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非暴力抵抗こそが侵略から国民を守る~非武装の精神で戦争の根を断て 想田和弘と語る(前編)

ウクライナへの自己同一と「敵/味方」議論は危うい

石川智也 朝日新聞記者

「非暴力は、より積極的な真の闘争」

――あらためて「非暴力抵抗」とは具体的に何をすることなのか、説明していただけますか。

 武力や物理的な暴力を使わずに、それ以外の政治的、経済的、社会的なあらゆる手段、具体的にはストライキやボイコット、サボタージュなどを駆使して、侵略者や独裁政権と戦うことです。

 マハトマ・ガンジーは「非暴力は、悪に対する真の闘争をすべて断念することではない。それどころか、悪に対する、より積極的な真の闘争である」と述べています。僕は、非暴力不服従こそ、倫理的に高潔というだけでなく、実効的な策だと思っています。

 いかなる占領者も独裁者も、人々の協力なしには権力を行使できない。軍も官僚も警察も労働者も、組織を挙げて非協力を貫けば、侵略者は占領地を統治できません。

 プーチンだって、一人では戦争を起こせない。軍に攻撃を命じたとしても誰も従わなければ、ウクライナへの侵攻はできない。命令を実行しない反乱分子を処罰しようにも、彼らを検挙する人たち、裁く人たちが実行しなければ、どうしようもない。誰も協力しなかったら権力者は権力者たりえない。だから民衆や官僚が権力者への協力をやめさえすれば、権力の源泉は崩壊し、権力者は丸裸になります。

 アメリカの政治学者ジーン・シャープは、非暴力抵抗運動の歴史的実践例をつまびらかに研究しました。そして、権力が存立する体系を理論化するとともに、その権力を無力化するための、198もの具体的な手法を示しました。

 官僚や軍や警察や民間団体や民衆が圧政者や占領者にあらゆる局面で非協力を貫き、統治を困難にさせ、占領を継続しようとしても人的・経済的・政治的コストがかかって果実を得られないという状況を出現させ、最終的には撤退に追い込むわけです。

 ジーン・シャープ(1928-2018)は非暴力行動研究の先駆者。ミャンマーの民主化運動を支援する指南書『独裁体制から民主主義へ』などの著作を通じて、各地で独裁体制への草の根抵抗運動の理論的支柱となってきた。「アラブの春」やウォール・ストリート占拠運動、ウクライナのオレンジ革命などにも大きな影響を与えたと言われる。通算4度ノーベル平和賞の候補に挙がり、「非暴力のマキャベリ」「非暴力戦争のクラウゼヴィッツ」などと称された。非物理的な暴力を用いずに権力と闘争する実践的な戦略として「抗議・説得」「非協力」「介入」の3分類を示し、その下に198の具体的戦術を示した。

――ロシアに侵略されたウクライナも非暴力抵抗をすべきだった、あるいは、いまからでも占領をいったん受け入れて国家的なボイコットをする方が、犠牲が最小限に抑えられるということでしょうか?

 暴力に対してどう立ち向かうのかは、その選択によって自分や家族の命がかかっているわけですから、どうすべきだ、というのは軽々しくは言えません。繰り返しますが、侵略されたウクライナの人々の自己決定権を最大限尊重するしかない。

 ウクライナ人はどうすべきか、ということではなく、私たちが、自分だったらどうするのかということを問う必要があるのだと思います。あくまでもそういう前提のうえですが、今回のウクライナの悲惨な状況、街が破壊され多数の市民が殺され虐殺まで起きているのを見れば見るほど、やはり暴力に対して暴力で立ち向かうことはうまくいかない、武力で国民を守ることはできないという認識が、僕の中では強まっています。

 多くの人がウクライナの惨状を見て「もっと武装を」「もっと武器の支援を」という結論になったのとは、まったく逆の結論に至ったということです。だって、この戦争は場合によっては何年も続きますよ。その間ずっと国土が破壊され、さらに人が死んでいく。これって、実際に国や国民を守れていると言えるんでしょうか?

ロシアの軍事侵攻を受け、ポーランドとの国境に向かう人たち=2022年2月26日、ウクライナ西部・シェヒニ近郊拡大ロシアの軍事侵攻を受け、ポーランドとの国境に向かう人たち=2022年2月26日、ウクライナ西部・シェヒニ近郊

 もちろん、非武装路線で国を守れるという確証はない。武力での抗戦に犠牲者が出るのと同様、非暴力抵抗運動でも犠牲者が出ることは避けられません。様々な手段で占領者に抵抗するわけですから、激しく弾圧されたり投獄されたり処刑されたりといった可能性は高い。

 それでも、全面的な戦争をするよりは、はるかに小さな犠牲で済むはずです。シャープも、権力崩壊のメカニズムを起動させるには暴力よりも非暴力的手法の方が強力だというだけでなく、武力で応戦した場合と比べて犠牲者数もずっと少ない傾向があると言っています。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。社会部でメディアや教育、原発など担当した後、特別報道部を経て2021年4月からオピニオン編集部記者、論座編集部員。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所客員研究員。著書に『さよなら朝日』(柏書房)、共著に『それでも日本人は原発を選んだ』(朝日新聞出版)、『住民投票の総て』(「国民投票/住民投票」情報室)等。ツイッターは@Ishikawa_Tomoya

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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