2022-08-05

清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part1 〜学問の自由とその濫用

前置き

2022.7.24 一般公開シンポジウムフェミ科研と学問の自由

https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI

より、清水晶子氏発言部の文字起こしである

長いため講演部Part1~Part5+質疑応答の6部に分割する。

分割の境界スライドにある番号に従うが、副題は増田判断である

スライドはすべて図表のない文字ベースのものであったため、引用記法を用いて本文に組み込んだ。

講演部については、「女性スペースを守る会」が公開している文字起こしベースに、

増田が誤字の修正や、句読点の変更、改行の追加などの編集を行った。

https://note.com/sws_jp/n/ne37cb8d20b7c

質疑応答部、スライド部の文字起こしはすべて増田が行った。

この講演に対する江口聡、千田有紀滝本太郎、uncorrelatedなどによる批判的な反応が、

Togetterまとめ「清水晶子先生の「フェミ科研と学問の自由」の講演 文字起こし」に一部収録されている。

https://togetter.com/li/1924447

uncorrelated氏はブログ記事も書かれている。

古典的リベラリズムから見て、フェミニスト清水晶子のプレゼン学問の自由キャンセルカルチャー」は全くダメ

http://www.anlyznews.com/2022/08/blog-post.html

目次

anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

学問の自由キャンセルカルチャー」Part1 〜学問の自由とその濫用

https://youtu.be/FP8rL7KfisI?t=2457

40:57~48:23

2022/7/24

学問の自由キャンセルカルチャー

清水晶子(東京大学

菅野優香

お2人目は清水晶子さんです。

清水さんは東京大学大学院総合文化研究科で教鞭を執られています

フェミニズム、クィア理論をご専門とされ、研究関心としては非規範的な身体と性の政治

とりわけ身体他者性、自己表象生存戦略可視性を巡る問題などがあります

最近は、英語圏フェミニズムおよびクィア理論史を改めて辿ることにも興味があるとのことです。

主な著作

『Lying Bodies: Survival and Subversion in the Field of Vision』、英語の本です、2008年

『埋没した棘――現れないかもしれない複数性のクィアポリティクスのために』、2019年

フェミニズムの思想と「女」をめぐる政治』、2020年

フェミニズムってなんですか?』、2020年、などがあります

清水さん、どうぞよろしくお願いいたします。



清水晶子:

はい。ご紹介ありがとうございます清水晶子です。もうそのまま入っていきますが、

本日は「学問の自由キャンセルカルチャー」というタイトルで報告をしたいと思います

少し方向性が違うかもしれないんですが、よろしくお願いします。

学問の自由とは

学問の自由という原則は、学術コミュニティ構成員、すなわち、研究者、教員学生が、倫理的規則国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、そして外部から圧力を受けることなく、学術活動を追求する自由定義できる」

