連続出撃は疲労が溜まるからね、仕方ないね……。
※投稿直後にガバに気付いたので幾度か修正してます。
他にもガバがあったら御指摘ください(白目)
2020/01/19 清澄高校控室のシーンを大幅に改訂しました。
コメントで指摘いただいた部分が後になって自分の中でも気になったためです。
話の大筋の変化はありませんが、清澄メンバーの様子が大幅に変わっているので、
是非お読みいただければと思います。
ゆみ手牌: ドラ
各々が不満や疑問を抱えつつ迎えた、麻子の親番である南二局。ゆみの配牌は普通に見ればそれなりに良いと言えた。しかしながら、先ほどまでの一向聴地獄を経験していたゆみにとっては、決して良い配牌とは言えなかった。何故なら、普通に進めば先ほどと同じ一向聴地獄に陥る可能性が限りなく高かったからである。
「(……自然に打てば、また一向聴の袋小路か……ならば)」
ここでゆみは思い切った決断をする。一牌目でツモってきたを手に加えると、
を切ったのである。
「(いっそ、戯れてみよう。その運命やらと……!)」
初手からのセオリーを無視した打ち筋。しかしそれが功を奏したのか、8巡目にして聴牌を果たした。最初のツモ牌であるを和了り牌とした七対子である。
ゆみ手牌:
ゆみ 河:
「(できるじゃないか……! 奴の支配が完全ではないことを知らしめる!)」
華菜手牌:
「(リーチ!? 天江が支配している中でか!?)」
本来であればありえないと思っていた、衣以外からのリーチ宣言に、華菜は動揺を隠せなかった。ほんの僅かに手を震わせながら山から引いた牌は、よりにもよって。当然有効牌でないどころか、一発目の当たり牌である。
「(点棒が無ければ、このは叩き切っていたかもしれない。でも今は天江と2万点以内の2位。それなら今ここで無謀な挑戦をする必要はない……! 少なくとも七対子、下手すればチャンタ系絡みの大物手まであるようなあれに挑むほど、私の手は良くはない……!)」
動揺している中でも華菜は冷静だった。の出来面子から
を抜き打ちし、オリの姿勢をとった。あわよくば危険牌で待てる七対子を狙うつもりではあったが。
「(……)」
衣もオリたのか現物を切り、麻子の手番となった。ここで麻子はおもむろに4枚の牌を晒した。
「カン」
「「!?」」
を4枚晒しての暗槓である。リーチ者がいるにもかかわらず暗槓をするのもよくわからないものであったが、その後の展開は更に常識を超えるものであった。
「(新ドラ表示牌が……つまり、私の手に2枚乗った……!)」
「カン」
「「!!?」」
嶺上牌をツモった麻子は、新ドラ表示牌を捲り、を出した。これだけであればバカみたいな槓をした結末、と言える物であったが、麻子はそこに更に
4枚を晒すことで槓を重ねた。
「(まさか、ここから嶺上開花でもするつもりか……!?)」
東一局の何食わぬ顔で繰り出した嶺上開花を思い出し、ゆみの背筋に寒いものが走った。そんな中開かれた新ドラ牌は。またもゆみの手牌に乗る形となった。
「カン」
「「「!!」」」
三連続の槓を宣言した麻子。晒された牌は。少なくとも役牌3に三槓子三暗刻がついて跳満まで見えている形となる。
「(くっ、リーチは早計だったか……いや、こんな展開など誰が予測できるか!?)」
一瞬だけ自分のリーチを悔いるも、ゆみはすぐに冷静になる。決して自分はミスらしいミスをしていた訳ではない。強いて言えば巡り合わせが悪かっただけであり、実際その通りと言えた。ゆみがそう考える間にも、麻子は顔色一つ変えずにドラ表示牌を捲る。その牌は。ゆみの手牌に更にドラが乗ったはいいが、同時に
がラスト1枚になったことも示していた。
「(これで清澄の仁川が和了れなくとも、おそらく数巡以内に私は振り込むだろうな……)」
ゆみが悲痛な覚悟をしたその時、麻子の河に牌が並べられた。ゆみが待ち望んでいたである。
