仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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副将戦ですが、麻雀描写はカット多めでお送りします。
筆者が麻雀クソ雑魚ナメクジだからね、仕方ないね。


10話 変異

『やってきました副将戦! 注目はなんといっても昨年度インターミドル王者、清澄高校、原村和選手! 総合力で言えば今現在最強の一年生かもしれません! それに対峙するは、名門風越高校からは安定した打風で堅実と評されます深堀純代選手!』

『彼女は目立つ和了こそ少ないが、磨けばプロでも十分通用する打ち手だ。トップで回されたバトンを受け取るなら彼女が適任だろう』

『続いてダークホース、鶴賀学園からは、後半からの出和了率が非常に高い不思議な打ち手、東横桃子選手!』

『彼女は予選、準決勝の際、南場辺りから急に和了率、それも出和了が上昇している。見ているほうからすれば不思議な振込みが多かったが、何かあるのかもしれんな』

『そして龍門渕高校からは、昨年の全国大会でも高い和了率を見せた県屈指のデジタル派……龍門渕透華選手です!』

『昨年の活躍を見ていれば彼女の強さは最早語るまでもないが……昨年の他の選手も強かったことは間違いないが、今年の面子もそう簡単に勝てる相手ではない。彼女がどう打つかが見物だな』

 

 

 

 和が対局室へ入った時には、係員を除いて中には誰もいなかった。嫌でも高鳴る心臓を押さえつけながら、和は精神を安定させるために目を閉じて深呼吸をした。

 

「(緊張……していますね。……この部屋で打つのは、昨年の個人戦以来、ですか。そして今日、この対局は、私が、咲さんが、麻子さんが、皆が全国へ行けるか、その大切な一局。緊張しないほうが不自然です。ですが……それを理由に無様な対局は見せられません……!)」

 

 クールなように見えるが、和はどちらかというと熱くなりやすいタイプである。そのスマートな顔の裏では、絶対に皆で全国へ、そしてそのために優勝を。それを私が決定付けなければならない、という思考が巡っていた。そんな時であった。透華が、まるでスポーツ漫画のお嬢様系ライバルのごとき入場をしてきたのは。

 

「さぁ、始めましょうか、原村和。真のアイドルを決める戦いを……!!!」

「……」

「……」

 

 仁王立ちにまっすぐ右腕を伸ばし、壇上の和へ向けて美しく人差し指を伸ばした透華。そんな透華を見て、和はどうすればよいのかわからないというような困惑の表情を浮かべながら、その顔だけを透華に向けた。そんな反応が返ってくるとは思っていなかった……と言うより後の反応を全く考えていなかった透華もまた、その場でしばし硬直してしまった。結果、対局室にはしばし非常に微妙な空気が流れることとなる。

 

 

―――

 

 

『それでは、副将戦、開始です!』

 

 開始のブザーが鳴り響くと共に、卓上のサイコロが勢い良く回転した。立親は現状トップである純代、そこから順に和、桃子、透華である。

 

『しかし、惜しいな』

『……はい?』

 

 靖子が実況室で唐突に呟いた。あまりに唐突だったため、相方の男性司会者は真意を全く測れず、思わず間抜けな声を出してしまった。もっとも、今大会においてはこういったやり取りが既に何度も繰り返されているため、聞いているほうは最早慣れてしまっていたのだが……。

 

『この試合だよ。昨年のルールと違って、今回は一発裏ドラ槓ドラ槓裏赤ドラ……とにかく運の要素が強すぎる。しかも対局数も僅か半荘2回しかない』

『かといってプロリーグの年2000試合なんてことは中高生には厳しすぎますよ』

『わかっちゃいるんだが……難しいものだ。まるで今年のインハイは、特殊な子どもを選別するかのようなルールにも見えるんだ』

『選別……ですか』

『そんな中で今あそこに集まっている打ち手は、堅実に腕を磨いた選手ばかりだ。そんな4人の結果を、たった2回の半荘で出してしまうのがもったいない。そう感じたんだ』

『なるほど……』

 

 靖子が見立てている通り、この副将戦に集っている面子は、基本デジタルで堅実な打ち手である。所謂『牌に愛された子』ではないものの、それにも十分渡り合えるだけの実力を持つ打ち手である。そのならではの強みは、この東一局から卓上に表れていた。

