(社説)旧統一教会 名称変更の経緯 解明を
「世界平和統一家庭連合」をめぐって、様々な疑念が持ちあがっている。安倍政権下の7年前に、旧統一教会から名称が変わった経緯もそのひとつだ。
変更後、統一教会と同じ団体とは知らずに高額献金に応じた人も多数いるとみられ、霊感商法問題などに取り組んできた弁護士らは、被害の存続・拡大につながったと指摘する。
所管する文化庁が名称変更を認めるに至るまでの詳しい事情説明と、それを裏づける文書類の開示が不可欠だ。
末松信介文部科学相は今月5日の会見で、15年6月に教団から変更の申請があり、書類に不備がなかったので8月に認めたと述べた。形式が整っているのに受理を拒めば、違法とされる恐れがあったという。
一方、前川喜平・元文科事務次官の話は違う。文化庁の担当課長だった97年に、教団から名称変更の相談があった。
野党のヒアリングに臨んだ前川氏は、課内で協議した結果、教団の実態が変わっていないのに安易に変更を認めるわけにはいかない、認めれば社会に悪影響が及ぶと判断し、申請自体をさせないように「水際」で食い止めたと話した。実際、名称は統一教会のままとなった。
その後、文化庁と教団の間でどんなやり取りがあり、同庁はいかなる認識を持って臨んでいたのか。教団はなぜ15年になって正式に変更を申請したのか。
動きを察知した全国霊感商法対策弁護士連絡会は、変更を認めないよう、同年3月に当時の下村博文文科相らに申入書を送っている。この要請についてどんな検討をしたのか。その際、97年以降の文科省の対応を自らどう総括したのか。
こうした疑問に答えぬまま、ただ「形式が整っていたから受理・認証した」と言われても、およそ説得力を欠く。
政治の力が介在したのではないかとの疑いがくすぶる。
下村氏は教団との関係が指摘される細田派(当時)で、申請の受理前と認証前に「通常、名称変更については大臣に伺いを立てることはしていない」(氏のツイート)にもかかわらず、文化庁の報告を受けたという。
氏は自身の指示などを否定しつつ、「今となったら責任を感じる」「(状況を)踏まえながら考えていく必要があった」と述べた。末松氏の見解によれば「考え」る余地などないはずなのに、下村氏はどうすれば良かったと思い、どんな「責任」を感じているのか。会見して明らかにするよう求める。
この間、岸田首相は傍観者のような態度に終始している。国民の厳しい目を自覚しているとは思えぬ無責任ぶりである。