暗躍する請負人の憂鬱 作:トラジマ探偵社
自爆テロが起きた。幸いにも死者はゼロ。重傷者は二人、軽傷は多数。
隣接する軍の病院のベッドに寝かされた二人を見つつ、頭を抱えたくなる。子供を庇って爆発に巻き込まれたらしいが、体中を無数に撃たれてもいたので、爆発だけじゃなくて何らかの魔法による攻撃も受けていた。
陸軍は仕方ない。最低限の警備すら出来ない愚か者の役立たずの集まりは今に始まったことではなく、ましてや敵対陣営のトップを守るなんて絶対にしない事は分かっている。天狗さんも九校戦に際して警備してんのかなと思ったら、全く違うらしい。別任務だと。ザル警備ここに極まれり。
一条とか守るのかなと期待していたけど、こちらに都合よく動かすように情報を与えたワケじゃないので諦めたいが、利用しようと思えば利用できたハズなのにどうして何もしなかったのだろうか。四十九院に関しては、百家であり実力はあっても実戦経験は無いから死ぬだけだろうし、戦力として扱ってなかった。九島烈は近くのホテルで会食中、他の十師族の面々は近くにいなかったのが大きい。突発的に起きた事だから、急いで向かっても間に合わなかっただろうし、それに事前に察知できなかったんだろう。ちなみに俺はともかく、四十九院は護衛を外された。
結果、メディアでは自分の身を顧みず大勢の人を助けた皇悠の勇姿を美談にして英雄のように取り上げて報じて皇悠の株はバク上がり、反対に何もしなかった十師族などの魔法名家には非難が集中する事となる。
軍は魔法師を批判の矢面に立たせて逃げに入るだろう。魔法師側は『一般人』という建前を使って批判回避し始める。どのみち九校戦は警備に重大な綻びがあるのは明白であるため、警備体制の見直しをするために一日空くこととなった。中止するべきだと思うが、九校戦はやるらしい。運営の胆力は凄いなー。
「狙われているのが分かっていたなら、わざわざ狙われに行く必要は無かっただろうに……」
翌日からミラージ・バットが始まる。司波深雪というなんちゃって一般人が出場するが、目立とうがどうでもいいことだ。四葉の姓を名乗ったままでは、優勝したところで恐れられるだけだから一般人に扮した方が都合が良いのは分かる。事実、アイス・ピラーズ・ブレイクで誰得なのか圧倒的な実力差を見せつける蹂躙劇を披露した上で優勝して神秘的な美貌も相まって多くの人々を魅了した。
それはさておき。
自爆テロしてきた人たちは数日前に行方不明になった魔法師だった。テロリストだったとかではなく、ただの観客だった。おかしな点はもう一つあり、魔法師の体内から爆発したらしいというものだ。腸に爆弾が詰まっていたらしい。
腸の代わりに爆弾が入ってたということは、腹を捌いて内臓を引きずり出したんだろう。そんな事されて生きている人間はいないだろう。可能とする魔法を扱える人間はいるワケだが……確実に九校戦の会場のどこか、もしくは日本という国のどこかに潜伏しているのだろう。
崑崙方院の生き残りである『顧傑』という妖怪ジジイが。
十中八九、周大人が招き入れたのだろう。顧傑は大亜連合を使って日本と戦争がしたいから、動機は充分にある。それに死体を操る魔法だったか魔術とやらは、奴の十八番だ。
次に皇悠とつかさちゃんを蜂の巣にした魔法だが、効果範囲内における光の分布状況を偏らせる収束系魔法……四葉真夜のみが扱える『
四葉真夜は引きこもりの45歳の若作りババアなので犯人じゃない。顔は知られてるだろうし、非公式で九校戦の会場入りするにしても目立ち過ぎるだろう。別の人間……普通に考えて血縁者だろう。俺を作るくらいだし、もう一人いるよなぁー。はぁ。
下手人は解った。顧傑は何とかなるが、隠れ潜む血縁者Xを如何にして釣り上げるかが焦点となってくる。
そんな事を考えていたら、電話がかかってきた。九重八雲だった。
「なんですか。しょうもない用事なら、今すぐテメェの演算領域にハッキングして年寄り共に攻撃するように仕向けるぞ」
『酷い脅し文句だね。珍しく気が立っているようだけど、そんなに姫殿下が死にかけているのがマズイのかい?』
他人事のように言うよ。いや、この男は世俗を捨てた身だからどうでもいい事なのだろう。大事なのは古式魔法師界隈における自分の立場か。
まあ、確かに冷静さを欠いていたのは認める。
「マズいと思ってますよ。お得意先が亡くなられると、これからの収入源が無くなってしまいますからね」
『君はいつから守銭奴になったんだい?』
「俺は寺の坊主みたいに清貧を尊んで生きていません。世俗を捨てたフリすらしてませんからね」
『アハハ。君も出家して世俗を捨てて仏門に入るかい?』
「まだ早いですね。ところで、こんな世間話をするために電話したんじゃないですよね?」
『当たり前じゃないか』
そういえば、この人の下で天狗さんは修行してたんだよな。ある意味で弟子は師匠に似たということか。
