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2022年08月05日(金)

これからの労務の役割はどう変わる? 経営層が健康経営に注目すべき理由

経営ハッカー編集部
これからの労務の役割はどう変わる? 経営層が健康経営に注目すべき理由
社員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することを指す「健康経営」は、現代のマネジメントにおいて必修科目と言えるのではないだろうか。経済産業省は「健康経営優良法人認定制度」を創設し、2021年4月からは働き方関連法案が中小企業にも適用されている。 健康経営を進めるために必要なのが、労務の業務内容・範囲のアップデート。経営者は、自社に合った施策をどのように進め、その結果として企業経営にどんな効果を期待できるだろうか。 バックオフィスデザイナーで株式会社ヒトカラメディアCFOの乙津康人氏と、健康経営に取り組む株式会社iCAREで人事労務を担当する岡田あさ子氏が、お互いの知見を持ち寄り、経営層がこれからの労務に注目すべき理由について考えた。 ※取材は2021年6月に行われました

「健康経営」という言葉を一人歩きさせないために


乙津:健康経営のテーマのひとつに、当社の事業である職場づくりやオフィスの存在が挙げられると考えています。私が目指しているのは「ウェルビーイング」で、ワクワクする状態、満たされている状態のためにオフィスにできることを探していますが、今日は現場の労務担当者がどんな思いで健康経営に取り組まれているのか知りたいです。
岡田さんの所属するiCAREは、経済産業省の「健康経営優良法人2021 ブライト500」の認定や健康企業宣言東京推進協議会の「金の認定」を取得されていますよね。そもそも、岡田さんは「健康経営」をどのように捉えていますか? 

ヒトカラメディアCFO 乙津康人さん

岡田:「健康経営」は、言葉が独り歩きしている印象もありますね。会社ごと、人ごとに健康の概念が異なるので、統一されたひとつの正解に向かっていくのは不健全だと感じています。個々が健康を保ち、業務へのやりがいを持ちながら、いかに成果を発揮してもらえるかが重要です。たとえば、病気や怪我、障害のある人の健康をどう考えるのか。さまざまな属性やライフステージに対して、段階的に制度設計やサポートのできる状態が、労務としての究極的な目標です。

健康の指標として、「メンタル」や「フィジカル」はわかりやすいですが、「ソーシャル」も見落とせません。休みやすいこと、それが保証されていること、周りから異変に気付いてもらいやすいことなど、大枠では「社会的存在として認められていること」が重要ですが、コロナ禍のリモートワーク環境下では課題に感じているところでもあります。

iCARE HRマネージャー 岡田あさ子さん

乙津:確かに、言葉としての「健康経営」が一人歩きしてしまうと、病気でない状態が「健康」と思われがちですよね。もちろん残業時間や喫煙率をチェックして、病気にならないようにすることも大事ですが、マイナスをゼロにするといった発想よりも、「今よりプラスにしていくために何が必要なのか」を考えていかなければ、本当の意味での「健康経営」までたどり着かないと思います。

「体調が悪いのでリモートで働きます」をやめよう


岡田:乙津さんもおっしゃったように、私も「健康経営」というより「ウェルビーイング」のほうが感覚的にはしっくりきます。たとえば、社内のチャットで「今日は体調が悪いので、リモートで仕事をします」と上司に連絡している人には、「それは違いますよね」と労務として声をかけることがあるんです。

乙津:わかります、それ(笑)。



岡田:本来は体調が悪いなら休養すべきところを、リモートで頑張ってしまうと、同じ働き方を周りにも強要してしまうことになりかねません。休むべきときに休まないのは「不健康」ですよね。労務としては、本人には「ちゃんと休もう」、周りには「休んでもいい空気を作ろう」と呼びかけて、社内をケアしていきたいです。

一般的に「体調が悪いのに頑張っている」状態は高く評価されがちな面がありますし、長時間労働が美徳とされてきたこともあります。もちろんそういう働き方も一時的には発生し得るものですが、それはあくまでイレギュラーな状況です。原理・原則としては、体調が悪いときは適切に休まないと生産性が下がりますよね。

当社では、ちょっとした体調不良で使いやすい「セルフケアデー」という休暇制度を作りました。傷病休暇や病気休暇だと、大ごとのようで取得を申請しにくい社員もいるでしょう。生理休暇もなかなか言い出しづらい。そこで、当時の広報担当者が名付けてくれたんです。「今日はセルフケア取ります」みたいな言い方で社内に浸透していますね。

乙津:社員の健康不良に対して、かつての労務担当者はどちらかと言えば「アブセンティズム(欠勤や早退で業務に就けないこと、それによるパフォーマンス低下)」の対応に重点を置いていたと思います。つまり、心身の障害や病気で仕事を続けていくのが困難になったときの手当や休業の手続きなど、何かが起こってから対処するケースです。

しかし、実際は「プレゼンティズム(健康問題を抱えながら業務をしていること)」の状態にある社員のほうがたくさんいると思うんですよね。それは、仕事はできていても、いろんな問題によってパフォーマンスが上がっていない状態です。休職など“何かが起きる”前の段階で、どれだけ従業員の状況を把握できるのかが、今の労務に求められているのではないでしょうか。

業務範囲が広がってきているのは良いことでもあるのですが、一方で労務担当者の業務負荷がものすごく上がっているので、もっと評価されるべきと個人的には思っています。

ボトムアップで「健康」な組織を作る


岡田:最近ではダイバーシティの概念が広まっています。労務としては、短期的には画一的な人間がたくさんいるほうが業務をまわしやすい側面もあるでしょう。ただ、それは現実に存在する人間を見ていないことになりますし、危機にくじけやすく、もろい組織になってしまう。長期的な視点で考えれば、やはりいろんな人材がいたほうがいい。個々の違いを認められる会社や労務でいなければ、多様な社員たちが力を発揮できません。



