ようやく結論が見えてきました

 今年一つの論文がEMBO Journalに発表されました。それはTimothy Springer等によるもので、α5β1-integrinの立体構造がN-結合型糖鎖の構造依存的に変化するというものです[Ling Li et al. (2017) EMBO J, 36, 629-645]。High mannose型や短く刈り取られたComplex型では不活型で、通常のComplex型になると活性型のコンフォメーションになります。これにより、私が20代の頃から追いかけてきた糖鎖機能の解明に明確な道筋が見えてきました。

 話を過去からざっと振り返ります。20代の頃、例にもれず私も、糖鎖の生理機能は特徴的な末端構造にあると考えていました。そしてそれを証明するには生合成遺伝子をクローニングして逆遺伝学の手法を用いれば良いと思い、当時発現クローニング法で次から次へと糖転移酵素遺伝子をクローニングし始めていたJohn Loweのラボにポスドクとして参加しました。私の標的は脳神経系の発生におけるLewis x糖鎖で鍵となる遺伝子はフコース転移酵素(FucT)でした。

 帰国後は動物をマウスからゼブラフィッシュ替えてやはりLewis xを標的とした研究を続けました。ところが、成松先生等が脳型のFucTのKOマウスを作りましたが、脳の発生自体にはほとんど何の影響もないことが示されました。さらに彼等は、発生過程で特徴的な部位で劇的に変化するポリラクトサミン構造を生合成する酵素遺伝子のKOマウスも作り、これまた形態形成には影響しないことを明らかにしました。

 ここで私は道を見失いました。発生において特徴的な消長を示す特異的な末端構造を逆遺伝学で欠失させても、ほとんど何も起こらなかったからです。当然、糖鎖は単なるお飾りでしかないという思いが頭の中に湧いてきました。

 それでも諦め切れなかった私は、道を見失ったのならもう一度探せば良いと考えて、発生の現場で実際にどのような糖鎖がどの時期にどれだけの量発現しているのかを見ることから始めようと決心しました。この辺りは前回書いた通りなので端折ります。

 ゼブラフィッシュの胚発生時期に発現する糖鎖を経時的に解析する中で、私達は奇妙なことに気付きました。生合成の抑制によりComplex/Hybrid型糖鎖をなくした胚は咽頭胚期に形態形成が止まり致死に至るのですが、その時期には正常胚ではSiaα2-6Galβ1-4GlcNAcというシンプルな末端構造は劇的に増加して来るが、多様な末端構造はもっと遅い時期にならないと出て来ないことでした。つまりその時期の形態形成に不可欠なのは、複雑な構造ではなくシンプルなSialyl LacNAc構造であることを示唆していました。その可能性について正直私は半信半疑でした。

 もう一点気付いたことは、Complex/Hybrid型糖鎖をなくした胚は様々な部位の形態形成が不全となりますが、それらは神経堤細胞(neural crest)の遊走不全が原因とすればすべて説明が付くということでした。そしてSialyl LacNAc構造とneural crestの遊走をつなぐには細胞外マトリックスが関係していると想像していましたが、具体的な分子メカニズムについてはノーアイデアでした。

 そこに最初に挙げた論文が現れます。α5β1-integrinはneural crestの遊走に関わるintegrinで、α5サブユニットの遺伝子をKOするとcranial neural crestがアポトーシスを起こすことが報告されています[Keow Lin Goh et al. (1997) Development, 124, 4309-4319]。それが通常のシンプルなComplex型糖鎖を持つと活性型にコンフォメーションが変化するのです。長年追いかけてきた謎がようやく解けそうです。何よりうれしいのは、途中紆余曲折はありましたが、自分がやってきた研究の方向が間違っていなかったのを確認できたことです。

 さて、糖タンパク質上の糖鎖が構造依存的に細胞表面糖タンパク質のコンフォメーションを変化させて機能の調節をしているというこのストーリーは、この例だけにとどまらず広く多様な現象に関与しているかも知れません。いやきっとしているはずだと私は考えています。これは糖鎖研究に新しい地平線を提示しています。

2017年05月09日