九重八雲は俗世を捨てておきながら、俗世と繋がりが残ったままで名前が広く知られている。忍びなのに忍んでなさそうに見えるのは俺だけかな。
『伝えておかなければいけない事があってね。今回の襲撃は青波入道閣下は関知してないよ。閣下はあくまで君に命令しただけだ。まあ、ものの見事に君は裏切った訳なんだけど』
「ごめんなさい」
早速疑ってた訳なんだけど、どうやら違うらしい。どうせ東道青波は関わってないけど、元老院の誰かが関わっているんだろう。
「では、誰が襲撃させたかは分かってるんですね」
『勿論だとも。首謀者は樫和主鷹、元老院の1人だよ。襲撃者は十六夜家の養子であり、君と血縁関係にある十六夜夜子だ』
まだこうして話してくれるだけ有情だ。動きは事前に知ってたけど、放置していたんだろう。そして、情報をリークしたということは『自分たちはこれ以上の事はしない』という意志の表れであり、『知ったところで何も出来ないだろう』という傲慢さを見せつけるものだった。最後の一線は超えてないから良い、とでも思ってるんだろうか。
「それで、樫和ナントカって人とは話をつけたんですか?」
『樫和主鷹は関与を否定したよ。十六夜も娘が独断で動いたということで、十六夜から籍は消去されて暗殺命令が四葉家に出されるだろうけど、君には四葉に十六夜夜子が消される前に消してほしいというのが君への依頼だ』
「報酬は?」
『殺さないだけ良い方じゃないかな』
確かにそうなんだけど、CADの整備や色々な装備品の調達に結構な投資をしてて貧乏生活を余儀なくされてるんだから、少しくらいお金を出してほしい。
通話が終了。添付されてきた画像は、十六夜夜子の顔写真だった。
四葉真夜の面影があり、荒んでいるようなキツイ印象のある少女だ。母親似だった。そりゃあ、四葉に処理させたくないわな。
はてさて、姉になるのか妹になるのか、逆転の発想で兄か弟かもしれない。俺より先に作られた人間はいないから、弟か妹である確率が高い。いや、確実に妹なんだけどさ。
トカゲの尻尾切り。同情はするが、死んでもらうしかないだろう。
「話は終わったか?」
どうやって殺すか考えていた矢先。
メスゴリラが驚異の回復力を発揮して起き上がってきた。重傷で2、3日は目は覚ませないだろうと医者は言っていたが、もう起き上がるとか本当に人間か怪しくなってきた。キング・コングならぬクイーン・コングだわ。いや、ゴジラかな。
「皇さん、もう起き上がっても大丈夫なんですか?」
「この程度、重傷でも何でもない。ただのかすり傷だ」
隣にいる同じくらいの負傷をしたつかさちゃんは重傷なんだけど、本当に人間なのかな。
「一応、遠山さんと同じく重傷患者のカテゴリーにいるのでおとなしく寝ててください」
「その方が都合がいいのか?」
「誘き出す華くらいにはなりますよ」
「お前、自分の立場と私の立場を理解してるか?」
「肝心な時に役立たずだったから、俺の評価も会社の評価もダダ下がりですよ。これ以上下がりようが無いから、ヤケになって利用できるものは何でも利用して下手人を叩き潰すんです」
「それで私を利用するのか?」
殺しても死ななそうだし、大丈夫なんじゃないかな。
しかし、それは最終手段だろう。あまりにもリスクがデカい。
「冗談です。貴方を利用しなくても俺で何とか出来ますよ」
「1人はお前の妹であろう人間だが、殺すつもりか?」
「生かしておく理由があるんですかね。所詮は遺伝子的な繋がりだけの相手なんだから、家族でも何でもない赤の他人です」
「寒い考えをするんだな」
ずっと一人だけで生きてきたのに、今更『家族』などというものは必要ないだろう。俺なんてまだ生活は良い方で、もっと酷い環境に置かれている魔法師はいる。それを分かっていながら、誰も見て見ぬ振りをするばかりで都合のいい時だけ引き合いに出して何もしない。わたつみシリーズのように使い捨ての消耗品になっているのが実情だ。
魔法協会も十師族も、魔法師の人権を蹂躙している四葉を野放しにしている時点で同じ穴の狢で、魔法師を単なる兵器か何かとしてしか見てない元老院も同じだ。
結局のところ、俺が皇悠につくのはそうした現状を壊して魔法師が非人道的な扱いをされる事から解放することを期待しているからだ。
その為だったら、例え血の繋がった人間だろうと立ち塞がるなら殺すし、何でも利用するつもりだ。
「志村、1つ依頼だ」
「なんですか?」
さっきの会話から、皇悠は余計な気を回すようだ。このゴリラ、人の覚悟を踏みにじる天才かな。
「十六夜夜子を殺さずに保護しろ。仲間に引き入れたい」
殺してしまった方が早いし、こちらの手間が省けるのだがな。とことん、人を苛つかせてくるし無茶振りしてくるんだな。
さっきの覚悟は何なんだろうな。
連日投稿はここまでです。
次回は何とか7月中に投稿する予定です。