番外編 来なかった夜2《限定公開》
明け方の通りで、顔面蒼白なドロイを見つけたのは冒険帰りのワデットだった。
「あれ、ドロイちゃん。具合悪そうだけど、どっか悪いの?」
「……ゼタさんは?」
ドロイはキョロキョロと周囲を確認し、あの冷たい眼光の女を探した。
どうやら、少なくとも周囲にはいないらしい。
「ゼタはお仕事。私と入れ替わりだったからしばらく帰らないよ」
それを聞いてドロイは大きなため息を吐く。
「ちょっと懐がねぇ……」
寒くてたまらない。肋骨から隙間風が入り、内臓を凍らせるような苦痛にドロイは苛まれていた。
「あ、また賭場で遊んだな。駄目だよドロイちゃん。ああいうのは結局、胴元が勝つように出来ているんだから」
ワデットは渋い顔であっさりと正解を引き当てた。
その非難めいた視線は物理的衝撃に近く、ドロイの自尊心を撃ち抜く。
「それ以上は言わないで、ワデット!」
慌てて飛び掛かり、ドロイはワデットの口をふさぐ。その顔はもはや半泣きだ。
命がけの稼ぎなのに使い道が愚かなことも、結局は損することも十分にわかっている。でも、娯楽として少し遊ぶくらいなら悪いことじゃないはずだ。
もともと、いつ死ぬかもわからない冒険者稼業である。ほんの僅か享楽的に振る舞って悪いことはなかろう。
と、いうのは適度に遊んで抜けられる者のセリフであることをドロイは知らぬわけではなかった。
もちろん、自制が利かなかった自分が悪いのだ。でも、ただでさえ打ちのめされているのに、これ以上正論で追い打ちされると立てなくなってしまう。
「ちょ……やめてよ!」
膝も腰も力が抜けきったドロイは魔法使いのワデットにさえ容易く振り払われて地面に落ちる。
「あのねぇ、ドロイちゃん。せめて宿代と食費くらい残してれば私も文句は言わないよ」
細められた目がドロイに向けられる。
目の悪さから細められる目とはまた違う、呆れのこもった目つきだ。
「ワデット、宿代と飯代貸して」
「やだ」
ドロイもわかっている。ワデットが悪いわけではないのだ。
ただ、同じように三度も金を借りて返していない自分が悪……いや、やはり環境が悪い。
自らの身の恵まれなさを思いドロイはシクシクと泣き出してしまった。
「ゼタがいたらこんなもんじゃすまないよ。ほんと」
それもわかっている。「バカじゃないの」とバッサリ切られて終わりだ。
こんな状況でゼタを見かけたのならドロイは一目散に走って逃げていただろう。
「うぐぅぅぅぅぅ」
地面の上でジタバタころがり、目を開けると抜けるような青い空が目に入った。
「ねぇ、ワデット。この空の広さに比べたら小銭の勝った負けたなんて小さな話だね」
へへへ、と笑いながらドロイは空を指差した。
ワデットもつられて青い空を見上げて肩を竦める。
「勝った負けたなら確かに小さな話だけど、勝って帰ってくることはない、負けは込んできているってなると大きな話じゃない?」
痛い所を突かれ、ドロイはぐぅっと息が詰まる。
「おしまい、この話はもう御終いです! 可憐なあーしをイジメて楽しいかね!」
頬を膨らませながらドロイは立ち上がる。
懐の寒さも怒りの熱で若干、温まった。
「さて、飯食って寝よう。そんで今度こそ賭場とは縁を切るんだ!」
土ぼこりを払い落し、身だしなみを整える。
「なんか、この前も同じこと言ってなかった?」
「言ってない!」
堂々と胸を張ってドロイは宣言した。
懲りることを知らない不屈の精神と、不都合なことを無かったことに出来る偉大な忘却力がドロイの冒険者としての巨大な資質であるのだ。
「でもご飯代もすっちゃったんでしょ。言っとくけど、本当に奢らないからね」
「大丈夫。むしろあーしがワデットにも飯を食べさせてあげるよ。なに、可愛い女の子が二人だ。向こうから奢らせてくださいってヤツも百人や二百人はいるさ」
えっへへへ、と笑いながらドロイはワデットの腕を掴む。
とりあえず賭場で知り合った屋台のオッサンにあたってみよう。
いざとなれば仲間の家でも教会でも、ドロイはタダ飯を食う方法を熟知していた。
動き始めた早朝の街で、ドロイとワデットは勢いよく走り出すのだった。
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