第二百三十話「死神の悩み」
王竜王国。
この国は、雑多な国だ。
建物の高さは不揃いで、人々の格好も不揃い。
町中は整理などされておらず、貴族の邸宅のすぐ近くに冒険者向けの宿があったりもする。
剣神流の道場の向かいに、北神流の道場があったりもする。
雑多で、どこまでも統一感がなく、しかし活気にあふれる国。
歴史はあれども格式は無い。
実力主義かつ帝国主義の国。
そんな国に到着した俺は、まっすぐ王城に……は、行かなかった。
「格式は無いとはいえ、権威というものを見せていかなければならない」
というのは、ミリスで学んだ事だ。
大きな組織の人員に対しては、こちらの大きさも示して行かなければ、ナメられる。
郷に入れば郷に従え。
……とは、また少し違うが、相手に合わせるって意味で、こっちも相応の準備をしておかなければならない。
というわけで、向かった先は大使館だ。
どこの国の大使館かって?
そりゃもちろん、アスラ王国だ。
アリエルは、我が社の大株主。
オルステッドコーポレーションの背後には、きちんとアスラ王国がいるって事をアピールしていこうと思う。
否、この場合は逆か。
アスラ王国の後ろに、オルステッドがいる感じだ。
まぁ、何にせよ、アスラ王国の威を借りまくれば、ミリスのような事にはなるまい。
という考えの元、大使館で服やら馬車やらを貸してもらい、
さらに、アリエルの印鑑付きの書状を持って、王城に赴く形とした。
無論、アリエルには今後の方針は通達したし、許可も取ってある。
彼女はこれからの方針を聞いて「もし決戦が近いようであれば、私の方からも戦力を出しますね」と言ってくれた。
この数年で、彼女も戦力の増強を行ってきて、周囲もかなり固まってきたようだ。
親衛隊みたいなものも作ったし、俺に戦力を貸し出すぐらいの余裕はあるらしい。
まあ、その戦力とやらが、使えるかどうかはわからんが……。
「……」
と、大使館の一室にてうだうだと現状確認をしているのは、約一名の着替えが終わらないせいだ。
「アイシャ、気に入ったのがあったら持って帰っていいから、早くしなさい。エリスが待ってるよ」
「んー……でもお兄ちゃん、目移りしちゃってさ……やっぱ緑系の方がいいんじゃないかな? エリス姉は赤いし、お兄ちゃんは灰色系だし……」
アイシャは先ほどから、下着姿でうろつきつつ、本日のコーディネートを決めかねていた。
本来なら女性の着替えなどまじまじと見るものではない。
だが、アイシャが「お兄ちゃんに決めてほしい」と言うので、他のメイドさんたちの白い目を一身に浴びつつ、アイシャの生着替えを見ている。
もっとも、アイシャは口では俺に決めて欲しいと言いつつも、決定権を俺に委ねるつもりはないらしい。
俺が「じゃあそれで」と決めても「いや、これだとエリス姉と被る」とか言って、別のを見ているのだ。
前回はメイド服で一悶着あった。
だから彼女にきちんとした服装をしてもらうのに文句は無いが……今回は凝りすぎている。
ヒラヒラでフワフワなドレスが三着。
俺の周囲は準備に手間取らない人たちばかりなので、新鮮ではあるが、さすがに疲れてきた。
「ていうか、あたしが主役じゃないから、地味な方がいいよね?」
「いや、派手でもいいよ。うん、アイシャの可愛さで死神の度肝を抜いてやろうぜ」
「真面目に答えてよ!」
怒られた。
でも、真面目な話。
アイシャって男っけが無いし、こういう所で出会いを求めてもいいんじゃなかろうか。
めちゃかわコーデで、王城の貴族系男子にアピって、玉の輿を狙っちゃお!
