世の中のバブル景気よりも早く、ケタ違いの売り出し予算で話題になったのが、84年デビューの「セイントフォー」だ。2代目リーダーだった鈴木幸恵(55)が見たものは──。
レオタードを着て、バック転などアクロバティックな動きとともに歌い踊る4人組。当時としては珍しく、デビューまで2年もレッスンを重ねた。
「私はもともと、沢田研二さんが大好きでこの世界に入ったんです。そして厳しいレッスンの末にメンバーに抜擢され、デビュー曲は長らく沢田さんを手掛けた加瀬邦彦さんのプロデュース。個人的にはとてもうれしかったですね」
スレンダーな岩間沙織(57)、小悪魔的な濱田のり子(56)、メガネがトレードマークの板谷祐三子(53)との個性的な4人で、デビューに際しての総予算が主演映画「ザ・オーディション」(84年、東宝東和)の製作費なども含め、破格の40億円とも言われた。
ただし、その投資に見合う成果は得られなかった。
「正直、私たちは言われたことをハイハイと聞いて、毎日を忙しく過ごしていました。そして祐三子が先に脱退を申し入れて‥‥。今から思うと、もっとメンバー同士で話し合っておけばよかったと、今も後悔しています」
新たに岩男潤子(51)が加入したが、事務所とレコード会社の泥沼闘争もあって、新曲の発売は放置された。結局、デビューからわずか2年2カ月で「自分たちの意思」という形で解散。
準備した期間に比べれば、あまりにも短い期間での空中分解となったが、