ソニーG、「脱プレステ依存」で狙う相乗効果
ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説
ゲーム各社が家庭用ゲーム機依存のビジネスモデルからの脱却をすすめています。ソニーグループもこれまで「プレイステーション(PS)」に絞ってきた開発戦略から、全方位の端末向けにゲームを開拓する戦略に転換しました。その背景にあるコンセプトを、グロービス経営大学院の斎藤忠久特別教授が「アンゾフのマトリクス」の観点で解説します。
変わる業界構造、ソニーグループの決断
ゲーム各社は、すでに専用機依存からの脱却に向けた動きを見せています。コナミグループは2020年に独自のゲーミングPCを発売し、カプコンもPCへの注力を明言しています。任天堂も今年に入り、ゲーム専用機「ニンテンドースイッチ」のソフトがPC上で楽しめるエミュレーターを発表しています。
これまでゲーム業界では、任天堂のスイッチやソニーグループのプレステのような専用機が業界の盟主的な存在にあり、数年に1度ある新型機の発表は業界の一大イベントでした。そのような事業環境の中で、なぜ各社はそこから離れる動きを見せ、さらに"盟主"であるソニーグループまでもがPCを含めた全方位戦略に転換するのでしょうか。新規事業への展開を検討する際に有益な「アンゾフのマトリクス」というフレームワークを使って考えてみましょう。
ソニーグループの新戦略は「新市場開拓」
アンゾフのマトリクスとは、縦軸に「市場」、横軸に「製品」を取り、それぞれ「既存」「新規」の2区分を設けた、4象限のマトリクスです。この4象限から企業の成長戦略オプションを数多く抽出しようとするもので、経営学者のH.I.アンゾフが提唱した経営戦略を検討するうえで著名なフレームワークのひとつです。
【市場浸透】既存の商品を使って既存の市場で成長しようという考え方です。この場合、企業は同一顧客の購入頻度を高める、販売ボリュームを増やすなどの工夫が必要になります。ソニーグループのこれまでの戦略は、自社のハードウエア製品であるプレステに的を絞ってゲームを開発し、ユーザーを囲い込んでいくことで市場浸透を図るという、まさに市場浸透戦略でした。この戦略に基づき、毎年のように魅力的なゲーム(ソフトウエア)を発売し、さらにそのゲームの性能を最大限引き出せるようなゲーム機(ハードウエア)を数年ごとに市場に投入していくことでユーザーを魅惑し、離反を防ぐという動きをとってきました。この戦略をとる場合、ゲーム機本体はなるべく安価に設定することでユーザー数を極力増やし、そのユーザーに向けてゲームソフトを販売することで、利益を上げていくビジネスモデルとなります。インクジェットプリンターのインクやカミソリの刃と同じ考え方です。
【新市場開拓】今回のソニーグループの動きは、第3象限(既存製品x新規市場)に事業展開の方向性を転換することを意味しています。ゲームソフトを自社のハードウエア限定ではなく、PCやスマートフォンといった汎用ハードウエア製品向けに開発することで、より広い顧客層を取り込んでいこうということです。この場合の「新市場」とは、プレステという専用機でゲームを楽しんでいる既存顧客ではなく、汎用ハードウエアであるPCやスマホ等でゲームを楽しんでいる顧客セグメントになります。米マイクロソフトも韓国のサムスン電子とパートナー契約を結び、自社の「Xbox」のゲームをサムスンのスマートテレビでも遊べるようにしましたが、これも同じく「脱専用機」に向けての動きといえます。
ゲーム市場成長も、専用機中心の市場浸透戦略には限界
このような専用機器メーカーの動きの背景にはゲーム市場の変化があります。総合コンサルティング会社であるPwCによれば、世界のゲーム市場の規模は2021年に2142億ドル(約28兆円)に達し、2026年まで毎年約3兆円近く増加する見込みの成長市場です。このような中で、2021年時点での専用機の割合は13%にとどまり、今後も大きな成長は見込まれていません。これに対し、スマホを中心としたソーシャルゲームは急成長を続け圧倒的なシェアを誇っており、さらにはPCもソーシャルゲームほどではないにしても、専用機に追いつき追い越す見込みです。
ソニーグループとしても、このままでは第1象限での「市場浸透」戦略には限界があり、売り上げ規模を継続的に拡大していくためには、自社の魅力的なゲームソフトを成長力のあるPCやモバイル(新しい顧客セグメント)向けに展開していく必要があったわけです。
相乗効果で戦略を加速
ソニーグループでは戦略の転換と同時に、PCゲーム用のモニターやヘッドホンといったゲーム周辺機器の販売を開始しています。他の専用機メーカーとは異なり、ソニーグループはこれまで長年のテレビや音響機器事業で培った優れた技術を持っており、その技術をPCゲーム向けに展開することで利益率の向上とPCゲームとの相乗効果での売り上げ増を狙ったものと思われます。
前者の利益率向上は「範囲の経済性」と呼ばれている事象で、これまでテレビ事業や音響機器事業で培った映像・音響技術をPC向けのモニターやヘッドホンに転用することで、大規模の新規開発なしに新しい売り上げを上げていくことができ、この結果として利益率の向上が期待できます。
後者のPCゲームとの相乗効果が意味するものは、魅力的で迫力のあるゲームソフトと発色と応答速度に優れたゲーミングモニターそして音質に優れたヘッドホンを組み合わせることで、さらに魅力的なゲーム環境をユーザーに提供し、相乗効果でソフト・ハードの売り上げを拡大していこうという戦略です。
可処分時間におけるゲームの構成比は若い世代ほど高く、ゲーム市場は数少ない成長市場です。ゲーム市場での主導権争いが激化していく中で、ソニーグループはこれまで培ったソフトそしてハードの相乗効果で再び主導権を握れるのか。今後の動向が注目されます。
グロービス経営大学院特別教授。富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)からコンサルティングファームに出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、音響機器メーカーのナカミチで取締役最高財務責任者(CFO)と米国持ち株子会社の副社長兼CFO、米国通信系ベンチャーの日本法人代表取締役社長、エンターテインメント系ベンチャーの専務取締役、モバイル向けコンテンツ配信企業エムティーアイで取締役兼執行役員専務CFOを歴任
「アンゾフのマトリクス」についてもっと知りたい方はこちら
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