第百二十一話「不屈の魔法使い」
久しぶりに会ったロキシーはあまり変わっていなかった。
年格好も、雰囲気も、そのままだ。
ただ、一ヶ月も迷宮に閉じ込められていたせいだろう。
かなり衰弱していた。
彼女の頬はやつれ、目の下にはクマが出来て、みつあみの解けた髪はほつれ、全体的に汚れて浮浪児のようになっていた。
それでもロキシーのロキシーらしさは何一つ損なわれてはいなかった。
しかし、ギースは即座に帰還の判断を下した。
正しい判断だろう。
タルハンドがロキシーを背負い、地上に戻る。
ぜひとも俺がロキシーの御身を運ぶと進言したのだが、そもそも俺が戦力から外れると第二階層を抜けない。
だから仕方がない。
こんなむくけつきの男にロキシーを運ばせていいものか。
という思いはあったが、ロキシーも含め、誰も異論を出さなかった。
「すいません、タルハンドさん。ご迷惑をかけます」
「いいんじゃよ。ロキシー、たまにはわしもお前を助けんとのう」
「臭くはないですか? ルディが吐くほどなので、相当かと思いますが」
「ハッハ、この程度で臭いと言ってたら、冒険者などやっとられんわい」
道中、そんな会話が、俺のすぐ前から聞こえてくる。
ロキシーとタルハンドは、長いこと二人で旅をしていたと聞く。
その信頼関係を感じられる会話だ。
少し嫉妬する。
「先生。俺は別に、先生が臭くて吐いたわけじゃないですからね?」
嫉妬にかられて後ろから声をかける。
ロキシーはちらりと俺の方を向いて、そしてサッと顔を逸らした。
「じゃ、じゃあなんで吐いたんですか?」
「ロキシーに会えた事への嬉しさと、忘れられた悲しさに挟まれて、胃が締め付けられたんです」
「……忘れてたわけじゃ、ないんですよ。ただ、昔の可愛いルディと、今のルディが結びつかなかっただけです」
ロキシーはごにょごにょと言って、そのまま黙ってしまった。
まあ、俺も成長したし、仕方のない事だ。
「……」
短い会話だったが、久しぶりのロキシーの声は耳に心地よく、そのまま天国まで登ってしまいそうな気分になった。
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ロキシーの帰還に留守番組は歓声を上げた。
この迷宮探索が始まってから、初めての嬉しいニュースというわけだ。
そのニュースも自分で掘った穴を埋めただけなのだが。
いや、言うまい。
原因はどうあれ、嬉しい事は嬉しい事なのだ。
ロキシーはすぐさまリーリャの手によって風呂へと入れられた。
俺はその間、ロキシーのために出来る事はないかと思って部屋の前をウロウロしていたが、ヴェラに追い払われた。
女の子の入浴中に部屋に近づいてはいかんというのだ。
断じて俺に下心は無かった。
俺は彼女のために何かしたいと思ったのだ。
本当にそれだけなのだ。
確かに前科があるけど。
今回は無実なんだ。
そう主張しようと思ったが、やめておいた。
……いや、これで良かったんだ。
俺の事だ。
ふと脇を見て、そこに洗濯物がたたんであったりしたら。
そのまま手が滑って一番上に載っている白い布をポケットにしまわないとも限らない。
哀れなゴーストが囁く隙を与えてはならないのだ。
今回は"まだ"無実。
そう考えれば、これでよかったんだ。
ロキシーは体力の回復を待つためにも、数日は安静にする事となる。
とはいえ、彼女も冒険者だ。
外傷は無く、自力で歩ける程度には体力も残っている。
うまい飯を食って柔らかなベッドで熟睡すれば、すぐに復帰できると豪語していた。
本当に問題はなさそうだ。
それにしても、ロキシーにはいきなり無様な所を見せてしまった。
幻滅されたりしていないだろうか。
いきなり吐いたのは失礼だった。
