安倍晋三元首相を襲撃し、逮捕されている山上徹也容疑者ですが、犯行前にあるブログ運営者に、手紙を送っていたことが明らかになっています。山上容疑者はなぜ手紙を送ったのでしょうか。手紙を送った相手や、経緯を調査します。
山上徹也が手紙を送ったのは米本和広「統一教会の擁護ライター」
山上徹也容疑者が手紙を送った相手は、宗教やカルトの問題を扱うルポライターやジャーナリストとして活動している米本和広氏です。「あと10年をポジティブに生きる記録」というブログの運営者です。
生年月日:1950年
年齢:72歳前後
所在地:島根県松江市西津田
学歴:横浜市立大学卒
職業:フリールポライター、ブロガー
著書:『カルトの子―心を盗まれた家族』など
ブログ:「あと10年をポジティブに生きる記録」
報道内容によると、山上容疑者が手紙を送った相手は、統一教会を批判する立場の人物として紹介がされています。しかし、実際に手紙を受け取った米本和広氏を調べてみると、報道内容とは違い、統一教会の賛同者として、統一教会と友好関係を築いていた人物ということがわかりました。
米本和広氏は、かつて統一教会側に立ち、信者を救済する活動を妨害するような活動や言論を繰り広げていたのです。
米本和広氏は、統一教会の献金活動には否定的立場を示してはいるものの、信者を無理矢理退会させようとする活動を「拉致監禁」などとうたい、激しく非難しています。統一教会からの脱会を支援する弁護士を攻撃する主張を展開したり、誹謗中傷したコメントをブログで発信するなど、統一教会側に加担していると思われるような行動をしていたのです。
連日メディアで統一教会について解説している弁護士の紀藤正樹弁護士へも、「高額事件を意図的に担当し、潤っている」と攻撃したこともあったほど。
ですので、統一教会のHPでは、米本和広氏の活動が何度か取り上げられており、統一教会にとっては「賛同者」として認知されていたことがわかります。
実際に、統一教会のホームページで紹介されている記事では、「米本和広」の名前の部分にリンクが貼ってあり、クリックすると米本和広氏のブログ「あと10年をポジティブに生きる記録」に誘導されるようになっています。
このことからも米本和広氏は、統一教会を批判する立場ではなく、好意的な人物として公認されていたことは間違いありません。
ちなみに、カルト集団や宗教などの社会問題を扱う「やや日刊カルト新聞」によると、米本和広氏は、不自然に統一教会に利する傾向があり、業界では”統一教会擁護ライター”と敬遠されている存在だったんだとか。
「統一教会の御用ライターじゃないっ!」と『降りかかってもいない“火の粉”を払う男』として関係者の失笑を買っている米本氏。“統一協会擁護ライター”の色がついた米本氏を使うことを敬遠している活字メディアもあると聞く。
「複数の編集者の言い分を総合すると、米本氏が不自然に統一協会に利する傾向があることに加えて、彼のブログでの錯乱ぶりなどから、『面倒くさい人』と思われているようだ」(本紙・藤倉主筆)
孤立するルポライターに近づくのはカルト関係者ばかりという状況のようだ。
出典:やや日刊カルト新聞
なぜ山上容疑者が、統一教会色に染まっている米本和広氏に手紙を送ったのか、謎が深まるばかりです。
米本和広が運営しているブログ「火の粉ブログ」
山上徹也容疑者が手紙を送った米本和広氏が運営しているブログが「あと10年をポジティブに生きる記録」です。このブログでは、米本和広氏が自身の住所や電話番号を公表し、2009年から2021年6月まで運営されていました。統一教会に関する内容を中心に、米本和広氏の独自の視点で多くの記事が投稿されています。
米本和広氏の投稿に対し、統一教会の関係者たちがコメントを投稿し、米本氏と議論を交わすようなやり取りが多くされています。山上容疑者がコメントした2020年は、高頻度でコメントや記事の書き込みがされており、その多くは馬頭や罵りなどなんでもアリで、かなりひどい言葉を使った攻撃的なコメントも目立ちます。
そんな統一教会に近いとされている米本和広氏のブログに、山上徹也容疑者は、「まだ足りない」のハンドルネームで、2020年9月に4回、2020年12月に2回、確認できているだけで7回もコメントを投稿しています。「まだ足りない」に込められた山上容疑者の意図は何だったのでしょうか。そしてなぜ米本和広氏を選んで、手紙を出したのでしょうか。
山上徹也のブログへの書き込みを特定!
山上徹也容疑者のブログへの書き込み内容と、米本和広氏のやり取りをまとめます。最初に「まだ足りない」の名で書き込みがされたのが、2020年9月7日・8日。その後。2020年12月に再度同じハンドルネームでコメントが投稿されています。
2020年9月「統一教会に関わらないことが得策」
統一教会の分派として知られるサンクチュアリ協会の教祖が発した「マスクは市民を共産暴力奴隷化する」という内容についてコメントしたものです。
山上容疑者の「(笑)」を多用した投稿に対し、米本氏は「統合失調症か妄想障害か」と返答しています。そして山上容疑者が返信したのが以下の内容です。
私もそうですが、何かの相手を真面目にすれば影響を受けるのも避けられません。
この時、山上容疑者は穏やかな口調でコメントを投稿しており、「統一教会には関わらないことが得策だ」と結論づけています。
2020年12月「復讐は己でやってこそ意味がある」
ところが、2か月後の12月に3回にわたり投稿されたコメントでは、山上容疑者の主張が一転します。
(中略)
必要なのは許す事でも忘れる事でもない。
彼等の罪を償わせ切ること。
(中略)
統一教会が信者を犠牲に築いて来た今を破壊しようと思えば、最低でも自分の人生を捨てる覚悟がなければ不可能ですよ。
(中略)
我、一命を賭して全ての統一教会に関わる者の解放者とならん
幸せになるためには、統一教会に罪を償わせ切る(統一教会を破壊する)ことが必須で、そのためには人生を捨てて、命を懸けなければならないと主張。そして、自分にはその覚悟があり、統一教会に関わる人の解放者になると宣言しています。
2か月前には、関わらないのが得策としていた山上容疑者ですが、この頃には、身を挺して、統一教会を破壊することを考え始めていたことがわかります。
さらに、3日後の12月15日には以下のように続きます。
統一教会が献金をさせてきた信者には家族がいて、献金により、家族も巻き込まれて苦しみを味わっていると言っています。そして、統一教会を独裁者に例え、批判をしているのです。
さらに、コメントはエスカレートし、以下のように続きます。
衆人環視の元、その嘘と骨肉の争いを
死ぬまで晒し続けるしかないのだ。
いずれ誰かが殺されるだろう。私と社会にはそれをビールでも飲みながら娯楽として消費する権利がある。
行使するかは自由だが。だが言っておく。復讐は己でやってこそ意味がある。
不思議な事に私も喉から手が出るほど銃が欲しいのだ。
何故だろうな?
