渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

マイキュー登場

2022年08月14日 | open


とは言っても、5ラック先取り戦で
4セット対0セットでリードしてい
た。
私がちぎっていたのは、本当の意
味でのマイキューを途中から使い
始めたから。
セット4-0でぶっちぎっていたとこ
ろ、相手に火がついて相手も必殺
メインキューを出して来て、ガチ
モードに入った。
そこから5ラック先取りを3セット
連取。
これでセットカウントは4-0だった
のが4-3まで迫られた。

最後の5ラック先取りが劇的だっ
た。
私がサクサクと入れて出しまくっ
てラックカウント4-0。
そしたら、5ラック目のマスワリの
9番を外した(笑
その1球でとどめだったのに。
それから、相手は9を落としてから、
マスワリ取り切りマスワリで、一
に4ラック連取。
一変に追いついた。
最終ラックは4-4のヒルヒルとなる。
このラストゲームを落としたら、
セットカウント5-3で勝利してた
のが、4-4の時間切れドローとなっ
てしまう。
たった1球の外しが大きく流れが
変わった。恐ろしいですねえ。

そして、最終セットの最終ラック、
スコア4ラック対4ラック。
ラッキーな事に回って来た。
慎重に取り切って終了。
スコア5セット対3セットで勝ち。
4-4と5-3では大違いだ。
通常の対戦でも5ラック先取りの
短期戦は重要なラックがある。
それはカウント3-2の時の次のラッ
クだ。
結果が4-2と3-3ではまるで戦況
が異なる。
カウント3-2の時の次のその6ラッ
ク目というのは非常に重要なラッ
クとなる。運命のラックといって
もよい。

そうした、重要ポイントや難局が
必ず対戦中にはあるので、その山
と谷は読み切らないと対戦を有利
に進められない。
対戦競技はそうした駆け引き、やり
とり、攻防が面白い。
対戦の行方この一球にあり、とい
うような玉もある。
それを状況の中で認識しないと、
ボコ負けしたりする事になる。
「運を引き寄せる」というのは、
そうした状況と情況とを読み切る
事から発生するのではなかろうか。

なので、ビリヤードなどは、一人
で玉入れだけをやっていても、
全く面白くも何ともない。
技術と読みを駆使して、人間と
人間が真っ向から正々堂々と対戦
するのだ。それ。それがスポーツ。
一人で玉入れしているのは、それ
はビリヤードとは呼べないだろう。
それ、練習ですね。バントやノック
や盗塁やスライディングやフライや
ゴロを取る練習。
野球は対戦チームと試合というもの
で対戦をしない限り、やる事はすべ
て練習になる。
そして、練習は対戦の為の練習だ。
対戦競技であるビリヤードも、
対戦をしないのは、それは練習。
そこからは一歩も出ないし、撞球
という種目の根幹に関わる。

人と勝負すべし。撞球は。
ボウラードでいくら玉入れが上手
とも、それは練習でしかありま
せん。フィットネスジムで身体を
鍛えるようなもの。
対戦競技はどんな種目でもそうだ
が、その種目を通して、人と戦う
のです。懸命に。持てる力を全て
互いに発揮して。
つまり、その種目を通して人間
同士が技術と精神力とを競い合う。
その技の競い合いがまさに文字通
り「競技」なのであるし、対戦
競技種目で人間と対戦しないのは、
それはその種目をやっているとは
いえない。

ビリヤードは対戦競技です。
人とぶつかりましょう。全力で。
一人玉入れはビリヤードに非ず。
ナンボ一人練習で玉を入れても、
そこからは人と人の知力と技術力
のしのぎ合いによる更なる上の
次元への上昇は存在しません。
人を大切にしましょう。
スポーツ、スポーツマンはそれ。

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