でも本当にショックだったのだ。
俺はずっとロキシーの事を忘れた事はなかったのに。
そのロキシーに忘れられていたと思って。
……そういえば、シルフィも俺に初めましてと言われてショックを受けたと言ってたな。
あの時のシルフィも、こんな気持だったのだろうか。
帰ったら、彼女にも謝らないといけないな。
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ロキシーは丸一日眠り続けた。
一ヶ月も魔物だらけの迷宮にいれば仕方のない事だろう。
起きたらいの一番におはようの挨拶をしようと部屋の前をウロウロしていたら、リーリャに追い払われた。
その時、チラッとロキシーの安らかな寝顔を見る事ができたので、良しとする。
はやく良くなるといいな。
ロキシーは二日目になると起きだしてきた。
カクカクとした動作で俺たちが飯を食っているテーブルにつく。
「おはようございます、ロキシー先生……!」
「はい。ルディ……ルーデウスさん、おはよう? ございます」
この場には、俺を含めて四人しかいない。
エリナリーゼ、パウロ、タルハンド……。
ギースと他三名は、現在買い出しに出かけている。
探索組が町にいるときはひたすら休み、その間は待機組が動くという構図だ。
ギースは探索組なのだが、なぜか待機組の指揮をとっている。
働き者というか、マメだねあいつは。
冒険者やめて、経営者にでもなったほうがいいんじゃなかろうか。
「皆さん……」
この場にいる全員が、ロキシーに目線を向けている。
ロキシーはかしこまった表情を作ると、全員と一度ずつ目線を合わせ、そして頭を下げた。
「この度は、お手数を掛けました。わたしはもう、大丈夫です」
彼女の行動に対する反応は様々だ。
いいんですわと肩に手を回す者。
当たり前だろと頷く者。
酒を飲み、酒瓶を突き出す者。
復帰に感動して言葉を失う者。
「ま、礼ならルディに言ってくれ。こいつが突然『父さん、神の気配がします』とか変な事言い出して壁をブチ抜いて走りださなきゃ、見つけらんなかっただろうからな」
パウロの言い方だと俺が危ない人のようだが、
第三階層を攻略している際、俺はロキシーの居場所がなぜか分かったのだ。
そして、ロキシーが窮地に陥っているという予感もあった。
急を要するとおもった俺は、崩落の危険などお構いなしで、声に向かってまっすぐに進んだ。
まっすぐ行った先には壁があったが、気にせずぶち壊して直進した。
なぜあんな予感がしたのかわからない。
何故か確信があった。
きっと、俺とロキシーの絆が引きあわせたのだ。
きっとそうだ。うん。
もしかすると人神が何かした可能性もほんの少しだけあるが、信じない。
俺の神は一人だけだ。
まてよ、となるとこれも神のお導きということか。
なら、何も不思議な事じゃない。
などと考えていると、ロキシーは俺に向かい、また頭を下げた。
「えっと、ルーデウスさん、その、ありがとうございました」
……なんでだろうか。
ロキシーからそこはかとないよそよそしさを感じる。
この感覚は知ってる。学校で学んだ。
名前だ。
名前の呼び方がアレだからだ。
ルーデウスさんとか他人行儀な感じだからだ。
「気にしないでください、当然の事ですから。
それより、前みたいにルディって呼んでください」
そう言うと、ロキシーはややうつむき加減にボソボソと答えた。
「そ、そんな呼び方をして、馴れ馴れしくはありませんか?」
「そんな、馴れ馴れしいだなんて。先生にルーデウスさんなんて呼ばせるぐらいなら、父さんにもルーデウスさんと呼ばせますよ」
「おいこら、なんだそりゃ」
パウロのつっこみなんて聞こえない。
