まさか、このときはここまでの陰謀論騒動になると思ってはいませんでしたよ、正直。ネットに集う人間の理性を過大評価しすぎだと言われれば反論のしようもありませんが、人の知性を過度に見積もるのは私の悪い癖、この記事で陰謀論をきっちり潰しますのでご勘弁ください。

陰謀論の出所とその詐術

 おそらくですが、陰謀論がここまで広まった火元の1つとなったのは、AV出演者の月島さくら氏が以下のツイートを行ったことでしょう。これに愚かかつ迂闊にも栗下が引っかかりこの騒動となったわけです。

 フェミニスト団体が自身の活動で稼ぐため、AV新法を推進して仕事にあぶれた出演者を自身の活動に誘導しているという陰謀論に何ら根拠はありません。陰謀論ですから。しかし、彼らが根拠だと信じているイワシの頭はあります。例えば以下のツイートです。

 これは、陰謀論のターゲットの1人となっている仁藤夢乃氏が運営する一般社団法人Colaboの収支報告書の「一部」です。出典が明記されていない上に明らかに一部が切り取られた画像を信用するなという初歩的なメディアリテラシーを彼らに求めるのは酷というものでしょう。まずは大元の資料、Colaboの2021年の活動報告書にあたるべきです。(ツイートは2020年のものを参照していますが、ここでは最新のものにあたるべきでしょう)

 この詐術の基本は、収益と利益を混同することにあります。収益はその会社や団体に入ってきたお金のことで、ここから費用を引いた額が利益になるわけです。例えば、100万円で品物を買って200万円で売ったら、収益が200万円で利益は100万円になります。ですから、経常収益の数字だけをもって『収入が1億8千万』とするのはただのデマです。

 この陰謀論の根本は、全く問題のないことをあたかも問題があるかのように言い立て、火のないところに煙を立てることにあります。

 デマゴーグの手にかかれば、『シェルター居場所増設職員雇用積立金』とはっきり書かれている積立金も『謎の積立金』になってしまいます。『全く問題のないことをあたかも問題があるかのように言い立てる』の典型でしょう。

 ちなみに、『次期繰越2億5000万円中1億8000万円がこの積立金に組み入れられて』いるという彼の説明も間違っています。1億8000万円は『前期繰越一般正味財産額』であり、積み立てられたのは1億円です。しかも、これを四捨五入するなら1億9000万と書くべきところです。あらゆるところが粗雑なんですね。

 もう1つ、詭弁と聞いちゃ黙っていられない男も参戦しましたが、例によって粗雑な詭弁でした。彼の書きぶりからおそらく、生活保護受給者を搾取する貧困ビジネスのように、女性の何某が受け取っている補助金のいくらかをColaboがかすめ取っているかのような印象に操作したかったのでしょう。

 しかし、2020年に配られた「定額給付金」と言えば、どう考えてもコロナ対策と称して配られたあの10万円のことです。配られていない2021年の寄付額が低下したという説明とも合致しますし、粗雑なばら撒きに疑問を抱いた人が自分に配られたものを慈善団体に寄付したという話は当時珍しくありませんでした。まぁ、彼の記憶力では2年前のことはちょっと荷が重いでしょうが。

フェミニストはAV新法を推進したのか

 そもそも、この陰謀論はフェミニストがAV新法を推進したことが前提となっています。というか、はっきりと自らの利益のために推進したことが主張されています。

 しかし、AV新法の成立過程を見るに、この前提にそもそも疑念があります。
 いうまでもないことですが、当初、AV新法はAV業界に都合のいい法律であり、売春を合法化しかねないとして出演強要被害者や支援団体から強い批判が起こりました。その結果、法律は現在のかたちに見直されましたが、現在の法律を支持しているかどうかは人によって姿勢が分かれます。

 例えば、陰謀論の標的の1人となった仁藤氏は、以下のようにツイートしています。

 現在もなおこのようにツイートをすることから、少なくとも氏は現状であっても救済法に否定的な立場であろうと推察されます。

 また、救済法は現在の形になる以前から、現在と同様のインターバル条項と取り消し条項が存在していました。
性行為映像作品出演被害の防止等に関する法律骨子案についての疑問
(中略)
 書面、電磁記録の説明を受けて20日を経過しないと撮影できないという内容だが、なぜ、20日なのか不明。20日放置すれば、撮影可能というのは、無責任だ。
(中略)
作品の発表は撮影終了の3ヶ月後
 待つ間の期間にもPR活動に駆り出される可能性もあり、宣伝活動の禁止を盛り込む必要がある。また、撮影により、心身に悪影響が出ることが臨床的に明確になっていることから、この期間に相談機関やトラウマケアを受けられるシステムが必要。
(中略)
撮影後撤回できる期間が1年間に限られる問題
 いつでも、いつまでも撤回できないと、性暴力を受けるということは、被害に気づくのに時間がかかったり、トラウマの再演、性的自傷にはなかなか気づきにくく、自身で受け入れにくいため、1年ではなく、いつでも撤回できる必要がある。
 性行為映像作品出演被害の防止等に関する法律について当事者からの願い 私たち抜きに法律を決めないでください
 もし、フェミニスト団体が、仕事のなくなったAV出演者を囲い込むことを目的としているならば、この段階でAV新法に賛成していなければおかしいことになります。十分目標を達成できる法律案があるのに、わざわざ反対して動きの読めない変化を導く必要はありません。反対によって単に廃案となってしまう可能性だってあるわけですから。

 法律に対する当時と現在のフェミニストの動きを考えれば、そもそも救済法をフェミニストが推進したかのような主張がまず事実に反することがわかります。

陰謀論が招くもの

 フェミニストの支援団体を、陰謀論を用いて貶めることは何を導くのでしょうか(陰謀論者の品性と理性の堕落以外に、という意味です)。

 それは、本当に支援に繋がらなくてはならない人を支援から遠ざけ、さらなる問題に陥れることです。

 支援が必要な人と言うのは、当然ながら余裕がありません。ですから、支援団体について細かく調べる余裕もないでしょう。そこに、陰謀論によってばら撒かれた悪印象が入り込めば、支援を躊躇ってしまうかもしれません。

 そこに悪徳業者などが入り込めば、支援が必要な人が抱える問題はさらに大きくなってしまいます。陰謀論者は、あたかも女性のためであるかのようなふりをしていますが、実際には女性をさらに困難な立場に追いやっているだけなのです。

 つまり、上で指摘されているようなことが実際に起こりうる、陰謀論者のせいでということですが、彼らが陰謀論をやめる気配はなく、こうした悪徳業者を批判する声もとんと聴きません。

 もしかしたら、それこそが彼らの目的なのかもしれません。奇しくも、陰謀論を流布している層は表現の自由戦士……つまりエロのためなら何でもやる集団と被っています。コロナ禍で困窮した女性が風俗に「堕ちる」の楽しみにしていると言い放った芸人もいました。彼らは自身のズリネタになる女性を減らすために動く団体が憎くて仕方ないのでしょう。

 これこそ陰謀論でしょうか?いやいや、少なくとも、彼らが支援団体を憎みエロのためならどんなことでもするという点は自明であり、証拠も無数にありますので。