「いずれ誰かが殺されるだろう」
「復讐は己でやってこそ意味がある」
「不思議な事に私も喉から手が出るほど銃が欲しいのだ」
山上容疑者の脅しともとれる過激な発言で、ハンドルネーム「まだ足りない」としてのコメントは終わっていますが、3回のコメントからは統一教会に対する深い憎しみがわかるだけでなく、この時すでに銃を使う計画が頭にあったことがわかります。
ブログ運営者の米本和広氏は、このコメントに対し、「激しく病的な思い込み」と題し、「哀れというか滑稽というか。」としめています。
山上容疑者のコメントに対し、終始、米本和広氏はバカにしたようなコメントを返答しているのですが、そんな米本和広氏に、あえて手紙を送った理由は何だったのでしょうか。
山上徹也の手紙全文「才能に賞賛の嵐!」
山上徹也容疑者が、7月7日、米本和広氏に送ったとされる手紙がこちらです。安倍晋三元首相を襲撃する前、安倍元首相が応援演説で訪れていた岡山から送付されていたことがわかっています。
○○殿
ご無沙汰しております。
「まだ足りない」として貴殿のブログに書き込んでどれぐらい経つでしょうか。
私は「喉から出が出るほど銃が欲しい」と書きましたが、あの時からこれまで、銃の入手に費やして参りました。
その様はまるで生活の全てを偽救世主のために投げ打つ統一教会員、方向は真逆でも、よく似たものでもありました。
私と統一教会の因縁は約30年前に遡ります。母の入信から億を超える金銭の浪費、家庭崩壊、破産...
この経過とともに私の10代は過ぎ去りました。
その間の経験は私の一生を歪ませ続けたと言って過言ではありません。
個人が自分の人格と人生を形作っていくその過程、私にとってそれは、親が子を、家族を、何とも思わない故に吐ける嘘、止める術のない確信に満ちた悪行、故に終わる事のない衝突、その先にある破壊。
世界中の金と女は本来全て自分のものだと疑わず、その現実化に手段も結果も問わない自称現人神。
私はそのような人間、それを現実に神と崇める集団、それが存在する社会、それらを「人類の恥」と書きましたが今もそれは変わりません。
苦々しくは思っていましたが、安倍は本来の敵ではないのです。
あくまでも現実世界で最も影響力のある統一教会シンパの一人に過ぎません。
文一族を皆殺しにしたくとも、私にはそれが不可能なことはわかっています。
分裂には一挙に叩くのが難しいという側面もあるのです。
現実に可能な範囲として韓鶴子本人、無理なら少なくとも文の血族の一人には死んでもらうつもりでしたが、鶴子やその娘が死ねば3男と7男が喜ぶのか、或いは統一教会が再び結集するのか、どちらにしろ私の目的には沿わないのです。
安倍の死がもたらす政治的意味、結果、もはやそれを考える余裕は私にはありません。
この手紙には、弁護士である山上容疑者の伯父が統一教会から取り付けた献金返済の「合意書」も同封されており、封筒にこそ差出人の記名はないものの、山上容疑者本人からの手紙であることがわかるようになっていました。
「まだ足りない」の名前で書き込みをしていたことや、「喉から出が出るほど銃が欲しい」と書き込みをしていたことも記されていることから、山上容疑者には、自分のブログへの書き込みが公表されて欲しいという強い意思があったのです。
思い立って行った犯行ではなく、何年も準備してきた計画的な犯行で、恨みが強いことを示したかったのでしょう。そして、万が一、自分の犯行が失敗したり、成功しても、報道がゆがめられたりしたときの為に、こうして第三者に手紙を送っておくことで自分の意思表示ができるよう、保険をかけたのでしょう。
山上徹也容疑者は、文中で、『「銃が欲しい」と書いたあの時から、銃を手に入れようと必死になっていた』という内容を記しています。つまり、銃での殺害を決意したのは、米本和広氏のブログにコメントを残した時が始まりだったと言っています。
だからこそ、そのきっかけを与えてくれた米本和広氏を選んで、手紙を差し出したのです。「背中を押してくれてありがとう」と、焚きつけてくれた米本和広氏に感謝さえしていたかもしれません。もし、接触していた相手が違っていたら、結果も変わっていたのではないかと、残念に思えてなりません。
なお、かねてから、頭の良さが話題になっていた山上徹也容疑者ですが、この手紙についても、文章から頭の良さが伝わってくると話題になっています。
英雄だ
自分の行為の無意味さもわかってやってる
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