時論(8月16日)「一枚の布」と三宅一生さん

2時間前

 邪馬台国や女王卑弥呼[ひみこ]などが記述された中国の歴史書「魏志倭人伝[ぎしわじんでん]」に、3世紀半ばの日本では、男性は「横幅[よこはば]衣」、女性は「貫頭[かんとう]衣」を着ていたとある。貫頭衣は字の通り、少し幅の広い布を二つ折りにし、中央に穴をあけて頭を通し、腰ひもで縛ったとされる。
 想像図にそう描かれ、登呂遺跡(静岡市、1世紀ごろ)では博物館職員やボランティアがユニホームとして着用しているのでなじみ深い。発掘では糸や布を作る道具が出土した。史跡公園の一画では茎から繊維を取った「からむし(苧麻[チョマ])」が栽培されている。
 「一枚の布」を制作コンセプトにした服飾デザイナーの三宅一生さんが亡くなった。84歳。衣服を身体のラインに沿って立体的に成形するのでなく、平面の布を畳んだり折ったりして人体の美しさを引き出す。裁断しないから端切れも出ない。貫頭衣は動きやすそうで、実用性を重視した三宅さんのデザインにつながるように思う。
 人類が“服”を着たのは約7万2千年前とされる。なぜ、服を着るのか。「裸は恥ずかしいから」は学問上は否定されていて、「身体を保護するため」が有力らしい。手を自由にするための腰ひもが起源という論考も興味深い。
 呪術説は入れ墨やボディーペインティングと相反する。「リーダーやボスが特別な存在であることを示すため」「敵味方の区別に」というのは後になってからのことだろう。自分を美しく見せたい本能という説は現代のファッションに通じる。服の楽しさ、快適さを追究した三宅さんの先駆性を思う。
 大昔、布は貴重品だった。ところで、貫頭衣で穴をあけて出た端切れはどう使われたのか。自分ならどう使うだろう。こんな“好古学”も楽しい。

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