ドラグオンズ・ブリッツ — 天翔る雷光と蒼穹の竜翼 —
雅彩ラヰカ/絵を描くのが好きな字書き
【Prologue】世界終焉の兆候
プロローグ
暗雲が立ち込める夜更け。豪雨が窓を叩いてガラスを滑り、時折瞬く雷光が雲間を駆け抜けて、一筋の稲光が地上へ叩き落とされる。閃光に遅れた雷鳴が地をどよもすようにして響き、城を揺さぶった。
揺れる蝋燭の火。シャンデリアの灯火はそこにいる者の心理状態を表すかのように、ぼんやりと儚げに、しかし強く燃えていた。
執政官の女が、黒い衣類の襟元を正してはっきりとした声音でこう言った。
「では、端的にお伝えいたします。黒い災いの渦……『黒の
どよめいた城の円卓会議室に、執政官であるエルフ族の女は追い打ちをかけるように告げる。
「この六年もの間に確認できただけで既に二件発生しております。黒の災渦、それによる黒の魔力に起因した魔獣が三体のうち一体は
「よい、箝口令の件は咎めまい。むしろ、ようやった」
中でも一番の、老いてなお偉丈夫たる白髪に銀の瞳の男——ロゼベリア皇国第二十四代目皇帝アルギス・ロゼレッタ・ロード・レダ・ロゼベリアがそう言った。
御歳六十七の老皇帝は、威厳ある白い髭を撫でていた。それから顎をさする。武人でもあった彼の顔には傷痕が走り抜けており、強面のように見せていたが銀の瞳は慈愛に満ちていた。
またも雷がまたたき、怒号のような雷鳴が轟く中で騎士団の四騎士将軍の一人が口を開く。
知識で敵軍を壊滅させ、剣の腕においても味方ですら震え上がるほどの名将で知られ、引退後は軍師としての活躍も期待されているウェアウルフ族の男、ラヴォン・オーラスであった。
「箝口令とはいえ、いつまで続くかといったところでしょう。今はまだ知られたところで明確な証拠に乏しいゆえくだらぬ風説と笑って済まされるだろうが、十年後も同じことを言えるかどうか、と言ったところであろうな。何も手を打たねば、ロゼベリアの終わりだ。
私としては……こう言っては民からの反発も必至であろうが、税を増やすか徴兵を増やさねばなるまい。今後発生する幻獣の凶暴化や、魔獣の発生、他国からの圧力……。それを現状の軍備で賄えるとは到底思えん」
至極現実的な意見である。魔術師大臣、導師たる初老の——あくまで人間的に見てであるため、実際にはもう百歳を超えている——ハイエルフの男が、「もしもいらぬ
ラヴォンは「なら、このまま黒の災渦に飲まれろと?」と反発した。
ぎちりと噛み合わぬ歯車のような空気に、スチーム・ヒーターの可動音だけが横槍を刺す。
二人の重鎮が睨み合う中で、もう一人の四騎士将軍が口を開いた。
「隣国への救援は期待できないのですか。黒の災渦……それは、青き竜神英雄譚の
四騎士将軍の一角、褐色肌のブラウンダークエルフの女が問う。しかしそれは執政官が首を横に振って答えた。
「対岸の火事としか思っておりません。災渦の範囲が不明である今は尚更。唯一、南西のレヴィーナ王国とは古くからの友好国、そして以前のレヴィーナ事変の際には我が国が率先して救援を行ったこともあり、協力的ではありますが……レヴィーナ王国内の反ロゼベリア派が何をするかという不安もあります」
「つまり、現状は我らのみでこの問題を解決しろ、ということ? 国どころか、世界の危機であるというのに?」
「そうなります」
食ってかかるような態度の女将軍を、執政官はそのように一蹴した。
ブラウンダークエルフと、ハイエルフたる二人の確執は今に始まった事ではない。これは種族間の問題であり、二人の対立はここに起因する。
そんなものを
「陛下」
ラヴォンが言う。
「私はあなたに拾われた身です。災渦の中へ飛び込めと命じられれば、喜んでそう致しましょう。増税も徴兵も、全ては陛下のご決断に従いましょう。どうか、ご命令を。我らを、民を未来へ導いてください」
ラヴォンが、四騎士将軍が、そしてその他のそうそうたる面々が国王へ視線を向けた。皆、真剣な、いっそぎらつくような瞳である。
国王アルギスはおもてをあげて、確固たる決意を滲ませてこう言った。
「猟胞団、魔術師連盟、錬金術総合研究機関、盗賊共同連合、星十字聖教会、そして彼の……いや、言うまでもないな。
国内のあらゆる組織に連絡をとり、この国難に立ち向かう。
穢らわしい、虱集りの魔獣共め。我らロゼベリアに触れたことを後悔させてやる。我ら薔薇の聖女の国、その荊には、痛いだけでは済まぬ棘があるとな」
ドラグオンズ・ブリッツ — 天翔る雷光と蒼穹の竜翼 — 雅彩ラヰカ/絵を描くのが好きな字書き @9V009150Raika
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