自治体のメタバース活用で大切な「やってみなはれ」の精神 〜Metaverse Japan Summit 2022レポート
NFTやDAOといったWeb3技術が新しい時代を切り開く原動力として期待される昨今、地方自治体もこうした最先端テクノロジーを取り入れるかどうかの是非が問われている。
とりわけ、メタバースは急激に拡大する可能性を秘めており、地方自治体の発展にも大きく影響するものだと予想されている。
去る2022年7月14日に開催されたMetaverse Japan Summit 2022では「メタバースが拡張する地方自治体」と題したセッションが行われ、有識者らによる包括的な議論が展開された。本記事では、その内容をレポートする。
目次
登壇者
- 中馬 和彦(KDDI株式会社 事業創造本部 副本部長 兼 Web3事業推進室長)
- 澤田 伸(渋谷区 副区長)
- 佐久間 洋司(大阪大学 グローバルイニシアティブ機構 招へい研究員、2025年日本国際博覧会 大阪パビリオン推進委員会 ディレクター、「バーチャル大阪」監修)
- 長田 新子(一般社団法人渋谷未来デザイン/理事・事務局長) ※モデレーター
国内初の自治体公認メタバース「バーチャル渋谷」
まずは各登壇者が手がけているメタバースの取り組みについて発表が行われた。
KDDIでオープンイノベーション責任者を務める傍ら、日本におけるメタバース標準化に取り組むバーチャルシティコンソーシアム 代表理事の中馬 和彦氏は、2020年5月に立ち上げた都市連動型メタバース「バーチャル渋谷」について説明する。
「渋谷に関係する複数のステークホルダーが連携し、自治体公認としては国内初となる『バーチャル渋谷』は、ハロウィンやクリスマスなどの時期にイベントを開催することで、実在都市と連動している仮想空間の可能性を示すことができた先駆的な事例として海外からも注目を集めています」
バーチャル渋谷はコロナ初年度の緊急事態宣言下のなか、わずか2ヶ月ほどの期間で企画から開発、ローンチまでこぎつけたという。メタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター株式会社と渋谷区、KDDIが手を組んだオープンイノベーションとしてスピーディーに共創したからこそ、短期間でバーチャル渋谷をリリースできたわけだ。
一方で中馬氏は、最初からメタバースというバズワードに乗る形でバーチャル渋谷を作ったわけではないと強調する。
「実はもともと、『攻殻機動隊』の企画でARを用いて渋谷をジャックするというものを準備していました。ですが、緊急事態宣言が発令したことで、街に用意したコンテンツを誰も見に来れなくなってしまった。そのため、『せっかく準備したのにお披露目しないのはもったいので、VR空間上にARコンテンツを表現しよう』と思い開発したのがバーチャル渋谷なんです。
本来であれば、企画が終われば打ち切りにする予定だったのですが、コロナ禍で多くの企業が苦境に立たされていて『バーチャル渋谷にお店出せますか?』、『VR空間でイベントってできますか?』といった問い合わせが相次いだこともあり、今もなお続く都市連動型“プレ”メタバースとして存在しています」
バーチャル渋谷にはこれまで累計で100万人以上が訪れており、まさにメタバース×自治体の先進事例と言っても過言ではないだろう。
このバーチャル渋谷は大阪市にも採用され、2021年12月に「バーチャル大阪」として立ち上がっている。バーチャル大阪は、2025年に迫る大阪関西万博(以下、万博)に向けて、新しい街の可能性を創造する希望を込めた形でローンチされており、渋谷と同様、都市連動型メタバースとして運用していくという。
「渋谷の場合は中軸に街を再現したのに対し、大阪の場合はこれから新たな街づくりをしていくという方向性のもと、あえて抽象度の高い造りにしているのが特徴です。万博に向かって取り組んでいくエネルギーやクリエイティビティを、メタバース空間でどう表現していくかを考えながら、バーチャル大阪も盛り上げていけたらと思っています」
「皆が自分ごと化できる」ためのバーチャル空間に向けて
「バーチャル大阪」をプロデュースしている大阪大学の佐久間 洋司氏は、バーチャル大阪のコンテンツが万博に必要になった経緯について、次のように説明する。
