仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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やっと中堅戦前半が完成しました。


8話 悪癖

「あっ、コラッ! 子供がそっちに入っちゃいかん!」

 

 会場内の外れに、警備員の声が響いた。どう贔屓目に見ても小学生にしか見えない体躯の、頭に大きなリボンをつけた少女が、警備員に何の断りもなく関係者エリアに入ろうとしていたのだから、警備員の対応も当然と言えば当然ではある。少女もそのことは一応わかっていたのか、渋々という様子ではあったが自身の学生証を提示した。その名前を見た途端、警備員の表情が驚愕の色に染まった。

 

「こ、これは失礼しました、どうぞ!」

「感謝する」

 

 少女はそう言い残すと、今度こそ堂々と関係者エリアに歩みを進めていった。

 

 

―――

 

 

「どうも、藤田プロ」

「お、麻子か」

 

 控え室へと帰る道すがら、麻子は偶然にも靖子と遭遇した。ちょっとしたあれこれがあったのは確かだが、そのまま無視するのも憚られたため、麻子は礼儀として挨拶をした。対する靖子はというと、人気のないところで麻子と出会ったことに驚いたのか、やや目を大きくしていた。

 

「しかしどうしてこんなところにいるんだ? てっきり控え室で観戦しているのかとでも思ってたが」

「なんとなく出たほうがいい気がしていたので、先ほどまで出歩いていただけです」

 

 非常にぼんやりとした回答ではあったが、不思議とその言葉に靖子は納得した。理屈では明らかに情報やら何やらが不足しているのは確かなのだが、しかしそれでも麻子の言葉には納得させるだけの何かがあった。

 

「そうか……」

 

 靖子は一言そう返事した後、そのままじっと麻子の方を見つめた。その視線に嫌な予感を覚えた麻子は、「では」と一言告げて清澄高校の控え室へと戻ろうとした。その時であった。

 

「……!」

 

 麻子の目の前から、大きなリボンをつけた、麻子とそう変わらない身長の金髪少女が現れたのである。その少女は初対面であるにもかかわらず、麻子を一目見た瞬間に表情を強張らせた。

 

「……ん? 衣じゃないか」

 

 麻子の後ろから、靖子の声が聞こえた。どうやら靖子はこの金髪少女――衣のことを知っているらしい。別に気にせずスルーすることも出来たのだが、麻子はその名前、すなわち衣という単語を聞いて足を止めた。目の前の少女が、これから麻子と戦うことになるだろう、龍門渕高校大将であったからである。

 

「靖子か、久しいな。ところで、お前は何者だ?」

 

 初対面にしてこの尊大な態度に思うところがないとは言わなかったが、それでも麻子は気にしないことにした。いちいちそんなところに気を使っていたら、いくら気を使っても足りないからである。それに、会ったこともない相手に対し、その強さをある程度見抜いたことに興味を持ったというのもあった。

 

「清澄高校1年の、仁川麻子といいます」

「麻子か。……貴様、只者ではないな?」

「……何故そう思われたのでしょうか」

 

 既に両者の間には火花が飛び散っていた。と言うより、衣が麻子の名前を聞くと同時に明らかな敵意を向けてきた、と言うほうが正しい。その眼力は並の打ち手であれば震え上がるほどのオーラがあったが、しかし麻子はそれを平然とした表情で受け流していた。

 

「感じる質が違う。貴様のそれは人間のものではない、魑魅魍魎の類だ」

「!」

 

 出会って数分であるにもかかわらず、麻子の本質を見抜いた衣に、思わず靖子は目を大きく見開いた。もっとも、ここにきても麻子は依然として平然とした表情のままであったが。

 

「貴様とは大将戦で改めて交えることになるだろう。楽しみにしているよ」

「……えぇ」

 

 今ここで長く話す必要はない。これ以上は卓で直接語り合おう。そうとでも言いたげな様子で衣は麻子の横をすり抜けた。麻子もそれに短く返事しただけであった。しかしこの短いやり取りで、両者は言いたいことを正確に理解していた。

 

 

―――

 

 

「ただいま戻りました」

「おかえりだじぇ」

 

 控え室にいたのは京太郎、まこ、優希の3人であった。見れば優希はまこの膝を枕にして横になっていた。その顔は妙にいつもの覇気がなく、それにより麻子はここで何かあったことを瞬時に察した。そしてそれについては触れる必要がないと判断し、空いているソファに腰掛けた。見れば中堅戦の東一局が既に始まっていたところであった。