「っ、ロン!」
麻子の打ち筋に対する違和感は未だに抜けなかったものの、ひとまず和了り牌は和了り牌である。リーチをかけている上にラス1の牌とあっては、見逃す選択肢などゆみには存在しなかった。
「リーチ七対ドラ6……」
表ドラだけで既に6枚、リーチ七対子と合わせれば既に9翻で倍満確定であるこの手牌。しかしまだ裏ドラは4枚残っている。それをゆみは1枚ずつ捲っていった。まずは最初の裏ドラ牌。
「表示牌は……ドラ2」
続いてその隣の牌を捲る。その牌は。つまり更に2枚乗ったことになる。この時点で13翻、数え役満の達成である。だが、裏ドラ表示牌はまだ2枚残っている。
「(何故だ……今私は確かに役満を和了った……それは間違いない。だが何だ、この纏わり付くような寒気は……!)」
衣の支配とはまた違う異質を、ゆみは敏感に感じ取っていた。残る表示牌2枚の内、ゆみは更に隣の牌を捲る。
「っ……!!!」
ことここにきては、ゆみも麻子に対して恐れをなす表情を隠すことは出来なかった。役満を和了ったのはゆみであり、振り込んだのは麻子であるにもかかわらず、である。しかしそれも無理はない。その表示牌は、つまりゆみの手牌に更にドラが乗る形だったのだから。
「(っ、まさか……ならこの最後の牌は……いや、まさか、そんなことはあり得ない……!)」
震える指で最後の牌を持ち上げ、その牌を表にする。本来ならあり得ない、否、あり得てはならないとも言える牌、が表示牌として捲られた。
ドラ表字牌
「っ!!!」
そのを見た瞬間、思わずゆみは飛びのいてしまった。なぜなら、槓ドラ裏ドラ槓裏、しめて7牌全てがゆみの手牌のドラになったのだから。しかも1種たりとも被ることなく、である。
「リーチ七対子ドラ14。17翻で数え役満は32000点ですね」
この場の中で最も平然としていたのは、振り込んだ、そしてこの場を作り上げた張本人である麻子だった。何食わぬ顔で32000点を取り出すと、麻子はそれをゆみの目の前に置いた。その光景が、この空間の異常さを更に際立たせていた。しかし悪いことに、異常はこれに留まらなかった。
「(……まぁ、何はともあれ次は私の親番だ。幸いにもこれで1位も見えてきた。うまく和了れれば……)」
そう思いながらゆみが席に着こうとしたその時である。
「っ!!?」
ゆみは正面から、自分を押し潰さんばかりの圧を感じた。言うまでも無くそれは、衣から発せられているオーラであった。今の衣の顔は無邪気な子どものそれにしか見えなかったが、その中でゆみははっきりと見ていた。人間の子どもの殻を割り、この世に顕現した魔物の姿を。そう、ゆみは決して衣に打ち勝ったわけではなかった。ただ、魔物が顕現するまでの僅かな自由を得たに過ぎなかったのだ。
―――
「ポン」
ドラは。ゆみの親番である南三局、それはゆみが切った
を衣が鳴いたことで始まった。
「(先ほどまでとは全く違う打ち方……海底を調整しようという意思を微塵も感じられない。ならこれは……)」
「(まずい……このモードに入ったって事は、天江は高速高打点を仕上げてくる!)」
去年戦ったことのある華菜は、衣の変化を敏感に感じ取ることができていた。これも今までの高得点を維持できたことに加え、麻子から直撃した倍満で心に余裕ができていたからだろう。少なくとも点棒を吐き出した後だとすれば、逆転に必死になるあまりに状況を冷静に見ることができていなかっただろうから。だが、それがわかったところでできることは、せいぜい振込みを回避しようとするくらいである。幸運にも現物があった華菜は、この嵐を乗り切るために危険牌となり得る牌を切ることにした。
「ポン」
その華菜の切ったを衣が鳴く。よりによって晒されたのは