「有名なVTuberのキャストになった方が偶然にも同期なのですが、インターネットの世界で注目を浴びる存在になったのを契機にVTuberの可能性を感じ、VTuber文脈でバーチャル大阪のプロジェクトを進めるに至りました」(佐久間氏)
万博に出展する「大阪パビリオン」には、全部で5つのコンテンツがあるという。食や医療、健康などがあるなかで、佐久間氏は“バーチャル”も加えることを知事や市長に提案し、ひとつのコンテンツとして企画していくことが決まったそうだ。
そんな佐久間氏がメインコンテンツとして紹介したものは大きく2つある。1つ目は「わたしの目覚め〜Awakening of (Self’)」をコンセプトにした診断コンテンツとアバター生成アプリ。「自分が、なりたい自分を本当に知っているのか」という問いから、自分の目指している姿のアバターが生成されたり理想の過ごし方が提案されたりすることで、自分を見つめ直す機会を提供するものを想定しているという。
また2つ目は「あなたの共鳴〜Synchronized with You」をテーマに、ノベルを基軸としたメディアミックスを予定しているという。これは、誰かの人生を追体験するというもので、「プロテウス効果(VR上のアバターの特性がユーザーの行動特性に影響を与えること)からエンタメまでを取り込むことで誰かのことをもう少しだけわかるようにしていく」というコンテンツになる予定とのことだ。
そしてバーチャル大阪については、都市連動型メタバースとしてKDDIのマスタープランに沿った形で、相乗効果を発揮しながら作っていきたいという。
「バーチャルで作ったものを、できればリアルの大阪の街にも跳ね返ってくるようなものを意識しながら、KDDIさんに作り込んでいただいています。大阪府は渋谷区よりも大きいがゆえに簡単に疎外感が生まれてしまうので、例えば道頓堀だけを表現するのではなく『わたしの場所も、そこにある気がする』と思ってもらえるような抽象化のリクエストをしていますね。大阪市内のどこか一箇所だけでなく、各地域にある寺や川、公園、風景などを抽象化して一箇所にまとめることで、『皆が自分ごと化できる』のを、バーチャル大阪では目指しています」(佐久間氏)
リスクを背負い、新しいことに挑む渋谷区のシティプライド
バーチャル渋谷もバーチャル大阪も、「自治体側がどう向き合ってくれるか?」がひとつの大きな焦点になるだろう。メタバースという、ある種最先端の技術に取り組むことで行政にどのようなメリット・デメリットがあるのか。さまざまな考えを巡らす必要がある。
そんななか、渋谷区 副区長の澤田 伸氏は「区長も私も、公共セクターでの仕事の経験がない状態だったので、極めて民間の方々と発想や考えは同じだと思っている」とし、バーチャル渋谷の推進についてこのように話す。
「渋谷区という都市に対し、自治体としてさまざまなサービスを提供するのはもちろん、常にファーストペンギンとして新しい制度を作っていくという社会的なミッションを背負っているのが、我々のシティプライドにもつながっています。そこには失敗というリスクがつきもので、自治体がリスクをとるのは禁句とされていますが、渋谷区はあえてリスクをとってでも新しいことにチャレンジしていくことが大きな特徴になっています」(澤田氏)
渋谷には2000を超えるスタートアップが集結し、IPOをする企業やユニコーン企業も生まるなかで様々な発想やエネルギーが集積する場所だ。渋谷で生まれるムーブメントをいかにサポートしていくかを考えながら行政に取り組んでいると、澤田氏は続ける。
「新しいことに対して、なにか後押しできないかを考えるのが、役所の中では比較的スタンダードな考えになっています。なので、バーチャル渋谷の話がきた際も、拒むことなく提案を受け入れました。今後、バーチャル渋谷をどう広げていくかを考えることは、Metaverse Japan Summitに多くのオーディエンスが参加していることからも、非常に重要だと考えています」(澤田氏)
これに対してKDDIの中馬氏は「バーチャル渋谷のような事例をやりたいと、ほぼ全自治体から問い合わせがきているが、実際に進んでいるものはほとんどない」と吐露する。
