仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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冷やし透華はじめました。


11話 別格

「(空気がおかしい……これは……)」

「(気配が……消せないっす……)」

「(偶然にしても酷いですね……)」

 

 透華の起家で始まった副将戦の後半戦。その東場は4連続で流局という異様な立ち上がりを見せた。しかもそれらの局は、誰も鳴くことなく、である。元々オカルト方面に鈍い和はともかくとして、桃子と純代は唯一連続聴牌し続けている透華から、絶対零度のオーラを感じていた。その透華はというと、場決めの際に東をめくった時から、不要な発声を一切していない。先ほどまでのお転婆お嬢様といった様子は完全に消え失せていた。

 

 南一局。副将戦も残すところあと半分であり、普通に考えれば透華や桃子はここで仕掛けないと後が厳しくなる。逆に和や純代はいかにこのリードを守りながら大将戦へつなげるかがポイントとなる。その考えは、普通の状況であれば間違いではなかっただろう。しかし今、この副将戦で起こっていることは普通ではなかった。

 まず手が碌に進まない。いや、麻雀というゲームの性質を考えれば、毎度毎度聴牌まで辿り着けるとは限らないため、それ自体はそうおかしいものではない。だが、それが3人同時となるとどうであろうか。ここぞという選択肢で高確率で裏目を引く。聴牌しても他家が和了り牌を独占していたなんてのもザラ。これが3人同時なのである。どう考えてもおかしいのは明白であった。

 では他家から鳴いて和了ればいいのではないか、となるのだが、手を進めるための鳴きもできない。能力のこともあり、元々門前派である桃子にとってはさしたる問題ではなかったものの、鳴きも普通に使っていく和と純代にとっては結構な問題である。そして最後。

 

「ツモ、1300オールの6本場は1900オール」

 

 最後の問題は、南一局に入ってから透華が連続ツモ和了を始めたことであった。手の進みこそそれほど早くないものの、それ以上に他家の動きが遅くなっているため、相対的に透華が非常に早いタイミングで和了っているのだ。今のところ和了られているのは、2000オール、1000オール、そしてこの1300オールといずれも安い。しかし透華は親である。透華が和了り続ける限り、この連続和了は止まらないのである。

 

「(な、なんなんすかこの怪物は……!?)」

「(っ……)」

 

 桃子は透華から発せられるプレッシャー、そして積み上げられていく100点棒の前に、戦意を喪失しかけていた。桃子は、強さレベルで言うならこの4人の中では格下である。だが、それを補って余りある、ステルス状態という強力な能力を得ていた。だが今のこの半荘は、そのステルス能力が封じられている。何故自分の存在が消せないのか、それはわからないものの、誰がそうしているのかははっきりと理解していた。透華しかいない、と。

 和はこの困難な状況下でも、常に最善手を打ち続けていた。だが、ことごとくそれが裏目に出ていた。片方の搭子落としを選択すれば、次のツモでは落とした方の搭子にくっつく牌を引いてくる、といった具合に。今のこの場は透華が支配している、と少しでも考えられれば、今のこの状況を打開することもできたかもしれない。

 だが、和には足りないものがあった。それは強敵との経験である。確かに和は、普段からの部活で、麻子や咲といった、「牌に愛された子」、悪待ちの久や東場の鬼である優希、膨大な情報を武器とするまこと打っている。しかし、言ってしまえば和の経験とはその程度である。この現代日本には、さらに様々な能力や主義を持った打ち手が星の数ほどいるのである。今の和には、そういった異次元の強さを持つ打ち手との経験、抽斗が圧倒的に足りなかったのである。そんな今の和に出来ることは、どれだけ裏目を引き続けようと、自分を信じてまっすぐに打ち続けることしかなかった。

 

「ツモ、2600オールの7本場は3300オール」

 

 しかし無慈悲にも、透華はそれら全てを無に帰すかのように、連荘を重ねていた。

 

 

―――

 

 

『な、なんと龍門渕選手、怒涛の7連荘ツモ和了! なんと、この南一局だけでトップまで上り詰めてしまいました!』

『次に和了れば八連荘だな。採用はしてないが……』

 

 結局、透華はあの後も更に和了を重ねていた。4000オール、1600オール、2600オール。その手自体は平凡であったものの、それに8本場、9本場、10本場の積み棒までついてきている。ここまで来ると積み棒も馬鹿にできる点数ではない。結果、7連荘目にして透華は和を逆転、首位に立った。