 

「リーチ」

 

 8巡目、親の純代が先制リーチをかける。それに対し、残る三者は有無を言わずにベタオリを決行、結果純代もツモることができずに流局となった。続く東二局一本場、7巡目。

 

「ロン、1000点は1300です」

「! はい」

 

 ダマでは和了れそうにないと判断した和が、即時に二副露からの喰いタンで直撃を取った。その様子を見た透華が、言葉に出来ない違和感を覚えた。

 

「(確かに間違った打ち方ではない。それはわかりますわ。ですが……何なのでしょう、このモヤモヤとした感じは……)」

 

 心の霧が晴れないまま迎えた東二局、和の親番。そこでの透華の配牌は、非常に良いと言えるものであった。

 

透華手牌:一一三①②③⑦⑧2356中 ツモ3

 

「(両面十分、手の伸び次第では三色も見える良い二向聴。鳴いて流すことも出来なくはないですけれど、いくら原村が相手とはいえ、トップでもない親を流すためにこの手を鳴くのはもったいないですわ)」

 

 透華はそう考えながら中を切った。その直後。

 

「ポン」

 

 和が透華の切った中を鳴いた。所謂特急券であるが、トップとはおおよそ親跳程度の差がある状況での鳴きは些か疑問も残る。

 

「(とはいえ原村は親、連荘できるならよしといった考え、でしょうか……?)」

 

 対面の和に対して思いを馳せながら、透華は山から4と絶好の牌をツモ、三を切って好形の一向聴とした。その直後。

 

「チー」

 

 今度は純代の捨てた⑧をチー、二副露とした。

 

「(二副露ともなると、さすがに警戒も必要……かもしれませんが、しかし私は完全一向聴、点数不明のまだまだ序盤なら押せ押せですわ!)」

 

 デジタルながら力強い打風も感じられる透華。その強い意志が引き寄せたのか、⑨をツモって最高形の1-4-7待ちの聴牌にこぎつけることが出来た。

 

「リーチですわっ!!」

 

 堂々と、そして威圧感も感じられるそのリーチに対し、他家はすぐさまベタオリを敢行した。手が短くなっている和も含めて。結局この局も流局となり、透華が不聴罰符で差し引き2000点得ただけの結果になった。

 

「(予選ではあれほど『のどっち』としての打ち筋を見せていた原村がここにきてこの打ち方……緊張で打ち筋が乱れている、とすれば……『のどっち』も人間である、ということの証明、なのでしょうか)」

 

 透華の推測は概ね当たっていた。和自身、自身の打ち筋に対し、普段や直前の試合と比べて集中力が落ち、ズレが生じていることは感じていた。そしてその原因が、和の圧倒的な経験不足から来るものであることも分析できていた。

 

「(今までの私は、何人もの思いを背負って戦うといったことがほとんどありませんでした。中学の時も団体戦は早々に敗退しましたし、個人戦は文字通り私一人の力と責任で戦い抜くもの。ネット麻雀は言うに及びません)」

 

 タン

 

「(今回の予選でも打ちましたが、その時は10万点以上をつけた大差での1位で、スタンドプレーでも何も問題ありませんでした)」

 

 タン

 

「(……ですが、今は違います。いくら麻子さんがいるとはいえども、相手は全国区でも十分に通用する強敵が控えている。私の戦績次第では清澄が敗退する可能性だって十分にある)」

 

 タン

 

「(そして今打っている相手も、決して侮ってよい相手などではありません。色んな人の想いを背負って、今私は打っている)」

 

 タン

 

 

 

「(……集中、しなければ……)」

 

 

 

 和の視界がめまぐるしく変化する。これまでにない緊張感の中、しかしこれまでにない集中力を発揮する。雀卓がまるでコンピュータのモニター上の画面のように捉えられる。思考に邪魔な、一切の不要な情報が遮られる。和が『のどっち』として再覚醒したのだ。

 

「(清澄の原村の様子が……変わった?)」

「(おっぱいさんの気配、さっきまでとは違うっすね……)」

「(……そろそろお目覚めかしら?)」

 

