生まれ持った凸凹
生きていくために作った、作らされた凸凹
私にはたぶん、どちらもあって…
バランスを崩した…
幼少期を振り返ると…
人の話は最後まで聞かず、
自分勝手に振る舞い、
お友達の気持ちを考えられるようにしましょう…
って通知表に書かれてた。
主軸が自分にあった。
ASD傾向だったのだろうか?
また、整理整頓が苦手で、気分にもムラがあり、注意力散漫、ちょっとフラフラしている子供だった。
忘れ物も多くて、無くしものも多かった…
ADHD傾向もあっただろうか…
あの時、療育なり、両親から正しく育成してもらっていたら…
今、ここまで苦労しなかったと思うので、その辺りを振り返りながら書いてみる。
あの頃の両親は、
なぜそんな事をするのか?
自分で考えなさい!
周りを見たらわかるでしょ!
グズグズしないの!
しっかりやりなさい!
本当にあなたって子は!!
〇〇ちゃんは出来るのに。
お母さん悲しいわ。
また先生に怒られたじゃない!
ちゃんとしなさい。
何で出来ないのかしら?
馬鹿なのかしらね?
等々…
私が両親から怒られた時のセリフです。
で、落ち込んだり、悲しんだり、
なんて私はダメな子なんだ…
ってなりますよね?
そうなると今度は、真逆のターンがやって来ます。
やれば出来るじゃない
お母さんはあなたを信じてたわ
周りがおかしいの!
気にしなくていいわ!
あなたはあなただもの!
あなたらしくやりなさい。
あなたは私の誇りよ
と言われ、
今度は、これでいいのか!となりますね。
こうして、飴と鞭?極端なしつけをされ、元々あった凸凹は、平均に近づくこともなく、さらにめちゃくちゃになっていきました…
片付けられない部分に関しては、とにかく怒られたくない一心で…周りに迷惑をかけてはいけない!と気を張って生きて来たので大きなミスはなく、まあ、周りがそこまで迷惑しない、いや、たぶん全然マシになってました。ただ、自分の中でこれくらいはいいだろうという気持ちや甘えがあったために、ちょっとしたうっかりミスはありました。
まあ、私が周りの人の目で確認してもそれくらいは許されるだろうという範囲内で、ですが。
たまに、小さなミスも許さない!という人に出会うとしつこくつつかれ…勝ち気な私は(もしかしたらASD傾向かもしれませんが)素直に謝れず…
反抗したりもしました。
だって何で私だけ?って。他の子が同じミスをしてもかわいいから許す!!とかおかしいやん…って思ってました。
周りが困っているのに気づかない人、こんな人と付き合う人は大変だと掲示板に書かれていますが…
大きなお世話だし!
たぶん、そこまで、ひどくない。
まあ、掲示板にいる人達が完璧主義者なら無理かもしれないけど。
たぶん私は他者評価より、自己評価が低すぎるくらいだから…
あと、こんな思考の垂れ流し…普段からしないですよ 笑
ま、分かってもらえるはずないけどw
気づいているし、分かっているけど…
その人その人で微妙にやって欲しいことや期待値が違うために難しいのです。
あと、やって欲しいことや言って欲しい事もだいたい分かってる…
けれど、ここで私が黙ったら、
それが正解になってしまう
ならば、
抵抗を続けたい。
それだけです。
片方の人に言い分があるなら、
もう片方の人にだって言い分があるから。
みんなが、じゃあ、それで〜
ってなっている事でも、
なんとなく、それはおかしいんじゃないか?って事…
さすがに場所と機会はわきまえてますが…
仕事とか会議とかではやりませんよ。当たり前じゃん。
明らかに止めないといけない事は言うけど。
それこそ時と場合によるでしょうよ。
思想の部分、特にブログなどは、別に反対意見を言ってもいいんじゃないか?と思ってます。
合わなければ合わないと突っぱねれば良いだけだから…
この辺りの考え方も独特なのかな??
結局は、
いつ、どこで、何をやるか?
なんだと思います…
たぶん私は幼少期から、人の顔色ばかり見て来たから…
何を言って欲しいか?
は、だいたい理解できます…
ただ…
ブログでまで
ご機嫌伺い
ヨイショ
は、したくないです。
本当にしたい時はするけど、
それはヨイショではなく、
感嘆と称賛
ですね。
分かりにくいけど 笑
同じ言葉でも載せている気持ちが違う。
そこは他人には理解出来ない部分だろうなと思います。
他の人もきっとそうだろうけど、
私のように丸っきり本音を言う人は少ない。
なぜならみんな、
人と人との関わりを
大事にしている
または、
たかがブログと、
割り切っているか。
かな。
私の場合、両親から、
私の考えや存在を尊重して欲しい時に
叱責され
私の考えや振る舞いを是正して欲しい時に
肯定され
子供ながらに世間とのズレを感じつつ、
また、世間とは皆人それぞれで…
混乱したというのが、
今の私の凸凹になってしまったようです…
子育てってものすごく大切で
親の想い、考えだけで
突っ走る危険性を感じます…
かと言って、
他人の意見ばかり聞いていても
それはそれで混乱するし…
と、なると、
やっぱり、
子供の意見
子供の気持ち
子供の考えを聞いてみる
というのが、1番手っ取り早いのではないかと。
そうして、
子供が主軸。
親はサポーター
という流れで子育をするのが、
一番自然な流れではないかと思うのです。
生まれながらに凸凹があると、生きづらさを感じやすいです。
ですが、その凸凹をネガティヴに捉えず、
伸ばせる部分は伸ばし、
苦手な部分はカバーしていけるように、
療育を活用しつつ
こうあらねば!
絶対にこうすべき
という頑なな考えは持たず…
柔軟に進めていけば良いのではないかと思います。
突出して、
ウチの子はこれが出来ます!
なんて、アピールは今のところ出来ないけど…
子供達はなんだかんだ
幸せそうに
自分なりの人生を
力強く
歩んでくれています
それだけで、十分だよな
と思うのです
本日も思考の垂れ流しにお付き合いくださり、ありがとうございます
読んでくださり、ありがとうございます