 

『しかしこの連荘、まるでインターハイチャンピオンの再現を見ているかのようですね』

『……いや、これは質が違う。連荘という結果こそ同じだが、チャンピオンのそれとは似ても似つかん。あまり話すと長くなるからここでは割愛するがな……』

『は、はぁ……』

 

 

 

「な、なんだじぇあのおねーさん……後半戦で急に人が変わったじょ……」

「八連荘って……チャンプの試合の牌譜くらいでしか見たことないわよ」

「こんなん信じられんわ……」

 

 清澄高校控え室では、予想だにしなかった試合展開に、部員のほぼ誰もが驚愕していた。普段動揺したりすることはない久でさえ、今のこの状況を信じられないといった様子で見ている。驚いていなかったのは例によって麻子と、魔王のもう片割れである咲だけであった。もっとも、咲の場合は透華のオーラをモロに食らっていたため、驚いたというよりは怯えているのだが……。

 

 

 

 一方龍門渕控え室。こちらでは連荘にさぞ浮かれているのかと思いきや、むしろその空気は冷え切っていた。勿論喧嘩だとかそういった意味ではない。ただ、透華のその透き通る冷たさをモニターごしに感じていたのだ。

 

「いやー、しっかし透華も滅茶苦茶すんなぁ……大丈夫か、国広君」

「……うん。大丈夫」

「明らかに大丈夫そうじゃねーだろそれ……」

 

 一は顔を少し青くしていた。とは言っても、空調が効きすぎて体調が悪いとか、今の透華の姿が嫌だとか、そういった悪い感情のものではない。一は龍門渕家のメンバーの中でも、普段から特に透華に近い位置におり、その分透華との繋がりも強い。そのため、「冷たい透華」そのものの感覚も僅かながら流れ込んでいたのである。

 

「ココア、飲む?」

「……ありがと」

 

 智紀が気を利かせ、ホットココアを用意し、一もそれを素直に受け取った。心なしか、顔の青さも少しばかり戻りつつあるようにも見えた。

 

 

―――

 

 

 南一局11本場。透華が完全に支配しているといっても過言ではないこの状況下、しかしそれでも3人の闘志は消えていなかった。しかしながら、ここまでの3人の努力は微妙に歯車が噛み合わない状態であり、結果として透華を破るまでには辿り着けなかった。しかしこの11本場、透華が和了ればプロでも見ることがほとんど無い八連荘達成となるこの局。ようやくであるが3人の歯車が噛み合う時が来た。

 

「(……ここまで来ると、認めざるを得ません。この後半戦、明らかに異常、オカルト的な力が働いている、と。でなければ、誰も鳴くチャンスすらほとんどなく、そして『正しい選択肢』を選び続けた結果それが全て裏目に繋がる……全て、例外なく、です。こんなデジタル、あり得ません。これならまだ、天和を和了る方が簡単かもしれない。……そんな相手に一人で挑むなど無謀。空聴の単騎待ちで和了を待ち続けるようなものです。であれば、他家と協力してでも、龍門渕さんを止めないといけない)」

 

 ことここにきてようやくではあるものの、和も透華の異常性をはっきりと受け入れた。麻子以外にイレギュラーな存在など認めない(そして本人からすれば、その麻子というイレギュラーすらもできれば認めたくない)和にとって、この受容は大きな一歩であった。そしてそれを認めれば、この状況を打開する方法だっていくらでも(と言うのは大げさかもしれないが)ある。

 今までそれを阻んでいたのは、和の高いプライドであった。デジタル雀士としてインターミドルで名を馳せ、そしてネット麻雀において運営の用意されたプログラムとすら呼ばれた彼女にとっては、デジタル打ちこそ至高、オカルトなど絶無、といった考えが当然のものであり、またそれを貫き通して勝利を飾ることこそ至上の喜びであった。であれば、本来オカルトを認めるような思考に至るはずはない。事実、10本場までは和もそれを頑なに認めようとしなかった。では11本場において何が和を変えたのか。それは……

 

「(それにわざと安い手を続けてこのまま八連荘なんて、そんな虚仮にするような真似などさせません!)」

 

