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非暴力抵抗こそが侵略から国民を守る~非武装の精神で戦争の根を断て 想田和弘と語る(前編)

ウクライナへの自己同一と「敵/味方」議論は危うい

石川智也 朝日新聞記者

国の体制や原理を守る最善の手段は

――ただ、仮に長期的に見て国土や人命の犠牲が最小になるとしても、侵略をいったん座視するということは、脅しに屈してルールを曲げることを受容することになりませんか? 長谷部恭男・早稲田大教授はルソーを引用して「戦争とは政治体制と政治体制の戦いであって、結局のこところ攻撃目標になっているのは相手の国の憲法原理だ」と指摘しています。ロシアに占領されるなり属国的な政権が成立するなりして現在の国家体制が変わるということは、西欧型の自由民主主義国家を目指したいというウクライナの憲法原理が破壊されるということです。また、二度の世界大戦を経て曲がりなりにも成立した「法の支配」という国際秩序を大きく毀損することにもなります。

 僕は、人命だけではなくて、国家機構やその国の体制や原理をゆくゆく取り戻すためにも、非暴力抵抗が有効だと思います。

 例えば、ウクライナについても、想像してみてほしいんです。

 もしゼレンスキー大統領が最初から「武器を取れ」と国民を鼓舞する代わりに「国家を挙げて非暴力で抵抗しましょう」と呼びかけたとします。逃げたい人は国外に逃がし、無血開城する。当然ロシア軍はキーウ(キエフ)に進軍し、大統領府や国会を占領します。ゼレンンスキー大統領は失脚し、ウクライナはロシアに併合されるか、傀儡政権ができるでしょう。でも、武力による応戦がない以上、ロシア軍の発砲は最小限に抑えられ、街も破壊されることはない。

 そして、占領者は、すでに整備されているその国の統治機構を最大限利用しようとするでしょう。GHQも日本の天皇制や官僚機構や警察組織を活用して占領統治をしました。一からすべて構築するのは膨大なコストがかかりますから。

 でも、占領者であるプーチンが命令をしても、誰も協力せず、サボタージュしたらどうなるでしょう。「反乱分子」を逮捕しようとしても、ウクライナの警察や検察は動かず、裁判官もボイコットするのです。そして、こうした抵抗を続けるウクライナ国民を、国際社会は支援し続ける。ロシアはさらに孤立する。占領のコストがどんどん上昇していく――。こういう状況が続けば、割に合わなくなったロシアが政策の転換をせざるを得なくなる。そういう可能性が、僕は実際にあると思うんです。

ハリコフで3月2日、攻撃を受けて炎を上げる警察施設=ウクライナ非常事態当局のフェイスブックから拡大ハリコフで2022年3月2日、攻撃を受けて炎を上げる警察施設=ウクライナ非常事態当局のフェイスブックから

 もちろん、うまくいく保証はないですよ。だけどそれは、軍事的に応戦してもうまくいくことが保証されていないのと同じです。しかも、何年かけても戦争に勝てればまだよいかもしれないけれど、負けたらどうなるのか。

 ただそれでも、最悪ウクライナが軍事的に敗北するという事態になったとしても、ロシアの支配に対抗するために、まだ非暴力・不服従の闘争という手段は使えると思います。だから、非暴力抵抗の可能性は、どのみち絶対に研究しておかなければならないと僕は思います。

非暴力の種子を次代につなぐために

――ガンジーが唱えた非暴力抵抗は色々な意味で誤解されていると思いますが、シャープも、何度もノーベル平和賞候補になった有名人にもかかわらず日本での知名度は低いですね。想田さんの持論が誤解を受けているのもそれが一因かもしれません。ただ、一国内での体制に対する抵抗運動で非暴力はあり得ても、現に軍や武装組織を持つ主権国家が侵略された場合に戦わずにいったん占領を受け入れるという政策判断は、現実的にはあり得ないでしょう。圧倒的な戦力差がある場合を除いて。

 自分が絶対的な少数派であることは分かっています。まあ、これは僕なりに紆余曲折を経てたどり着いた信念のようなもので、僕自身の生き方や人間観や世界観に深く関わっている結論です。自分自身で同じような結論に至って共感してくれる人はいても、僕が自説を話すことで説得される人はほとんどいないでしょう。

 語るだけ藪蛇というか、笑われて馬鹿にされるだけでなく、「お花畑」「青い」「理想論者」だの「自分の考えに酔っている」だの、もうありとあらゆる罵詈雑言が飛んできました(笑)。

 それでもやっぱりこうして話すのは、どんなに小さくとも、非暴力の種子を守っておきたい、消してはいけない、という思いがあるからなんです。

 この種子が、僕が生きているうちに芽を出すことはないでしょう。だけど、この種にはものすごい可能性がある、人類にとって絶対に必要なものです。だから、まずは自分がピエロになっても、少しでもその価値を認めてくれる仲間を増やしたい。そう思っています。

後編では憲法9条と非武装の問題について、想田さんにさらに考えを伺います。13日朝に公開予定です。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。社会部でメディアや教育、原発など担当した後、特別報道部を経て2021年4月からオピニオン編集部記者、論座編集部員。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所客員研究員。著書に『さよなら朝日』(柏書房)、共著に『それでも日本人は原発を選んだ』(朝日新聞出版)、『住民投票の総て』(「国民投票/住民投票」情報室)等。ツイッターは@Ishikawa_Tomoya

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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