糾弾
魔公子絶好調。
首を手放した瞬間、体を傾がせたアルベルティーナ。
それを片手で支え、ガンダルフは顔を顰める。アルベルティーナの顔は真っ青で「死人のような顔だ」と直感的に思ってしまったのだ。まだうら若いと言っていい年齢である孫娘からは死の気配を感じた。
主治医であるヴァニアやゼファールから、アルベルティーナの体調は聞いている。
ガンダルフが慎重に孫娘の抱き上げると、やはり軽く柔らかい。完全に意識を失ったので、ぐにゃぐにゃと頼りない体にますます心配になる。
「姫様ってさぁ……魔王閣下の関連だと凄い根性出してくるよね。外見モロにプリンセスなのに」
そう言いつつも、瓶を一度足元においてすぐさまアルベルティーナの脈や魔力の乱れを確認するヴァニア。
いくつも魔法を同時に起動させ、できる限りで処置を施していく。
アルベルティーナの意識は完全にない。身じろぐ気配もなかった。
「ヴァユの宮殿へ運びましょう。殿下は環境の変化にストレスを感じるタイプだから、慣れた場所で休ませた方がいい」
禁忌案件の瓶詰めより、アルベルティーナを休ませるほうが優先される。
もともと、ヴァユの宮殿に向かう予定だったが、アルベルティーナが思いがけない暴露をするからすっかり立ち話に夢中になってしまっていた。
(まあ、途中で認識疎外と音声遮断の魔法をかけたけどさ。見張りの兵士も、あっちのイベントに夢中だろうし)
イベントと言う名のオーエン吊し上げ会場である。
アルベルティーナは戻る気だったようだが、ドクターストップは間違いなかっただろう。
会場は先ほどの宴らしい華やかな空気や、勲章の授与式の沸き立つような興奮も全て冷め、代わりに冷え切った鋭利な空気が張り詰めていた。
その空気の発生源にして、中心人物はキシュタリア。
まるで魔王公爵が帰ってきた錯覚をしてしまうような、禍々しいほどの威圧感を纏って立っている。
先ほどアルベルティーナが退室してからの変化は特に顕著だった。
キシュタリアはずっと激怒していた。だが、アルベルティーナへの細心の注意と配慮があったから、完全に抑え込んでいたのだ。
張り詰めた憤怒と侮蔑がオーエンに注がれている。憎悪と言うにも生温い感情が、そのアクアブルーの瞳に炯炯と宿っていた。
それでも、愚かなオーエンは諦め悪く否定していた。
「あ、ああ、アレは作り物だ! あんな不謹慎な物を偽の証拠として出してくるなんて、なんて卑怯なんだ! 貴様はとことん腐っている! 生まれた腹が卑しければ、やることも卑しいな!」
唾が飛ぶ勢いの罵声だが、その顔色は相変わらず悪い。血走った眼ばかりが動き回ってギョロギョロとしている。
何とかして、言い逃れする方法を考えているのだろう。
「おやおや?」
「それは我々への非難と取らせて貰うが?」
しかし、オーエンの言葉は別の人間を怒らせた。
フリングス公爵が片眉を跳ね上げ、アルマンダイン公爵が冷ややかに問いただす。
この大捕り物に手を貸した二人は、正統性を証明し、キシュタリア側についている。この墓荒らしや家探しも父親探しという大義の為であり、正統な行動だと擁護しているということだ。
「私だって、ラティッチェの霊廟に余所者の死体なんか紛れ込んでいなければこんなことをしませんよ。元はね、王太女殿下が貴様らに強請られている気配があるので調べたらこんなことにまで辿り着いたんです――あの家族思いの優しい義姉様が、私や母やラティッチェを差し置いてまでして庇うものなんて、極僅かだから」
悲劇の王太女が、実父グレイルに溺愛されていることは有名だ。そして、王太女はそんな過保護な父親を敬愛し、信頼していた。
当然ショックも大きく姫君がずっと喪服を着て、ふさぎ込んでいるのは有名である。
秘密裏のお茶会や夜会もなく、仮装パーティなどの匿名性の高い社交場にも出てこないのだ。
キシュタリアの記憶にアルベルティーナのやつれた姿は焼き付いている。
「黙れ黙れ黙れ! この悪魔め! 墓漁りめが! お前なんぞラティッチェに相応しくない! 下賤者の分際で、私を見下すなぁ!」
オーエンの発言は、特大のブーメランだ。自己紹介そのものである。
狂乱したオーエンが突如として立ち上がり、キシュタリアに襲い掛かろうとする。
周りの兵士が抑え込むより先に、キシュタリアはひらりと躱して横腹に靴先をめり込ませた。
それはあまりに一瞬の早業で、ごく一部の目にしか入らなかった。
だが、見えた人間は「ああ、確実に入ったな」と悶絶する痛みを想像できるものだった。肋骨に庇われていない柔らかい場所に、鋭く決まっていた。ろくに鍛えていないし、駄肉を蓄えた体に筋肉は期待できない。内臓を抉っただろう。
「私は証人としてアルマンダイン公爵、そしてフリングス公爵に公平な目で調べてもらいました。そして、魔法の専門家である叡智の塔に依頼し、押収品のスクロールを精査しました。
いい加減罪を認めたらどうだ?」
キシュタリアや、周囲が見る目は罪人へのそれだ。誰もかれもが、すでにオーエンを貴族としてみていない。
その往生際の悪さが、一層心証を悪くしている事にも気づいていないのだろう。
相変らず睨みつけてくるオーエンに、キシュタリアは連れてきていた二人――と言っても大きな袋に入れられていた――を示す。
怪訝そうにするオーエンだが、釣られるように見た。
兵士たちが乱暴に出したのは、囚人服を着せられたヴァンとズタボロの魔法使いだった。
「ヴァン!? それにその男は……何故こんな真似を!」
