任天堂の総務部。
任天堂の総務部の仕事は、任天堂の製品やサービスが各国の法規制に適合しているかどうかのチェック、契約作成や各種法的支援、株式や株主総会に関する業務などの法律に関係する仕事、CSR活動の推進や、不動産の管理、庶務業務など企業の活動を支える仕事があり、非常に多岐にわたっています。その中で私は、契約グループに所属し、契約書の作成と契約締結のリーガルサポート、それに付随する稟議書の内容確認を行っています。ひと口に契約書といっても種類はさまざまです。たとえば新しい製品やサービスを立ち上げる際は、かかわる他社様との秘密保持契約書にはじまり、開発や業務をお願いする際の開発委託契約書や業務委託契約書、他社様の技術を任天堂の製品やサービスに取り入れる際のライセンス契約書、製品やサービスを販売する際の売買契約書などを作成します。私は入社前、「契約書にはひな形があって、それに準じればいいのだろう」とイメージしていましたが、実際は異なりました。任天堂においてはそのような仕事はほとんどなく、契約書の内容も、それぞれの案件ごとに一から考えなければならないものばかりです。
ゲームソフト制作に関わる契約業務を1年目から。
私の場合はゲームソフトに関する契約を担当することが多く、試作から本格開発、販売、広告宣伝、場合によっては販売後まで継続して関わることがあります。1つのゲームソフトに対して、国内開発と海外開発、音声収録、追加コンテンツ等があり、契約書の数がかなり多くなるものもあります。次から次へと新しい契約が必要になるので、目の前のタスクでいっぱいいっぱいの状態になることもありました。
そのなかで印象深いのは、やはり開発から販売後まで関わった『大合奏!バンドブラザーズP』です。ユーザーが作曲した曲をインターネットに投稿できるユニークなゲームソフトということもあり、必要な契約書の数が非常に多く、案件内容の整理に苦労しました。一番大変だったのは、『大合奏!バンドブラザーズP』は『バンドブラザーズ』シリーズの続編にあたるソフトなので、これから開発するゲームのための契約を適切に締結するには、「前作の時にはどういったことが検討のポイントとなり、どういった経緯でその契約内容に至ったのか」を理解する必要があったことです。しかも開発担当者から伝わってくる新作の情報はこの時点ではまだアイディアや開発段階のものだったので、これからどういう遊びが実現されていくのか、なかなかイメージがつきません。そこで、まず前作を自分でやってみて、その仕組みを理解することから始めました。さらに、それらがどう運営されているのか、前作の契約書を読み、先輩に聞きながら、契約に至る経緯などをつかんでいきました。まるで謎解きのように、絡まった糸を少しずつほどいていった感じです。その上で、開発中のゲームについても、委託内容や開発内容、ビジネス状況などを理解するため、開発担当者と繰り返し打ち合わせをしました。
また、『大合奏!バンドブラザーズP』では、新しい要素として、コンテンツの配信やダウンロードに使えるゲーム内通貨“トマト”が追加されているのですが、当時、ビジネスの構造や、利益の分配方法はどうなるのかなど、契約書を書く上で理解すべきことは山積みでした。過去の経緯、新しい仕組み、必要な契約、次に考えている企画のこと。それを一つずつ認識して自分で道筋が描けたとき、仕事のやりがいを感じることができました。上司がよく「ビジネスの動きが見える」という表現を使うのですが、開発検討の段階から関われる私たちの仕事は、まさに任天堂ビジネスが見える仕事だと実感しました。
韓国の案件をきっかけに見出した仕事の進め方。
かかわる案件について企画背景や過去の経緯を理解したいと考えるようになったのは、韓国でのゲームソフト販売の契約書を任された経験からです。そのときは、韓国にある子会社(Nintendo of Korea)とやりとりをして契約書を作成しなければならなかったのですが、入社後まだ経験が浅かったこともあり、誰に何を聞けばいいかわからない状態でした。子会社がやりたいことは何か、そのために本社は何をするのか、そもそも本社と子会社間の契約はどうなっているのか、いろいろな関係者から話を聞いて疑問をひとつひとつ解いていきました。時間はかかりましたが、ものやお金の流れ、各担当者の役割など、直接は関係のないようなところまで調べて整理しておくことで、結局は仕事がスムーズに進むことを実感しました。おかげでその次の案件では、するべきことがすぐに理解でき、とても早く契約書をしあげることができました。
リスクヘッジで万一に対処する穴のない契約を。
契約の際、気を付けているのは、実際のビジネスと契約の内容が一致していること。少しでも齟齬があると、守られるべき利益が守られません。たとえば、コンテンツが誰のものなのかといった権利帰属を明確にした上で、クレームや訴訟が生じた場合の対処方法を事前に盛り込んでおくリスクヘッジも重要です。少しネガティブに聞こえるかもしれませんが、何をするにしても「こんなことが起こるかもしれない」「こんなことが起こったらどうしよう」という不測の事態と対処方法を考えておくのです。そのために必要なのは、やはり事実の把握です。穴のない契約書を作るために、いまは上司や先輩からアドバイスをもらったり、先輩方が作った契約書の文章を見たりしながら、さまざまな視点から先が読めるよう努力しているところです。
契約に欠かせない海外の法律と外国語。
ソフトウェアには海外版もあり、当該国の法律や規制に則って契約書を作成する必要があります。私は韓国の子会社から依頼を受けることが多く、韓国の著作権法や独占禁止法などについては自分なりに調べました。現地の弁護士に相談する際、背景としてその国の法律を知っておけば質問がしやすい上に、話もスムーズに進みます。また本で知識を得ておいて、契約書を作成するプロセスで「本に書いてあったことは、こういうことだったんだ」と気づくことができれば、必ず次の業務に活かすことができます。
契約グループでは語学力も要求されます。私が担当する契約書の言語は、日本語、英語と案件によって異なりますが入社後各種セミナーを受講しつつ、英文契約書にも取り組んでいます。子会社の法務担当者とのコミュニケーションも基本は英語です。
開発に携わる意識を大切に。
契約グループの仕事は事務系の中でも、任天堂の製品開発に深く関わる方だと思います。開発担当者の意図を汲み取って契約書に反映するには、コミュニケーションを密にすることが重要です。たとえばライセンス契約を交わす際、どういう権利を許諾して欲しいのか、任天堂はその権利を使って何をするのか、細かなところまで聞き取らなければなりません。法律上での問題点があれば、こちらから別のプランを提案することもあります。それだけに、私は開発担当者とともにものづくりをする意識で臨むように努めています。とはいえ、開発担当者から「総務から質問されると緊張するなあ」と言われることもあり、もっとものづくりの現場に深く入り込みたいと思うときもあります。好奇心をもって聞く姿勢、わからないことを楽しむ姿勢で多くの部署と信頼関係を深めて連携し、任天堂ビジネスに関わっていきたいです。