「以前のように親しみを込めてルディと呼んでください。何年経っても、ロキシー・ミグルディアは俺の尊敬する先生なんですから」
そう言うと、ロキシーは目をパチパチとさせた。
心なしか、顔が赤い。
もしかして、熱でもあるのだろうか。
と、彼女は自分の頬をパシパシと叩いた。
「はい。そうですね……ルディ」
「はい、先生」
フッと自嘲気な笑みを浮かべつつ、ロキシーは俺を見る。
その顔はやや赤らんでいる。
「それにしてもその、大きくなりましたね」
「人族ですからね。先生はお変わり無いようで」
「ええ……ちっちゃいままです」
「言うほどちっちゃくはないと思いますけどね」
「そうですか……?」
懐かしい。
目を閉じれば、ロキシーとの昔の事がまざまざと思い出せる。
出会った日。
初めて魔術を教わった日。
御神体を頂戴した日。
聖級魔術を学んだ日。
別れた日。
手紙のやりとりをした日々。
どれも大切な思い出だ。
「それにしても、見事な魔術でした。わたしがいなくても、きちんと修行はしていたようですね。あれは帝級の水魔術ですか?」
「あれってどれがですか?」
帝級の魔術なんて使っただろうか。
「わたしを助けてくれた時に使った魔術です。あの威力、即効性、範囲。素晴らしい魔術でした。噂に効く帝級魔術『
違う。
あれはただのフロストノヴァだ。
第二階層を移動中、タルハンドにロキシーが使っていた効果的な魔術と聞いて、真似して使っただけだ。
でも、ロキシーは「どうです、正解でしょう?」と言わんばかりの顔をしている。
違いますと答えるのが正しい選択なのだろうか。
ロキシーは水魔術の専門家だ。
それが見た魔術を間違えたとあっては、恥になるのではないだろうか。
ここは、黒でも白と答えるべきではないのだろうか。
もっとも、すぐにバレる嘘である。
ここで肯定し、あとでこっそり嘘だと伝えるのが賢いやり方であろう。
いや、しかし、帝級と聞いてロキシーが嫌な顔をしたらどうしようか。
岩砲弾の威力は帝級並だそうだが、しかし実際にはそんな階位の魔術は使えない。
うーむ。どうすべきか。
「いや、あれはただのフロストノヴァじゃ。ロキシーの使うモンより威力は高いがのう」
「あっ、そ、そうでしたか、失礼しました」
俺が迷っていると、タルハンドが答えてくれた。
余計な事を。
ここは俺がフォローを……。
「まったくロキシーは相変わらずですわね。でも、ルーデウスなら帝級の魔術を使えてもおかしくないという意見には賛成ですわ」
しかし、そこにすかさずエリナリーゼのフォローが入る。
「なにせ、ルーデウスは魔法大学でも一目置かれている程の魔術師ですのよ」
余計な事を。
と、見ると他全員の目線が俺に集まっていた。
よし、ここだ。
「今の俺がいるのは、先生の教育の賜物です」
自信を持ってそう言うと、ロキシーは疑い深い目を向けてきた。
「ルディ……それ、色んな所で聞きましたけど、本気でそう思ってるんですか?」
「当たり前でしょう」
ロキシーの教えは俺の基礎にある。
外に出て、人と話す。
誰とでも、偏見なく仲良くする。
いつでも一生懸命頑張る。
そんな教えは、俺の底に根付いている。
だからこそ、ルイジェルドともいい関係を築けたのだ。
教えを守れない時は確かにあったが、しかしそれはそれ。
人間は常に最高の状態でいられるわけではないのだ。
大切なのは、守れたかどうかではない。
根本にあるかどうかだ。
そういう意味では、俺はロキシーを尊敬している。
サインが欲しいぐらいだ。
「あなたは勝手に上達しましたよ。わたしが教えずとも」
ロキシーは自嘲気に笑う。
「こんなに立派になって。ヘマやって迷宮に閉じ込められるわたしとは正反対です」
そして、テーブルの上にパタンと突っ伏した。
つむじが見えてちょっと可愛い。
