先生は、日本人である。
日本を真に愛する者が、真の日本人であり、
世界を、天宙を愛する者は、世界人であり、
天地に公認される者となることができる
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日本を真に愛する者が、真の日本人であり、
世界を、天宙を愛する者は、世界人であり、
天地に公認される者となることができる
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50年前の今日、2月10日は、
真のお父様が、日本の8ヵ所の聖地、
最後の仙台の聖地を定められた日です。
最新号のニュースレターに、お父様が
8ヵ都市の巡回路程で、み言を語られ
また聖地を定められていかれたエピソードが
まとめられていましたので、少し長くなりますが、紹介します。
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東京に日本最初の聖地を決定
東京に日本最初の聖地を決定
1月31日早朝には、明治神宮を訪ねられ、
日本で最初となる東京の聖地を決定されました。
またこの日、真のお父様は日本で初めて聖日礼拝を主管し、
「イエス様の最期と我々の覚悟」という題目で、
4時間を超す説教をされました。
「日本全国ができないことをやれば、
日本を救うと言うんですね。
世界すべての、人類のできないことを、
この日本国民が先立ってやれば、
世界をリードするその国民になると言うんですね。
… だから日本を愛しなさい。
先生より以上愛しなさい。
世界を先生より以上に愛しなさい。
天の父を先生より以上愛しなさい」
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名古屋は「天宙における最も古い名高い家」
名古屋は「天宙における最も古い名高い家」
2月1日午後1時、新幹線ひかり号で
真の父母様ご一行は東京を出発し、
午後3時30分に名古屋駅に到着されました。
名古屋城、テレビ塔等をご見学になり、
4時半頃、名古屋教会へご到着。
歓迎会では3時間半にわたるお父様のみ言がありました。
「東京は東の都、つまり神の創造の始めの国、
エデンの都を指しているが、名古屋は一番古い家、
つまり天宙における最も古い名高い家。
それはアダムの家を象徴しており、
古い故郷を思い出させる」
夕食後は和動の時間を持たれ、皆時間の経つのも忘れ、
お父様がお休みになられたのは、明くる朝の4時近くでした。
2日は陰暦の1月1日午前5時に敬礼の儀式が行われました。
聖地はその朝、東山公園内の高台に決定され、
聖別式を行い、教会に戻られた後、正午近くから、
食口たちを前にいろいろとお話しされたり質問を受けたりされました。
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「大阪は皆が一つの家族」という感じが強いところ
「大阪は皆が一つの家族」という感じが強いところ
名古屋を発たれた真の父母様ご一行は、
午後7時に大阪教会に到着され歓迎会が持たれました。
お父様はみ言の中で、土地の因縁を述べられ、
以下のように語られました。
「東京は、東のエデンの園を表し、
名古屋は、名高い古い屋敷を表し、
ここ大阪は、大きな峠を思わせます。
ゆえに、大阪の地は、勝敗を決する十字架の峠であり、
この地の復帰が、日本あるいは
世界の栄光の峠になることを願います」
「大阪は皆が一つの家族という感じが強いところです。
神を中心として、心情がつながれていれば、
国境も何も問題ではない。
先生は、日本人である。
日本を真に愛する者が、真の日本人であり、
世界を、天宙を愛する者は、世界人であり、
天地に公認される者となることができる」
その後「茨なる道の復帰路程」と題して、
3時間余りにわたってお話しされ、午後11時半、
ようやく食卓につかれました。
2月3日、お父様は大阪城内に大阪の聖地を決定されました。
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高松で地方における伝道の心構えを語られる
高松で地方における伝道の心構えを語られる
真の父母様ご一行が、高松教会に到着されたのは
2月3日午後10時。
到着後すぐにみ言を語られました。
「過去の人のできなかった、
より以上の蕩減を克服してこそ勝利することができる」
こう強調され、地方における伝道の心構え等について、
約2時間にわたってお話しされました。
