ウタウ

読了目安時間:6分

エピソード:1 / 20

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* あなたの残酷なその問いに、 「声」 答えた時の顔が笑えた。 ねぇ、もう一度。 あたしの耳にあなたの声を。 あたしの名を呼ぶあなたの声を。 * 夢のように そばにいてくれなくていい。 何も応えなくていい。 声など聞こえなくていい。 優しさはいらない。 想いを奏でることは無い。 気持ちを伝えることも無い。 あたしの涙は無かったことに。 どうか、頼むから。 口走ったあの言葉が、あなたに届きませんように。 * 天邪鬼 振り向かないで。 振り向かないで。 振り向かないで。 一度だけ 振り向いて? *  ぽつりぽつりと、つぶやくようにこんな(ことば)を書き出すようになってから、もう何年も経つ。そのうちにノートに書き出すだけでは気持ちが納まらなくなって、インターネットのブログで公開するようになった。そうしたら、ぽつりぽつりと知らない人から反応が来るようになった。どこにもリンクなど貼っていないのに、インターネットというのはすごい。どう検索すれば自分のブログにたどり着くのか、いまだに判らないけれど。  特によく反応をくれるのは、「たけうま」さんだ。性別も年齢も本名も、何一つ素性を知らないたけうまさんとのやり取りが、心の拠所になるまでにそう時間はかからなかった。 「あの…。すみません」  後ろからおずおずという体で声を掛けられ、逢坂詩乃(おうさかしの)は振り向いた。そこには、長い髪を二つに束ねた女子生徒が立っていた。詩乃よりも頭一つ分背が低い。 「はい?」 「音楽準備室って、どう行けばいいですか? 迷ってしまって…。三階だと思っていたんですけど」 「ああ、一年生?」 「はい」  そっと見上げてくる後輩に、詩乃はうなずいた。 「三階は合ってるんだけどね。音楽準備室は西棟よ。ここ、東棟だから」  入学式を終えてから、まだ一週間しか経っていない。新一年生が学校内で迷子になるのは無理からぬことと言えた。  準備室の場所を指さしながら説明すると、一年生は何度もうなずき、礼を言ってからぱたぱたと走り去っていった。廊下を走るべからずとは古今東西学校という場の不文律だろうが、まあいいだろう。昼休みももう残り少ない。この時間に準備室へ向かっているということは何かしらの当番を振られているのだろうし。  がちゃりと音がして、詩乃の後方にある扉が開いた。中から出てきた女子生徒は、詩乃を見てぱっと笑った。 「詩乃、来てくれたんだ」 「うん。人手がいるかと思って。でも必要無かったみたいだね」 「ごめんね、お騒がせしまして。やっぱりここにあったよ」  生徒会室の前である。出てきた女子生徒、斎川(さいかわ)麻里(まり)は、置き忘れていたプリントをひらりと振って見せた。次の授業で提出しなければならないこのプリントを、麻里はどこかで失くしたと騒いでいたのだ。確実に鞄に入れたのなら、可能性としては生徒会室ではないかと言ったのは詩乃で、別の用事を片付けてから探すのを手伝いに来たのだ。  教室に帰るべく、二人で廊下を歩き始める。 「見つかって良かったー。これで西園寺(さいおんじ)に怒られずに済むわ」 「西園寺先生、でしょ」 「いいじゃん、誰に聞かれてるわけでもなし」 「あたしが聞いてる」 「ええい、この真面目ちゃんめ」 「まあね。美鷹学園のミス真面目と呼んで」 「じゃあ略してミスって呼ぶわ」 「なんか失敗感が漂うな、それ」  笑いあって、廊下を曲がる。廊下の突き当りから二番目、三年二組が二人の教室だ。 「でもさ、西園寺…先生も、もう少し愛嬌があってもいいと思わない?」  今度は先生を付けて呼んだ友人に少し笑いつつ、詩乃は考えた。 「愛嬌…かぁ。