 先ほどまでは、1年生にしてはただ強いだけの打ち手だった和。しかし今纏っているオーラはそれとは全く違う異質なものであった。そしてそれは、対局している3人も敏感に察知していた。

 

「ツモ、400/700は500/800」

「(早いっ……!)」

 

 僅か5巡目。まだ他家は良くて一向聴に届くかどうか。まさに神速と呼べるほどの速度である。

 

 

―――

 

 

東四局 ドラ:四

 

和 手牌:一一六④④⑥⑨4688北北

透華手牌:一四四四六六③赤⑤⑦3347西

 

南四局。和の配牌は対子が4組、すなわち七対子に二向聴という配牌であった。対して親である透華の配牌は、こちらはこちらでタンヤオドラ4の三向聴。親満を和了れれば、トップを奪取するのに一気に近付くことができる。俄然透華の気合も入っていた。残る2人は手が遅く高打点も狙えそうにないため、早々にオリという選択肢も考えていた。純代はトップを守るために無理な攻めはできず、桃子はこれ以上下手に点数を失うことができないため、仕方がないと言えるだろう。透華は一打目を西切りとした。対する和の一巡目。なんと⑨、つまり有効牌を引いてきた。まるでデジタルの神様に愛されているかのようである。もっとも、数字が全てのデジタル打ちに神様がいるかどうかは怪しいところではあるが。それはともかくとして、和は第一打を六とした。

 

「ポンですわっ!!」

 

 当然のように透華はその六をポン、打一とし、食いタンドラ4の二向聴とした。デジタル二台巨頭と言っても過言ではない二人が真っ向から殴りあう様に、会場もヒートアップしていく。

 

『おーっと、清澄の原村選手、一巡目で⑨をツモ! なんと一巡目にして七対子一向聴ー! 対する龍門渕選手はタンヤオドラ4の二向聴!』

『残る二人は厳しいな。オリるにしてもこんな序盤から聴牌されては、安牌も何もないだろう。不幸なことに原村は七対子だから、スジすら頼れない。もっとも、二人はそれを知らないからどうしようもなさそうではあるがな……』

 

 純代が打二、和が三ツモ切りした次巡。透華は両嵌が埋まる④をツモ、打⑦として親満を一向聴まで進めた。直後の純代は打6。後々危険牌になりそうな場所を片っ端から切っていき、後の不安を減らす作戦である。純代も手牌が七対子系に揃ってきていたため、6を切ってもそれほど痛くないのが大きい。続く和のツモ番、こちらは⑥をツモり、早々に七対子を聴牌とした。

 

『なんと原村選手、僅か三巡にして七対子を聴牌!』

『とりあえず風越の現物でもある6で仮聴を取った形か。風越はタッチの差で直撃を免れたな。もっとも1600点程度だと、いくらデバサイとはいえ見逃す可能性も無くはないが……』

 

 しかし進むのは和だけではない。独走は許さないとばかりに、透華も赤5をツモ。これで親ッパネの3-6待ちで聴牌することとなった。そして和にとって最悪なことに、次のツモで掴まされたのは透華への当たり牌、そして自身が和了れない牌。すなわち3であった。

 

和 手牌:一一④④⑥⑥⑨⑨688北北 ツモ3

透華手牌:四四四③④赤⑤334赤5 六六六

 

 当然3を叩けば18000点に直撃する羽目になる。が、和は一度手を崩して打北とした。今までの和であれば、まだ一段目、それも半分も進んでいない、かつ点数不明な相手に対し、聴牌を崩すようなことはしなかっただろう。しかし今の和には、麻子と対局した経験があった。そしてその中で、デジタルとは違う第六感とでも言うべき力が培われていた。その第六感が告げていた。この3-6は切れない、と。そして和はそれに素直に従った。結局、デジタルだろうがオカルトだろうが、自分の感覚を信じられなければ勝てる勝負も勝てなくなる。変幻自在で掴み所のない麻子との対局の中で、それを知った和は進化していた。「原村和」でもなく、「のどっち」でもない、全く別の第三の何かに。

 

『なんと原村選手、まさかの聴牌崩しで親ッパネを回避! しかしデジタル打ちとして名を馳せている原村選手にしては妙な打牌ですね』

『……』

 

