいなものだ。なんとなくその東京は、10代の観月ありさがブレザーの制服姿で、大沢健と歩いている放課後の街な気がする。レンガタイルの階段にローファーの足をかけて髪をかきあげる葛山信吾。こぶりなリュックを元気に揺らす貴島サリオが、とびっきりの笑顔で手をふる。お茶の水サンクレールの広場で、わたしはそんな平成の幻影を見る。
はて、自分はなにを求めて、この街にやって来たんだっけ?
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(c) 山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会