「王族に暴力を振るった人間が、咎めがないと思っているのですか? 陛下もフォルトゥナ公爵も酷くお怒りでしたよ」
微笑みながら諭すように伝えるキシュタリアは、優しい声音だ。
だが、その底にざらざらと張り付くような冷たさは消えることはない。
キシュタリアのその余裕のある表情が、どこか他人事に伝える甘い声音が、鋭く研ぎ澄まされた殺気が誰かを彷彿とさせる。
ヴァンは今までの糾弾を聞いていたのだろう。父の犯した大罪と、この絶対的な不利な状況でどうすればいいか分からず目を泳がせている。
袋で隠された状態でずっと気配を殺していたが、やり過ごせると思っていたのだろうか。
魔法使いのほうはガクガクと震え、一目でわかるほど怯え切っていた。
ヴァンは興味なさげに一瞥したキシュタリアだが、魔法使いに対しては打って変わって笑みを張りつけて近づいていく。
読んでいただきありがとうございました
頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻した。私、カタリナ・クラエス公爵令嬢八歳。 高熱にうなされ、王子様の婚約者に決まり、ここが前世でやっていた乙女ゲームの世//
6/25コミカライズ3巻発売です! 「リーシェ! 僕は貴様との婚約を破棄する!!!」 「はい、分かりました」 「えっ」 公爵令嬢リーシェは、夜会の場をさっさ//
8歳で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームの世界だと気づくプライド第一王女。でも転生したプライドは、攻略対象者の悲劇の元凶で心に消えない傷をがっつり作る極悪非道最//
※アリアンローズから書籍版 1~8巻、コミックス1〜5巻が現在発売中。 ※オトモブックスで書籍付ドラマCDも発売中です! ユリア・フォン・ファンディッド。 ひ//
貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//
それは待ちに待った15歳のデビュタントの日の事。 他の女性に跪き、愛を乞う自分の婚約者を目撃してしまった子爵令嬢、マーシャリィ・グレイシス。 まさかの浮気現場に//
【8/18 ノベル7巻発売予定。ノベルZERO1巻発売中。コミックス6巻まで発売中。どうぞよろしくお願いします】 騎士家の娘として騎士を目指していたフィーアは、//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
【書籍版重版!! ありがとうございます!! 双葉社Mノベルスにて凪かすみ様のイラストで発売中】 【双葉社のサイト・がうがうモンスターにて、コミカライズも連載中で//
悪役令嬢にずっとなりたいと思っていたが、まさか本当になってしまうとは……。 現実に直面すればするほど強くなる悪女になる夢を持った少女のお話。 主人公の悪女の基//
「すまない、ダリヤ。婚約を破棄させてほしい」 結婚前日、目の前の婚約者はそう言った。 前世は会社の激務を我慢し、うつむいたままの過労死。 今世はおとなしくうつむ//
【☆書籍化☆ 角川ビーンズ文庫より1〜5巻発売中。フロースコミックよりコミックス1〜2巻発売中。ListenGoよりオーディオブック1〜2巻配信中。ありがとうご//
ななななんと!KADOKAWAブックスから書籍化決定です!! 一巻は令和元年九月十日に発売です。コミカライズも決定しました。これも応援してくださる皆様のおかげ//
【9/7(水)ノベル4巻&コミックス1巻、同時発売予定! どうぞよろしくお願いします】 「ひゃああああ!」奇声と共に、私は突然思い出した。この世界は、前世でプレ//
異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。 しかし、そんな両//
婚約破棄のショックで前世の記憶を思い出したアイリーン。 ここって前世の乙女ゲームの世界ですわよね? ならわたくしは、ヒロインと魔王の戦いに巻き込まれてナレ死予//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
魔力の高さから王太子の婚約者となるも、聖女の出現によりその座を奪われることを恐れたラシェル。 聖女に対し悪逆非道な行いをしたとして、婚約破棄され修道院行きとなる//
★6/25 『とんでもスキルで異世界放浪メシ 12 鶏のから揚げ×大いなる古竜』発売!★ ❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍11巻まで発売中! 本編コミック//
◇◆◇ビーズログ文庫様から1〜4巻、ビーズログコミックス様からコミカライズ1~3巻が好評発売中です(オーディオドラマにもなりました)。よろしくお願いします。(※//
王太子から冤罪→婚約破棄→処刑のコンボを決められ、死んだ――と思いきや、なぜか六年前に時間が巻き戻り、王太子と婚約する直前の十歳に戻ってしまったジル。 六年後の//
大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
【マッグガーデン・ノベルズ様より書籍3巻発売中】 !!!こちらはWEB版です!!! お話自体が大きく異なりますので書籍とは別の作品とお考え下さい。【コミックの//