 突然のデジタル崩れの打牌に対し、流石の靖子も言葉を失っていた。そして透華も、その変化は敏感に察知していた。少なくとも今の和は緊張しすぎている訳ではない。おそらく100%か、それに限りない力を発揮しているはずだ。しかし何故だ。先ほどまで被って見えたはずの「のどっち」の姿は、今や影も形も見えない。得体の知れない不気味な何か、といった曖昧なものとしてしか認識できないのだ。

 

「(何なんですの、この悪寒は……)」

 

 嫌な予感をひしひしと感じつつも、透華は打牌を続ける。そこから続けて、和は更に一まで対子落としを決めてきた。搭子オーバーにしては不自然すぎる打牌のため、透華からはどう見てもオリか回し打ちにしか見えなかった。

 

「リーチ」

 

 8巡目、和が1000点棒を場に出し、牌を横に曲げた。宣言牌は直前に透華がツモ切りした5である。先に聴牌していたのは自分のはずなのに、透華は言葉に出来ない圧力を感じていた。その直後である。透華にとって鬼となる牌、すなわち西が殴り込みをかけてきたのだ。

 

「(くっ……)」

 

和河:(六)4北北一一5

 

 とにかく情報量が少ないとしか言えない状況ではあるが、それでもわかることはある。まず六4の出が極端に早い。続いて北一の対子落とし。単純に搭子オーバーとなり対子が不要だったという線も無くはないものの、それならば六4を手に抱えてもよさそうなものである。くっつく牌が段違いなのだから、残せばよりよい搭子になる可能性だって高い。特にドラ側の六が初手で出てきたのは、搭子オーバーにしては違和感が残る。と考えれば、北一は危険牌を掴んで回った可能性もある。しかし慎重に回しているのならば、いつでもオリを選択できるようリーチせずダマという選択肢もあったはずである。では何故リーチをかけたのか。一つはツモれる公算が高い多面張。そしてもう一つは……

 

「(これは切れませんわ……っ!)」

 

 透華は4を切ってオリた。そう、もうひとつの回答、それは出和了りできるような形、すなわち七対子等の単騎待ちである。特に透華自身が既に切っている一枚切れの西などは、単騎待ちであれば格好の標的だろう。そしてその回答が正しかったことは、2巡後に和が西待ちの七対子で和了りを取ったことで証明された。透華にとって幸運だったのは、裏が乗らず1600・3200で済んだことであろう。それでも親被りしているので痛手であるのは変わりないが……。

 

「(しかし、それでも裏が乗らなかったのは幸運ですわ……ん?)」

 

 何気なく和を見た透華は、その和に明らかな違和感を覚えた。凍てついていたかのような、無表情を貼り付けていた顔が、ふにゃりと蕩けていたからである。顔も赤くなっているが、しかし興奮している時のようなそれとはまた違うものであった。そしてそれとともに、透華の脳内には「のどっち」と対局した時のデータが流れ込んできた。今の透華には、和が「のどっち」そのものとして、純白の翼を広げているようにすら見えていた。

 

「(遂に……『のどっち』が現れましたわね……ですが……)」

 

 しかし一番会いたかった相手を前にして尚、透華はそれで冷静さを失いはしなかった。勿論インターハイということもあるが、それ以上に先ほどの違和感が頭に残っていたからである。

 

「(今、目の前にいる天使が、本当に『のどっち』とは限らない。いえ、先ほどの感覚を信じるならば……見た目だけ『のどっち』の、『のどっち』以上もあり得る大天使の可能性すらある。ですが……)」

 

 透華の目が細められる。射抜くような目で和を見つめた透華は、心の中で宣戦布告をした。

 

「(そんなもの関係ありませんわ。ここで私が白黒をはっきりつけるのは変わらない。決着をつけましょう、『原村和』!)」

 

 

―――

 

 

南一局 ドラ:白

和手牌:一二三②②④⑤⑧29西白發 ツモ白 打西

 