 

「ところで麻子はさっきまでどこに行ってたんだ?」

「ちょっと小腹を満たしていました」

「……さっきもお菓子食ってたよな……?」

「えぇ、それが何か……?」

 

 一体この小さな体のどこに、そんな大量のお菓子が入るんだ。そして何故それで太ったりしないんだ。清澄七不思議のひとつに、麻子のこの現象を加えてもいいのではないか。京太郎はそんなことを考えていた。

 

 

―――

 

 

 鶴賀: 78900点

 清澄:114100点

龍門渕: 94000点

 風越:113000点

 

 

東一局 ドラ一

 

智美河:西中九1南六 一發白

久 河:北發①西二東 38⑧

一 河:南中東西1一 北九8

星夏河:南⑨1西中2 白②

 

 

「(張った……!)」

 

星夏手牌:一二二二六七八⑥⑦5678 ツモ赤5

 

 東一局9巡目、星夏は聴牌していた。ドラの一を切れればタンヤオ高目三色である。リーチをかければ安目でも5200と上々の滑り出しになる。ここで星夏は、一を切るかどうかを悩んでいた。

 

「(二が私から4枚見えている以上、一-四の線はない。それに一も2枚切れているから、あるとすれば単騎待ち……しかも地獄単騎……! ……この対面の人は、そういった異様な和了がとても多かった。……)」

 

 星夏は悩みに悩んだ。実際ヤオチュウ牌のドラ単騎待ち自体はそれなりにあり得る話ではある。が、今回は久本人がその近い牌を早い段階で切っていることから、確率自体は低いと踏んでいた。だが、今までの久の牌譜、そして何より星夏の直感は、この一が高確率で当たり牌であることを示していた。常識を取るか、直感を取るか。星夏が下した決断は……

 

「(一旦は回る……そしてこの一を使い潰す!)」

 

 現物の二切りで聴牌取らずの回し打ちであった。普段であれば星夏はこの事象を偶然と判断し、一切りとしていただろう。今まで部内ランクを上げるためには、こんな状況でオリたり回したりなどしていなかったこともある。しかし今回は事情が違う。既に先鋒が、悪待ちより遥かにオカルトな闘牌を魅せつけていた。であれば、悪待ちだと和了りやすい、そんなジンクス的なものを持つ人物が他にいてもおかしくない。今自分達が戦っている相手は、今までの自分達の『普通』で判断をしていい相手ではない。星夏はそう判断していた。そしてまるでそれが正解とでも言わんばかりに、次巡星夏は⑧をツモり、聴牌を復活させた。

 

「リーチ!」

 

 星夏は久を見据えながら、気迫十分のリーチをかけた。その表情は、とても並の1年生が出せるものではない、と久は感じていた。

 

「(まぁ並の1年生がスタメン張れるほど風越も甘くはないとは思うけど……)」

 

 そんなことを考えつつ、久はツモってきた三をツモ切りした。

 

「ロン、リーチ一発三色ドラ3、12000!」

 

星夏和了形:一二六七八⑥⑦⑧5赤5678 ロン三 ドラ一一

 

 少し口角を吊り上げた星夏が、自身の手牌を倒した。その手牌を見て、久は少しだけ目を丸くした。

 

「(……風越は、聴牌する直前に二を連続で手出ししていた……それも、対子落としの時は長考して……まさか、一が当たり牌だと踏んで避けたとでも言うのかしら……?)」

 

久手牌:一三四伍④④④⑤⑥⑦999

 

 思わぬ強敵の登場に、思わず久はテンションが上がった。その表情は、麻雀を心から楽しめる者のみが出せる、好戦的なものであった。普通なら牌譜を見たとしても偶然で片付け、そしてそれで振り込んでしまうのが常であったからだ。見の状態ではあったものの、麻子でさえそれにまともに引っかかったことからも、その効果の高さは折り紙つきといえる。それをかわせる者となると、それなりに実力、そして自信がないといけない。

 

「(これは……中々楽しめる戦いになりそうね!)」

「(絶対に負けられない、負けられないんだ……!)」

 