4日午前1時に、宿泊される旅館に向かわれました。
4日は朝食をとられながら真のお父様を囲んでの和動会、
質問会が始まりました。
その後、屋島に向かい、瀬戸内海を一望することができる
屋島山頂の屋島公園内の雑木林の一角に聖地を決定されました。
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広島の大本営跡に聖地を決定
広島の大本営跡に聖地を決定
2月4日午後8時ごろに広島に到着された真の父母様ご一行は、
市内の中心部を通って教会に着かれ、
「勝利の歌」の合唱の中、部屋に上がり講話を始められました。
「30億人類は歴史的心情、イエスの内的心情、
十字架の内外共の心情を全体的に知って
心情的蕩減の基準を地上に決定させ、
神を慰め、あなたを見てすべての苦労を忘れ、
あなたがいるから新しい希望、新しい勇気を持つことが
できるところまで行かなくてはならない」
このようにお父様は語られました。
お休みになられたのは翌日の午前3時過ぎでした。
5日は朝食の後、質問および和動会を終えて出発され、
広島城跡(大本営跡)に聖地を決定されました。
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福岡の地が、神が誉めたたえる故郷の一角となるように
福岡の地が、神が誉めたたえる故郷の一角となるように
5日午後8時ごろに福岡教会に到着された真のお父様は、
休憩の時間も惜しまれ、すぐに
「行きたいところ、会いたい人、住みたいところ」
と題し、み言を語り始められました。
「この地が、神が誉めたたえる
故郷の一角となるように、どうぞよろしく。
そうするには君たちの汗と血と涙が
限りなく流されなければならない。
そして福岡は地が良い。
祝福を受けた。
…国家建設の時には
重大なる功労功績を残した地名を汚すな。
本部を東京より福岡に置くのを願っているかもしれない。
伝統を作れ。
皆、東京に来い」
6日は聖地決定のため西公園に向かわれ、
片手に市内全域を見下ろし、
片手に博多湾を望む公園内の地を聖地に定められました。
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北海道神宮の純白の雪の中で聖地を決定
北海道神宮の純白の雪の中で聖地を決定
真の父母様ご一行は2月8日午後2時10分、
北海道千歳空港にお着きになり、札幌教会では、
釧路、帯広の兄姉と共に15 人が集まり、
お父様をお迎えしました。
夕方4時頃、北海道神宮に行き、
真のお父様が腰まである雪の中を先頭に立って掻き分けられ、
純白の雪の中で聖地を決定されました。
夕食後、お父様は、以下のように力強く語られました。
「私たちは日本に立つ使命感を強くしなければならず、
天を代表して立つ者には
自己的な平安は決して許されない。
神の願いは体験しなければわからない。
…神の心情の中に生きる者となれ!」
深夜2時まで続いた和動会では親しみ深い雰囲気の中で、
お父様は一人一人と握手をされました。
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仙台で青葉城内に聖地を決定
仙台で青葉城内に聖地を決定
9日は早朝6時半、教会を出発され、
7時15分の汽車で仙台に向かわれました。
深夜に仙台に到着されたお父様は、
10日午前1時40分から『神と逢う所』と題し、
み言を2時間にわたって語られ、
午前4時になって床に就かれました。
翌日、お父様ご一行は青葉山に向かわれ、
青葉城内に聖地を決められ、
仙台発の飛行機で羽田に向かわれました。
(一部編集 文責:ten1ko2)
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50年前は、新幹線も開通したばかりで、
東京から名古屋までは乗られましたが、
後は、今より交通の便が悪い中、
札幌から仙台は汽車で一日掛かけて夜中に到着するなど、
簡単ではない路程であったことでしょう。
このように、50年前の今日2月10日は、
仙台に夜中に到着され、み言を語られて、
4時にようやく休まれたお父様でした。
心情を中心にして歩まれるお父様であり、
この時はまだ45歳ですから、
心身ともに充実しておられたのだと思います。
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)
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