「師匠が立派、弟子も立派、それでいいじゃねえか」
と言ったのはパウロだ。
いいこと言う。
そうだ、俺は別に立派でもなんでもないが、ロキシーは立派な人物なのだ。
細かい部分で弟子に負けたからといってどうだというのだ。
その程度の事でロキシーは計れない。
「ロキシーがいなけりゃ、俺たちはここにはいねえ。もっと自信を持ってくれ」
パウロの言葉で、ロキシーは少し持ち直したらしい。
体を上げ、こくりと頷いた。
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その後、ギースが帰ってきた後に会議をする。
待機組を含めた全員が顔を突き合わせて、だ。
「ロキシーの体調を見ながらだが、次に探索をするのは、3日後にしようと思う」
議長のギースがそう告げる。
「早すぎやしないか?」
そう答えたのはパウロだ。
迷宮探索というのは意外に神経を使う。
特に、転移の迷宮のような罠だらけの所では、戦闘中でも踏んではいけない場所に気をつけつつ戦わなければいけない。
後衛である俺はまだしも、前衛の二人の負担は大きいだろう。
「ロキシーは早いうちに迷宮に入りなおした方がいい」
「ん? ああ、そうか、なるほど。確かにそうだな」
パウロは頷くが、俺は少々納得できない。
命の危険にあってからすぐに再突入では、ロキシーもきつかろう。
「先生には、もうしばしの休養が必要なのでは?」
「ん? あー……。先輩は知らねえかもしれないが、迷宮で死にそうな目にあった時、すぐに入りなおさねえと、二度と迷宮に入れない呪いがかかっちまうのよ」
「呪い? そんなのがあるんですか?」
「ああ、なんでか知らねえが、迷宮に入ろうとすると、恐怖心でいっぱいになって何もできなくなっちまうんだそうだ」
あ。生前に漫画で読んだ事があるな。
パニック障害の一種か。
いわゆるPD。
対処療法として、失敗してもすぐにやり直させるのがいい、というのも聞いたことがある。
そういうのは、どこの世界でも一緒って事か。
「それに、先輩は迷宮初心者だ。短いペースで何度か入った方が経験になるだろ」
「なるほど、一理あるな」
そんな会話から、周囲のメンツが次々と口を出しはじめた。
「攻撃魔術師と治癒術師を兼任する動きならレクチャーできます」
「ルディが使った壁をぶちぬいて先に進む方法は、あまりやらない方がいいな。崩落の危険がある」
「なんだったら、わしが前に出よう」
「思ったんですけど、パウロとわたくしの位置交換しません?」
各人が前回の感想や、次回への意見を出しあい、
みんな真面目だ。
もっと適当にやっていると思ったが、そんな事はないらしい。
腐っても、そこはS級の冒険者パーティということか。
この会議において、俺が発言する事は少ない。
初めての迷宮での感想を聞かれ、答えた程度だ。
彼らはプロ、俺は素人。
どれだけ魔術がうまくても、その前提を忘れてはいけないだろう。
前回うまくいったからといって、今回もうまくいくとは限らないのだから。
「とりあえず、次は第三階層の攻略を進める、展開次第だが、最低でも第四階層への魔法陣を見つけるまでは潜ろう、いいか?」
「異議なし」
基本的には、次の階層への階段を見つけたら、奥へと進むか、一旦戻るかを決める。
戻った場合は、前回の地点まで一直線に降りてきて、そこから探索再開だ。
前回は第三階層まで一気に降りたわけだが、これに当たるな。
あんまり期間を置き過ぎると罠が増える可能性もあるらしいから、迅速さが求められるんだそうだ。
「そういや、本によると第四階層は全然違う感じらしいな。遺跡みたいになるとか」
「てことは、もしかすると、最深部が二つある可能性もあるな」
「んー……まあ、第四階層の時は次に考えようや。次回は第三階層だ」
