第5話 芥川民間特殊警備事務所
エアカーが海沿いにある一棟のビルに近づいていく。隣の駐車場に入って、何台か蒸気自動車やなんかが止まっている中の隅に停めた。エナジーボタンを押してエンジンを落とすと、シュゥゥ、と圧搾空気の噴射が弱められて、エアモード中では飾りであり、悪路を進む際の頼りであるタイヤが接地した。
エアエンジンと蒸気ソウルエンジンのハイブリッドで、その動力は当然霊力と水と空気であり、大昔のガソリン車よりはまだマシな方だが、それでも排煙によって環境汚染はされてしまう。その対策のため、世界各国が環境美化・維持用の『
朔奈はドアのロック解除に合わせてシートベルトを外して、車から出た。少しして、瑞希は電話しつつ運転席から降りる。何かを電話越しに話して、それから朔奈へこう言った。
「知らないとはいえ、誰かを呪ったことの代償だと思うけれど……長橋さんのところの奥さんが舌を噛んで自殺したそうよ」
「……っ、そう、ですか」
「長橋家の急転直下って感じね。でもまあ、自業自得でもある、か。恨むのなら呪われるような真似をした馬鹿息子を恨めってことかしらね」
瑞希はあくまでも朔奈の呪いによる長橋明成の死には言及しないらしい。
なぜ、と思った。責めるつもりで彼の母が死んだことを告げたのではないのか。
はっきりとそう聞けばいいものを、しかし朔奈は言い出せずにいた。もしなにか些細なことででも
彼女はビルの前に歩いて行き、往音の「行くよ」という声とともに朔奈と真響は後につづいた。不安が形になったのか、自然と二人で手を繋いでいた。
五階建てのビルには『芥川民間特殊警備事務所』という怪しい文字列の看板が取り付けられている。それ以外には何の記述もないため、恐らく一階から五階までの全てが芥川ナントカの居城に違いない。
ヤクザの事務所じゃないだろうなと警戒しつつ二重ドアを抜け、マスクとゴーグルを外す。ロビーにいるのは従業員や清掃員で、受付にいた若い男性に瑞希は「巫覡の子とその使い手の
エレベーターに乗って、四人は上へ。
「気づいていると思うけれど、ここは巫覡の子やその使い手……御巫が来るところでね。私たちの業界では『
瑞希の言葉に、真響が疑問をぶつけた。
「じゃあ、皆さんもあの……異形の怪物と、」
「ええ。日夜戦ってる。あれらをどう定義すべきかは未だ不明。でも、霊力の残滓によって形成されたものなのは確か。高密度な霊力、あるいはアヤカシの力とも言うべき異質な妖力を持つあれらは、現状では『
「アヤカシ、だって?」
朔奈はその単語に反応した。
「それって、妖怪ってことですよね。物怪とか、あるいは精霊っていう類の」
「ええ。巫覡の子は何がしかの妖怪の力を持つ。……まずね、そう、型、式、能から説明した方がいいかな。往音」
従姉妹に話題が振られ、彼女はエレベーターを降りてから簡潔に説明する。
「型っていうのは、その巫覡の形状。たとえば剣とか、槍とか弓とか。で、式っていうのはその巫覡に与えられている術式のこと。これについては後で話す。そして能っていうのはそれぞれの巫覡が持つ固有の特徴ね。ゲーム的に言えばスキルとかアビリティみたいなものかな」
「もうその説明だけで充分ファンタジーゲームだよ。画面越しに遊ぶだけなら楽しそうだけどね」
「まあ、この仕事はあまり楽しくはないわね。対峙するのは人の負の感情なわけだから」
往音がある部屋の前で止まる。
「瀧沢さん、連絡いってます?」
ドアホンを鳴らしてから瑞希が問うと、若干のノイズが混じった声で「聞いている。入ってもらってくれるかな」と帰ってきた。愚痴るように往音が「霊魂粒子フィルター取り替えてないな」とぼやいた。
霊力発動機——ソウルエンジン、もしくは
ドアを開けて内部に入ると、雑多にさまざまな調度品が並んでいる室内がそこにあった。
どこかの民族の人形のようなものから、なまはげのお面、骨から作られているような笛に、刀や、西洋の剣。タペストリーも手当たり次第、持っていたものを貼り付けたと言わんばかりで統一感がない。
極めつきは執務机の向こう、革張りの椅子に座っている男の格好だ。
派手な色彩の布を重ねて切り貼りしたような、極彩色の着物を着ているのだ。髪の毛は派手に緑色に染めており、黒縁眼鏡に中性的な顔立ちをしている。パッと見男か女かわからないが、声音は男っぽいので、認識は彼としておく。
「初めまして……になるのかな。ようこそ、巫覡の子とその使い手たる御巫の少年君。私は
試されているな、と思った。けれど模範的な解答は望まれていないし、かといって突飛な呼び名にも期待していないだろう。無礼講でも構わないとでも言いたげな、どこか世捨て人のような雰囲気が奏人から漂っていた。
「瀧沢さん、でいいですか」
「うん。そうだね、まだここへ正式に来たわけではないから私をチーフ呼びするのはおかしいからね。そして大人を呼び捨てにするほど常識知らずという訳でもなさそうだ。君、勉強は嫌いだけど好きなことにはどこまでも切り込んでいくタイプだね。ズバリ、雑学知識が多いと見える」
「半分正解です。大人だからって無条件に尊敬するわけではないですから」
「なるほど。ますます気に入ったよ。そして巫覡の子もようこそ。君たちの名前を聞いてもいいかな」
真響がこくりと頷いて、己の名を言った。
「八十神朔奈です。八十神往音のいとこです」
「真響、です。両親が亡くなったので、苗字は……ありません」
「そっか。……我々の素性についての説明は?」
朔奈は「瑞希さんからかいつまんだ説明をされました」と応じた。奏人は瑞希を見て、頷く。
「なら、概ねその通りだろうね。……我々夜廻りは、闇の中で生まれ落ちた魍魎を闇の中で狩り、そして正しい輪廻に還すことを目的としている。霊葬器というものになる巫覡の子が先にあったのか、魍魎が先だったのかは謎だが……しかし太古よりこういったことは続いていてね」
「卵を産む鶏はどこだとか、そういう類の話ですね」
「うん。卵が先か、鶏が先か。……それはさておき、朔奈君たちが力を持っていることは事実だろうことがわかった。以前、君たちの同級生が亡くなられたあとの葬儀場最寄駅から君たちの学区までの間の駅で奇妙な霊魂粒子……
難しい単語が出てくるが、要するにあの夢世界の発現の際には霊子が振幅する——霊子波ともいうべきそれが激しく揺れ動き、それを観測する術を持つこういった組織が察知、さらにはそれを解決したことで振幅が収まったのを見た上で、往音のいとこである朔奈やその側にいた真響が何かを知っていると推測したのだろう。
極め付けはおそらくあの神社のことで、こういったオカルト専門連中なら御塚山の異質さやなんかも知っていて当然かもしれない。
「差し支えなければ、君たちに何があったのか……それを聞かせてもらえないかな」
奏人はそう言って、微笑んでみせた。不思議と人の懐にするりと入り込んでくるかのような、猫のような笑みに、気づけば朔奈と真響はこれまであったことを話し始めていた。
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