アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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4.死神

 

 

 

 見上げれば、とっぷりとした夜闇が王都を覆っている。

 

 星の瞬きが見えにくいのはエ・ランテルやカルネ村と違い、煌々とした光源が街の至るところで輝いているからだろう。

 

 モモンガは漆黒の鎧から垂れる外套を揺らしながら、日中にチェックインを済ませておいた高級宿まで真っすぐに歩いていく。夜の街中も観光したい彼ではあるが、ガゼフ邸でたらふく腹を膨らませた今夜はこのまま宿で一休みしたいところだった。

 

 

「明日は何しようかなぁ」

 

 

 呑気に呟きながら、モモンガは明るい思案に暮れる。独り言の語尾も、どこか弾むようだった。

 

 冒険者になった当初としてはもっと自由気ままに世界をさすらいたかったモモンガだったが、王国に三つしかないアダマンタイト級冒険者チーム(?)ともなればその柵も大きく、エ・ランテルを出るのも一苦労だった。冒険者モモンという個そのものが都市を守る最高のセキュリティとなるのだから、それは無理からぬことだ。

 

 特にモモンガにとって厄介だったのはアインザックとラケシルの両名だった。彼がそろそろ観光の旅に出ようと腰を浮かせたタイミングでどこからともなくシュババとやってきて、手揉みしながらあれやこれやと用事や接待をけしかけてくるのだ。

 

 今回ようやくそれを振り切った際、他の都市や組合に浮気しないでくれとおじさん二人に本音で泣きつかれたときはドン引きしたものだが、しばらくしたらまた戻ってくると言って了承を得た。まあ書面での契約のない口約束を守る義理もないと、モモンガ側はそこそこにドライな心情なのだが。

 

 そんなこんながあってようやくの王都観光なのだ。多少浮き足立っても仕方がない。

 

 見てみたいところは沢山ある。

 

 王族の住まうロ・レンテ城や、王都の冒険者・魔術師組合はやはり興味の惹かれるところだろう。城下町のグルメも気になるし、調べてみれば劇場なんかもあるかもしれない。

 

 

(明日は午前中に王城に行ってみるか……リアルな王族が住む城が見れるなんて普通に凄いよなぁ。なんかお姫様もめちゃくちゃ綺麗って噂だし、一目見れるなら見てみたいけど流石に無理か?)

 

 

 流石にモモンのまま行くとあれだから、変装していくか。午後は下町に降りて適当に買い食いでもしながら魔術師組合にスクロールやマジックアイテムを漁りに──と、適当な計画を立てていたところで。

 

 モモンガの進む道の先に面した建物から、男が出てくるのが見えた。如何にもガラが悪そうな、チンピラという風貌の男だ。男は大きな袋──死体袋に見える──を建物から運び出し、鬱陶しそうに道端に放り投げているところだった。

 

 何となく嫌な予感を察知して──

 

 

(中身は大量の小麦か布の切れ端……なわけないよな)

 

 

 ──そしてそういう予感は、大抵当たるものだ。

 

 モモンガは不快感から眉を顰める。

 

 放られた衝撃で袋の口から僅かにまろび出たのは、裸体の女だった。

 

 もちろん、そんな袋に詰められた女の様子が普通なわけがない。

 死に直面した肌の色をしており、痩せこけ、金色の髪は幽鬼の様に痛んでいる。内出血と見られる病んだ紫色が、彼女の体の至る箇所を濁していた。特にそれは顔が顕著だ。何発もの容赦のない殴打を受けたことは簡単に見て取れ、腫れあがった──もしくは陥没した瞼から受ける印象は痛々しさしかない。

 

 

「……」

 

 

 反吐の出る様な人間の悪趣味に、いいように付き合わされた……というのは、容易に想像できる。まるで廃棄物の様に扱われている女のこれからの未来は、決して明るいものではないだろう。

 

 女を運んでいた男は額の汗を拭ったところで、ようやくモモンガの存在に気づいた。

 怪訝な顔。まず漆黒の全身鎧に目を見開き、更に胸元のアダマンタイトプレートを見て更にひと際大きく目を見開いた。

 

 

「彼女は?」

 

「あ、ああ……事故で酷い怪我を負ったからな。これから神殿に連れていくところだ……です」

 

 

 放られた質問に、男はしどろもどろにそう返答した。

 

 目線が泳いでいる。

 男は見るからに動揺していた。

 やましいことを隠そうとする反応のそれだ。

 

 死体袋同然の袋にボロボロの女を詰め、物の様に放る男のその発言を素直に受け取れるほど、モモンガは鈍くはない。

 

 

「……」

 

 

 細い指が、モモンガの足に伸びる。

 女は地に這い蹲りながら、か細い声で絞る様に言葉を紡いだ。

 

 

「た……ス、けて」

 

 

 そよ風に吹かれて消えそうなその声は、確かにモモンガに届く。足甲に触れる女の弱々しい指の感触は、それでも彼女がまだ生きたいという意志を見せる証左でもあった。

 

 

(……虫唾が走るな)

 

 

 モモンガの背筋を走る、氷の様な嫌悪感。

 足元の女に対してではない。女をここまで傷めつけた者に対して、だ。

 

 別に義憤に駆られたわけではない。

 女を憐れにも思ったが、悪魔として心の在り様が変化しているモモンガにとってそれは些細な感情だ。自分と一定の関係値を築けていない人間がどこでどう野垂れ死のうが、ぶっちゃけどうでもいい。