 皮肉にもその高いプライドであった。クールビューティーなどと一部で呼ばれたりする和であるが、その実結構見え見えの挑発にも簡単に乗ったりする。いや、むしろチョロいとすら言えるほどである。そんな和にとって、自分は『正しい打ち方』をしているのに裏目を引かされ続け、相手は悠々と安上がりのツモを重ね、じわじわと嬲り殺してくる、そんな打ち方をされるのは非常に堪えるものがあったのだ。もっとも透華はそんなことなど全く意図していなかったため、ただの偶然、いや言いがかりとも言える割と下らないものではあったのだが、ともかくこれで和は覚醒した。対透華戦線のピースが嵌ったのである。

 

 一方桃子は、後半戦開始時からどう頑張っても、自身が気配を消すことが出来ないことを察していた。謎の力で早々に見破ってきた和はともかく、所謂普通の人である透華や純代でも、視線が桃子の存在を捉えているのである。ならまずは、消えられない状況をどうにかしないといけない。そのためにはとにかく透華に止まってもらわないといけないのである。

 また、純代も同じ事実に早々に気がついていた。こちらは全国常連校であったこともあり、情報集めにも余念が無かった。特に自分達風越を破った龍門渕高校については、他のどの高校よりも熱心に調べていたと言えるだろう。そしてその中で何度か見えたものが、所謂『冷たい透華』であった。

 無論チームメイトでないどころかライバルであるため、詳しい情報を手に入れることはできなかったものの、それでも牌譜を見ればその異常性は明らかであった。とにかく鳴けない、和了れない、止められない。少なくともただの全国レベルでは、普通に進めるだけでは一人で太刀打ちすることなど不可能。昨年のインハイでは、数少ないただの全国レベルではない打ち手である、臨海女子のメガン・ダヴァンが、他家を飛ばすという荒業を以て一人で食い止めることに成功したものの、それでも他家を飛ばすという手法を使わざるを得ない程度には追い詰められていた。それほど真正面から対峙するのは危険極まりないと言えたのである。

 

「(いつもは目立ちたがり屋で、下手すればうるさいとまで言われかねない龍門渕……だけど今は、まるで波一つない水面のように静か。そしてこの場の支配力、間違いなく今の龍門渕は『冷えている』。モニター越しでも感じた冷たさが、今私達に牙を向いていることは明らか。だけど……)」

「(麻雀は一人でやるゲームではないっす。三麻でも3人、普通の麻雀なら4人揃って初めて麻雀になる)」

「(なるほど……これが、『人と打つ麻雀』なのですね)」

 

 三者三様、しかし同じ目標を掲げた3人は、この凍てついた卓を溶かすために動き始めた。

 

 

―――

 

 

南一局 11本場 ドラ:①

 

桃子手牌:八八②③⑥⑧119東南北北

和 手牌:二三四赤伍①④④赤⑤4西白發中

純代手牌:四六八②③⑥⑦⑦14北發中

 

「(冷気が……少しだけ、だけど、弱まった……?)」

 

 純代は、下家にいる透華の様子が僅かに変わったことを敏感に察知していた。心なしか配牌も今までの絶望的なものではない……ように見える。だが、それでも透華の支配が続いていることは理解していた。故に普通に打つだけでは、先行する透華に追いつくことはできない。そしてそれは純代だけではなく、桃子、そして和でさえも理解していた。では、その凍てついた場を溶かすにはどうすればよいか。答えは単純明快、『異常』な打ち方をすればよいのである。透華が西を第一打で切り出す。桃子は⑥をツモり、打南とした。普通であれば七対子を狙っているようにしか見えないが、この時の桃子には全く別の狙いがあった。和がツモ6、打西とする。純代は5をツモり、打北としたその時。

 

「ポンっす!」

 

 ステルスを売りとする門前派の桃子が、鳴いた。しかも一見無理対々を狙っているようにしか見えない鳴き方である。今まで堅実に打ってきた桃子の突然の豹変に、会場はにわかにざわつき始めた。

 

『東横選手、北をポンしました! 東横選手は副将戦が始まってから初めての鳴きです! ですが手牌に刻子が無い状況でオタ風のポン……一体何の狙いがあるのでしょうか』

『せめて刻子含みの配牌か、北が役牌ならばこの鳴きはわかるんだが……私にもわからん。一体何を考えている?』

 