 部内ランク78位であった星夏を、スタメン入りできる5位まで引き上げるきっかけとなったのは、他の誰でもないキャプテン、美穂子だった。部内ランクが下位の者でも決して見過ごしたりせず、良かったところをきっちり見てくれている。そんなキャプテンについていきたい、そして恩返しをしたい。その一心で星夏は部内ランクを上げに上げたのだ。そして最終目標は皆で一緒に全国で優勝すること。そのためには、たとえ清澄が相手であろうとも負けられない。星夏の表情には鬼気迫るものがあった。

 

 

―――

 

 

「ほぅ、久が悪待ちで振り込んだか」

 

 清澄高校控え室。まこが室内備え付けの中継モニターを見ながら呟いた。その表情が少し目を見開いているのは、この中の誰よりも久のことを知っているからだろう。勿論驚いているのはまこだけではない。優希に京太郎も同じような表情を浮かべていた。ただ一人、驚き以外の表情を浮かべていたのは、案の定と言うべきか、麻子だけであった。その顔は、まるでこの展開を予想していたかのような、納得の表情であった。

 

 

 

「……ほぅ」

 

 風越高校控え室。そこで支配者が君臨するが如く座っていた貴子は、星夏の打ち筋を見て口角を上げた。見る者が見れば、その表情は機嫌が良いものだというのがわかるくらいには。

 

「……!」

 

 その隣では、美穂子が久の打ち筋、そしてその罠をかわしてカウンターを入れた星夏を見て、嬉しいやら何やらの感情が混ざった複雑な表情を見せながら涙を流していた。その涙はずっと探していた久――上埜久を見つけたからなのか、その危険な打ち筋に対峙することになってしまった星夏への謝罪なのか、美穂子自身の不安を打ち砕いた事に対する感動か。あるいはその全てだったのかもしれない。

 

「あの竹井って奴ぁ中々厄介な打ち筋をしてるが、あれをかわすたぁ、文堂の奴やるじゃねぇか」

「えぇ……彼女もまた、頑張ってきましたから」

 

 言い方は違うものの、二人は共に星夏の努力を認めていた。そして自分達の期待より更に上を行った強さを持ち合わせていることも。

 

 

―――

 

 

「テンパイ」

「テンパイ」

「ノーテン」

「ノーテン」

 

 振込んで局が進んだ東二局。この局は流局により終局した。地味にこの決勝戦で初めての流局である。

 

『鶴賀と清澄がテンパイで流局、親は清澄のまま一本場となります。それにしても、これが初めての流局ですが、ここまで流局がないというのも珍しいですね……これが全国レベルの力なのでしょうか』

『ある意味ではそうかもしれないな。先鋒戦、次鋒戦、両方とも何か見えない力によって展開が左右されていたようにも見える。そう考えれば、この中堅戦は純粋に実力がモノを言う展開になっているんだろう。だが……』

 

 靖子はそこで一度言葉を切ると、久が晒した手牌に注目した。

 

『清澄の竹井が気になるな。ここまでで何度も多面張にできたのに、予選から通して一度もそのような待ちを取ったことがない。今回だってそうだ、リーチ宣言牌の8を残していれば四面張に取れていた』

 

久手牌:六七八③④⑤⑥⑦⑧⑧⑧68

 

『確かに8を残していれば四面張でしたが……しかし今回は三色が付くので悪くはないのでは?』

『点を稼がなければならないなら、その発想も悪くはない。が、今は清澄がトップだ。なら他家に和了られるのは避けたいはずだ。にもかかわらず和了れるチャンスを自ら狭めている』

『確かに、言われてみれば妙ですね……』

 

 男性司会者も、靖子の説明を受けて久の打ち筋の違和感に納得したようだった。そしてその違和感は、当然対局者にも伝わっていた。

 

「(やっぱり悪待ち……ボクの見た過去の牌譜通りだね。それにしても、本当に多面張に取らないんだなぁ……もう3年以上はこの打ち方みたいだから、体に染み付いてるのかな)」

「(また悪待ち……点数を取りにいっているというよりもスタンドプレーに見える……)」

「(まぁ、でもやれることをやるしかないな。あれこれ考えすぎるのは私らしくないぞ、ワハハ!)」

 

 久の晒した手牌に対し、三者三様の感想を抱いた対局者の面々。しかしこれが久の罠であることに気付いた者は、この時はまだ誰もいなかった。

 