 

 ……しかしそんなモモンガの心がどうにもささくれ立つ。決して看過できない波紋が、目の前の光景によって齎された。

 

 

(……これは、もう一つの俺の姿……なのだろうな)

 

 

 心の中で、モモンガは自身が得た不快感の答えを見つけた。

 

 ……そう。足元に這うこの女は、モモンガが歩んでいたかもしれないもう一つの未来の到達点。

 

 モモンガはこの世界に、アルベドと自分のアバターのステータスが加算された形でやってきた。その結果、個としては間違いなく最強の存在となり、あらゆる苦難に真っ向から立ち向かっていけるだけの力を有してしまった。だからこそ自分が守りたいものを守れ、敵対生物を圧倒し、アダマンタイト級冒険者としての揺るぎない地位を築けたのだ。

 

 ……しかしもし、互いのステータスを打ち消し合う形で二つの力が融合していたら? 

 

 レベル一。

 スキルも魔法も使えず、鈴木悟と変わらぬ身体スペックでこの世界にやってきていたとしたら? 

 カルネ村で遭遇したあの偽装兵達に捕縛されてしまっていたら? 

 

 アルベドの肉体はどう扱われる? 

 

 どうなるかは想像に難くない。

 そして想像もしたくない。

 

 故にモモンガは取りすがる力なき女の姿に、少なくない動揺を抱いていた。自分はただ恵まれていただけ。同じ女性の体を持つ者として、彼はそのことに今一度気づかされた。

 

 

「……」

 

 

 めら、と苛立ち程度の小さな怒りが、モモンガの胸に灯る。それは女と同じ性の者として。仲間の大切な体を預かる者として。

 

 モモンガの意志は決まった。

 彼は小さく息を零して、足元の女をひょいと拾い上げる。

 

『困っている人がいたら助けるのは当たり前』というたっち・みーの言葉に沿っているのではない。モモンガがただそうしたかったから、というだけの、原始的な理由だ。

 

 

「お、おい! あんた何をして──」

 

「私が神殿へ連れていきます。何か問題でも?」

 

「そ、それは駄目だ!」

 

「なぜ?」

 

「なぜって……」

 

「一体、あそこで何をやっているんですか?」

 

 

 底冷えする様な、鋭利な声音。

 モモンガは男を射竦めた。あそことは言うまでもなく、男が出てきた建物のことだ。

 

 

「あ、あんたには関係ないだろう……!?」

 

「今、私はこの女性に助けを求められました。流石に無関係とは言えないでしょう」

 

 

 薄皮一枚下に潜む怒りが滲み出す。

 刺す様な返答に、男は苦虫を噛み潰した。

 

 

「なぁ、悪いことは言わねぇ……! このことは見なかったことにしてくれ! その方がお互いの為ってもんだ……! な! 分かるだろう!? 俺の言いたいことが!」

 

「は?」

 

 

 首を傾げるモモンガに、男はがしがしと乱暴に頭を掻く。その顔には薄らと、汗の粒が滲み出していた。

 

 

「あんたも聞いたことくらいあるだろう……! 『八本指』だよ! あそこは奴らの息がかかっている……!」

 

 

 顰めた声には確かな焦りがあった。

 

 しかし知らない。

 モモンガは『八本指』など聞いたことなどなかった。

 

 故に鬼気迫る表情で捲し立てられても、それはモモンガの苛立ちを加速させるばかりだ。

 

 

「『八本指』とは?」

 

「知らねぇのか……? この国の裏を牛耳ってる組織の名さ。あんた、いくら強くても『八本指』を敵に回したら命がいくつあっても足りねぇぞ……! な、だから分かるよな? お互い大人になろうぜ」

 

「……なるほどね」

 

 

 男の説明から、大方の事情を察することはできた。

『八本指』とは巨大裏組織の名で、女を文字通り玩具にすることができる商売をやっているあの建物はその組織が運営しており、この男はそれに所属する末端の構成員か雇われ用心棒といったところだろう、と。

 

 首を突っ込むべきではない、とモモンガは迅速に判断した。

 自分から藪蛇になる選択を取るのはリスクでしかないと。

 

 モモンガは小さく息を吐いて──

 

 

(デス)

 

 

 ──そう唱えた。

 

 呪文を受けた男は、まるで糸の切れた人形の様にその場へ崩れ落ちる。頬から地に落ちた男は、ぐしゃりと水気のある音を立てて絶命した。

 

 即死魔法を唱えたモモンガの瞳は冷ややかなものだった。

 血の詰まっただけの袋と化したそれに、モモンガは加えて自分のスキルを唱える。

 

 

『上位アンデッド創造』

 

 

 骸となった男の体が、モモンガのスキルを受けて沸騰した湯の様に体を何かに変化させようと蠢いた。モモンガは変態しはじめた男を、まるで小石かの様に蹴飛ばす。男の骸は扉を破壊しながら建物内に飛び込んでいき、壁にぶつかって泥の様に肉が流体へと変わった。

 

 

「殺せ」

 

 

 やがて液状化した男の死骸は、どろりとその輪郭を変えていく。たったの三文字の、シンプルな命令を受けたそれは、世にも悍ましい異形へと成った。

 

『八本指』に関連したことに首を突っ込むのは得策ではない。

 ならば自分の目撃情報や痕跡が上にあがらない様に、シモベに皆殺しにしてもらえばいいだけだろう。

 

 モモンガが至ったのはたったそれだけの、シンプルな結論だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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