 解説陣も突飛な桃子の行動に動揺しているようで、桃子の狙いを理解できていない。無理もないだろう。普通に見れば桃子は一人沈み状態、しかもトップとは5万点以上の差がついている。無理鳴きしての対々よりもリーヅモ七対裏2の跳満狙いのほうがまだ遥かに理解できるはずだ。そうでなくとも、少しでも点棒が欲しいと考えるのは不自然ではなく、むしろ自然極まりない思考と言えた。だからこそ、この桃子の狙いを正確に読める者は、この会場にはほとんどいなかった。それを理解しているのは例によって麻子、そして対局している桃子、純代、和だけであった。そして異常事態はそれだけに留まらない。

 

「(……)」

 

 和は④をツモった後、しばらく手が止まっていた。素直に和了を目指すのならば、牌効率に従って淡々と打てばよい。だがそれではこの状況を打開できないことは、和も良く理解していた。

 

「(……一人で和了れないならば、3人で和了ればいい。おそらく、東横さんも深堀さんも、その発想に至っているはず。深堀さんは名門校ですから、こういった相手の調査もしているでしょうから大丈夫。そして東横さんも、この鳴きで確信しました。ならば私が打つべき手は……)」

 

 オカルトとは無縁の和は、この状況において何を切ればよいか全く見当が付いていなかった。そして散々迷った末、切り飛ばした牌は……

 

「チー!」

 

純代手牌:八②③⑥⑦⑦45發中 赤伍四六 打1

 

 あろうことか既にノベタン系になっていた赤伍であった。しかしこれには一応理由がある。

 

「(オカルトがあるとするなら、勢いがつくのは普通の牌を鳴いた時よりドラを鳴いた時のはず。そして④が壁になっている赤⑤よりは、まだ赤伍の方が鳴きやすいはず)」

 

 そう、和は最初から純代を支援するつもりで赤牌を切ったのだ。否、支援しているのは和だけではない。無理鳴きしているように見えた桃子、彼女もしっかりと支援していた。透華に牌をツモらせない、ただそれだけのためにオタ風の北をポンしたのだ。第一打で対子を残したのも、単に純代から鳴ける確率を少しでも上げるためという至極単純な理由であった。そしてそれら全ては、一つの目標、すなわち透華の八連荘を阻止するという点に集約されていた。であれば。

 

「ポン!」

 

 偶然とはいえ飛び出してきた1を桃子が鳴かない道理が無かった。もしかしたら自分が対々で和了る可能性もすこしばかりあるかもしれないが、しかしそれでも第一は透華の親を流すことである事ははっきりと意識していた。

 

『……なるほどな』

『どうしました、藤田プロ』

『……東横の鳴きの意味、そして原村の切った牌の意味。なんとなくだけど理解できてきたよ』

『ほ、本当ですか!?』

 

 そしてここにきて、少しばかり時間はかかったものの、靖子もこの対局の異常さの理由を察することが出来た。そして各々の役割というものも。

 

『ああ。おそらくこの局、原村と東横は和了るつもりはないだろう』

『……と、言いますと……?』

『この局、龍門渕の八連荘を、残りの3人が全力で阻止しにきている、ということだ』

 

 靖子のその言葉を裏付けるかのように、和はまたも逡巡し、打6とした。和了にいく気なら切ってはいけない牌であるが、しかし支援するとなれば話は別であった。既に純代は赤伍四六を晒している。ここから役を絞ることはある程度可能だ。タンヤオ、役牌、そして三色。和はそれらのキー牌となり得る6を切り、純代の手を更に進めようとしたのだ。

 

「チー!」

 

 そして思惑通り、純代は45を晒して6を食い取った。ちなみに鳴かれなかった場合、4も少ししたら切るつもりであった。一度決めたらとことん支援するつもりである。続く純代の打中は誰も鳴かなかったため、ようやく透華のツモ番が回ってきた。これだけ鳴かれても有効牌が入る流れは変わらないのか、あるいは五十歩百歩な牌が来たのかは不明だが、しかし透華は手出しで南を切った。桃子は手出しで9を切り、和の番。今度は迷い無く④を切った。最良なのはここで和了を決めてくれることであり、次に三色の確定。最悪でも鳴きで手が進めば十分といった判断であった。特にこの牌は3枚も手の内にあったので、鳴くチャンスがこの後も作れる、というのも大きかった。

