暗躍する請負人の憂鬱    作:トラジマ探偵社

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第18話

 第2セットは七草真由美に奪取されてしまった。

 

 敗因はエンジニアの存在があった。急遽、サポート要員で入った司波達也が七草真由美のCADに何かしたらしく、おかげで彼女の魔法の効率が上がったのだ。

 

 劇的とまではいかなくとも、演算効率が上がった相手に対し、どうしようもないくらいに地力の差が生じてしまったので、第2セットを落としてしまった。

 

 再調整する時間的な余裕は無かったハズだし、七草真由美のCAD調整をしていたのは別の一高生なので、いくら天才と名高いトーラス・シルバーの片割れでも無理がある。考えられる手段で最も可能性が高いのは、CAD内にあるソフトのゴミ処理だろう。やるか否かで効率が多少変わることは知っているだろうと思われ、技能の高さには舌を巻く。

 

「ある意味で身内同士の対決のようだな」

 

 司波達也が四葉家の人間だということを知っているらしい九島烈は、面白そうに呟く。

 

 どっちの事情も知っている人間からすれば、今の決勝は『七草&四葉VS七草&四葉』という十師族同士の対決だった。尚、こっちが七草と四葉が合体した存在であるが、あちらは四葉のちょっとした支援のみで七草単体で挑んでいる状態。腹違いの姉と誕生日的に従兄にあたる人たちだが、特に思うところは無い。

 

 そして、あっちは全力を出して挑めるのに対してこっちは全力を出せない縛りを抱えている。結局、いくら最初期に開発された調整体とはいえ今は一般魔法師に分類されるエレメンツの人間が魔法力で十師族を上回ることをすれば面倒な事態になる。事後処理が厄介だ。

 

 今は同じやり方を貫くか否かで迷っている。

 

 七草真由美は『ダブル・バウンド』以外に加速魔法も使用して来ており、更に地力の差がモロに出てしまった。第3セットは単純な力勝負になるだろうと予測され、工夫や曲芸では如何ともし難い事態になっている。

 

 結局、九校戦は力と才能こそが全てを決するのだ。

 

「君は全力を出さないのかね?」

「老師の言う通り全力を出せば勝てますが、風見選手の今後が大変ですよ。何しろ、十師族に魔法力で勝ってしまうんですから」

「それに関しては私が責任を持とう。君の全力を見たい」

 

 あらやだ、頼もしい。

 

「志村、勝ってみせろ」

 

 皇悠の許可が出た。このメスゴリラ、九島烈との友好関係を構築するのが本来の目的のようだな。彼女からしてみれば、最も対立する理由が無いのが九島家だったのだろう。九島家と伝統派との和解を成立させる算段があるのかもしれないが、そんな事を望んでない輩は新皇道派の古式魔法師には存在する。問題は東道青波がどこまで本気であるかだ。

 

「わかりました」

 

 皇悠の思惑がどこにあるかなど知ったことではない。俺は依頼に従うのみだ。

 

「えっ、どうするつもり?」

 

 それまで藤林響子が訊いてきて、俺はキーボードタイプのCADを取り出しながら答える。

 

「他人の演算領域と自分の演算領域を同調させるんです。七草の万能もイイ感じに混ざっているから、演算領域にクセみたいなのが無い俺は他人の演算領域と自分の演算領域を繋げることが出来てしまうんです。でも、魔法師の演算領域は人それぞれで違うので、最適化させなきゃいけないからこうしてパソコンのプログラミングみたいにタイピングして演算領域……というか、精神を最適化して繋げるんです」

「貴方、本当に人間?」

「藤林さんは自分のことを人間だと思いますか?」

 

 何でそんなことを訊くのか、と問われて笑いそうになるのを我慢する。

 

「人としての枠を超えた事をすると、自分が人間なのかどうか怪しくなってきますが……結局こういうのって気の持ちようなんですよね。俺は自分のことを人間だと思いこむようにしてます」

「気の持ちよう、ね。貴方もある意味であの子や彼と同じなのかもしれないわね」

 

 俺と同じような人間って、それは周りが自分を人間として扱ってくれないような酷い環境にいる人間がいるという事になる。絶対、性格はねじ曲がって屈折してるだろうな。俺含めてロクな人間じゃないので関わるのは避けたい。

 

 第3セットが開始された。

 

 射出されたボールを空気弾で打ち、相手コートに飛ばす。

 

 魔法式の構成まで変えてないようで『ダブル・バウンド』がかけられるが、情報強化で対応する。

 

 物体のベクトルが逆転しようとする七草真由美の魔法は効力を発揮できず、ボールはコートへ落とされる。

 

『そんなことが……!』

 

 単純な魔法力では負けないと思っていただけに力で押されるのは予想外で、しかも力負けしてしまったことは大きな衝撃と動揺を与える。

 

 露骨にやり過ぎている気がしなくもない。結局、俺が本気出すとワンサイドゲームとなってしまう。誰も魔法力ではマトモに勝つことは出来ないから、これからする事は単純な作業だった。

 

 七草真由美の魔法力では、俺の情報強化を突破することは出来ない。故に一方的に点数を許し、手も足も出せない。

 

 クラウド・ボールはアイス・ピラーズ・ブレイク同様、細かな技術より純粋な力技となることが多く、魔法力に圧倒的な差が生じていれば勝ててしまう。

 