また、健康経営の取り組みは数値化しづらい部分があります。だから、みなさんエンゲージメントサーベイ(社員と企業との関係性を数値化)をするんですよね。コロナ禍もあり変化の大きい社会で、心理的安全性を持って成果を発揮できる仕事環境があってこそ、社員のプラスオンの働きが実現し、会社として進歩できると思います。

乙津:コロナによって、プライベートでも健康について意識することが増えたと思います。健康経営は医療費削減の観点でも語られるものではありますが、経営者が注目すべきポイントについては良い意味で変化が起こっていけばいいなと。

岡田:そうですね。当社では、フルリモートワーカーが全国に20人以上いて、それぞれの事情を抱えています。子育て中であったり、障害のある方もいます。東京のオフィスに通勤できなくても当社で働きたいというメンバーが、どこかで「私なんて」と遠慮してしまうケースもあるので、「そんなことないです」と言うのが私の役目だと思っています。それに、私自身も子育て中で時短勤務なんです。

特別な事情を抱えている方々だけの話ではありません。いま業務に支障がなく健康な人も含めて、皆さんが「今後、もし何かつまずいても大丈夫だ」と感じられることが大切です。いわゆる社会的に「強者」である人も、たとえば介護が急に始まったり、メンタルやフィジカルに障害や病気を抱えたりして、あっという間に働きづらくなることもあります。

すでにそういった状況にある社員がそれぞれなんとかなっていて、ウェルビーイングの観点で「健康」に働けている状況があれば、安心して力を発揮できます。いろんな人材によるボトムアップで強くなっていきたいし、それが受け入れられないのであれば、企業は生き残っていけないだろうと感じます。

全員をつないでいける労務担当者のポジション


乙津:経営に大切な要素は「ヒト・モノ・カネ」と言われるうち、経営者はビジネスの根幹である「ヒト」に対してこれまで適当にやりすぎだったんじゃないかなと、個人的には思います。

ただ、経済産業省のレポート(※)によれば、相関性が直接的ではないかもしれませんが、健康経営に取り組んでいると公表している企業は業績が上がっているんですよ。業績には絶対に人の存在が寄与しているので、社員のメンタル、フィジカル、ソーシャルが満足な状態がずっと続いていくのであれば、業績は当然上がりますよね。



しかし、すぐにわかりやすい効果が出るとは限らないので、経営層としては、出てくる数字に一喜一憂してはいけないと思っています。環境を常に変えていって、一人ひとりのパフォーマンスを最大限高めるにはどうするかという軸で考えていかなければいけない。

それを続けていくと、会社の基礎体力が上がります。人が定着することで、見えにくいコストが削減され、生産性が上がり、業績が伸びる。得た利益を社員に還元すれば、社員のモチベーションがアップする、こうした好循環が生まれると思っています。

(※)「健康経営の推進について」令和2年9月 経済産業省 P.43〜46
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/180710kenkoukeiei-gaiyou.pdf

岡田:労務担当者としては、健康経営に関わる人々をつないでいけることが最大の強みだと考えています。当社には看護師や保健師が在籍していたり、多くの産業医の先生と連携したりしていますが、各専門家は常に会社の制度を理解して専門性を発揮されているとは限りません。

また、社内のマネジメント層も事業経営に特化していて、健康経営に関わる法律上の制度や社内制度をきちんと知っている人は少ないでしょう。そういった意味で、「法律はこう」「社内の制度はこう」「社会保障はこう」と労務が間に入っていくことはきわめて重要です。



経験の浅い労務のメンバーは「社会保険の手続きはできるようになった。じゃあ次は何を身につけたらいいんだろう」と悩んでいることがあります。手続きのスペシャリストになるのも一手ですが、制度を熟知したうえで、オペレーションや社内外の関係者との調整もできる状態が労務の理想の姿だなと。「橋渡し役」としての道筋をきちんと示してあげられたらいいなと思っています。

労務担当者は、事業に直接は関わりませんが、社内の全員と接点があり、みなさんに話しかけてもらいやすく、こちらからも「とりあえず話を聞いてみようかな」と声をかけやすいポジションだと思います。会社の成長に必ず貢献しているはずなので、労務として持っているアイデアは、自信を持って社員や経営層のみなさんに主張していきたいですね。

<プロフィール>
乙津康人
株式会社ヒトカラメディア CFO コーポレート管掌

2001年中小企業の経理からキャリアをスタートし、ベンチャー企業での新規事業開発や管理部門長を歴任。 2013年株式会社AppBroadCast取締役CFOに就任、2016年同社をKDDIグループへ売却。 その後はスタートアップ、ベンチャー企業の管理部長を歴任し、2019年株式会社ヒトカラメディアにジョインしCFOに就任。

岡田 あさ子
株式会社iCARE HRマネージャー

大学・大学院より足掛け10年の間、日本史業界(博物館、地方自治体史編纂)に在籍。その後、事業会社に転職。イベント会社、食品会社の企画職、オフィス業界のコンサルティング営業から総務・人事担当を経て2019年、クラウド型健康管理システム「 Carely 」を提供する株式会社iCAREに入社。

(取材・文:遠藤光太 撮影:坂脇卓也 編集:森夏紀/ノオト)

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