 

「チー!」

 

 そして純代は、思惑通り牌を晒して手を進めた。②③を晒してきた辺り、これまた偶然ではあったものの、和の切った場所はかなりのファインプレーと言える。八⑥⑦⑦發となった純代は、打八とした。八の場合、自分で九を引いたりしてしまった場合が最悪で、和了るのが極端に難しくなってしまう。その点⑥⑦⑦に関しては今更言うまでもないし、發だって重なれば役牌として和了ることが出来る。判断としては当然だった。更に幸運は続く。

 

「ポン!」

 

 桃子がその八を鳴き、手を進めるとともに透華のツモ番をまたも飛ばすことに成功した。和がある程度狙って鳴かせていることもあるにはあるが、まるで先ほどまでの完璧な凍結が嘘のように場は荒れている。まるで蟻の一穴とでも言わんばかりだ。

 直後の和は白發中から切る牌を選定していた。と言っても、和にとってこの選択肢は3択ではなく実質2択のようなものである。中は既に純代が切っており、まず間違いなく鳴かれない、むしろ鳴ける状態から切ったのなら切る理由がない。純代の欲しい牌がまだ完全には絞れないため、とりあえず一巡保留するなら中切りがベターではある。残る白發はどちらも完全に生牌のため、鳴かれるも鳴かれないも五分五分である。

 

「(ここはどうするべきか……攻めて、みますか)」

 

 少しの逡巡の後、和は發を切った。しかしながら純代から発声はかからない。

「(しくじりましたか……ですが龍門渕さんは鶴賀の東横さんのおかげで手の進みが著しく遅くなっています。まだ、大丈夫なはずです……)」

 

 今まで麻雀を打ってきて感じたことのない焦燥感が和を襲う。いつものアベレージさえ取れればいいコンピュータ麻雀と違い、この一局に集中しなければならない、という普段とは全く違う麻雀の一面を、和は初めて味わっていた。

 もっとも、実際にはどれを切っても結果的には同じであったので、和がしくじりと思っているこの状況は、実際にはそんなことはないのだが、それは観客側からでしか知り得ない情報なので和の思いも理解できるものではある。

 

 

 

「(……来た!)」

 

 しかし天はどうやら3人を見放してはいなかったらしい。純代がツモったのは⑥。ノータイムで發を切り、純代は⑥⑦のシャボ待ちで聴牌をした。ここまで滅茶苦茶に場を乱されては、最早透華の場の支配も崩れてしまったのか、透華は⑧をツモ切りした。そして桃子の手番。ツモを含めた手牌は②③⑥⑥ 四となっていた。あくまで自身の和了も目指しつつ打つのであれば、対々も見据えた四ツモ切りが良いのだろう。しかし桃子はこの局、自身の役割を徹底してきた。とにかく対子を揃えて透華のツモをなるべく少なくする、そして場を乱す。対々形になったのは結果論的な話であり、そもそも和了りに向かって鳴いていた訳ではないのだ。

 

「(こういうのって、変に色気を出すと碌なことがないっていうのが相場っす)」

 

 今の自身の役割とは何か。一番大きい役割は、鶴賀を全国へ導き、優勝すること。そのためにはまずこの県大会を勝ち上がらなければならない。そしてそのために今必要なのは何か。

 

「(おそらく私が和了りに向かうと、今までのこの苦労が水の泡になる。なんとなくっすけど、そんな気がするっす。だから……!)」

 

 打ち方は基本デジタルである桃子だが、別段オカルトや直感を信じていないわけでもない。むしろ自身がオカルトの塊のような存在であるため、そういったものとは普段から割と身近に接してきた。だから感じられる。今、自分が為すべきことを。

 

 

 

「……ロン、タンヤオ赤1、2000点の11本場は5300点です」

「はい……!」

 

 桃子は対子である⑥を切った。自身が唯一和了を目指せるであろう道を自ら断ち切ったのである。これも全て、自身の課せられた役割を忠実に遂行するため、そして透華の支配を断つという意思表示のためであった。

 

『き、決まったぁ! 鶴賀の東横選手が風越の深堀選手へ狙いすましたかのような差し込み! 龍門渕選手の八連荘は直前で阻止されました!!』

『この面子で打つのは今日が初めてだろうに、よくここまで連携できたものだな……驚愕した』

 