ま、確かに」  西園寺拓巳(さいおんじたくみ)は、美鷹学園の現国教師である。すらりとした長身で、年齢は二十代半ば。眼鏡は伊達だという噂があるが、本当のところは知らない。詩乃は嫌いな教師ではないし、生徒からの人気も決して低くない。彼は、詩乃と麻里のクラスの担任教師でもあり、二人が所属している生徒会の担当教師でもある。  授業態度は淡々としているが、つまらなくて寝てしまう生徒はいない。極々まれに、至極真面目な顔で冗談を言うこともある。しっかりと生徒の目を見て話してくれるし、質問に行けば分かりやすく教えてくれる。  にこやかとは言い難い顔つきだが、時々、ふとこぼすように笑う。そんな教師だ。 「高砂先生とは正反対だよね」  麻里の言葉に、詩乃は軽くうなずいた。  高砂篤子。同じく美鷹学園の、こちらは英語教師だ。何故西園寺と並んで名前が出てくるのかというと。 「幼馴染って言ってたけど、よく続いてるよね、男女の友情」  こういうことである。 「タイプが違うから、逆に合うのかもね」 「おお、なるほど」  高砂は西園寺とは違い、いわゆる熱血タイプだ。豪快に笑うし、怒るし、泣くし、時には生徒とともに歌う。歌って上の教師に怒られることもある。  思春期である生徒たちに西園寺との仲を勘ぐられた時も、彼女は笑って有り得ないと答えていた。男女ともに胸をなでおろした生徒がいたとかいなかったとか。  話しているうちに教室にたどり着く。扉を開くと、何人かが二人に気が付いた。 「お、プリントあったの?」 「あったあった。やっぱり生徒会室だったよ」 「そのまま忘れて西園寺に怒られれば良かったのにー」 「なんだとー?」  麻里は教室の真ん中にいる。  物理的な立ち位置ではなく、詩乃はそう思う。  麻里が叫ぶと、教室に笑いが起こった。いつもの風景だ。 「ほら、もうチャイム鳴るから」  詩乃の言葉で、教室中に散っていた生徒たちが席に戻る。麻里はまだぶつぶつ言っていたが、それでも一応は席に着いた。  詩乃の席は窓際から二番目、教室の一番後ろの席である。麻里はその前にいる。  全員が席に着くと、間もなくチャイムが鳴った。ほぼ同時に西園寺が入ってくる。短めの髪に、きっちりとしたスーツ。今日のネクタイは紺色と浅葱色のボーダー。伊達かどうかは知らないが、切れ長の目に横長の眼鏡はよく似合っている。  日直の号令で授業が始まり、詩乃はノートを広げた。  いつもの風景だ。昼食と昼休みが終わった後の、なんとなく弛緩した空気の授業。この時間が、詩乃は好きだった。  逢坂詩乃は、()(たか)学園高等学校に通う三年生である。  特に目立つ容姿はしていない。いつもハーフアップにしている髪は肩にかかる程度。元々色素が薄いので、色は日に当たると焦げ茶に見える。同じ理由で灰色がかった瞳ははっきりとした二重瞼だが、特に大きいわけでも睫毛が長いわけでもない。色白でもなければ地黒でもない。成績は中の上。要するに、普通の容姿をした普通の高校三年生だ。一年生の時から生徒会役員をしており、今は書記についている。ちなみに、生徒会長は麻里だ。  詩乃と斎川麻里は、中学生の時からの友人だ。クラスは違っていたが委員会で一緒になり、隣のクラスであったことから組むことが多く、仲良くなった。高校生になって生徒会に入ったのも、麻里に誘われたからだ。麻里は長い髪を頭の高い位置でまとめおり、肌は健康的な小麦色。活発で明るく、教室どころか学校中の生徒たちからの人気者だ。成績もいい。  引け目を感じることはない。ただ、そういうふうに「出来ている」のだと詩乃は思っている。  ノートに走り書きをした。 * いないことに気付かれない存在なら、死んでいるのと変わらない。 *

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