精神障害者の自立支援に取り組む施設が借り上げているアパートの一室。利用者が蹴ってできた傷がついたままで、現在は別の利用者が暮らしている=13日午後、岐阜市内

 精神疾患の症状から自分や他人を傷つける恐れがある人を行政が本人や家族の同意なく入院させる「措置入院」の運用に関し、岐阜県が警察官からの通報を受けていながら、入院の可否を判断していないケースが頻発していることが14日、関係機関への取材で分かった。その影響で、県内の措置入院者は通報件数に対し極端に少なく、精神科医の診察に至らない人が9割以上と他県に比べて多い。関係者は「治療の必要な人が適切な支援を受けられていない可能性がある」と指摘している。

 措置入院は、精神保健福祉法に基づく制度。精神疾患の影響で自傷や他害の恐れがある人を警察官らが見つけた場合、最寄りの保健所を経て県へ届け出るよう定めている。通報に基づいて保健所が調査し、精神保健指定医2人が入院の必要があるかを判断する措置診察を行う。

 厚生労働省によると、2019年度の警察官通報は全国で1万7192件あり、岐阜は252件。うち236件が措置診察に至っておらず、警察官通報に占める割合は93・7%に上った。徳島の95・5%に次ぐ全国2番目の多さで、人口規模が近い長野の20・3%、群馬の17・3%と比べて突出していた。5年前の14年度も岐阜は98・9%が調査止まりで、同様の傾向が続いている。

 19年11月には岐阜保護観察所が「通報しても受理されない例が散見される」として、県に是正の申し入れ書を提出。診察なく処理されているといった苦言が県警などの関係機関からも出ているとし、「再犯防止の推進の上でも必要不可欠」として改善を求めていた。

 県健康福祉部の担当者は取材に「国のガイドラインが示す判断基準に基づき、人権配慮を主眼に置いて適切に運用している。他県との差異はない」と答えた。

◆警察「入院を」保健所は「大丈夫」

 同じような人口規模の県と比べ、「措置入院」が極端に少ない岐阜県。福祉施設の関係者は「施設にできることにも限界がある」と嘆き、通報の主体となる警察官は「入院させないとまずいだろうというケースでも、保健所から『大丈夫』と言われることがある」と明かす。

 山県市で精神障害者らの自立支援などに取り組む福祉施設を運営する一般社団法人「若者サポートnanairo」の増田真由美代表理事は「県内では措置入院にはまずつながらない」との実感があるという。施設利用者が症状によって暴れて物を壊すなどの他害行為を繰り返し、警察に被害を届け出ることもあるが、入院につながることはまれ。「障害者本人のためになっていない」と指摘する。

福祉施設「医療で犯罪防げた」

 昨年11月には、利用者が処方薬を一気飲みして大声を出して暴れたため、警察署へ通報。保健所職員2人が状況を聞き取り、病院での診察に至ったが、県が「入院不要」としたため帰された。しかし、利用者はそううつの状態が続き、施設が借り上げたアパートの備品を近所のリサイクル店で売りさばくように。「このまま施設にいても犯罪を繰り返しかねない」。そう判断した施設は警察署に被害届を出し、同12月、利用者は横領罪で逮捕、起訴された。増田代表理事は「適切な医療につながっていれば、その後の犯罪は防げたのでは。警察に委ねても、その先につながらない」と実情を語る。」

 県警生活安全総務課の担当者は「入院や診察は県の保健所が決めることで、判断については踏み込めない」とする一方、「本当に警察署から帰しても大丈夫なのかと心配になったことがある」と明かす警察官もいた。医療につながらず通報される事案を繰り返す人もいるため、「同じ人物に関する通報が多くなっている」との声も聞かれた。

 措置入院は行政が職権で行う強制的な処分で、運用を誤れば人権侵害につながるためハードルは高いが、国は都道府県に対し、要件に該当しない場合でも医療機関を紹介するなどの積極的な対応を促している。岐阜保護観察所の長尾和哉所長は「精神疾患を抱える当事者が適切な医療につながることは、それを支える地域のためにも不可欠。県の保健所を中心とした連携強化が急務」と指摘する。

【措置入院】 精神疾患によって自分や他人を傷つける恐れがある場合、精神保健福祉法に基づき、行政が強制的に精神科に入院させる制度。警察官や検察官、保護観察所長らの通報を受けた保健所が調査し、2人以上の精神保健指定医から「入院が必要」との診断が出た場合、本人や家族の意思とは関係なく、都道府県知事が入院を命じる。入院に対して本人の同意を得た上で行う「任意入院」とは異なる。