忍びの国、あの無門とネズミが手を繋いで歩いて行ってから‥の妄想でございます。
つまりがっつり2次創作です。
キャラをお借りした想像の産物です。
ご注意ください。
「家」
母の墓は、里を離れた森の奥にありました。
旅の途中、父は「ここだ。」と不意に道を外れ、森の奥へ奥への歩き出しました。
まだ陽は高いというのに薄暗く、まるで襲いかかるかのように、朽ちた木や枯れた蔦が足に巻きついてきます。更には背の高い木々が、枯れ落ちたものを隠し、不気味に葉を揺らしておりました。
父はそんな道ならぬ道をしっかりと踏みならしておりました。次にここへ来るときには何の意味もなくしてしまうでしょうに、なんて無駄な‥と憮然とする私を父は一瞥しただけでした。
おそらく、またどれかの木が倒れては朽ちて道を塞ぐでしょう。父の努力の甲斐もなく。
そもそも父ならば、このくらいのひょいっと飛んでしまえるのです。私を抱いて、飛び越えてしまえばいいものを。
落ちた小枝の束をなんなく踏みつけて、道を得ながら歩く父の後を追うと、ほら、と手が差し伸べられました。
手は、こうしてつなぐものだというのを、私は父から教わりました。
そのくせ父の手はあんまりにも恐る恐る私の手に触れるのです。
嬉しいような怖いような妙な気持ちで振り払おうとすると、グッと力を込められました。
そんなことを、私と父はあの日から何度も何度も繰り返していました。
「あぶねぇだろ、しっかり歩け。」
ひょいっと引っ張り上げられて、苦戦していた朽ちた枝の束から助けられてしまいます。
仮にも、自分も物心ついた日から修行をしてきた身です。戦も生き抜いてきましたから、こんな森くらいなんてことはないはずなのです、本来。
なのに。
どうしてか、ずいぶんと下手くそになっていました。
「なぁ。お前、こんなとこもっと簡単に抜けれんだろ。何で歩いてんだよ。」
私がそう言うと、父は眉を下げるのでした。
父は忍びでした。
あやつの前に門は無し。
だから、無門と呼ばれていたのです。
それほどの男ですから、森一つくらい風のように駆け抜けるはずなのに父は歩くという。
この、生い茂った森を。
身軽なくせに、わざわざ踏みしめるように。
「お前が下手くそだからだろうが。仕方ねぇだろ。」
ふふっと父は笑いました。
こんな風に面白そうに頬をあげるのを、私はいつも下から見上げていたのです。
寒い日でした。
忍び装束ではなく旅芸人に扮した父は、まるで上達しなかった私の忍びの技と、数々の失敗を思い出したのでしょう。
カタカタと背負った荷物が鳴るほどに、肩を揺らし始めました。
繋いでない冷えた手を、ぎゅっと握りしめて黙っているとやっと笑いを抑え、「しょうがねぇ。」と私を抱きかかえました。
そのまま木に飛び上がると、風のように森を抜けるのです。
抱え込まれ父の肩越しに、流れ飛ぶ景色を見ました。
花のような白いものが、ちらほらと舞っていました。あまりに綺麗で手を伸ばしましたが、触れるには遠く、消えてしまいました。
墓はとても簡素なものでした。
木と木の隙間。
鬱蒼とする中で唯一光の当たるそこでは、幾分暖かく感じておりました。
そっと降ろされ、何もない場所に突き刺した竹筒の中に花が供えてあります。
美しい、赤い花。
花の名など知らない私は、ただ見ておりました。
私がここへ来たのは、これで二度目。
それなのに変わらず美しく、あの日供えたものではないとわかりました。
花は、散るものですから。
父が供えたのでしょう。
「ここなら、誰も邪魔しないと思ったんだがなぁ。」
ものすごく残念そうに口を尖らせて、花の下の地面を撫でました。よく見ると小さな木が植わっています。
まるで返事のようにその木が揺れると、父はふっと頬をあげました。
「多分。ここも変わるだろう、そのうちに。なぁ‥お国殿。」
愛おしそうに、何度も何度も地面に触れる父の猫背を、私はやはりただ眺めておりました。
なんと言えばよいのかわからなかったのです。
初めてここに来たとき、父は言いました。
織田が故郷を滅ぼし、何人もの見知った人が死んでいくのを目の当たりにした私を連れた後で。
