「探究」で「学びの変革」を推進する
2022年04月25日 (月)
広島県教育委員会 教育長 平川 理恵
広島県では「学びの変革」に取り組んでいます。
長年続いてきた日本の受動的・同調的な学びを、『主体的・対話的で深い学び』に変えるために私たちができることは何でしょうか?そのカギは、学校や教育委員会の組織風土を、「なんでも言いたいことが言える」イノベーティブな雰囲気にすることではないかと思い、様々な改革を同時多発的に進めています。
組織風土を変える
フランクでオープンな「コミュニケーション」を作り出すためには、気兼ねなく話せる「緩さ」が必要ですし、また、課題を自分事として考える当事者意識が必要です。
私は、広島県教育委員会トップとして日ごろ考えていることや目指していることを伝えるために手書き瓦版の新聞を2-3週間に1度の割合で作り、広島県教育委員会のすべてのトイレやコピー機の前に貼っています。実はこの手法は、リクルートの創業者・江副浩正氏から発想を得たものです。
また、教育委員会をアジャイルな組織、つまり柔軟性や俊敏性の高い組織にするため、毎年組織をスクラップ&ビルドしています。これまで、個別最適な学び担当課、学校教育情報化推進課、不登校支援センターなどを新たに設け、縦割り組織をなくすよう努めてきました。
現場主義
実際の学びを変えるためには、現場である学校をよく知ることです。私は、年間150校ほど学校を訪問し、変革のためのスイッチを探しています。
また、教育委員会スタッフや学校現場の先生たちの中に入って直接コミュニケーションできる機会も大事にしています。
例えば、アメリカのプロジェクト型学習を主体とした映画『Most Likely to Succeed』の上映会をしたり、教育に関する著者を招いて読書会を開いたりして、教職員からの意見をきいています。
全寮制インターナショナルバカロレア中高一貫校である広島叡智学園の立ち上げの際には、教職員と一緒にカリキュラム作りに取り組みましたし、公立小学校としては全国初となるイエナプラン教育校・福山市立常石ともに学園は、福山市教育委員会とも相互に知恵を出し合いながら連携してきました。現場にしっかりコミットメントするということが何より大切です。
今回は一例として、広島県の商業高校4校での取組を御紹介します。
私は、商業・工業・農業などの専門学科の高校生こそが将来の広島県の産業を担ってくれる人材だと考えています。偏差値で選ぶのではなく、「そうだ、商業高校へ行こう!」と積極的に専門高校を選択して欲しいと思っています。
そこで、令和2年度を「商業高校アップデート元年」と称して毎週1回4時間連続のプロジェクト型学習「ビジネス探究プログラム」をスタートさせました。私自身30代で起業した経験がありますが、ビジネスはダイナミックで面白いものだということを学んでほしいと思っていました。
さて、広島県には、尾道商業、広島商業、呉商業、福山商業の4つの商業高校がありますが、商業高校アップデートの準備のため、4校の先生と一緒にロサンゼルスのビジネスハイスクールを視察しました。視察先の学校では、髪をオレンジに染めていたり、タトゥーをしている生徒もいましたが、皆のめり込むように熱心に学んでいました。プロジェクト型学習のカリキュラムが素晴らしいのです。その様子を観て「広島県でも生徒たちの学びをこういう風に変えたい!」と先生たちと意を決しました。
現地滞在は実質3日間でしたが、ホテルには泊まらず、エアビーアンドビーで一軒家を借りて、「私が食事を作るので、先生たちは視察してきた学校のようなカリキュラムにするにはどうしたらいいかみんなで話し合ってください。この3日間でカリキュラムの柱を創って日本に帰ろう!」と合宿状態でした。
日本に帰国して、先生たちが作ったカリキュラムの柱を実践に移せるよう、帰国後、直ぐに4つの商業高校を訪問し、商業の専門教科のみならず全ての教科の先生全員で「商業高校を変えましょう!」と直接お願いをしました。
ポイントは、①教職員の心に火をつける、②伴走する、③はしごを外さない、できるところまで中に入りきっちり見届けるということです。
このプログラム導入後、ある商業高校では、年間30人あった転退学者が、3分の1以下にまで激減しました。それどころか、高校生が中学生にSNSで「商業高校面白い!」と発信してくれて、人気校になり始めているのです。現在、農業科、工業科、総合学科といった学校でもプロジェクト型学習を軸にしたアップデートが広がりを見せています。
「ビジネス探究プログラム」では「本質的な問い」を「生きるって何?」に設定したのですが、これが良かったのではないかと思っています。「本質的な問い」を共有し、グループワークなどで深めていくことで、商業高校のクラスでは、何でも話せる土壌ができたのです。そればかりではなく、いったん学ぶことが面白くなれば、自分で読解力が必要だと思えば、国語の勉強など、商業以外の勉強も自ずと始めます。人は、モチベーションの火が付いたら自発的に学び始めるのです。
プロジェクト型学習では、先生たちも「自分にとって生きるとは何か?」を考えないと、授業で生徒と真剣に向き合うことができません。本質的な問いとはそういうもので、自身の人生を常に振り返ることは大切なことなのかもしれません。
高校入試改革でシステムから変える
広島県では、変化の激しい社会を生きていく15歳に「自己を認識する力」「自分の人生を選択する力」「表現する力」の3つを身に付けてほしいと思い、令和5年度公立高校の入学者選抜から改革する決断をしました。
まず、調査書(内申書)の欠席欄の廃止です。不登校でも気にせず安心して高校入試を受検できるようにするためです。また、所見といって先生が生徒の3年間の活動の記録を書いていましたが、これも廃止しました。代わりに、生徒が自分で表現する「自己表現」を実施します。また、学習の記録の評定も1年:2年:3年の比重を1:1:3とし、「今現在のあなたを一番重要視しますよ」というメッセージを込めました。
高校の入試改革にあたっては、私が地元テレビに出て「児童生徒の意見を最も重要視しますので、意見をください。」とお願いしたところ、1545件のパブリックコメントが寄せられ、うち325件は子供からの意見でした。その中には「内申書にビクビクしている」「内申書でいろいろなものを犠牲にしてきている」といったものもありました。子供からすると「自分の意見で行政が動く」という体験はしたことがないはずです。しかし、これらの意見を踏まえて、私たちは入試の改革の時期などを判断しました。これほどパワフルな主権者教育はなかったのではないかと思っています。
最後に
今、本気で教育を変えようとしています。教育界に限らずどの業界でも、変わるための・変えるための難しさがあると思います。
私は、「広島で学んで良かった」「広島で学んでみたい」、そう思ってもらえるような「学び」を実現するため、とにかく「前へ」の精神で、これからも「学びの変革」に取り組んでいこうと思っています。