が2枚。この時点で和了形こそ絞れてくるものの、その判明した役が役だけに現物で逃げる以外の安牌がほとんど無い状況であった。染め手であればまだマシである。更に怖いのは対々形で聴牌を作られることである。何故ならその場合、今の衣の状態であれば最早現物以外は全て危険牌と化すからである。
普通ならそんなことなどあり得ないと一蹴するような想定ではあるが、しかし相手は海底を自由に操った衣である。一鳴き一鳴きに圧力を感じさせる力を持っている今ならば、既に聴牌していてもおかしくない。ゆみと華菜は同時にそう判断していた。特に華菜は、昨年の高速高打点状態の衣を見ていたので尚更である。もっとも、それでも昨年の場合はせいぜい5~6巡目で聴牌、その直後に和了るくらいの速度であったので、高速とは言ってもまだ抵抗の余地は残されていたのだが……。
「……」
麻子はツモった牌を手の内に入れると、そこから1枚の牌を切り出した。である。衣の河が
であることからすれば、それ自体は比較的妥当な選択肢に見えた。が。
「昏鐘鳴の音が聞こえるか?」
衣から発せられた、地獄の底から響くような、およそ少女が出すようなものではない声を伴いながら、衣は手牌を倒した。
「ロン、対々西白赤赤、12000! 世界が暮れ塞がると共に、お前達の命脈も尽き果てる!」
―――
「なんだこれ……めちゃくちゃだじょ……」
清澄高校控え室。部内最強格の麻子が次々と点棒を失っていく様を見て、流石の部員も言葉を無くして唖然としていた。今の結果としては、開始前は10万点以上あった点棒が、今や既に5万点を割っているのだ。更にその点数を減らした中には、明らかに意図的に振り込んだとしか思えないようなものも交ざっていたのである。これで呆然としないほうがおかしいとも言えた
「あ、麻子は間違いのう勝つためにやっとるんじゃろうが……それにしても滅茶苦茶すぎるでぇ」
「勝つために振り込んで点数を失っていくなんて、そんなことっ、ありえっ、……」
無論麻子のこの奇行にも見える振り込みを、わざと負けるためと思っている者はいない。デジタル至上主義の和でさえ、いつものアレを詠唱しきることはできなかった。
しかし数字としては、間違いなく着実にその域に近づいている。大丈夫、麻子なら勝てると頭ではわかっていても、しかしその数字を目にする度に不安は増大していく。何せ相手には、前年度県大会覇者、全国でもその名を轟かせた天江衣がいるのだ。いつ食い殺されてもおかしくないのである。
「……まぁ、麻子ちゃんが負けるとは微塵も思っていないけど、皆が不安がる気持ちもわかるわ。だけど、あの子の表情を見てみなさい」
久が麻子の表情を見るように勧める。そこには、同じ部で活動してきた皆だからわかる表情が浮かんでいた。
「あの子、全力で楽しんでるわよ」
―――
『ぜ、前半戦終了ーっ! 最後は清澄の仁川選手が龍門渕の天江選手に二連続で跳満を振り込んで決着しましたー! トップは開幕からペースを握り続けていた龍門渕高校で、その点数は15万点超え! そして2位と3位の風越女子・鶴賀学園はほぼ横並びの状況です! そして意図の不明な打ち筋を繰り返した清澄高校はなんと2万点を割っています! 親ッパネに直撃すればそれだけで即トビの状況! 果たしてこの絶望的な状況の中、清澄高校はどう打つのでしょうか!?』
前半戦オーラスも麻子は衣に跳満を振り込んだ。一見すればあまりに高速で回避しようがない振込みであった。それにより、今の点棒は僅か17800点と風前の灯である。しかしそんな状況で尚、麻子はいつもの微笑を絶やさなかった。普通の面子が相手でも逆転の可能性は皆無、加えて卓には魔物がおり、トビを回避するのもどうか、という状況であるにもかかわらずである。それがより一層、麻子の不気味さを際立てていた。
「(確かに天江は恐ろしく強い。それは間違いない。だが何だ……ダントツで最下位のはずの仁川からも、同じくらいの力を感じる……この絶望的な状況ですら、まるで予定調和と言わんばかりだ……)」