「おう」
長いこと存在している迷宮が別の迷宮とくっついて、
そうした迷宮は、途中から迷宮の感じが変わるのだそうだ。
転移の迷宮は、その特徴に合致している。
とはいえ、その特徴に合致している迷宮の全てが魔力結晶を二つ持つというわけでもないらしい。
あくまで、可能性の問題だ。
本によると、転移の迷宮の魔力結晶は一つ、と書いてある。
だが元々は転移の迷宮ではなく、どこにでもあるただの迷宮だったのが、なんらかの遺跡とぶつかって転移の迷宮となった可能性がある。
何らかの遺跡。
そう、例えば、転移遺跡だ。
「なんですか、本って」
と、そこでロキシーが疑問を口にする。
「ルディが持ってきた本だ、転移の迷宮を最深部付近まで攻略した奴の手記だな。ロキシーも読んでおけ」
ギースから、例の本がロキシーに渡される。
「へぇ、こんなものが……わかりました、明日には熟読しておきましょう」
ロキシーの明日の予定は読書らしい。
なら、俺も宿にいるとしよう。
ロキシーともっと話をしたいな。
何を話せばいいのかわからんが。
本を読むなら、その本の内容について話せばいいか。
聞くロキシー、教える俺。うん、いいな。いい。実にいい。
「さて、フォーメーションだが、少しいじろう。タルハンド、頼む」
なんて考えていたら、議題が次の段階へと進んでいた。
タルハンドがこほんと咳払いをする。
フォーメーションはこの男が決める。
一番後ろにいて、一番現場を見ていたからだ。
「ふむ、任されよ」
にしても、酒臭い。
この男はいつも酒臭いな。
ギースも夜になると浴びるように飲むが、タルハンドは昼間から飲み続けているのだ。
もっとも、迷宮探索が始まると一滴も飲まなくなる。
オンオフの切り替えの出来る男なのだろう。
「基本は今までと変わらん」
テーブルには、二本の線を引いた紙と、色の違う小石が用意されている。
タルハンドはまず、水色の石を置いた。
「まず、以前と同じように、ロキシーが殿じゃな」
「はい」
ロキシーが頷いた。
そして、そのすぐ隣にネズミ色の石を置く。
「ルーデウスはロキシーのサポートじゃ。
ロキシーは想定外の事が起こると失敗するタイプじゃが、
ルーデウスは『予見』の魔眼を持っておる。
歳の割りに落ち着いておるし、事前にミスを食い止められるやもしれん」
「……はい」
まるでロキシーの落ち着きが足りないような言い草だ。
抗議をしたいところだが、ロキシーもミスで転移魔法陣を踏んだわけだしな。
藪蛇になろう。
でも、考えてみればだ。
予見眼は見ていないものは予測できない。
つまり、ロキシーを見ていなければならない。
迷宮探索中、ロキシーを常に視界内に入れる大義名分ができたと思えば、俺にとっては悪くない。
ロキシーは見ているだけで幸せな気分になれるからな。
「パウロとエリナリーゼは、入れ替えてみよう。パウロが前、エリナリーゼが後ろじゃ」
タルハンドはそういいつつ、赤色の
といっても、ほぼ横並びだ。
役割的なものの入れ替えだろう。
前は盾役のエリナリーゼが主導で、パウロがサポートだったが、今回は逆。
パウロがメイン盾で、エリナリーゼがサポートとなる。
「ギースは以前の通りじゃ」
茶色い石はその遥か前方。
そして、最後に自分の石を中衛に置く。
「必要ないとは思うが、第三階層は敵の数も多い。わしが後衛との壁になろう」
斥候:ギース
前衛:パウロ、エリナリーゼ
中衛:タルハンド
後衛:ルーデウス、ロキシー
このフォーメーションとなった。
ギースを除けば、麻雀牌の五筒みたいな感じだろうか。
ワー○ウインドの陣形が近いかもしれない。
「何か意見はあるか?」
その言葉に、俺は挙手をする。
「基本的には、俺の役割は変わらないという事でいいんですね?」