 

―――

 

 

東二局1本場 ドラ8

 

智美河:西東1北八3 發六九北

久 河:北八白中91 二西8九

一 河:九南①二②發 一白①中

星夏河:東9北發一⑨ 8伍南⑨

 

 

「リーチ!」

 

 東二局1本場。11巡目に久が⑥を横向けで切り、親の先制リーチをかけた。

 

「(うわっ、先制リーチ来ちゃった……)」

 

 嫌な予感がすると思いながら、一は山から牌を取った。

 

一手牌:赤伍④赤⑤⑥⑦⑦⑦⑧⑧3567 ツモ4

 

 丁度聴牌となる牌であるが、そのためには赤伍を切らなければならない。ただでさえ親のリーチ一発目に切るには危険な牌である上、かけた相手が相手である。御丁寧に二八が切ってあるせいで、一にとっては余計に危なく見えた。しかしながら今、龍門渕は2万点以上の差をつけられて3位に甘んじている。それに久は、清澄の中では最も目立たない打ち手ではあったが、しかし決して弱くない。オリてばかりいれば余計に差をつけられてしまう。一の中には、龍門渕は勝たなければならない、という焦りがあった。

 

「(……今ここでオリるのはきつい。それに、今ボクにある安牌は⑥だけ。オリても状況がよくなる可能性は低い……なら!)」

 

 一は⑧に手をかけ、回すことを選択した。普通ならありえないレベルの暴牌であるが、牌譜から久の打ち筋を研究していた一としては当然の一打と言えた。だが。

 

「ロン、一発」

「えっ、……!?」

 

 ニヤリと口角を上げた久が、その暴牌である⑧を咎めた。いや、それ自体は一としても想定の範囲内だっただろう。⑥以外は安牌でもなんでもないのだから、極論何を切っても当たる可能性は等しくある。問題は久が晒した手であった。

 

久和了形:四赤伍六③③③④⑤⑥⑦456

 

「メンタンピン一発赤1、あら、裏4で18000は18300!」

「わ、悪待ちじゃないっ……!?」

 

 この事実には、振込んだ一のみならず、智美、星夏も少なからずショックを受けていた。少なくともこの県大会の予選においては、そしてもっと言えば過去の牌譜を見ても、どれだけ良い待ちで待てたとしても、それら全てを蹴って悪待ちで張り、そして和了っていたのだ。それがどうだ。今目の前に展開されている手は、極普通の多面張だったのだ。それはつまり、今まで久への対策になると思っていた物が全て無に帰したことを意味していたのである。そしてこの事実に一番ダメージを受けていたのは、久の旧姓を特定し、中学3年の時の牌譜まで探し当てた上で対策を取っていた一であった。

 

 

―――

 

 

 東二局1本場での久への振込みがきっかけとなったのか、一はそこから調子を大幅に崩した。続く2本場でも9600(+2本場)を、今度は久お得意の悪待ちで狙い撃たれてしまい、そこからは一らしくもない振込みの連続となった。

 逆に久はあれから連続で和了を取り続けた。主に一からの直撃であるが、時には親満をツモって見せたりもした。そしてその全てが悪待ち。結局、好形での和了自体は一から直撃したその1回きりであった。

 智美と星夏は和了をいくらか拾っていたが、智美は南二局1本場で久に7700(+1本場)を振込んでしまったこともあり、点数を落としていた。逆に星夏は堅実に打ったこともあり振込みはなく、時には久からの直撃を取ることも成功していたため、開始時から見て2万点ほど点数を伸ばしていた。

 

「(……手が、手が疼く……)」

 

 ジャラリ、と一の手に繋がれた鎖が音を立てる。この鎖は、一が龍門渕家に仕えることになったときに付けることとなったものであり、物的にはただの拘束具でしかない。しかし、この鎖は一にとって色んな意味で大切なものであった。

 実は一は、過去の小学生大会において、親から教えてもらった手品の技術を使い、あろうことかイカサマを行ったことがある。小学生にもかかわらずカメラの死角を突き、牌をすり替えたのだ。小学生であることもあり、公的にはチョンボとして扱われたもののチームは敗退、当然周りからの信用も失うこととなった。