1998年 国際大学協会声明

学問の自由大学自治社会的責任

学問の自由というところからいきたいんですが、学問の自由とは何を指すのか。

一般的には大学だったり研究機関とかっていうものが、

政府なり、場合によっては非常に強力な宗教だったり、経済的権力だったりというところから圧力を受けることなく、

さらに言えば、個々の研究者が大学当局だったりとか、大学経営陣、あるいは多数派社会的通念、経済的要請などから

不当な干渉や抑圧を受けることなく、学問良心手続きとに従って真理を探究する自由というふうに考えることができる。

例えば1998年国際大学協会声明学問の自由大学自治社会的責任」という文書があるんですが、これによると

学問の自由という原則は、学術コミュニティ構成員、すなわち、研究者、教員学生が、

倫理的規則国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、

そして外部から圧力を受けることなく、学術活動を追求する自由定義できる」

というふうにされています

学問の自由というものの基本がここにあるというふうに考えると、フェミ科研裁判文脈における学問の自由の主張というのは、

ある意味、まさにここに相当するもの王道の部分というふうに言うことができるというふうに思います

2000年代前半:ジェンダーバックラッシュ

過激性教育ジェンダーフリー教育調査プロジェクトチーム

2014年広島大学でのいわゆる「従軍慰安婦」に関する講義

産経新聞による吊し上げ↑ 日本科学者会議広島支部幹事会による抗議

2020年日本学術会議会員任命拒否

日本学術会議会員任命拒否違法状態是正を求める意見書」提出(日弁連

残念ながら、日本フェミニズムとかマイノリティ政治に関わる研究者にとって、

今言ったような意味での学問の自由というのは必ずしも安定して保障されてきたものではない。

からこそ、その必要性というのはしばしば痛感もされてきましたし、主張もされてきました。

今世紀に入ってから過去20年に限定しても2000年代前半のフェミニズム女性運動へのいわゆるバックラッシュ、いうのがありまして

ここでは与党自民党プロジェクトチームにおいて、ジェンダーという語それ自体使用疑義提示されたりしている。

2014年はいわゆる従軍慰安婦問題を取り上げた広島大学研究者の授業というのが、

先ほども産経新聞出てきましたけど、ここでも産経新聞ですが、産経新聞によって吊し上げにあって

批判や抗議が大学殺到し、日本科学者会議広島支部幹事会が学問の自由侵害であるというふうにして、

産経新聞に抗議をする、声明を出すという事態になったりもする。

もちろんさらに、記憶に新しいのは2020年日本学術会議の会員任命拒否ですね。

まり当時の菅内閣総理大臣日本学術会議が会員候補者として推薦した内の6名の任命を拒否したというか、しなかった件ですよね。

この任命拒否については憲法23条保障する学問の自由を脅かすものであるというふうにして、

2011年11月日弁連が「日本学術会議会員任命拒否違法状態是正を求める意見書」というもの総理大臣に提出をしていると。

これらの事例での学問の自由というのは、この重要性、

この意味での学問の自由重要性というのは、本日シンポジウムのいわば前提になっているものだというふうに考えます

学問の自由」の濫用

差別的・抑圧的な言説に対して政治的・経済的に力のない側、社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立てを「学問の自由侵害」とする言説

その前提をご確認いただいた上で、私の報告は少し角度を変えて、学問の自由という主張や枠組みがどう利用されているのか、

もう少し強く言うと、どう濫用されているのかでもいいかもしれないんですが、それを考えたいと思います

今申し上げたように、従来は、そして一般的には、学問の自由というのは

国家とか強力な宗教団体、経済団体多数派社会通念や経済的要請などなどの圧力を受けることなく、

研究者の社会的通念と研究手続きに則って真理を探究する自由を指すというふうに理解されています。その意味では、

学問の自由という枠組みは力のある人たちとか多数派にとって都合が悪い、あるいはそこにとって利益にならないというだけの理由で、

研究教育を抑圧したり、不当に妨げたりすることを困難にするはずのものです。

ところが、この学問の自由の主張が全く逆のベクトルで利用されることがある。

すなわち差別的・抑圧的な考察や言説に対して、政治的・経済的に力のない側、社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立てを、

これは学問の自由侵害であるというふうにする言説というのが見られるようになっている。

これは日本国憲法で保障される学問の自由からはかなりかけ離れたもので、何を言ってるんだというふうに思われるかもしれません。

けれども、法的な解釈とは別のところで、こういう言説上の戦略というのが一定の効果を持ってきているのも事実です。

二面での闘い

国家による学問の自由の明白な侵害

②現状を追認し被抑圧側の異議申し立てを封じるための口実としての学問の自由の動員

結果として、フェミニストとして学問の自由を考えるに当たって、

私たちは、一方ではフェミ科研裁判のように、国家による学問の自由の明白な侵害というものと闘わなくてはいけない。

けれども、同時にもう一方で、学問の自由というのが差別的あるいは抑圧的な現状を追認し、抑圧されてきた側から

異議申し立てを封じる目的で動員されるということに対して警戒をしなくてはならない。

学問の自由を巡っては、フェミニストには現在、そういういわば両面での戦いというもの要請されている。

この現状は忘れるべきではないと思います

実は今日、私からお伝えすべき論点はそこに尽いているので、ここで報告終わってもあんまり問題ないっていう感じなんですが、

ちょっとさすがにそれでは簡便過ぎるので、この後の時間を使って、

こういうタイプの、マイノリティ権利主張を抑圧する目的で動員される学問の自由侵害という枠組み、

この言説というのが具体的にどう現れてきたのか。

これが非常に大きな論点になってきた英語圏の動きというのを中心に、簡単にまとめてご説明したいと思います

anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

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