 靖子もこの局については、只管に驚嘆するほかに無かった。それ以外に上手く感情を表す言葉が思い浮かばなかったくらいには、この八連荘破りに魅入っていたのである。そしてここで靖子が少し表情を変えた。あることに気が付いたようだ。

 

『まぁ露骨な3VS1の構図になったのは、この子達が高校生故仕方ないが、しかし意思を揃えていなければ、この局も龍門渕が和了っていただろう』

『と言いますと……』

『ツモを見ればわかるさ。皆が皆和了りに向かって進んでいたとしたら、4巡目に龍門渕が2-5-8の平和ドラ2赤1高目三色を張っていた。ダマでも十分、リーチでもしようもんなら一発が付いてツモっていてもおかしくないだろう。それくらい龍門渕には勢いがあったんだ』

『な、なるほど……』

 

 決して透華の場の支配は消えてはいなかった。むしろ普通に進めば透華の、ひいては龍門渕高校の勝ちを決定付けるだけの支配ができていた。だがそれに3人は懸命に抗った。一人は絶対に透華の手を進ませないと決意し、一人は自身の拠り所を捨て、一人はそんな二人に追い風を受けた。

 その結果として残ったのが鳴き散らした喰いタンでは、初心者だのと言われるかもしれない。だが桃子は、和は、純代は、それで満足していた。どれだけ無様だろうが構わない。今止めないといけないのは間違いなく透華だった。そしてその目的を達成するためなら、手段や美しさなど不要。己がなすべきことを、3人は遂行できていたのだ。

 

 

―――

 

 

南二局 ドラ③

 

透華手牌:二六九①⑥⑨367東南西白

桃子手牌:二四伍六③③⑥⑦4赤579西西

和 手牌:一一三伍伍④⑦⑦6南南南發

純代手牌:六七九九①③⑤⑧234北北

 

 南二局0本場。積み棒がリセットされたこの局、明らかに3人の配牌は向上していた。それに引き換え透華の配牌は流すことすら出来ないボロボロさで、まるで流れが透華から3人に放出されたかのようである。変化はそれだけではなかった。

 

「(気配を消せる感じもしている。いつもの私が戻ってきたっすよ……!)」

「(鶴賀の……また気配が薄まっている。今は意識できているからいいけど、集中を少しでも切らしたらまずそう)」

 

 そう、桃子お得意のステルスモードが戻ってきたのである。とはいえ和には効かないということは前半戦で確認済みであるし、純代の警戒も高い。透華もいくら力が弱まったといえど、まだ冷たい空気は続いているので、そう簡単に活用はさせてくれないことは間違いない。だが真に重要なのはそこではない。桃子が気配を消せる、すなわちそれは透華の支配力が格段に落ちていることを意味しているのだ。つまり先ほどまでの独走状態とはならないはずなのだ。

 

「(ここが正念場っすね……!)」

「(イレギュラーは去りました、か。それでは、私もいつも通り……)」

「(なんとしてでも、和了を取る!)」

「(……)」

 

 3人は各々自分の和了に、ひいては団体戦優勝のため、和了に向けて集中する。だからだろう、まだ透華の変化に気付いた者はこの中にはいなかった。

 

 

 

「リーチっす」

 

桃子手牌:二三四伍六③③⑤⑥⑦34赤5

 

透華河:⑨西①九

桃子河:西西97八

和 河:發中東④

純代河:⑧二東三

 

 5巡目。早くも親である桃子がリーチをかけた。ほぼ最高形とも言えるくらいの手だが、しかし静かな宣言であった。普段であればステルス状態となっていることもあり、このリーチは見逃されていただろう。しかし今ここにいるのはそれらを易々と超えて来る者ばかり。だが桃子はそれでもよかった。いや、むしろ見えているほうが好都合とさえ言えた。なぜならそれは、まだ自分は諦めていない、勝ちにきている、そんな感情をぶつけたリーチだったから。

 

「(西の対子落としから入ってのリーチですか……)」

 

 和は内心そんなことを考えつつ、自身の手の内に出来ていた暗刻の南を躊躇なく落とす。勝負に出るのも悪くはないのだが、親リーに対して振り込むリスクのほうが遥かに高い。それならば一旦暗刻を落として回る、場合によってはオリも選択するのは当然といえた。続いて同巡、純代の手番。彼女がツモったのは②であった。