ゆみは衣を恐れていた。そしてそれと同じくらい、麻子のことも恐れていた。二人とも卓に圧をかけていたのだが、その性質は随分と違う、とゆみは感じていた。衣が向ける圧が鋭い刃物であるならば、麻子が向ける圧は深い深い闇である。まだ目に見える恐怖である分、衣のほうがマシと言えるかもしれない、とゆみは感じていた。
何しろ分析に長けるゆみの力を以てしても、麻子の狙いがさっぱりわからないのである。そのくせ時々起こす行動は、場を大きく動かすものとなっていた。その最たるものが、ゆみの七対子数え役満である。わざわざ三連続槓を決めてドラを増やした後に振込み、そしてあの奇跡のドラ表示牌を生み出したのだ。
「(間違いない……この後半戦、ただで終わるはずがない……!)」
所変わって会場の屋外。休憩時間ということで気分転換を兼ねて、衣は外へ出て飲み物を買っていた。そこに偶然と言うべきか、あるいはレーダー的なもので察知したのか、靖子が寄ってきた。靖子の口元にはパイプが載った指先がある。どうやら会場内は禁煙ということで外に出てきたようだった。
「にゅ、フジタ!」
「今年も中々調子がよさそうじゃないか」
靖子の言葉に対し、衣は何をバカなことを、とやや冷めたような瞳で見返しつつ返事をした。
「調子良し悪し以前にあいつらが衣に勝てるものか。あと小半時もすれば日降ちだから尚更だ!」
「日没とか関係あるの? 相変わらず面白いな、お前は。……まぁ、それよりも、だ。お前にちょっと伝えたいことがあるんだ」
「?」
てっきりいつもみたいに頭を撫でる等のセクハラ行為(衣基準)をしてくると思った衣は、突然真面目な顔をした靖子を見て頭に疑問符を浮かべた。
「お前さ、そろそろ麻雀を打てよ」
「? 衣はまさに今打っているだろう?」
「いや……お前さんのは打ってるんじゃない。……打たされているんだ」
靖子の口から不意に飛び出た、麻雀に打たされている、という言葉。今の衣には、まだそれを理解することはできなかった。
―――
『2日間に渡る戦いも、遂に天王山――ファイナルゲームです! この4校の中から全国へ進出できるのは1校のみ! 全国の切符を掴むのは果たしてどの高校なのか……運命の半荘戦、いよいよ開幕です!』
熱の入る司会の声。しかしながらある程度、会場内の予想の大勢は決まっていた。まず人気1位は言うまでもなく、天江衣を擁する現在トップの龍門渕高校。次いで全国出場経験豊富であり、衣と過去に直対決をした経験のある華菜を擁する風越女子。鶴賀学園は初出場ということもあり、点数上では僅差であるものの、それほど勝てるとは思われていないようだった。そして最下位の清澄高校に至っては、そもそもトビを回避できるかどうかがまず焦点となっていた。もっとも、あの面子の中で17800点しか残っていないのである。そう思われても致し方ない状況であると言えた。
席替えを行い、最後を決める大将戦後半戦は、親の華菜から衣、ゆみ、麻子の順番となった。
「(あたしの親番……ここで連荘できれば優勝にぐっと近づける! ……だけど、あんまり大きな点数を和了っちゃうと、清澄がトンでしまう……なぁんであんなに振り込みまくったかなぁ、もう!)」
親番である華菜は、貴重な逆転のチャンスが麻子によって制限されてしまっていることに内心毒づいていた。衣との点差は41400点であり、仮に麻子から直撃してトバしても問題ない点数となると役満しかない状況であった。大物手に定評のある華菜でも、流石に役満となると話は変わってくる。そこまでの大物手はそもそもチャンスが非常に限られる上、更に直撃できる手となると相手からも読まれやすい。いくら麻子の振込みが多い様子を見ていたとしても、直撃を簡単に取れると思うほど楽観はしていなかった。
「(となると、ツモで清澄も削りつつ天江との点差を詰めるのが良策……かな?)」
