麗美がデビューしてから30年近くたった現在、麗美をリアルタイムで知らなかった若い世代にとって、麗美はそのように聞こえるらしい。
ネット上では、「これは初音ミクではないのか?」「リアル初音ミクだ」といった表現を散見する。
クリプトン・フューチャー・メディアの製品・初音ミクは、ヤマハの Vocaloid =「周波数ドメイン歌唱アーティキュレーション接続法」を活用している。
自然なボーカルを再現(表現)できるように、子音・母音のタイミングを使い分けたり、強弱、息継ぎ、ビブラートなどを用いることができる。
しかし、この説明を読むだけでは、コロムビア時代の麗美の歌声がなぜ特殊だったかを理解するのは難しい。
彼女はNativeなEnglish Speakerだったから、日本人と異なった子音・母音の使い方をしていたのでは?、という推測は間違いではないと思う。
しかし、それだけとは思えない。それだけなら、外国人が日本語で歌えば済むことだからだ。
間違いではないが、それが全てでもないだろう。
Vocaloid技術は、2000年に開発が始まっている。
当時はまだ、記憶容量や処理速度のリソースが十分ではなかった。音源のデータ容量を小さくするため、生の声で低音から高音まで録音=データ化したのではなく、ある程度までの音程内で録音された音声=データを、技術的に高音や低音に変調して再生するようになっている。
実際の人間が低音から高音まで発生するときは、声色が変わる。
これは、音声学で言うところのアーティキュレーション=調音・調音部位が変わるためだと考えられる。
生身のVocalistなら、この声質の変化も歌の一部であって、感情表現の重要な要素になる。
しかしVocaloidは、限られたサンプルを用いて歌声を作り出すため、声質は常に一定の枠内に限られている。
このため、だみ声やシャウトなどはできない。淡々とした歌声になりやすいが、逆に音程やリズムのニュアンスで情感を表現するようになる。
ここまで書くと、麗美のファンなら気づくと思う。
彼女は、低音から高音まで、ほぼ均一な声質で歌っていた。
ある意味では淡々と、理性的・知性的に、音圧・音程・リズムで感情を表現していた。
まるで楽器のように。
実際には、楽器だって音質を変えることはできる。
彼女は楽器以上に楽器のように、音声になりきっていた、といっていい。
その背景には、音圧・音程・リズムだけで十分に情感を表現しきれた、彼女の音楽的教養と、松任谷正隆・由実夫妻の技術があったと思う。
彼女の、ある意味では現実味のない、空想の中の少女のような歌声は、こうした特徴・背景によって実現していたように思う。
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