「うむ。細かい連携については、ロキシーとよく話し合えばよかろう」
その言葉を聴いて、ロキシーを見る。
彼女は俺を見て、やや緊張した面持ちでごくりと唾を飲み込んでいた。
「わかりました。先生、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。足を引っ張らないように頑張ります」
むしろ、足を引っ張りそうなのは俺なんだが。
ロキシーはもっと堂々としていて欲しいな。
確かに、魔力総量と使える魔術の数では俺の方が勝ったかもしれない。
けれど、ステータス上の強さが全てを決めるわけではない。
そこに経験が加わればこそ、強さの真価を発揮できる。
その辺を考慮すれば、ロキシーは俺より上にいると思うがね。
一ヶ月も転移の迷宮に閉じ込められ、そこで戦い続け、
しかも数日後に何事もなくまた潜ろうというロキシーのメンタルは凄い。
俺だったら、酷い目にあったら、二度と潜らないと心に誓うだろう。
君子危うきに近寄らずだ。
チキンと言い換えてもいい。
俺は臆病なのだ。
「よぅし、こっちはこんなもんだな。
次は待機組の話だ」
その後、ギースは待機組にてきぱきと指示を出した。
探索中に購入すべきもののリストをヴェラに渡し、シェラにロキシーの容態を聞き、そこからゼニスの状態を予想して医療品を用意しておくように言いつける。
そして、その二つをうまく纏めるようにリーリャに頼む。
探索班の班長がギースだとすると、
待機班の班長はリーリャとなる。
そして、このパーティのリーダーはパウロだ。
このリーダーが何をするかというと、最終的な決断と点呼である。
「よし、じゃあ全員、三日後に備えて、解散」
パウロの号令で解散となった。
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翌日。
俺は宿の一階で読書をするロキシーの周囲をウロウロしていた。
何かわからない事があったら俺に聞いてほしかった。
他の誰でもない、俺に。
「あの、ルディ……」
「はい、なんですか先生!」
「目の前をウロウロされると気が散ります」
ロキシーは苦笑しつつ、そう言った。
「すいませんでした」
俺は頭を下げ、その場を去る事にした。
そうか。
気が散るか。
ですよね。読書の邪魔ですよね。
邪魔はしちゃいけない。
それは俺の本意じゃない。
俺は先生を手助けをしたいだけなのだ。
でも、仕方がない。
邪魔だというのなら、仕方がない。
どこにいこうか。
そうだな、どこか人気のない酒場にでも行こう。
たまには一人で飲もう。
そうしよう。
「ルディ」
しかし、そこで後ろから声が掛かった。
「ずっとウロウロしてるぐらい暇なら、この本でいくつかわからない点があるので教えてく」
「はい!」
俺は即座にロキシーの隣に座った。
世界最速をマークしたと思う。
もし俺に犬の尻尾がついていたら、巻き起こる旋風で空中浮遊を実現した事だろう。
「どこですか、なんでも聞いてください」
ああ……それにしても、ロキシーは本当に小さいな。
俺の体が大きくなったというのも関係しているのだろうが。
膝の上に乗せれば、すっぽりと包めてしまいそうだ。
乗せたら怒られるんだろうなぁ……。
「……」
と、見ていると、ロキシーが斜め上目遣いで俺を見上げていた。
「どうしました先生?」
そう聞き返すと、ロキシーはぷいっと目を逸らし、本に向き直った。
「いえ、なんでもないです。この部分なのですが……」
いつのまにか、背丈も随分越してしまったからな。
悔しいのかもしれない。
背が低いこと、気にしてるみたいだし。
などとやりとりをしつつ、俺はその日、丸一日ロキシーと読書をした。
満足だ。