「実は渋谷区や大阪府と話を進めていた時期と同じくして、他の自治体とも交渉を進めていましたが、どれも実現しませんでした。都市連動型メタバースとしてやっていく際にはシティプライドにこだわりを持っていますが、『どういうところであれば、オンリーワンの空間が作れるか』も考えなくてはなりません。しかし、自治体や商店街の人同士の話がまとまらず、議論の収拾がつかなかったんです。
それに対して大阪府は、『やってみなはれ』の精神で若手の佐久間さんにお願いし、『世界で一番のものを目指してほしい』と一任しました。これができるのは本当にすごいことだと思っています。渋谷区も一緒で、『好きにやってもらって構わないが、渋谷を愛する企業やコミュニティとやってほしい』と任せてくれたことで、結果的には70社以上のコンソーシアムで運営できています」(中馬氏)
合議制でないことがイノベーションにつながる
2025年の万博に向けて絶賛プロジェクトを進めている佐久間氏は、どのようなマインドを持ちながら、プロジェクトと向き合っているのだろうか。
「幸いにも多くの人に興味を持ってもらっていて、どういう風にご一緒していいものが作れるかを常に考えているのですが、必ずしも人が増えればいいかといえば、そういうわけでもありません。関係者の多さや期待の采配をコントロールする点が、最も大変に感じていることです。万博という一大イベントの規模感でプロデューサーとして振る舞うのは初めてのことなので、正直に言ってプレッシャーも感じています。それでも、絶対に大阪の地で開催される万博を成功させるという目標に向かって邁進していこうと考えています」(佐久間氏)
その一方で、課題に感じている部分もあると佐久間氏は続ける。
「バーチャル大阪を全年齢に対し、面白いコンテンツとして届けるのは難しいと感じています。年齢による非現実的なUXは、どうしても生じてしまうことだと思っていて、ここをどう対処するのか、どういう見せ方にするかなどは課題感として抱いています」(佐久間氏)
このような課題感に対して、澤田氏は次のような見解を示す。
「年齢とかデモグラフィックは全然関係なくて、『70歳だからこれはできない』といったような先入観は、特にメタバースの領域ではなくした方がいいでしょう。ひとつ例を挙げますと、現在渋谷区で提供する自治体サービスの中にアバターを取り入れていて、職員と相談者がアバターに転換して対話をしています。生活に苦しむ方やDVで悩んでいる方は、なかなか役所に来るまでのハードルが高いのですが、アバターでライトな相談ができれば早期に対策を打てるようになるかもしれない。こうしたメタバース空間上にサービスをリフトアップするのは、早急に行った方がいいと私は捉えています」(澤田氏)
澤田氏の意見に合わせるように、中馬氏は「新しいものをやるときは、何かを捨てないといけない」と強調する。
「自治体サービスって、ともすると世代や年齢問わずに相談者の意見を均等に聞くような、言ってしまえば“どっちつかず”なものになってしまいがちです。特にこのような新しいチャレンジにおいては、合議制でないことがイノベーションにつながるのではと考えています」(中馬氏)
『やってみなはれ』と『オープンイノベーション』を組み合わせてチャレンジせよ
自治体がメタバースを取り入れる上で重要なことは、メタバースを何のためにやるのかという目的設定だ。先述のとおり、澤田氏のもとには多くの相談が寄せられているというが、そのうちの98%くらいは「手段と目的が定まっておらず、両方混同してしまっているケース」だという。
「デジタル化は最たる例で、手段の話なのに目的になってしまっている相談が多く、これでは大抵うまくいきません。自治体は、クリプト経済圏やデジタルツインやメタバースといった技術をどう応用して無限の可能性を見出せるかという前提に立って、様々な市民のウェルビーイングを拡張するための議論を進めないと意味がないと考えています。これをやらなければ、その時点で都市の成長がストップしてしまうわけで、ありとあらゆる可能性に興味を示し、トライしていくことで、最終的には市民のウェルビーイングにつながるというのが、私の基本的なスタンスです」(澤田氏)