 

純代手牌:六七八九九①③⑤234北北 ツモ:②

 

「(確かに親リーは危険だが……しかし追っかけで聴牌した。北も生牌だから確実な安全牌とは言えない。なら下手に降りるよりはまっすぐ行った方が強いはず……!)」

 

「リーチ!」

 

 純代は桃子の親リーをしっかりと認識した上で、その上で⑤を切ってリーチをかけた。九北のシャボ待ちである。透華に一巡前に処理されているのが若干気になったが、しかしそれを加味しても純代から見て山には3枚残っている上、待ちは両方ともヤオチュウ牌である。和了れる公算は十分にあった。

 

 

 

「……」

 

透華手牌:一二六赤⑤⑥2367東南白中 ツモ:赤伍

 

 続いて透華のツモは、またも搭子が増えるものであった。だがこれで567の三色も見えてきている。あのグズグズだった配牌を考えればかなりの進歩といえよう。そんな透華が切ったのは東であった。親の桃子には通っていないはずの牌だが切ったのは、東が純代に安牌だったから、という理由ではなかった。

 

「……っ……」

 

 表に出ないようにはしていたものの、「冷たい透華」としての透華は既に限界を迎えつつあった。そのため、思考能力も僅かながら低下している。呼吸が乱れているのが何よりの証拠であった。だがそれでも止まらない。否、止まれないのだ。体が限界を迎えるその時まで。

 

 

―――

 

 

南二局 10巡目 ドラ②

 

透華手牌:一二赤伍六七④赤⑤⑥12367

桃子手牌:二三四伍六③③⑤⑥⑦34赤5 ツモ:中

和 手牌:一一三三四伍伍八八⑦⑦⑦發

純代手牌:六七八九九①②③234北北

 

透華河:⑨西①九東中 白中南

桃子河:西西97八② 東5⑧

和 河:發中東④南南 南56

純代河:⑧二東三⑤6 白3④

 

「(ぐぬぬぬ……中々和了れないっす……)」

 

 桃子は内心歯噛みしつつ、ツモってきた中を捨てる。東が既に4枚見えている上での4枚目であるので、確定安牌なのは確実なのだが、問題はそこではない。良形3面張であるにもかかわらず、ツモれないことに苛立ちを抑えきれないのだ。

対して和は、続く手番で四をツモってきたことで遂に聴牌を果たす。一八のシャボ待ちではあるが、一は和から見て丸生き、八は親の現物なのでそう悪い待ちではない。とはいえリーチをかけるような状況ではないと判断した和は、發を切ってダマで構えた。

 

「(うっ……)」

 

 純代がツモったのは二。この局で何度目かの当たってもおかしくなさそうな牌を引いて嫌な顔を内心浮かべるも、リーチをかけているためツモ切りしかできない。

 

「(南無三……!)」

 

 表には出さぬよう思いっきり祈りを込めながら、純代は二をツモ切りする。しかし反応はない。幸運にも通る牌であったことに、純代は心から安堵した。だがこれが、思わぬアシストとなってしまう。もっとも純代本人にはどうしようもなかったため、仕方がない話ではあるのだが……。

 

「リーチ」

 

 透華の冷徹な声が響く。彼女が切った牌は奇しくも二。合わせ打たれたかのような形であり、純代は嫌な予感を抑え切れなかった。いくら支配が弱まったとは言えど、和了れるかどうかまでは保証していない。その場合、またも透華の波に乗せられてしまう可能性もある。リーチをかけたのは迂闊だったか、と純代は少しだけ後悔した。

 

 

 

 桃子が7をツモ切りし、続く和のツモ番。ここで引いてきたのは北であった。3人に対する共通安牌は皆無。何を切っても誰かに当たってもおかしくない状況である。実際一四、そして今引いてきた北は当たり牌である。そんな中、和は一切の思考時間を経ずに⑦を切り飛ばした。一盃口から七対子に切り替えた。その根拠はデジタル……ではない。ツモってきた北から、粘りつくような不快感が漂ってきたのだ。

 

「(まるでオカルトみたいですが……ですが、こういった感覚の牌を切った時は必ず誰かに振り込んでいました。麻子さんと打っているときなんていつもそう。であれば、この北は……)」

