女優の市毛良枝(71)が9月26日開幕の「百日紅(さるすべり)、午後四時」(岐阜・可児市文化創造センターalaほか)で7年ぶりに舞台出演し、主演を飾る。演じるのは、人生100年時代に新たな一歩を踏み出す女性。デビュー作のドラマ「冬の華」(1971年)の監督との縁が繫いだ今作、「また新たな出会いに繫がれば」と意気込んだ。(加茂 伸太郎)
柔和な笑みと、優しい語り口。7年ぶりに主演舞台に挑む市毛は「主演も何も舞台(の経験)自体が少ないですから。毎回ゼロからのスタート。若葉マークを付けてやらせていただきます」と控えめに語った。
同舞台は劇団ラッパ屋主宰の鈴木聡氏の作・演出。人生100年時代を前向きに生きるため、新たな一歩を踏み出す66歳女性のひと夏の物語。夏から秋へ季節が移ろう中、人々の心の移ろいと決意をおかしく、愛おしく、繊細に描く。
今作には縁を感じている。鈴木氏の父親・鈴木利正監督が市毛のデビュー作、TBS系ドラマ「冬の華」の演出を手がけた“恩人”だったから。顔合わせの際に鈴木氏から事実を告げられ、驚きのあまり下北沢の雑踏に座り込んでしまった。
「エーッとなって、ほぼ土下座状態(笑い)。鈴木監督は『あの子気になるから、ちっちゃい役だけど他の役でもいいかな』と伝えてくださったみたいです。別の役でオーディションに落ちて、縁がないと思っていた作品。それが差し戻しでデビューですから、忘れられない方です。その方の息子さん(が作・演出)と聞いたら、断れる状況にないな、逃げられないなと思いました」
100年を一日に例え、自身の年齢を「午後四時」と言う主人公。数年前に夫を亡くしたが、この先の人生に向けて再婚を決意する。市毛は「少し粗忽(そこつ)な女性。いっぱいしゃべる人らしいのでセリフ量が多いのは少し心配です(笑い)。彼女の人生を通して、私の人生が見えたらいいなと思います。それが、また新たな出会いに繫がれば」と期待した。
フジテレビ系「嫁姑シリーズ」(1977~84年)で演じた新妻役が好評を博し、「理想の花嫁ナンバー1」と呼ばれた。デビューから半世紀以上、「男運はなかったけど、仕事運はあったかな」と笑う。
「5年おきぐらいに、仕事はもう無理かなって思うんです。その度に必死にならないといけない仕事をいただき、気が付いたら50年以上来た感じです。神様がいるか分かりませんけど、たるんだ頃になると『乗り越えてみろ!』とミッションを与えられてきた感じがします」
前作「漂白」(15年)は約20年ぶりの舞台出演で主演。今回も7年の月日が過ぎた。文学座付属演劇研究所、俳優小劇場養成所を経てデビューしたが、舞台に対して「非常に苦手なイメージがある」という。
「目の前にお客さんがいるじゃないですか、これが怖い(笑い)。舞台が好きでいっぱい見ているから、観客の気持ちになってしまう。その方たちを裏切ることができないという怖さ。初舞台からずっと『すいません、出てきちゃって。なるべく早く帰りますから』と思っちゃう。他の役者さんにはない困難が、私にはあるみたいです」
40歳から登山を始めた。93年にキリマンジャロ、その後ヒマラヤの山々を登頂した。「山がなぜ私(の心)を捉えたかというと、毎回登る度に自分で感動を作り出しているからなんです。役者の私は虚像、登山で実像になればいいと思い、30年間行ったり来たりが支えだったんですけど、(本質は)一緒でしたね」
素の自分を求めて登山にのめり込んだが、役者としてのやりがいを再認識する結果になった。「今は、若い頃のように1つ(役を)もらって大泣きすることもなくなった。そんなつもりはなくても、どこかで仕事がルーティーンになっていたんです。登山の感動を味わった時、役者の仕事も感動を味わうために始めていたじゃないか!って、初心に戻ることができました」
開幕まで1か月半。「苦手だと言い続けてきたけど、(千秋楽を迎える頃には)意外とできたじゃん!と言ってみたいですね」感動を味わうため、懸命に取り組む。
〇…愛知公演は10月8日におおぶ文化交流の杜allobu、9日に豊田市民文化会館、新潟公演は16日に長岡リリックホール、東京公演は20日から27日まで吉祥寺シアター、石川公演は29、30日に能登演劇堂で。