 しかし、透華はそれを知った上で一を龍門渕家に招きいれた。それも、一にとって二度と打つつもりは無かった麻雀の打ち手として。そのときにイカサマ防止のため、という名目で付けられたのが、今一に繋がれているこの鎖であった。勿論最初は煩わしいと思ったときもあった。しかししばらくすると、それが一自身の戒め、そして透華との繋がりを感じられるものへと変化していた。

 

「(……手品がしたい訳じゃない……あの夜を思い出すんだ……)」

 

 あの夜、とは、一が衣と対面した満月の夜のことである。忌み子として扱われていた衣と初めて会った時は、そのオーラにあてられて気分を悪くした。思わず吐き気を催すほどに。勿論今では衣のことも大切な仲間として認識しているが、それでもあの感覚を忘れたことはない。それほどまでにその体験は強烈なものであった。

 

「(……そうだ、確かに清澄の人は強い。だけど、衣ほどじゃない……! それに、透華は手品を使わない、そのままのボクを買ってくれた。なら、こんなところで怖気付いている場合じゃないっ……!)」

 

 そう自身を鼓舞する一。しかしその鼓舞は、気持ちを上げるためと言うには、どこか焦りで空回っているようにも見えた。

 

 

―――

 

 

南三局 9巡目 ドラ:6

 

一手牌:三四伍六七②④⑥33567 ツモ二

 

「(ありゃ、両嵌が残っちゃったかー……モロひっかけだけど、聴牌したならいくしかないよね……!)」

 

 まっすぐ決めに行く。一はその意思を持ち、⑥とした。この面子で出るとは思っていないが、一は親である。親リーには誰しも振込みたくないだろうからオリを選択するだろう、そうすればツモるチャンスも十分にある、と一は踏んでいたのである。だが、実際にはどうも違う方向へ対局は進んでいた。

 

星夏手牌:一二三四六七八九④④678 ツモ2

 

 親リーに対する一打目。星夏は何も躊躇することなく2を切り出した。2は一に対して安牌という訳ではない。むしろ索子で確実に通ると言えるのは現物の8だけであり、せいぜいスジを信用できるなら5が通るかどうかくらいである。それでも星夏がこれを切り出したのには理由があった。

 

「(今の龍門渕は崩れている……それはいい。ただ、点数が減りすぎて危ういところまできている。今の流れじゃ、下手すればトビ終了まで見えかねない。なら……龍門渕には振り込んでもいい。むしろ振り込んだ方が、清澄を落とすのに使えるかもしれない)」

 

 そう、星夏は事もあろうに、一を利用するためにわざわざ危険牌を切ったのである。自分が和了れればそれはそれでよい。そして一に振り込んだのなら、一の調子が戻り、久を落とすのに加勢してくれるだろう。そう考えていたのだ。故に一には振り込んでもいい。一番やってはいけないのは、どんな形であれ久に和了らせることなのである。

 

 続く智美は手出しで白を切った。一の現物であるため……と言うよりは、萬子の染め手の手作りの結果余ったと言う方が正しいだろう。そして久のツモ番が回ってきた。

 

久手牌:赤伍六七七八九③③赤⑤⑥⑦45 ツモ③

 

「(んっ……ここでこれをツモってきた意味って……)」

 

智美河:1①4⑦赤⑤北 東4 晒し牌:西西西

久 河:9一1南中發 2②

一 河:西⑨南中白發 8①⑥

星夏河:9北①東中4 22

 

 久は暫しの間手が止まった。そして自身の中で出たその結論に対して口角を少しだけ上げると、久は高らかに宣言した。

 

「リーチ!」

 

 久が切ったのは5。つまり4単騎待ちである。だが、これには重大な問題があった。

 

『おっと清澄の竹井選手、両面待ちを放棄して5切りリーチ、しかしこれは……』

『……和了れないな』

『空聴リーチだぁ! 悪待ちにも程があるぞ!?』

 

 そう、既に智美の河に2枚、星夏の河に1枚見えており、単騎待ちとしては和了り牌が0なのである。にもかかわらずリーチに踏み切ったのには訳があった。

 

「(このリーチは和了るためのものではない。さっきまでの和了を利用した威嚇……龍門渕を完全に抑え込むためのね!)」

 

 久もまた、一をターゲットとしていた。こちらは利用するためではなく、叩き潰すためとして。現在一は点棒を減らしに減らし4万点台まで落ち込んでいる。であるが故に、是が非でもこの局はチャンスにしたいのだろう、と、久は一のリーチを見て感じたのである。そしてそのチャンスを叩き潰すため、久はあえて和了り目のないリーチをかけた。この局を流局させるために、そして一の心を折りにいくために。