 前半戦も折り返しを迎えた南一局。和の手にはドラ役牌の対子が揃っていた。所謂チャンス手というものである。だが肝心の白については、親の純代が既に初手で1枚切っていたため、役牌として揃えるのは中々厳しいものがあった。しかしそれでも、和は高速で有効牌を集めていく。数巡後には、手牌は一二三四②②②④⑤⑧8白白となっており、有効牌の範囲も広い二向聴となっていた。そこにツモってきた③に対し、和はノータイムで⑧を切った。その理由は河にあった。まだ4巡目だというのに、既に⑦⑨が3枚も出ていたからである。有効牌の数も考えれば、少なくともベターな選択肢と言えるだろう。

 

「リーチっす」

 

 7巡目、桃子がリーチを仕掛ける。それに対し、親の純代も現物でもない無筋の③を切って応酬する。既に⑧の刻子と赤含みの⑤の刻子を晒している上、切られた③はこの局の純代の河に初めて並んだ筒子である。明らかに誰から見ても筒子の染め手であることがはっきりとわかる状況な上、僅差ながらトップであるにもかかわらず押してくることから、相当な勝負手であることが窺える。

 

「(トップなのにリーチの一発目にその打牌……風越もかなりデンジャラスですわね)」

 

 実際、純代は混一対々南赤1の親ッパネを聴牌していた。振ったとしても、鶴賀が相手であれば清澄に振るよりは遥かにマシであったことも、強気な攻めの理由のひとつであった。無論リスクが小さいわけではないが、それ以上にリターンが大きければ攻めるのも道理であろう。

 同巡、流れに続くように、和も聴牌を果たした。だが、その牌姿は二三四②②②③④⑤⑥⑦白白②-⑤-⑧白の高目満貫聴牌であったが、和にはいくつかの不運があった。まずひとつは、和から見えている和了牌の総数が、4面張であるにもかかわらず⑧白1枚ずつの計2枚であったこと。そしてもうひとつは、⑧を4巡目にきってしまっていたことである。つまりフリテンなのだ。流石にこれではリーチをかけることもできず、和はダマテンの選択肢を取った。しかし裏目を引いてよくない状況であるにもかかわらず、和の表情は曇ったりしなかった。それどころかこの状況を心から楽しんでいるようにさえ見えた。

 

「(ここでドラっすか……まぁリーチしてるから切るしかないんすけど……)」

 

 リーチから2巡後。この局の運命を握る牌であるドラの白を引いたのは桃子であった。流石に手が震えたりはしないものの、1枚切れとはいえ和了り牌でもない役牌のドラを引いてくるのは怖いものである。和はそれに敏感に反応した。

 

「ポン」

 

 牌が切られたと見るや否や、白を晒して⑦を切った。まるで出たら鳴くと決め打っていたかのように……否、決め打っていた。フリテンこそ継続なものの手の高さは変わらない上、安牌も4枚と十分、そして何より和了り牌の総数自体をかなり増やすことが出来るのだから、鳴かない理由がないのである。そして次巡。

 

「ツモ、2000・3900です」

『清澄高校・原村和、リーチと親の跳満をかわしての見事なツモ和了! フリテンでも和了りを諦めない打牌が見事に実りました!』

 

 和は見事に⑦を引き戻し、2000・3900(+リー棒1000点)を和了した。リーチ+親ッパネを見事にかわしての華麗なツモ和了に、会場も大いに沸いていた。

 

「(は・ら・む・ら~~~!!!)」

 

 一方透華は、その和の和了に対して最早苛立ちを隠していなかった。と言っても、苛立ちの原因は和が嫌いだからだとか、そういったものではない。単に目立つ和了をライバルである和にされたのが悔しいからである。

 

「(それに、ここまで和了りは原村だけ、他は流局のみ……このままいけばパーフェクトゲームですの? 冗談じゃないですわ!)」

 

 決して透華も弱いわけではない。普段どおりであれば、むしろ精神的にも実力的にも、和と同じかそれ以上である。しかし今の透華には意地、そして焦りがあった。それが良い方へ出ればよかったのだが、今の透華にとってその感情は毒でしかなかった。

 

 

―――

 

 

透華手牌:三三四八八③④④赤⑤⑤45赤5 ツモ6

 

 南二局10巡目、透華は良い感じの一向聴となっていた。ダマでも満貫級、リーヅモに裏でも乗れば倍満まで十分に見えるチャンス手である。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、透華は5を切って一向聴とした。その時である。