「お国殿。こいつでしたよね?間違えてませんよね?」
と。
お前がネズミだよな?って首傾げながら、矢が降る中連れ出しておきながら。
そして。
あの花を添えました。
なぜだか、結構な額の銭とともに。
「約束の銭です。これで夫婦ですな。突然ですが、息子もできたことですし。」
「ここが、我らの国ですな。」
あの日から、花は絶えてないのでしょう。
春にはここに野花が咲き誇り、夏には緑をたたえ、秋には暖かな落ち葉をまとい、冬には父が花を添えにくるのでしょう。
白いものが舞いました。
はらはら、はらはら。
頬に落ちた冷たさに、思わず父の手を探しました。
驚き私を見た父は、すぐに面白そうに頬を上げるとそこに腰を下ろし、私を腕の中に置きました。
「細いな、お前。もっと食わなきゃな。」
母である花の前で、父は私の頭を撫でました。
何度も。
「お国はな、そりゃ美しかった。あまりにも美しいから、わしはいつも夢を見てるんだと思ってたよ。」
花に降る白い綿を、そっとぬぐいながら父は言いました。低い声が、背中から聞こえてきて、それは妙に暖かく私は、うずくまるようにしてその中に閉じこもりました。
「家に入れなくてさ。なかなか一緒には眠れなくてな。だって怖えぇんだもん、怒ると。」
「だから、夢じゃねぇんだ。って。そばにいてくれてたんだって。」
嬉しかったよなぁ‥
って呟く父の腕の中で、とにかく私はじっとしていました。
ここはやっと入れた家なのでしょう。
父と母との。
母の手を思い出しました。
赤い美しい着物。その白い手が、勇ましく薙刀を構え私を背に隠しました。
誰かに守られたことなど、あの時が初めてでした。
「‥つめたい。」
手に乗った降ってきた白い綿。父に見せると雪ってんだよ、と。
寒くなると降るんだと。伊賀にも降ったのかも知れません。
ですが、こんな美しかったかと何度も手を伸ばす私を見て父はまた笑いました。
暖かい父の腕から出ると、父の背に雪が薄く乗っていました。
柔らかではらはら舞う。
なのに冷たくて、地面に染み込んでいく雪は父のようでした。
「行くか。」
と、父は雪を払う。
「ん。」
と、手を差し出して。
さっきより少し冷たくなった手を握ったまましゃがみこみ、父を習って地面を撫でました。
「母上。また参ります。」
私がそう言うと、父は目を細めました。
旅がまた始まります。
あの荷物の奥にある忍び装束は、時折する父の仕事道具のひとつ。
変わったようで、変わらないことでした。
ですが、私は知っています。
腰の刀は、錆びていましたから。
雪が降る。
日が沈み始めて、母が森に飲み込まれていくのを何度も振り返り、振り返り、その度に父は私の手を強く引きました。
父と母の墓を訪れたのは、あれが最後でした。
旅をしながら、父に育てられ、やがて父が亡くなった後私はおぼろげな記憶を頼りに母の墓を探しました。
森の中。赤い花。
そんな記憶しかなかったので、大変苦労しました。
あの時、きちんと父について歩けばよかったと何度も後悔しました。
きっと父は、道を教えようと歩いてくれていたのでしょうに。そしていつか、私が1人で来る時に歩けるようにとしていてくれたのでしょう。
そうしてやっとみつけたのです。
世が変わり、国の主も変わる中で鬱蒼とし続けている森の中。
その中に、まるで目印のように桜の木が1本植わっておりました。
淡い桃色を揺らし、父が何度も撫でた地面をその根が覆って。
「母上、父上はそちらに無事参りましたか。」
そう、たずねて腰を下ろしました。
父のように木々の隙間をを駆け抜けることができたら、こんなに疲れ果てることもなかったのでしょうが、変わらず下手くそな私はすっかり擦り傷だらけでした。
春の陽気のなか、桜は揺れました。
すると頬を冷たいものが当たるのです。
思わず見上げると、雪でした。
桜に雪が降り注いでおりました。
「父上‥いや、とうちゃん。無事母は家に入れてくれたようですね。」
あの日から、私は父に育てられました。
父が言うには、母は大層美しく
そして、怖い人だったようです。