みたいな。
あんまり変なの連れて来られても困るが……。
アイシャも自分で言ってる通り、今回は仕事らしい仕事もないんだし、恋愛も自由だ。
「じゃあ、そっちの深緑にしなよ。エリスとも被らないし、適度に地味だし、いいんじゃないか?」
「え……や、これ、スカート短いから……足、見えちゃう」
見えてもいいじゃねえか。
と言いたいが、周囲のメイドさんが「それではダメですね」って顔をしてるから、見えちゃいけないんだろうか。
「うー……」
アイシャは唸りながら、ドレス選びに戻った。
しかしまぁ、下着姿だと彼女の成長の具合がよくわかるな。
付くべき所に、きちんと肉がついてきている。
アイシャもそうだが、どうやらうちの家系はナイスバデーの家系らしい。
良からぬ虫が集ってきてしまうバデーだ。
ゼニスもリーリャもそうだが、
パウロの実家ノトス・グレイラットってのは元々、巨乳好きな一族だ。
だから俺の祖母とかも、ボインちゃんだったに違いない。
遺伝なのだろうな。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「うっふんなの」
ふと、アイシャが腰をつきだして手を頭の後ろにやり、腋を見せるようなポーズを取った。
どっかで見たことあるな。
「誰に教わったの?」
「プルセナ。こうすれば一発だって」
「それは嘘だ。あいつのそのポーズ、今のところ全部不発だから……あまり信用しちゃいけません」
「えぇ……! 傭兵団では人気あるのに……」
「遊んでないで、はやく選びなさい」
急がせるが、時間にはまだ余裕がある。
今日の所は、王女ベネディクトとその騎士ランドルフとの会合の約束だけだ。
彼らも特に忙しいということはなく、一日中空いてるということだ。
昼過ぎぐらいにゆっくり行ってもいい。
1時間の差で敵に回るってことも、そうそう無いだろうしな。
物事をギリギリでやらないのが俺の今のモットーだ。
余裕ってのはいつだって大事だ。
心も時間も。ゆとりをもって行動しましょう。
「遅い!」
しかし、物事を最速でやりたい人間は存在する。
そいつは扉をバァンと開け放ち、部屋へと飛び込んできた。
エリスだ。
彼女はきらびやかな赤い上着に、黒いズボンを履いている。
王竜王国の貴族礼服で、髪をポニーテールに結った彼女に実に似合っている。
凛々しい女剣士だ。
が、実はこれ、男性用のものである。
メイドさんの話によると、大使館にあるドレスでは剣を帯びられないというので、即座にこれに決めたらしい。
「いつまで選んでるのよ!」
「あ、エリス姉。ごめん。ちょっと迷っちゃって」
「ふぅん……」
彼女は真っ赤な髪を揺らしながら、ズンズンとアイシャの方へと歩いて行き、
その周囲に並べられたドレスの中の一つを、むんずと掴んだ。
ワインレッドの真っ赤なドレスだ。
「これにしなさい!」
「えー、でも、赤いのだとエリス姉と被るじゃん」
「何よ、私とお揃いじゃ嫌なの!?」
「嫌じゃないけどさ、あたしはほら、裏方だから。エリス姉が目立たなくなったらダメでしょ?」
「今日は裏方じゃないわよ! 私の妹として、恥ずかしくない格好をなさい!」
エリスの言葉に、アイシャがちょっと顔を赤らめた。
そして、ヘヘッと笑いつつ、エリスからドレスを受け取った。
「エリス姉がそこまで言うなら、これにする」
その顔は、若干嬉しそうだった。
妹と言われたのが、嬉しかったのだろうか。
乙女心はちょっとよくわからない。
かくして、アイシャのドレスも決まり、俺達は王竜王国の王城へと赴く事となった。
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王竜王国の王城。
そこはアスラ王国ほど巨大でもなく、ミリスほど洗練もされていない。
度重なる増築によって横にも縦にも肥大化した景観は異様の一言だ。
全体から必要だからこそ付け加えた、とでも言わんばかりの雑多な下品さもにじみ出ている。
だが、その結果だろうか。
得体のしれない圧倒感が醸しだされている。
もし、ここに攻め込もうと考えた場合、その圧倒感に二の足を踏むだろう。
もっとも、今回は俺も圧倒されることはない。
しっかりと準備をしてきたからな。
白馬の馬車に、綺麗なおべべに、アポイントメント。
さらに、現在のこの国の情勢や、重鎮の趣味趣向、誰が今後どうなりそうかも、オルステッドからきちんと情報を取得済みだ。
完璧ではないかもしれないが、知っているか知らないかで大きく違いがある。
