山口大会で優勝し、インタビューを受ける坂原監督㊥。右は植野翔仁主将(7月28日、山口市の西京スタジアム)

 広島で果たせなかった甲子園出場の夢を、山口でかなえた。7日に開幕する第99回全国高校野球選手権大会に山口県代表として初出場する下関国際(下関市)の坂原秀尚監督(40)は、広電大付高(現広島国際学院高・広島県海田町)出身。「甲子園での戦いを、広島でお世話になった人たちにも届けたい」と意気込む。

 「ありがとうございます。おかげで優勝できました」。7月28日の決勝後、高校時代の恩師で広島国際学院高の長延公平監督(49)に電話で報告した。これまで長延監督には、選手が寮を逃げ出した時、相談に乗ってもらったほか、付属幼稚園の送迎バスで遠征していたチームに中古のマイクロバスを譲ってもらうなど支えられてきた。

 長延監督は「(坂原は)走っとけと言えばいつまでも走っていた。頑固で一本気な選手だった」と振り返る。「その姿勢を貫いて、選手がそれに付いてきたから優勝できた。大したもんだ」とたたえた。毎年練習試合を欠かさない両校。5月の試合では、下関国際が3―4で負けた。坂原監督は「恩師はなかなか勝たせてくれないね」と笑う。

 広島商高などの活躍を見て高校野球に憧れ、五日市東小(広島市佐伯区)のスポ少に入った。広電大付高では投手。最後の大会は4回戦で涙をのんだ。広島国際学院大(同市安芸区)、ワイテック(海田町)でプレー。教員免許取得のため東亜大(下関市)に通っていた時、下関国際の監督がいないと知り、自ら申し出て2005年8月に就任した。

 「大学、社会人で野球をしていても甲子園が常に頭にあった。一瞬一瞬をかみしめて、選手たちと多くを感じ取りたい」と胸を膨らませる。