そう考えた華菜は第一打をとし、手作りを進めていく。しかしここにきて、水底からの魔力がまたも場を支配し始めた。
「(手が……)」
「(進まない……!)」
何とか和了を稼ぐことでトップである衣までの点差を詰めたい華菜とゆみに対して、牌が応える様子はほとんど見られない。前半戦で幾度か見た一向聴地獄が場を制圧しているのだ。が、しかし、その一向聴地獄より更に異質な空気を醸し出している地点が存在していた。それは麻子の河である。
麻子河:
12巡目になっても、麻子は一切のヤオチュウ牌を切っていなかった。国士無双を狙っているのは明らかであったが、異常なのはその手の回転率であった。この12巡目に至るまでにツモ切りした回数は僅か1回。全てが手に入っていないと仮定したとしても、半分以上は手に入っていることはほぼ確定と見てよかった。
「(清澄の……あの表情ではよくわからないが、しかし天江の様子を見ると、清澄の手が進んでいるのは明らかだ。まさかこんな突破法があるとはな……)」
ゆみはちらりと上家である衣の表情を伺っていた。その表情は、海底コースに入っているにもかかわらず少し苦々しげであった。それは麻子がツモり、牌を切る度にその強さを増していく。最早風前の灯であるはずの麻子に、衣が押されているのだ。
「(この局はおとなしくしていよう……清澄の手に対して天江がどのような対応をするのかを見てみたい)」
「(多分あたしはこの局和了ることはできない……だけど、どうも天江の様子がおかしい。多分国士を狙っている清澄の手が原因だろうけど……流石にこの巡目で13面とかはありえないだろうし、とりあえずオリでいいかな)」
華菜とゆみは、この局の和了を放棄した。理由としては国士狙いである麻子に無理に喧嘩を仕掛ける必要がなかったからである。何せ麻子が万一衣に直撃をするようなことでもあれば、一気に点差が32000点も縮まるのである。しかも麻子が和了ったところでトップ争いに参加できるほどの点数まで巻き上げられる訳でもない。結果、2人は麻子と衣の両人になるべく振らないような牌を切り、オリを選択することとなった。
「(海の底が……)」
「(近付いてくる……)」
2人は衣の海底が近付いてくるのを否が応でも感じていた。特にゆみは衣から発せられるオーラが、圧力となって精神に直撃していた。だが、そんな中でもゆみは冷静に場を観察していた。
「(……しかし、どうやら清澄の狙っていた国士無双、あながち間違いでもなかったようだな……)」
自身の手と河を見比べながら、ゆみはそう分析した。というのも、どうやら手と河をあわせて計算してみると、16巡目時点でヤオチュウ牌が13種類全て揃っていたのである。配牌から見えていた普通の面子手を揃えようとすれば、まず間違いなく狙うことができなかったであろう手である。
「(……まさか、清澄は最初からこれを見越して中張牌を連打していたというのか……?)」
普通であればありえないような発想であったが、しかし持ち点は僅かながらも、衣に勝るとも劣らない圧力を発し続けている麻子ならありえなくはない。ゆみは直感でそう考えていた。だが17巡目、衣の表情が先ほどまでの苦々しげなものから一転、一気に獰猛な笑みへと変化した。
「清澄の……よくここまで衣に抗ったな。だがそれもここまでだ……!」
まるで処刑宣告とでも言わんばかりの衣の台詞と共に、場に1000点棒が放たれた。そう、海底前のリーチである。華菜とゆみは既にオリており、和了れる形にはない。そして衣がそう宣言するのであれば、間違いなく麻子は張っておらず、また海底牌は少なくとも振る牌ではないのだろう。そうでなければわざわざリーチをかける必要がないのだから。そしてその一巡後。
「ツモ、リーチ一発海底タンヤオドラ1、3000・6000!」