自信を持っていこうじゃないの。
「じゃあ、エリス、アイシャ、準備はいいね?」
「ええ」
「うん」
ちなみに、今回は三人できた。
俺と、エリスと、アイシャだ。
「もし、死神が敵に回っていたら、俺とエリスで抑えるから、その間にアイシャは『一式』の魔法陣を広げてくれ。俺が魔力を注いで、一式で一気に決める」
「任せて!」
本当はザノバやロキシーも連れて来たかったが、二人は俺の頼んだ魔導鎧の製作でしばらく手一杯だろう。
ひとまずはこのメンツだ。
俺とエリスの二人は、純粋に戦闘力が高い組み合わせだ。
これは、死神が敵に回っていたことを想定している。
エリスなら、俺の前を任せられる。
それなら二人でくれば、と思う所だが、何が必要になるかわからない場面が来た時に『何でも出来る奴』は一人、傍に置いときたい。
今回は想定していないが、傭兵団の設置も、将来的にはするしな。
この国を肌で感じておくのは、悪くない。
「……」
なんて剣呑な会話をしている間に、俺達は王竜王国の城門をクリアした。
俺が会話することは一切ない。
アスラ王国の大使館の人が、全てやってくれている。
アポイントメントから、門番とのやりとり、その後の段取りまで。
今までに無いほどスムーズに、俺たちは城内へと入り込んだ。
「見られてるわね」
馬車から降りて、城の者に案内されるまま、城内を歩く。
だが、やはり目立つのだろう。
貴族らしき服装をした者や、騎士らしき者にじろじろと見られた。
「堂々としていればいいよ」
今回、俺はベネディクトの友人という立場に加え、アリエルの権力を使ってここに来ている。
王竜王国の仮想敵国はアスラ王国だろうし、
ともすれば、シーローンでの俺の戦いぶりも聞いているかもしれない。
まさか、オルステッドが王を殺した下手人だとバレてはいまい。
バレてたとしたら、またアリエルの世話になろう。
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案内された部屋は、王城にしては質素な部屋だった。
必要最低限の大きさに、必要最低限の侍女。
「どうも、お久しぶりです。ルーデウス殿」
そして、最高限であろう護衛。
死神ランドルフ・マリーアン。
幽鬼のような彼は、主人であるベネディクトと、彼女の抱く赤子を守るように、立っていた。
「……」
ベネディクトは俺を見ると、キュっと口をつぐんで、泣きそうな顔で赤子を抱きしめた。
俺はひとまず、ランドルフより先に、彼女に挨拶することにした。
それが、礼儀だろうと思っての事だ。
「ベネディクト様においては、ご機嫌麗しゅう」
「……」
返事はもらえない。
が、仕方ないのかもしれない。
彼女も、あの日の一件については後から聞いただろうが、
それ以前に、パックスから俺やザノバの事を聞いているのだろうから。
パックスが俺やザノバの事を良く言っていたとは、到底思えない。
「ご子息も、ご健勝なようで何よりです。ザノバも喜ぶでしょう」
「…………………」
「あれ? ご息女でしたか?」
ベネディクトはゆっくりと首を振った。
男の子で間違いないらしい。
「お名前をお伺いしても……?」
「…………パックス」
「お父上の名前を頂き、パックス二世と」
ランドルフが補足してくれた。
父親と同じ名前を付けたらしい。
パックスジュニアとか、小パックスとか呼ばれる事になるんだろう。
なるほどね。いいことだ。
「……」
「ええと……あ、そうだ。今日は我が妻と、妹を紹介します」
「エリス・グレイラット……ですわ」
「アイシャ・グレイラットです。ご機嫌麗しゅう」
ぎこちないエリスに、それなりにこなれたアイシャ。
ふたりとも赤い服を着ているせいか、姉妹のようだ。
いや、一応は姉妹か。
義妹アイシャだ。
「…………」
ベネディクトは答えない。
ただ、不安そうにランドルフを見上げるのみだ。
「ルーデウス殿の妻は、魔族の方であったと記憶しておりますが?」
ゆえに、答えたのはランドルフだ。
主人を差し置いてよく喋るが、主人が黙りこくっているので、逆に喋らなければ失礼に当たるのだろう。
「三人おります。ロキシーはそのうちの一人です」
「それはそれは……ミリス教とは相性の悪いお話ですなぁ……」
「友人の神父には事あるごとに説教をされますよ」
俺はそこで、改めてランドルフへと向き直った。
「お久しぶりです。ランドルフさん」
彼は、相変わらずだ。
骸骨のような顔に、不景気そうな面。
一見すると隙だらけの立ち姿だが、隙など無い。