 

「(……私も、麻子ちゃんにあてられちゃったかしらね。昔は相手の心を折りにいく、なんてことは考えなかったはずなんだけど)」

 

 内心苦笑いしつつ、久は自身の思考を振り返りながらそう考えた。そして、それを楽しいと感じ始めている自分自身に、少しだけ恐れを抱いた。

 

 

―――

 

 

智美河:1①4⑦赤⑤北 東4白發 晒し牌:西西西

久 河:9一1南中發 2②5二

一 河:西⑨南中白發 8①⑥一一

星夏河:9北①東中4 22中一

 

智美手牌:二三三四四六八八九九 西西西 ツモ:③

 

「(うわぁ、ここでこれツモっちゃったかぁ……)」

 

 リーチ一発目を發ツモ切りで凌いだ智美だったが、次巡掴んだのは③であった。染め手を貫くのであれば③切りではあるが、それを切るのは二軒リーチという状況が許していない。それに現在鶴賀学園は3位。点棒に比較的余裕のある風越女子と違い、龍門渕に振り込むのも辛い状況である。智美が久の一発目のツモ切り牌である二切りを選択するのは道理といえた。

 

 

 

智美河:1①4⑦赤⑤北 東4白發二2 晒し牌:西西西

久 河:9一1南中發 2②5二7伍

一 河:西⑨南中白發 8①⑥一一伍 北

星夏河:9北①東中4 22中一白

 

 

星夏手牌:二三四六七八九④④⑤678 ツモ④

 

 一方星夏は、2巡前に⑤をツモり一通を崩して回ることにしたものの、④をツモって聴牌を復活させていた。それも③-⑥⑤の理想的三面張である。但しそのためには、通る保証が全くない六九を切る必要があった。

 

「(……ここで日和ってどうする。どうせ清澄には現物以外何を切ろうと当たる可能性がある。現物だって流局までもってくれるかわからない。それなら……!)」

 

「リーチ!」

 

 星夏は九を横に曲げ、河に並べた。久の圧力に屈しない、そういった宣言にも見えるリーチだった。そしてこれに焦りを感じたのが、先制リーチをかけた一である。

 

「(嘘でしょ、ボクのリーチがそんなに怖くないの!?)」

 

 せめて和了れなくとも、他家がオリてくれるのならばそれほど問題は無かった。久が追いかけてきたが、まぁそこまでは想定の範囲内ではある。問題は更に風越まで参加してきたことだ。一騎打ちならまだ一に勝ちの目もあったかもしれないが、こうなってくると点棒にも余裕がない一には厳しい状況である。下手に振込みでもすれば、次の局はトビ圏内まで入ってしまうかもしれないのだ。

 

 

 

 だがしかし、この後のツモ番で智美が星夏の和了牌を3枚も抱え込んだことも大きく、結局この南三局は流局となった。そして聴牌した3人は手牌をあけることとなった。その牌姿、すなわち久の手牌を見て、一は思わず絶句した。

 

「(……ボクの和了を止めるために、③を止めて空聴リーチ……? 自分の和了を捨ててまで……? 一体どういう思考をしたらこんなことができるのさ……!)」

 

 訳のわからない先鋒の嶺上使いに初速が化物の次鋒タコス少女。全中覇者の副将原村和、そしてそれらを抑えて大将に鎮座する謎の少女。それに比べれば久は、清澄の中では気を抜けないながらも比較的マシな相手だと考えていた。だが実際はどうだ。悪待ちという特異能力に加え、それを逆利用してあえて悪待ちを外すことで精神を揺さぶってきた。ある意味ではわかりやすい暴力を巻き起こす先鋒と次鋒よりも性質が悪い。そして見事に一はそれに翻弄されていた。一は、久という人間の人物像を完全に見失っていた。

 




実際部長は(麻子さんを除けば)清澄の中でもトップクラスに精神の揺さぶりが上手そうだと思います。勝手な想像ですが。

2020/1/1 点数的に非常にまずいガバがあったため、
東二局のドラが③から4に変わりました。
誤字報告で御指摘いただきありがとうございます。大変助かりました。

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