 

「ロン」

「は……?」

 

 思わず呆けたような声をあげる透華。無理もない。さっき()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。しかし、現実には振り込んでしまった。しかもダマ相手ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

「リーチドラ1のみ、2600っすね」

「(ど、どういうことですの!? 私がリーチなんかを見逃すはずなど……)」

「(龍門渕の……去年私達を破って全国、それも準決勝まで進んでいることを見る限り、こんな凡ミスを犯すような打ち手ではない……なら何故振り込んだ?)」

 

 対局室で広がった動揺、困惑。それは対局室を超え、他校の控え室、そして会場全体へと広がっていた。

 

 

 

 続く南三局。桃子の親番である。今度こそ振り込まないように、そして失った点数を取り戻すため、透華は手作りを続けた。それが実ったのか、3面張の平和赤1を聴牌できる手が10巡目で揃った。今度こそ振り込まないよう、透華は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()リーチをかけた。だが。

 

「いいんすか、それ。ドラっすよ?」

「!?」

「ロン、リーチ一発ドラ1、親なので7700っすね!」

「貴女、リーチの発声はちゃんといたしまして!?」

「したっすよ?」

 

 確認したはずなのに、透華はまたもリーチ相手に振り込んでしまった。しかも今回は親相手に一発まで付いたせいで、先ほどの3倍の点棒を失ってしまった。思わずサイレントリーチをかけたかの確認を取るほどには、透華は混乱していた。

 

「(……鶴賀の、発声するまで私も気付かなかった。振り込んだのが龍門渕だったからよかったものの、一歩間違えば私が振り込むのも十分あり得る。気をつけなければ……)」

 

 傍から見ていた純代は、桃子が何をしているのか……まではわからなかったものの、今起こっている状況を何となくではあるが理解していた。何も注意していないと、そもそも桃子の存在が視界から消えてしまう。だから細心の注意を払わなければならない、と。

 

「(い、一体何が起こっていますの……)」

 

 一方透華は冷静な判断力を失っていた。去年全国に行った時、確かにそこには魑魅魍魎が跋扈していたが、しかし衣のような圧倒的なオーラを放つ者こそいれど、こんな振り込ませるような相手に当たったことはなかった。和に対する対抗心に加え、未知との遭遇、しかも自身が狙われているとなっては、流石の透華も平常心をそう簡単に保つことはできなかった。

 

『昨年度長野県代表、龍門渕選手、ここにきて痛恨の連続振込み! しかしどうも状況が妙ですね……?』

『龍門渕はどうも鶴賀の東横のリーチが見えていなかったように見える。……と言うより、存在を認識していなかった、と言うべきか……』

『でも私達からははっきりと見えていますよ……?』

『もしかしたら、卓にいる者にしかわからん何かがあるのかもしれんな』

 

 全国レベルとして名を馳せる、圧倒的強者であったはずの透華が、傍から見れば凡ミスともいえる振込みを喫したこの状況。これには流石の解説陣も違和感を拭えないようであった。昨年の透華の実力を知っているならば、普通に考えればこんな振込みはありえないのである。

 

 

―――

 

 

 南三局1本場。桃子は、今までの堅実な打ち筋を一転させ、全ツッパの超攻撃型麻雀へとシフトしていた。そのきっかけは、透華の桃子に対する連続振込み、そしてそれに対する透華の動揺であった。

 桃子には、いわゆる「ステルスモード」(と部内では呼んでいる状態)があった。それは非常に単純かつ強力なもので、桃子が意図的に目立つような行動をしない限りは、卓についている者が桃子を認識できなくなる、という、文字通りステルスしている状態であった。透華が無警戒で振込みをしてしまったのも、桃子が「ステルスモード」に突入していたからであり、その存在を知らない透華は見事に嵌められてしまったのである。

 そしてこの「ステルスモード」、一度発動してしまえば少なくともその半荘内は継続する代物であり、攻防に渡って広く活用できる。例えば危険牌を切ろうと、相手はそれを認識できないため反応することが出来ない。桃子がリーチをかけようと、それが目立つものでなければ、誰もリーチした事に気付かない。桃子が和了ったりするまでは、とにかく何をしようと桃子の存在が他家の誰からも消えるのだ。故に何も考えず全ツッパするというのは、今の桃子の状態からすれば実に理に適っていた。