エリスが口を尖らせている所を見ればわかる。
「お元気そうで」
「ええ、とても。私はいつでも元気ですとも。逆に、ルーデウス殿は、あまり元気ではなさそうだ」
「ちょっと、知り合いが敵に回りましてね」
「わかります。私も若い頃は、友を斬らねばならぬ場面で、深く深く悩みましたからねぇ」
ランドルフはそう言いつつ、チラチラとエリスを気にしている。
頷きつつも体をゆすり、彼女とベネディクトの間にはいるように、体の位置をずらしている。
「エリス、もう一歩か二歩、下がりなさい」
「なんでよ」
「ランドルフさんが、話しにくそうだ」
エリスは、すでにランドルフを間合いの内側へと入れている。
それも、俺をランドルフとの間を挟まないよう、少しずつ位置を入れ替えつつ、だ。
二人は互いに間合いを計る武者のように、ジリジリと弧を描きつつ移動している形だ。
このままだと、お互いが最適な位置に立った時、戦いが始まってしまいかねない。
「でも、こいつも敵かもしれないわ」
「敵なら、エリスに剣を持たせてこの部屋に入れたりはしないよ」
ついでに言うなら、この部屋にベネディクトを置いたりもしないだろう。
守るべきものを後ろにおいて、剣王付きの魔術師と戦ったりもすまい。
一人で待ち構えるか、何人かで待ち構えるはずだ。
この部屋にベネディクトがいた以上、ランドルフは敵ではないってこった。
ベネディクトが影武者だとか、そういう場合もあるが……。
何にせよ、罠ならもっと上手に張ると思いたい。
もっとも、ずーっと先を見据えて、今はまだ騙しているのかもしれないが、そんな事を言い出せばキリがない。
今、この場で罠にハメられなかったという所で、一応の信用と考えておこう。
「……わかったわ」
エリスはしぶしぶながら、入り口付近まで下がった。
剣に手を掛けながら、だが。
「申し訳ない、ルーデウス殿」
「いいえ、こちらこそ、お許しください。ですが、少々立て込んでいましてね……」
「先ほどの友の話ですか? お聞きしても?」
「もちろん。そのためにきましたので」
という流れでミリス神聖国で起こった事を話す。
ギースという魔族が敵に回ったこと。
ギースは戦闘力こそないものの、非常に口が回ること。
その口と、ヒトガミの手管でもって、強者を集めていること。
俺はそのギースを潰すべく、各国で指名手配してもらいつつ、主だった強者を仲間にしていこうと考えている事。
「随分と、真正面かつ真正直にやりあうのですねぇ」
「特にいい手も思いつかなかったもので」
「いえいえ、むしろ褒めたのです。小細工を一つ一つ馬鹿正直に叩き潰していけば、やがて知恵ある者も、妙案が浮かばなくなりますからね」
ランドルフは、カタカタと音のしそうな笑い声を上げた。
それは、自分の経験からくる言葉だろうか。
不死魔族の連中は、そのへんが上手そうだ。
「まあ、そういうわけです。ぜひとも、お力をお借りしたい」
「ぜひともそうしたい所ですが、私には手伝う理由がない。ヒトガミとも、あまり関わりたくないので」
「……ヒトガミが、パックス陛下の仇であっても?」
「ほう、なんですか、それは。詳しくお教え下さい」
俺はシーローンの一件が、ヒトガミの策略であることを話した。
使徒が誰で、どうしたのかを。
ランドルフは最後まで聞くと、笑った。
不気味に頬骨をつきだして。カタカタクククと笑った。
「そういう事なら、無論構いませんとも、私も陛下の仇は討ちたい所ですからねぇ……」
ランドルフは笑いつつ、そう言った。
不気味な顔のせいで「裏切りを考えてます」って顔になってるが、人を顔で判断するのはよくないな。
しかし、すんなり行ったな。
この調子で……。
「と、言いたい所ですが……少々こちらも立てこんでおりましてね」
おっと、これはすんなり行かないパターンだ。
「お聞きしても?」
「んふふ、先ほどと立場が逆転しましたかな?」
そんな自信満々で言われると、まるで俺が窮地に立ったかのような気分になってしまう。
ランドルフなりの気さくな会話術なのだろうが……。
「そういう事は優位に立った時に言ってください」
「優位ですとも。私の力を借りたいのでしょう?」
確かに優位か。俺がお願いを聞かなければならない状況だ。
さて、どんな無理難題をふっかけられるのか。
あるいはこれがギースの策略なのか。
「いえ、大した事ではありません」
ランドルフは足を一歩後ろに下げた。
ベネディクトを守るような立ち位置から、見せるような立ち位置へと変化する。
赤子を抱いたベネディクト。