佐久間氏は両者の意見を聞いた上で、「万博は“オール大阪”でバーチャル大阪に興味を持ってくれた人と全員で作り上げるという気持ちで臨みたい」と抱負を述べる。
「メタバースのブームに乗っかって、手段と目的が曖昧な人も巻き込めるような枠組みにしたいと思っていますが、どうすれば皆が思うバーチャル大阪を創造できるかは、もっとアイデアを出す必要があると思っています。もっと新しい大阪を“創発”できないか。皆が思う大阪のアイデアを次々と出していくなかで、いつの間にか新しい大阪が生まれているような形でプロジェクトを作っていければと思っています」(佐久間氏)
この佐久間氏が掲げる抱負の実現には「オープンイノベーションがとても重要になる」と、中馬氏はコメントする。また、澤田氏も「何年か前に注目されたオープンイノベーションは、今でも非常に鍵となる考え方になっている」と説明する。
「都市はある種、個性化を求めていくようなものなので、理想の都市実現のためには幅広い関係者を巻き込むオープンイノベーションが重要になります。ただ、巻き込むだけではなく、お互いがリソースを出し合っていかないと持続的になりません。都市もひとつの経営モデルなので、ヒト・モノ・カネ・情報などの経営資源をどう役割分担し、出していくかがこの先もっと大事になるでしょう。渋谷未来デザインは渋谷区の外郭団体として、経営資源を出し合うハブ機能としてうまく回っているので、参考になるのではないでしょうか」(澤田氏)
また中馬氏は、ある一定の理解を得るには大きな苦労を要さない情報化の時代だからこそ、「プロセスはオープンに、意思決定はシンプルに」を意識した方がいいと語る。
「特にメタバースの活用に関しては、成功事例がどこにもないわけで、それこそ『やってみなはれ』と『オープンイノベーション』の組み合わせでチャレンジしていくことが肝要だと思っています」(中馬氏)
メタバースで何をやりたいかを整理し、目標も明確にする
セッション終盤では、メタバースがいかにして地方自治体を拡張していくかについて、各登壇者が意見を出し合った。澤田氏は「なかなか難しい質問だが、おそらく大きな技術が変革の扉を開こうとしている時期だと思っている」と話す。
「インターネットや携帯電話などが登場し、今では当たり前に使われるようになったときのように、メタバースも10〜20年後には当たり前に日常に浸透している未来が来ると予想しています。その前提で、皆が思考を巡らせていいものを作っていくことが、間違いなく求められているんです。そのときに、何のために自治体がメタバースをやるのかということをしっかりと整理していないと、どんなに大きなリーダーシップがあってもうまくいきません。常にフラットに、さまざまなステークホルダーと対話し、議論し、試行錯誤していくことが大事になってくるでしょう」(澤田氏)
佐久間氏は「2025年の万博に向けて、全力で走っている最中だが、大阪パビリオンに関しては大阪府だけに閉ざされたわけではないため、興味を持っていただける人がいれば、皆で一緒に作っていけるような形で進めていきたい」と述べるとともに、未来への予測についても触れた。
「cluster CEOの加藤さんが『存在すること自体が発信になるSNSが今後来るだろう』という予測をしていて、私もこの点について完全に同意しています。わたしという、ある種のバーチャルビーイングという存在が、『自分であるけれど、自分ではないわたし』が存在してくれていて、それが誰かとつながってコミュニケーションしているという、もうひとつのメタバースのアイデンティティ・アバターが、今後鍵になってくるのではと考えています」(佐久間氏)
セッションの最後に、中馬氏は「メタバースが普及してくることで、自治体は市民、企業はお客様とのコミュニケーションが大きく変わってくる」と述べ、会をクローズした。
「昔は発信したものが誰に届いているのかがいまいち不明でしたが、SNSの登場で少しずつ可視化されるようになりました。これが、リアルな実態としてメタバース空間で共有できるようになるので、この流れに乗らない手はないと思っています。サービス提供者側も、組織を変えるためにDX化を進めるきっかけになると考えているので、まずは『やってみなはれ』の精神で色々とチャレンジしていくといいのではないでしょうか」(中馬氏)
取材/文:古田島大介
編集:長岡 武司