健さんは死を覚悟した
大林 昭和基地のセットでの撮影を終えた高倉さんが、一足早く宿泊先のロッジに向かったんです。ところがその途中で強烈なブリザードが吹いてきて、迷子になってしまった。僕らがロッジに戻ると2時間も前に出た高倉さんが戻っていない。大騒ぎになりました。
角谷 ロケ現場とロッジは4~5kmしか離れていません。でも、ブリザードが吹くと地形がまったく変わってしまうんです。
大林 磁極に近いので方位磁石も使えない。ようやく発見されて救出されたときは、バッテリーが尽きかけ、車内は冷蔵庫のように冷え切っていた。見つかったとき、高倉さんは「ここで死ぬと思った」と漏らしていました。
角谷 もう一度遭難しかけたのは南極ロケの最中です。実は、キャストの中で、高倉さんだけ南極に行っているのです。蔵原監督が「健さんとペンギンが一緒に映った映像を撮りたい」と熱望したことがきっかけで、北極圏ロケの後に健さんと監督とカメラマン二人の4人だけで向かいました。
氷原にテントを張って泊まったところ、猛烈なブリザードが発生してテントが飛ばされてしまいました。近くにはクレバスが大きな口を開けている。4人は寝袋の中でどうすることもできず、声を掛け合いながら4時間耐えたそうです。
長谷川 過酷なロケだったとは聞いていましたが、まさかそこまでとは知りませんでした。
関係者全員が冒険心に富み、無理難題を実行したからこそ、大ヒットに至ったんだと思います。
「白の世界」へのこだわり
角谷 渡瀬恒彦さん演じる越冬隊員・越智健二郎の婚約者役として、夏目雅子さんが出演してくれたことも大きかったです。おかげで、映画がとても華やかになりました。
大林 高倉さん演じる潮田暁隊員は、犬を南極に置いてきた罪を償うために、犬を供出してくれた飼い主のもとを訪ね歩いて謝罪します。その飼い主の一人が、当時10代だった荻野目慶子さん。「(残してきた)リキの代わりに」と潮田が置いていった犬を、「いりません」と突き返すシーンはとても印象的です。高倉さんも、「好きなシーンの一つ」とおっしゃっていました。
長谷川 僕は、高倉さんと渡瀬さんが1年越しにタロとジロと再会するラストシーンが忘れられません。まるで久々に再会した恋人同士のように、お二人とジロとタロが抱き合っていました。
角谷 あのシーンは北極圏ロケの最後に撮影する予定でした。ところが高倉さんから、「まだ犬との交流がきちんとできていないので、このシーンはすべての撮影の最後に撮りたい」と提案されたんです。そこでラストシーンだけは、流氷がやってくる冬の北海道で撮ることになりました。
大林 北極圏ロケを終えて高倉さんが南極に行っている約2ヵ月間、渡瀬さんがタロとジロを世田谷の自宅で預かって世話をしてくれました。その期間があったから、撮影の最後に犬たちが喜んで二人のもとに飛び込んでくるシーンを撮ることができたと思います。
角谷 想定外だったのは、暖冬になってしまい北海道に流氷が来なかったことです。結局、2分足らずのラストシーンを撮るためだけに、もう一度北極圏に行きました。
長谷川 この映画がここまでヒットしたのは物語の感動もありますが、映像のすばらしさもあったことも間違いありません。蔵原監督がとことんこだわった白の世界。そのスケールに圧倒されました。
角谷 興行収入は約110億円を超える大ヒットとなりました。歴史に名を刻むにふさわしい作品になったと思います。
「週刊現代」2022年8月6日号より