第9994話 救助要請(限定公開)
ギーの五投目はレーンを駆け抜け、湾曲しながらピンを弾き飛ばす。
直撃!
レーン上は一掃され、モニター上には七面鳥が踊った。
誇らしげに振り返ったギーを、僕は片手を上げて迎える。
痛いほどのハイタッチをかわして、僕もノソノソと立ち上がり、重たいボールに指を突っ込む。
この玉を六回投げて、ピンを倒すのと、そうじゃない確率が半々というところであって、ディスプレイに書かれたプレイヤーネーム『ア』の得点はまだ二十点に届かない。
第四フレーム目にしてすでに勝負が決した感もあり、なんだかひどい徒労を強いられている気になってきた。
「アっちゃん、ほらファイト!」
背後からギーの声援が飛ぶ。
ここで才能が開花し、残りの全投球でストライクを決め、颯爽と逆転勝ちすれば格好いいのだろうけど、このゲームのルールでなぜ最大値が三百なのかも理解していない僕ではその目も薄そうだ。
案の定、投球は右端の二本を倒すに留まり、舌をだして振り返ると、ギーが楽しそうに笑っていたので、まあこれも悪くないかと自分を慰める。
「アっちゃん、負けたらパフェね」
騒がしいボーリング場でもギーの鈴の様な声はしっかりと僕の耳に届く。
ファミレスで四〇〇円くらいか。財布の中身を考えればそれくらいはどうにかなるだろう。
それに、頼んだ料理はなんだかんだ半分ずつ分け合うのでまるっきり損というわけでもない。
自分に言い聞かせながら、戻って来た玉を転がすと、先ほどとまったく同じルートを通った玉はピンにかすりもせずに奥へと吸い込まれて行った。
「残念!」
僕のスポーツドリンクを勝手に飲みながらギーが笑って手を振っていた。
※
「ダーツなら勝てるんだけどな」
僕たちは歩いて帰りながらとりとめも無い話しを続けた。
セーラー服のギーとブレザーの僕。彼女が転校してきてから一ヶ月が経っていた。
住宅街の道は黄昏時特有の雰囲気で僕たちを包み、奇妙な気分にさせる。
こういう薄暗い道を歩いていると時々、無性に迷宮の事を思い出すのだ。
しかし、そう考えるのは僕だけらしく、ギーは楽しそうに口を開いた。
「この前、ビリヤードの時も似た様な事言ってなかったっけ?」
言って、僕の肩に肩をぶつけてきた。
軽くバランスを崩して、踏みとどまり、僕からも優しくぶつかり返す。
「ボウリングは……玉が重かった。っていうかギー、上手すぎじゃない?」
結局一五〇点以上をたたき出した彼女はキャーキャーと笑って見せた。
夕闇に溶けかけたその横顔は怪しく美しく、僕をクラクラさせる。
「大丈夫よ、アっちゃん。ボウリングが下手でも人間の価値は落ちないから」
僕が上手くなるとは欠片も思っていないイタズラっぽい笑みが僕を見据える。
「あれ、そういえばパフェはどこで食べるの? この辺にお店あったっけ?」
ボウリング場の近くにあるファミレスに入らず、ギーと歩いてきていた。
この辺りはギーが住んでいるアパートの近くで、何度か来たけれど近くにそれらしい店を見た事はない。隠れ家的喫茶店とかだったら高そうだな、と懐の心配をしつつギーについて歩いていると、ついに目的へと到着したらしく、ギーが「到着」と呟いた。
「ここって、ギーの家じゃん」
ギーはにんまり笑うと、僕の腕を引っ張ってエレベーターに乗り込む。
「パフェはいいの?」
「ん」
ポケットから取り出した紙を僕に突き出す。
レシートだ。アイスにチョコスプレー、バナナに生クリーム。
「後で精算よろしく!」
そう言うとギーは狭いエレベーター内でくっつくように僕の隣に立った。
「え、ギーが作るの?」
「その方が安いじゃん」
※
ギーの部屋はワンルームの小さな部屋だった。
小さなユニットバスとミニキッチンが着いていて、玄関のすぐ横には小さめの洗濯機と冷蔵庫が並ぶ。
「座って待っていてよ」
ギーが言うのだけど、その部屋で座るところと言ったらベッドくらいしかなく、空いた空間には洗濯物が干してあった。
カバンを置くと、僕はベッドに腰掛けてテレビの電源を入れる。
特にテレビが見たかったわけではないのだけど、無理にでもそちらへ視線を向けなければぶら下がった下着を凝視してしまいそうだったのだ。
夕方のニュースではどこかで行われた陶器市の特集が流れ、それを見ながら携帯電話を取り出す。
母へ遅くなる旨のメールを送ろうとしていると、ギーがやって来て小さなちゃぶ台の上を片付けた。
「下着の写真とか撮らないでね」
「変態じゃあるまいし」
「アっちゃん、変態ぽいじゃない」
言われて僕は口を塞いだ。思春期の少年にとっては不健全こそ健全じゃないか。
女の子と小さな部屋に二人きりなら多少なりと興奮するのが当然だ。
ギーは藍色のエプロンを着て、テキパキと作業を進めていて、僕はその姿を目に焼き付けるように、じっと見つめた。
「なに、照れるよ」
視線に気づいたギーがはにかむ。
「ん、変態だからね。ギーの事をいやらしく見たりもするよ」
僕が言うとギーは食器を机に置いてベッドに腰掛けた。
腰と腰が密着し、甘い髪の匂いが僕の鼓動を跳ね上げる。
「冗談だよ」
ギーはそう言って、僕と唇を合わせた。
視界の端には冷凍庫から出しっ放しのアイスが溶けているし、結局母への連絡もしていないのだけど、もはやどうでもいい気がした。
甘やかで生臭い劣情が僕を突き動かした結果として、溶けたアイスをすする事になったのと、両親を怒らせたのだけど、やはり一緒に謝ってくれたギーが「お義父さん、お義母さん」と呼んだことで両親の機嫌はころりと替わり、どうにか外出禁止なんかの措置は回避されたのだった。
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