第4話 何かを知っているかのように(2022/08/19:改稿)

「私の両親が死体で見つかったのはね、三日前のことなんだ」

 気づいたら山から弾き出され、近所の老夫婦に助け起こされた朔奈と真響は「はしゃぎすぎたんです」と曖昧なことを言って、少々苛立つほどに心配してくる老夫婦から離れてファストフード店に来ていた。

 ヒーターズ・バーガーという店で、裡辺りへん地方を中心に全国展開している店だ。二人は一番安いランチセットをそれぞれ頼んで、窓際の席でそれをぱくついていた。

「私ね、捨て子でさ。両親は猫やなんかを拾う感覚で、児童指導員っていう資格だったか、そういう場にあるんだったかする父が養子縁組を結んだんだけど。……私ってさ、根暗で友達できないし、すぐに見限られて……」

 悲しんでいるわけでも、怒っているわけでもない。ただそこにある現実を淡々と口にするだけだ。殊更に何が悪いと糾弾するわけでもないのだろう。書いてある文字をつらつらと読む、音読の授業のような一定のリズムで、彼女は己の物語を人ごとのように口の端に乗せる。

「だから二人が死んだって言われても悲しくないんだ」

 そこには少しだけ皮肉のようなものが込められていた。

 彼女の両親が、養子に何にも思っていないように。彼女もまた、義理の親にはなんの感情も抱いていなかった。

「朔奈君は……ごめん、なんでもない」

「気にしなくていいよ。両親についてはもうほとんど覚えてないし」

 嘘ではないし、真響を気遣ったわけでもない。本当に覚えていないのだ。当時は悲しかったのだろうが……今となっては、もう終わったことだ。

 なにより、今置かれている家庭事情が複雑で、かつての生活を思い出す余裕などありはしない。

 朔奈はフライドチキンを挟んだ、少々辛味のあるソースが塗られたバーガーを齧る。何度か咀嚼して、別に美味しくも不味くもない、不健康だが安いそれを嚥下する。

 二人はそうやって食事をして、しかし、

「君たち、ご両親はどうしたんだい?」

 ふと声をかけられて顔を上げると、そこにはバイトリーダーかなんかだろう制服の男が立っていた。明らかに小中学生くらいの二人が、平日の昼間にここにいることを不審に思ったのだろう。あるいは、学校から難癖をつけられて売り上げが落ちると困ると言ったところか。

「すみません、すぐに出て行きます」

「いやいや、ちょっと。物騒な世の中だろう。おうちの番号は? 親御さんに、」

 だから、出ていくって言ってんだろ。

 朔奈の声のない怒号に気圧されたように、店員が怯んだ。しかし子供に怯えたことがよほど癇に障ったのか、彼は眉を吊り上げる。

「あのね、君たちはことの重大さをよくわかっていないんじゃないかい? もういい、警察を、」

 そこに新しい客が来て、ほかの店員がいらっしゃいませ、と声をかける。

 客は一人の少女だった。歳は十七、八くらいか。女子高生なのだろうが、髪を金色に染めているしピアスもして、随分と険しい顔の見るからにギャルというべきステロタイプな風貌をした女だった。二重の、北国で見られる構造の排煙・霊魂粒子対策のドアを閉めてからマスクとゴーグルを外す。

 美しい顔立ちだがきつい、力強い目つきをしている。見るからに肉食系で、獰猛そうな女だった。

 彼女はやや強い香水をしており、けれど気にするでもなく朔奈たちに難癖をつける店員の肩を叩いた。

「すみませんお客様。現在取り込み中でして」

「その二人は私の知り合い。ムカつく男の方は従兄弟だから。いくよ朔奈」

「往音……なんで、」

「いいから。そっちの彼女さんも。……それとも保護者に黙って子供を裏の部屋に連れ込んでなんかしようとか、そんなこと考えてるんじゃないでしょうね」

 客――朔奈の従姉妹で、確かに保護者といえる彼女がきつくそう言うと、店員は「ふざけやがって」とでも言うように顔を歪めてその場をさった。自分も往音もなんて嫌な客だろうか、と朔奈自身も思った。

 往音に連れられた二人はそのまま店を出て、少し離れたところにあるコンビニに寄った。

「あんたたち、山に行ったでしょ。……何を見たのか言ってみて」

「どうせ信じないよ」

 マスク越しのくぐもった声。

 往音はホットのココアを手に取った。朔奈は冷たい抹茶オレを。真響はためらったが、往音が「いいよ、お姉ちゃんが奢ってあげる」というと、彼女は温かいミルクティーを選んだ。

 セルフレジで精算しつつ、往音は言う。

「巫覡。……私も知ってるから、ああいうの」

「なん……、っ、どうして……」

「そう言う家系だし。詳しく話すからさ、ちょっと付き合ってくれるかな」


×


瑞希みき先輩、すみません」

「別に、大丈夫よ。……確かに、そっちの彼女は巫覡の子ね。大丈夫、人さらいじゃないから。車に乗って」

 従姉妹の往音が何かを企んでいるのではと思ったが、しかしさっきあの神社で口にされた、朔奈と真響しか知らない単語を口にした二人に、ある種の共感を抱いたのは事実であった。

 信頼できるかどうかはまだわからない。けれど、何か……自分たちが今巻き込まれている厄介なことに対して、何かしらの答えと言えるものを所持していることは伺えた。

 はっきりと断言できるほどのものではないが、それでも……朔奈と真響は顔を見合わせてから、コンビニの駐車場に停まっていたセダンの後部座席に乗り込んだ。

 シートベルトをして、往音が買ってくれた飲み物を握っていると静かなステアリングでセダンが動き出す。妙に軽やかな動きだと思ったら、どうもエアクッション式の車らしい。圧搾空気を地面に吹き付けて車体を軽くし、そして空気を吐き出す力を推進力にするものだ。

 ギィィン、と静かな高周波が聞こえるが恐らくこれがエアエンジンなのだろう。少量の蒸気エネルギーは使うものの、一般的な蒸気自動車よりははるかに消費霊力は少ないらしい。

 静かに走り出したセダンは信号に捕まるでもなく進んでいく。

 従姉妹の往音は何を知っているのだろうか。朔奈の、そして真響が置かれたこの状況や意味のわからない事態を、彼女らは明らかに知っているかのようにして振る舞っている。

 アヤカシ、という言葉が思い起こされて、朔奈は奥歯を噛んだ。

 自分が知らないことが世の中にあるのは確かだ。けれど、こんな大それたことさえ知らないとは。

 奇妙な敗北感に打ちのめされながら、朔奈はようやく抹茶オレのキャップをひねって開けた。

 運転席に座る美貌の、ダークブラウンの髪をポニーテールにしている瑞希は微笑みを浮かべつつ、車を海沿いへ向け走らせていた。

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