 

 和らしからぬオカルトな理由での⑦切りではあったが、実際和はその感覚に助けられていた。前半戦でも見せたデジタル理論に反するような打ち筋は、まだ今は数少ない魔物、否、魔王との打った経験から得たものであった。

 

 

 

 じりじりとした瀬戸際での勝負が続いていた南二局であったが、遂にその決着が付く。

 

「ツモ! メンタンピン表2赤1……裏1! 8000オールっす!」

 

桃子手牌:二三四伍六③③⑤⑥⑦34赤5 ツモ七 ドラ③⑥

 

 この局の最後に女神が微笑んだのは桃子だった。裏の表示牌は赤⑤であり、8翻に届く大物手だ。この手により5万点まで落ち込んでいた鶴賀学園の点数は7万点台まで一気に回復した。まるで前局で役割を遂行したご褒美のようにも見えた。

 

 

―――

 

 

『試合終了―! 後半戦は龍門渕高校が怒涛の連荘を仕掛けてきましたが、八連荘直前で他校がそれを見事な連携で阻止! その後は一人沈みしていた鶴賀学園も親倍をツモり、勝負に持ち込める段階まで点数を回復することに成功しました! トップは依然として龍門渕高校ですが、2位の清澄高校との差は僅か5100点! 最下位の鶴賀学園も厳しい立ち位置ではありますが、4万点台の差なら十分に巻き返せる範囲です! さぁ泣いても笑っても次が最後の大将戦、優勝して全国へと駒を進めるのはどの高校なのか! この後も目が離せません!』

 

 長かった副将戦もようやく終了した。南二局1本場からは和と純代が交互に安手を和了る形となり、呆気なくオーラスが終わった形となった。終わる頃には後半戦開始時に感じていた寒気もすっかり消えており、透華の支配は完全に機能しなくなっていたからである。

 

「「「ありがとうございました」」」

 

 純代、桃子、和は立ち上がって終了時の礼をした。が、透華に動きが見られない。家柄に加え、元々の透華の性格からいっても、こういったマナー的な部分は誰よりも気にするはずなのに、である。

 

「龍門渕、さん……?」

 

 桃子はおそるおそる透華へ声をかける。透華からの返事はない。

 

「……汗が酷い」

 

 対面から近寄った和が思わず呟いた。対局中は対局に必死で気にする余裕がなかったが、かなり体調が悪そうに見える。思えば目もどこか虚ろで焦点が合っていないようにさえ見える。これでよく麻雀を打てていたな、と言える位には。

と、その時だった。透華の体が不意にぐらりと揺れると、そのまま何の抵抗もなく地面へと引き込まれていった。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に純代が体を支えたため、椅子から地面に叩きつけられることは防げた。が、どうも透華の意識は失われているようであった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 しばし呆気に取られていた係員もようやく現実に戻り、事の重大さを認識した。ひとまず体の安静が保たれていることを確認すると、トランシーバーで何かを話していた。どうやら救護班を呼んでいるようであった。その証拠に、ものの数分もすると担架を担いだ数人の男性スタッフが対局室へと入室してきた。そしてその後ろには不安げな顔の龍門渕メンバーの姿もあった。

 

「透華は大丈夫なのか!?」

「た、多分……」

「ちょっと純君、もうちょっと落ち着いて……」

「そう言って……いの一番で控え室を飛び出したのは誰?」

「うっ……」

 

 メンバーの会話から察するに、純と一は酷く動揺していたらしい。もっとも、チームメンバーが対局終了後に気を失ったとなれば無理もない話である。

 

「っとと……風越の深堀さん、ありがとう。透華を助けてくれて」

「そんな……私がやったのは当然のことです」

 

 一が純代にお礼を言い、それに純代も返す。大会中の敵校同士ではあるが、そもそもそれ以前に人同士である。そこには敵も味方もない、人同士の姿が描かれていた。余談ではあるが、これをきっかけに純代と一は学校とは関係なく個人的に仲良くなったという。

 




長い(白目)
13626文字ですってよ、奥さん(白目)
本当はどこかで分割したほうがいいとも思ったんですが、いいところで切るところが無かったので、そのままアップしました。
話数を経る度に長くなってますね。指が動いたんだから仕方ないんですけれども。

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