どこか、何かに怯えたような顔をしている彼女。
「皆様もご存知かと思いますが、この国は少々混乱が続いておりましてね」
王竜王国の混乱。
それは、シーローン王国の一件の時に、オルステッドが王竜王国の国王を殺害した事で起きたものである。
とはいえ、前王もこうした事態に備えてあり、後継者もきちんと定めてあった。
次代の王はすぐに立ち、王竜王国は安定を取り戻し始めている。
が、それはあくまでも表向きの話だ。
前王が誰に殺されたのか。
他国の者か。
あるいは宮中の者か。
下手人も、目的もわからない。
そんな状況で宮中はお世辞にも一丸にはなれず、
疑心暗鬼にとりつかれた者達が、おっかなびっくり政治を行っている。
「混乱そのものは、我々に直接は関係してない話なのですが……王妃様の子供がね、ちょっと厄介者扱いされていましてね」
ランドルフが懸念としているのは、やはりパックスの息子の事であった。
ベネディクトは、前王の娘だ。
半ばいない者として扱われ、
最終的には、シーローン王国の王子パックスに、厄介払いされるかのように与えられた。
まあ、それならそれでいい。
使い道のなかった王女に、使い道があった。それだけの事だ。
だが、その王子が内乱で死んでしまい、しかもベネディクトがその王子の子供を産んでしまったとなれば、話は別だ。
シーローン王国で蜂起した軍勢は、着々と国を立てなおしている。
今はまだ、何かをする余裕はない。
だが、彼らはパックスを恨んでいる。
慕われていた王族を皆殺しにしたパックスを恨んでいる。
「個人的には、あの国は立て直すより前に、北に飲み込まれると思っていますが、不安に思う輩が多いようで……」
王族の血筋というのは、何よりも厄介なものだ。
シーローンのような国では、「王の正統な血筋を引いている」かどうかで、王になれる権利が発生したりする。
なので、現在シーローンを治めている連中からすれば、パックスの息子が生き残っているという現状は、あまり好ましくないものだ。
もうあと数年してシーローン王国が安定すれば、彼らはベネディクトの子供を要求してくるだろう。
今後の、シーローン王国と、王竜王国の友好を願って。
小パックスは、仮にも前王の孫。
属国に差し出せと言われて、はいどうぞと出せば、国のメンツに関わる。
かといって差し出さなければ、シーローンとの関係は悪化するだろう。
というわけで、懸念の元を先に排除しておこう、という動きがあるらしい。
つまり、言われる前に小パックスを殺しとこうって事だ。
それなら、王竜王国とシーローン王国、双方のメンツが保たれる。
保たれないのは、ランドルフのメンツだけ、と。
「死神ランドルフと戦ってまで、殺したいものですかね?」
「私個人と戦うより、国との戦争を避ける方がいい、と考える方も多いようで」
まぁ、そうだろうな。
現在、王竜王国の混乱の隙を突かれ、属国の幾つかが他国からの攻撃を受けている。
そんな状態で、北の防波堤であるシーローンが敵に回れば……。
と、不安に思う者が多いのだろう。
俺だったら、目の前のランドルフが敵に回るほうが怖いがね。
「私がいる限り、暗殺者の類は無意味なのですが、このままでは、お子の将来が……ねぇ?」
暗殺を免れたとしても、次に待っているのはシーローンからの身柄の要求だ。
どう転ぶにせよ、小パックスに安穏とした生活は送れない。
「……もし、俺がそれを解決したとしても、どのみちランドルフさんを引き連れてギースとの決戦に赴く、というのは無理ですか」
「ええ、無理ですなぁ……ですが、王竜王国内での味方は必要でしょう?」
「……」
「私を味方にすると、とても心強いですよ。皆様も口を揃えて、頼りになる、と言ってくれております」
「でしょうね」
ランドルフが隣で戦ってくれる事はない。
が、逆に言えば、ギースの口車で敵として参加してくることもない、と。
敵にも味方にもならない。
ただ、だからといって見捨てるという選択肢はない。
彼自身も言っている通り、ギースとの戦いには連れていけないとはいえ、王竜王国内に心強い協力者ができることに変わりはない。
それは、十年後、二十年後に効いてくる楔だ。
先を見通した先行投資。
オルステッドコーポレーションは、未来を見据える企業です。
「わかりました。では、俺がなんとかしましょう」
どのみち、うちの社長が起こした混乱でもある。
マッチポンプだな。
「ええ、どうぞよろしくお願いします」
死神もわかってるだろうにそのあたりに突っ込んでこないから、タチが悪いぜ……。