 試合は俺が操る風見選手の一方的な点取りという異様な状態となり、観客は凍りつ──―くことなく一種のエンターテインメントとして歓声を上げて楽しんでいた。七草真由美のワンサイドゲームを見ても歓声を上げているくらいだし、別に十師族が勝とうが負けようが大衆はどうでもいいらしい。どうでも良くないのは、魔法師社会という狭い世界で生きる人々だろう。

 

 試合終了。

 

 一方的な勝利を掴み取ったことに特に感慨もなく、さっさと隠蔽工作して一息つく。

 

 つまらない試合にしてしまった。

 

「他の十師族では君に勝てる者は殆どいないだろう。見事だった」

「……ありがとうございます」

 

 皇悠と同じように捻くれた返事をしようとしたが、そこまで似たくないので堪える。

 

「姫殿下、オーダー完了です。少し休んできます」

「お疲れ様。後は自由にしていい」

 

 切り換えていこう。どうせ俺のこのナイーブな思考は、誰かに言ったところで理解し難いだろう。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 自室へ戻る途中、電話がかかってきた。非通知だった。

 

 怪しげな勧誘だったり、詐欺師だったりするので出ないのが正解だと思うから、着信拒否する。

 

 またかかってきた。切った。

 

「ええい、しつこい!」

 

 何度も非通知で電話がかかってきて、その度に拒否してるのだけど、相手も諦めが悪いのか何度も電話をかけてくる。

 

 ここで根負けして俺が電話に出ることはしない。諦めの悪い人間はこっちも同じだから、絶対に電話に出ない。出てやるもんか! 

 

 そうして何度目かの攻防の末、今度はきちんと番号が出た状態で電話がかかってきた。知らない番号であった。

 

 切りたいけど、仕方ないから出ることにする。

 

「もしもし、志村です」

『やあ、どうも。元気にしてるかな、志村くん。僕だよ、非通知の忍者だ』

「非通知さんという方ですか。生憎ですが、そういう人とは知り合いではありません。新手の宗教勧誘とかでしょうか?」

 

 九重八雲だった。ちょっと不機嫌な様子だ。

 

『君は姫殿下から離れると、すぐに監視がつくようになっているから、要件だけを伝えておこう』

「なんですか?」

『見事な試合だったよ。昨日に引き続き、あの七草真由美を倒してしまうなんて青波入道閣下はお喜びになっていたよ』

 

 額面通りに受け止めると、褒められているように思えるだろう。素直に『やったー褒められたー』と喜べたらいいけど、あの妖怪が喜ぶ姿が想像できないし、何よりも先ずは『何故喜んでいるのか』という疑問が生じる。裏があるべきだと思う。

 

「そうですか」

『ただ、九島烈に君の出自を話したのは失敗だったね。今は厳重注意で済むけど、次にやらかすと何らかのペナルティがかけられるので気を付けてね。姫殿下の守りを引き続いて頼むよ』

 

 一応、思惑通りに事が運んでいるのもあるから『厳重注意』で終わってくれるようだ。処分が重くなると、俺が洗脳した一高の生徒に何らかの危害が加えられるのは確実で、更に重くなると俺自身が危ない。

 

 魑魅魍魎の思惑に乗って動けば、内戦は確実だろう。九校戦で『姫殿下を魔法師が殺した』なんてスキャンダルが起きれば、魔法師排斥運動は盛んとなって「魔法師は危険なので徹底的に管理しよう」という結論に至って、今まで魔法師に与えられてきた自由や権利は無くなり、我慢ならなくなった魔法師たちによる反乱が幕を開けるだろう。

 

 どうすればいいんだろう。

 

「おっ、志村。こんなところにいたんだな」

 

 一条と吉祥寺と遭遇した。どうやら探していたらしい。

 

 祝勝パーティーをやるらしいが、正直に言えば風見先輩と顔を合わせるのが辛いので出たくない。

 

 演算を同調した魔法師は総じて『自分が自分じゃないような気がした』という感想を述べるのだが、そんな事を言ったところで俺の存在に気づけないので別に気にすることではない。単純に操って勝たせた風見先輩を祝うのは、自画自賛するようで気分が悪い。

 

「ごめん。ちょっと休ませて」

「どうしてだ?」

「姫殿下のところにいたんだけど、一緒に老師もいたんだよ。その孫にあたる藤林響子さんもいるし、気が休まらなくて大変で気疲れしたから休ませて」

「おう、そうか」

「気が向いたら来てよ」

 

 ちょうどいい機会だし、一条に訊きたいことがあるので訊いてみよう。

 

「一条は風見先輩が一高の七草真由美さんに勝ったことは喜ばしいことか?」

「うん? 当たり前に決まってるだろ。三高の生徒が優勝したんだぞ。祝うのが普通だろ。お前も小さい事に拘る人間だったんだな」

「小さいかもしれないが、重要なハズだ」

「学生同士の大会で十師族の権威に疵なんかつかないだろう。その程度で疵がつくような存在じゃない」

 

 大物なのか考え無しなのか解らん奴だな。

 

 しかし、権威だの何だのに最も拘っていたのは俺かもしれない。皇悠についてる人間が、十師族の事を考えたって意味がない。敵対しなければいけないし、最終的に切り捨てられる人間なので自分の事を考えないといけない。

 

 今死ぬか後で死ぬか、長生きできないのは皇悠ではなく俺だった。

 

 

 

 

 





本編とは関係ないけど、七草弘一で画像検索するとムスカ大佐とのコラ画像があるんですね。意識して似せたんかな。

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