追いつき始めていた華菜とゆみを再度引き離す跳満ツモ。これで逆転までの点差がまたも大きく開くこととなった。だが、ゆみは衣の手を見て違和感を覚えた。
「(……天江の手、よく見れば和了るチャンスがここまででもいくつかあった。単騎待ちをツモっているということは、本来であればを残していればもっと前にも和了れていたはず……それに、他にも面子被りをしている様子も見える。……もしかして天江には、海底ツモとその時の和了形が見えている、のか……?)」
違和感はゆみの中で分析され、そしていくつかの結果を導き出す。その中でも最もゆみの中でありえそうな結論がこれであった。最初から最終形が見えているのならば、あとはその通りに打てばまず間違いなく和了れるのである。それは今までの他家をほぼ一向聴に抑えることができる様子からも推測が出来ていた。
「(とはいえ、鳴きに妨害されたりすると和了れないことがあったりするし、この例だと速攻を決めてくる場合がよくわからない。だが少なくとも、海底を決めてくる場合なら、この筋が一番ありえそうだ……)」
ゆみは一通りの思考を終えると、改めてその壁の高さを痛感した。確かに敵の手の内を知ることは勝利に近付くことが多い。例えば咲の嶺上開花だったり、久の悪待ちだったり、この辺は裏から刺すことで攻守を逆転させることも可能である。
だがこれはどうだ。最初から和了がほぼ確約されている相手にどうやって勝てというのだ。3対1で挑めばまだ勝算はあるかもしれないが、これは全員が等しく敵である戦いである。ゆみには最早、その壁は空をも貫いているとさえ感じられた。
―――
「わぁい、衣の親番だーっ! さいっ、ころっ、まわれーっ!」
重苦しい空気に包まれる卓上。その中で場違いなほど明るい声を出した、その空気を作り出した張本人である衣は、その声の裏で靖子から言われた言葉を思い出していた。
「(そういえば、先刻フジタが稀代な事を抜かしていたな……衣が麻雀を『打たされている』だって? ……烏滸事を! 衣は今此の時、現に此処で麻雀を打っているではないか! ……闇の現を見せてやろう……!)」
どうやら靖子に言われた言葉を余程引きずっているらしい。半ば八つ当たりにも近いような感情を滾らせながら、衣は卓上を支配しようと力を集めた。しかしそこで、衣は今までにない違和感を覚えることとなる。
「(……おかしい。今までの衣の和了からすれば、この局はもっと高い手になるはず……まさか、この期に及んで、アサコ、と言ったか……此奴が邪魔をしてきたとでも言うのか……? 猪口才な! 悪足掻きもいいところではないか!)」
今まで見えていた衣のビジョン、すなわち最終形が、衣の和了に沿ったものではない大安手となっていたのである。今までであればこういった圧倒的な差をつけている場合、その流れに乗って大物手が連続して入るのが衣の常であった。しかし今見えているのは、ツモのみ、ドラも何もない500オールの手であった。
「(……まぁいい。最後には衣が勝つと決まっている。最早一度や二度安手が入ったところで覆りはせぬ)」
しかし衣は、その見えている未来を受け入れ、打牌を進めた。その顔はやや退屈さも混じっているようである。今の衣にとっては、既にこの勝負はついたも同然の状況なのだ。今更一局や二局足止めを喰らった所で結果は見えている。今までもそうだったのだから。
「ツモのみ、500オールだ」
それから10巡後。衣にしては珍しく、なんとも無感情な声が卓上に響いた。つまらなさそうにただ淡々とツモ和了宣言をし、そして淡々と点棒処理を進める。今までの感情豊かな姿を見ている面々にとっては違和感溢れる姿であった。そして東二局、親の衣が連荘しての1本場。先ほどとは打って変わって、衣は獰猛な笑みを浮かべた。まるで、これでこそ衣の麻雀、とでも言わんばかりである。
「ツモ、6100オールだ!」