 

「リーチ」

 

 そんなことなど露ほども知らない……と言うよりそもそも気にしていない和は、相変わらずのマイペースな、しかし早い巡目でリーチをかけた。

 

「(おっぱいさん、調子いいっすね。でも、こっちももうオリないっすよ)」

 

 桃子は内心そう呟きながら、和のリーチに対して危険牌となる牌を河に並べる。

 

「(もしこれが和了り牌でも、あなたは……)」

 

 

 

「ロン、リーチ一発ドラドラ、8300点です」

 

 静かな、しかし非常に重い一言であった。桃子の捨てた牌に一切気付けていなかった透華は、腕を山に伸ばしかけていた。純代も直前まで気をつけてはいたものの、和のリーチに気を取られたが最後、桃子の存在が頭からすっかり抜け落ちていた。

 

「なっ……!?」

 

 桃子は振り込んだ事実があり得ないとでも言わんばかりに、目を見開いて口を開けていた。否、桃子だけではない。鶴賀学園麻雀部、その部員全員が、この桃子の振込みに対して驚愕の表情を浮かべていた。

 

「私の捨て牌が見える? 見えないんじゃ……」

 

 まだ立ち直りきっていない桃子が、絞り出すような声で和に問いかける。それに対し、和はまるで当然とでも言わんばかりの、柔らかな笑みを湛えた表情で返した。

 

「? 捨て牌は見えていて当然なものなのでは?」

 

 麻雀において、と言うより、一般常識的に考えて至極当然の返しである。しかしその返しにより、桃子は確信した。このインターミドルチャンプには、自身の「ステルスモード」は通用しないのだ、と。

 

「(あー、相手の気配とか、この人には何の関係もないってことっすねー……じゃあ、このおっぱいさんとはガチでやらなきゃいけない、ってことっすか……)」

 

 やや悲観的になっていた桃子であったが、しかし桃子はすぐに考え方を改め、口元をほんの僅かに吊り上げた。

 

「(でもそれなら……いつもより楽しめそうっすね!)」

 

 

 

『試合終了―! 副将戦前半戦は、東場では清澄高校が和了りを重ね、大きく点数を伸ばしました! 開始時から25700点伸ばし、2位の風越にも大きな差をつけています! また鶴賀学園も、満貫の振込みこそあったものの、南場に入ってからの連続和了で失点を抑えています! 逆に風越女子と龍門渕高校は焼き鳥のまま前半戦終了! 風越はまだトップが十分に狙える位置ですが、龍門渕高校はダブルスコア以上を叩き出されており厳しいか!? 後半戦でどれだけ巻き返せるかが見所となりそうです!』

 

 結局、オーラスは桃子が1000・2000のツモ和了をあっさりと決めて終局した。終わってみれば、和が+25700点というダントツの稼ぎを見せ、かつ前半戦で唯一の区間プラスでの終了となっていた。残る3人の内、桃子は何とか-1400点で済ませたものの、純代と透華の2人は和了れなかったことも災いし、大きく点数を落としてしまった。とはいえ、純代に関しては桃子の攻略法をある程度見つけ出していたため、それほど気落ちはしていなかった。問題は透華であり、休憩時間となり、桃子と純代が席を立った後も、姿勢良く椅子に座ったまま動く気配が無かった。

 

「龍門渕さん……?」

「……」

 

 あまりに微動だにしない透華を見て、流石の和も少しだけ心配になり、声をかけた。しかしそれでも反応はない。もしかしたらあまりのショックに気絶しているのではないか、と考えをするくらいには。そしてどうしたものか、と考えているうちに休憩時間が残り短いことに気付いた和は、場決めのため風牌を裏返し、卓の中央に4枚揃えて置いた。その時であった。透華がようやく動きを見せたのだ。透華は静かな手の動きで牌を1枚掴むと、それを自身の前にこれまた静かに表返した。そこには東の文字が刻まれていた。

 




冷やし透華始めました。もうすぐ冬ですが。

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