第9996話 ワタヌキⅡ(限定公開)

「あれ、アっちゃんってギターとか弾いたっけ?」


 僕の部屋にやってきたギーは部屋の隅に立てかけられたギターを目ざとく見つけると、手に取った。


「いや、全然。知識もないし、才能もないと思う」


「ああ、わかる。アっちゃん、芸術性が皆無だもんね。手先なんか、本当に不器用だし」


 ギーは僕の自虐を笑顔で肯定しつつ、ベッドに腰を下ろした。

 一人暮らし用のワンルームに棲むギーの部屋と比べ、僕の部屋は圧倒的に狭い。室内にベッドがあり、勉強用の机とタンスがあるだけでほとんど室内にスペースは残っていないのだ。

 なので、僕以外の第三者がやってきてもベッドの上に座るか、勉強机に付属する椅子に腰掛けるかの二択になる。

 今回は僕が椅子に、彼女がベッドに座って向かい合っていた。

 ギーは足を組むと、弦を一本ずつ、確認するようにつま弾いていった。

 正直に言えば、僕の五感はスカートから危うく伸びる長くて白い足に集中していたのだけれど、やがて始まったギーの演奏と歌には素直にビックリした。

 演奏の善し悪しを判断出来るほど、僕に音楽的素養はないが、少なくとも違和感など感じない上手な演奏だと思う。

 その上、掠れる様な歌声はとても魅力的で、ゾクゾクしてしまうほど好みだった。彼女はそのまま、古い流行歌を一曲弾ききり、咳払いとともにギターを置いた。


「わぁ、すごいねギー。ギター弾けたんだ」

 

 僕の賞賛に、ギーは形のよい唇を歪めて笑う。

 

「実はね、ピアノも弾けるんだよ。弾くことはほとんどないけどさ」


 ギーのことを頭が良くて運動神経のいい少女だと思っていたのだけど、どうやら彼女は僕が思っていたよりもずっといろんな才能の固まりだったらしい。

 

「へぇ、いつか聴かせて欲しいな」


「それはそうと、このギターはなんなの?」


 ギーはギターを床におろしてベッドに立てかけた。

 

「友達がね、ギターを持ってきて預かって欲しいっていうからさ」


 僕もギターの説明をする。

 わざわざ説明するほど、なんという話ではない。

 

「へぇ、友達って誰?」


「二組の加堂」


 言った瞬間、ギーの眼が細くなり、空気が凍り付いた。

 

「加堂さん、てあの派手な女の子だよね?」


 ギーの口調は常のとおりであるものの、その裏には明らかなトゲが存在を主張している。

 確かに、ギーのいうとおり加堂は派手めな女子だった。

 僕はおそるおそる頷いて口を開く。

 

「そうだね。その加堂なんだけど……」


「ふぅん、仲がいいんだ」


「小学生の時に近所に住んでたんだよ。クラスも一緒だったし」


 だんだんと不機嫌になっていくギーに対して、僕は為す術もなく説明を続けた。


「そうなんだ。……私、帰るね」


 立ち上がったギーに僕は慌てた。

 

「ちょっと待ってよ、来たばっかりじゃん!」


 流しのギター弾きではないのだ。

 ちょっと来て、一曲歌って帰られてたまるか。

 

「じゃあ、なにするの?」


 なに、と面と向かって問われると厳しい。

 僕の部屋にはテレビもゲームも本棚もない。


「雑談とか……」


 結局、僕は彼女といるのが楽しいからこうしているのだ。

 その楽しさの大部分は雑談にある気もする。

 

「加堂さんとも雑談をして楽しむんでしょ?」


 僕と加堂は友達なのだからたまにちょっとした雑談を交わすくらいはあるだろう。でも、ギーの言っていることはそうじゃない。

 普段、ギー以外に女っ気のない僕から他の女の子の話が出たから怒っているのだ。

 となればともかく誤解を解く必要がある。


「待ってよギー。僕と加堂は本当にただの幼なじみだからね。変な関係じゃないよ」


 しかし、ギーの表情は固いままだった。

 

「嘘つき」


 彼女の言葉が僕を打ちのめす。

 そりゃあ、僕は誠実な男だと胸を張るには卑怯が過ぎる。

 それでも、真実を証言していて信じてもらえなければどうすればいいのだろうか。

 

「こんななにもない部屋で、女の子と二人なら、アっちゃんがなにもしないって私は信じられません」


 他人行儀に言い放ち、ギーは部屋の扉を開けた。

 僕は慌ててその手を掴む。

 

「待って。君がなにを誤解しているのか、やっとわかったから」


 僕の言葉に、ギーはこちらをチラリと振り向いた。

 弁明を求める視線が僕に刺さる。


「まず、僕も加堂も互いの家にあがったことはないよ。ていうか、僕の部屋に来た女の子ってギーだけだから」


 つまり、ギーは今日の僕たちのように、僕と加堂がこの部屋で二人きり、向かい合ったと思ったのだろう。そこが大きな間違いだ。

 加堂はバンド活動をしており、先日、演奏が終わった後の打ち上げだかデートだかに邪魔な楽器を、たまたま会場の近くに住んでいた旧友に預けたに過ぎないのだ。

 だから、僕が加堂とこの部屋で二人きり見つめ合ったなどというのはギーの妄想の産物であって、事実ではない。

 僕がきちんと説明すると、ようやく納得してくれたギーは再びベッドに腰を下ろした。

 誤解とはいえ、怒ってしまったからか、顔にはまだ不機嫌な表情を張り付けている。一種の照れ隠しなのかもしない。

 しかし、一件は無事に終わった。

 そうなると、僕としてもより大きな戦果を求めて活動せねばならず、そのためには多少ずるい言動もしようがあるまい。

 なにせ僕は卑怯な男なのだ。

 僕もギーの隣に腰を下ろして耳元で囁いてみた。


「ところでギー、さっき僕に、なにもしないなんて信じられないって言ってたけど『なにも』て具体的になに?」


 質問の意味を理解したギーの顔が一気に真っ赤になる。

 些細な意趣返しで会話のイニシアチブを奪うと、僕たちはいつもの、まあ、なんというべきか雑談以外のコミュニケーションに移行していった。

 加堂が小学校からの旧友だとすればギーは生まれる前からの付き合いである。

 途中、母親が帰宅し焦るなどのトラブルはあったものの、無事に仲直りは成功し、僕たちは母親の作ってくれた夕飯を並んで食べることになるのであった。

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