僅か5巡での親ッパネツモ和了。海底一本ではない、速度の緩急差が非常に大きい、打ち手からすれば非常に対応しづらい打ち筋である。更に2本場。
「リーチ!」
僅か3巡で衣はを切ってリーチをかけた。衣の表情から察するに、振り込めば致命的な点数になるのは明らかである。故に残り8200点しかない麻子を含め、全員がオリを選択した。そんな面々を見下しながら、衣は一発目のツモ牌である
を卓上へと叩き付けた。
「一発ツモ! メンタンピンイーペードラ4、8200オールだ!」
衣手牌: ツモ
ドラ
ゆみはその手牌を見て眉を顰めた。僅か3巡でこんな手牌が揃い、かつ一発でツモる状況も異常であったが、それ以上の違和感を覚えたのだ。
「(リーチ宣言牌である……あれを残していれば二盃口で三倍満になっていたじゃないか……! 何故わざわざ点数を下げるような真似をした……!?)」
そう、おとなしくを切っていればメンタンピン一発ツモ二盃口ドラ3でしめて11翻、三倍満になっていたのである。普通に考えれば、トップ目がわざわざ点数を下げて和了る理由など皆無である。しかしながら、衣はその普通とはかけ離れた人物であった。
「塵芥共、点数を見よ」
衣のその声に従い、ゆみと華菜は得点表へ顔を向けた。そこに表示されていたのは、清澄高校の点棒が0点である、という事実であった。
「汝等に生路無し!」
そう、衣がわざわざ役を下げて和了った理由はそこにあった。本来なら殺せるはずであった麻子をわざと生かしたのだ。
―――
「あ~~~っ!!! もうっ!!! また衣の悪い癖がお出ましですわっ!!!」
龍門渕高校の控え室に、頭を抱えた透華の叫び声が響いた。無理もない。素直に和了っていれば全国出場が確定していたのである。それを衣の道楽一つでおあずけされたのだから、透華からすればたまったものではなかった。
「を残してればうちの優勝で試合終わってたのにね」
「まったくですわぁっ!!!」
一の呟きに、絶賛御立腹中の透華は叫ぶような……と言うより最早叫び声そのものを返す。そんな透華を尻目に、一は衣と初めて対局したときのことを思い出していた。
「でも、衣はこうやって相手の心を折りにいくんだ。相手が自分自身で負けの烙印を押すように……どうやっても敵わない、そういう格付けを見せ付けるために……」
今日と同じく満月であった、衣と初めて出会った日。そこで垣間見た地獄。一は衣と対局している3人を、当時の自分の姿と重ね合わせていた。
―――
「う、うちがぴったり0点だじょ……」
「に、20万点の点差だぞ……」
優希と京太郎が思わず呟きを入れる。もっとも、この状況においてはそうなるのが普通であり、むしろどっしりと構えている久の方がおかしいとも言えた。
「一応私達が0点なので、ツモ和了りが許されているのが不幸中の幸いでしょうか……」
そう、ツモ和了りが封じられているのは脇の2校だけである。和の言う通り、麻子がツモ和了りをする分には問題ないのである。もっとも、衣もツモ和了りが許されている以上、そう悠長なことはできないのも事実であった。
「ところでさっきから咲ちゃんがだんまりだけど大丈夫?」
「……」
久が問いかけるも、先は画面を凝視したまま返事をしない。聞こえていないのか、と思い、今度は隣にいた和が声をかけてみた。
「咲さん……?」
「……嵐が来る」
「……え?」
咲の意味深な呟きに、和は思わず心配そうな表情も忘れて呆けた表情になって返した。その聞き返しに応える咲の顔は、怯えているような期待しているような、様々な感情がないまぜになったような形容し難いものとなっていた。
「……ここから先、麻子ちゃんは嵐を起こす」
咲のどこか確信めいた発言。それと時を同じくして、かつて人鬼と呼ばれた女子高生、仁川麻子が暫し瞳を伏せ、そして射抜くような瞳で衣を真正面から見据えた。
([∩∩])<遊びは終わりだ