『現在のトップはダークホースの清澄高校! 2位との点差を3万点以上つけてのトップです! 残る3校は清澄を追う形ですが、果たして中堅戦までに差を詰められるのか! それとも清澄が更に点棒を積み上げていくのか! それでは次鋒戦後半戦、スタートです!』
相変わらずの熱が篭った司会のナレーションと同時に、対局室にブザーが鳴り響く。
「(タコスパワーは補充完了! そして私の得意な東場がもう一回やってきたじぇ!)」
「(鳴いても尚和了られた……けど、今までの牌譜と比べれば点数や持続期間は明らかに短い。やはり効果はある……)」
「(あわわわ、皆さん怖いです……)」
「(キャプテンのために……皆のために、勝ってみせる!)」
前半戦よりも輝かせた表情で配牌を取る優希、自身の仮説が正しいことをデータから確信できた智紀、周りの空気にやや呑まれ気味の佳織、前半戦よりも更に決意の表情を強めた未春。それぞれの思惑が交錯する中、後半戦が始まった。
東一局 ドラ
優希手牌:
智紀手牌:
佳織手牌:
未春手牌:
京太郎に届けられたタコスを食べた優希は調子が更に上がったのか、最早同じ麻雀をやっているのか疑わしいレベルでの好配牌である。二向聴だが非常に受けが広く、あからさまなタンピン三色に赤3枚表ドラ2枚のダマ親倍まで十二分に見える鬼手である。
そのあおりを食ったのか、智紀の配牌は悪い。一応チャンタ系に寄せれば何とか……というくらいの手であり、そもそも和了れる形ではないのは智紀本人も認識していた。
佳織は今のところ手役こそないものの、こちらも既に二向聴であり、優希に唯一まともに張り合える手牌と言えた。もっとも、優希の東場での速度についてこられれば、という前提はつくが……。
最後に未春であるが、こちらはこちらで少し不思議な配牌と言えた。七対子の二向聴というだけなら普通の手であるが、その手牌の多くが優希の有効牌で占められていた。
「リーチ!!」
『おーっと清澄の片岡選手! なんと3巡目にしてタンピン三色ドラ5の鬼手をリーチだーっ! これは次鋒戦も清澄が独走してしまうのか!?』
優希手牌:
萬子を連続でツモっての超高速聴牌。しかも打撃力も十二分であり、最安目を引いてもメンタンピンドラ5と倍満は確約されていた。タコスパワー様様と言えた。しかしこの時、優希は気付いていなかった。絶対に清澄を止める。その鉄よりも強固な意思を持った打ち手がこの場にいたことを。
「ポン」
同巡、未春が切ったを智紀が鳴いた。普通であれば場に生牌である
を一発目に切るのは、いくら早リーチ相手とはいえ中々しづらい。それが東場に強いとデータが出ている優希相手なら尚更である。しかし未春は、
が絶対に当たらないと確信を持った上で切っていた。智紀が鳴いてくれたのは、お互いにとって嬉しい誤算であったが。ちなみに本来優希がツモるはずであった一発目の牌、すなわち
は、そのまま佳織の手へ入っていった。
未春手牌: ツモ
そして和了らせないという執念と言うべきなのか、未春の手に4枚目のが入った。少なくともこれで、優希の高目は全て潰れたということになる。未春は
を切り、一向聴となった。
「(……何か、おかしい気がするじぇ……そういえば、リーチの一発目に鳴かれるって、前半戦でもやられたような……)」
をツモ切りしつつ、何かの違和感を覚えた優希。似たような局面が前半戦にもあったことを思い出した優希は、何気なく智紀の方を見た。傍から見ると仏頂面とまでは言わないものの、感情に乏しい表情なのは変わらない。しかし優希には、その顔がどこか『計画通り……』と言っているように見えた。
「(……まさか、龍門渕のメガネさん、ワザと一発潰ししてきてた!? ……いやいや、そんな訳ないじぇ、流石に偶然だじぇ……)」
そう、優希の言う通り、偶然の要素が非常に大きかったのは確かである。しかしながら、狙って潰してきていたのもまた事実であった。優希が見ていた表情の想像も、強ち間違いではなかったと言えるのかもしれない。
佳織手牌: ツモ
「(い、いらないよね……)」
佳織はただまっすぐに和了りだけを目指していた。そのため、基本的には『みっつずつ』を意識し、『みっつずつ』を作りやすいように牌を残していた。そのため河から読むなんてこともしていない。何が危険牌で何が安全牌なのか、それ以前にそもそも役すらろくにわかっていないのである。佳織がを切るのは必然といえた。
「ポン」
「!!」
またもツモ番を飛ばされた優希。その次巡の佳織はをツモった。
「……! え、えと、リーチします!」
役無しではあるものの聴牌ができた佳織は、を切ってリーチを宣言した。今度はリー棒も忘れずに。ドがつく初心者が故の暴牌であったが、それが通ってしまったのはビギナーズラックの部分もあるのかもしれない。
「……牌、横に向け忘れてる」
「はぅあっ!」
なお、智紀に指摘されるまで、佳織は牌をそのまま縦に切ってしまっていたことに気付いていなかった。
「(……さっきの、そしてこの
、体が反応してるってことは、これが清澄の当たり牌……)」
この巡目、未春がツモったのは。またも本来鳴かれなければ優希がツモれなかった牌である。未春はツモった
を手に入れ、
を切り出して一向聴とした。
―――
「うわっ、龍門渕の人、また優希ちゃんの和了牌を流したよ……」
「ぐ、偶然ですっ!」
「でもこれで、優希の和了牌はのうなってしもうたな」
佳織が元々持っていた、そして智紀が一発目に佳織へ流してきた
、更に未春にある
の刻子。しめて8牌、優希の和了牌がこの巡目にして空テンになってしまったのである。偶然の偏りにしては出来すぎたような展開に、会場でも若干のどよめきが見られた。
『……何だか異常だな……』
『と言いますと……?』
『3巡目で親倍確定の手を張る片岡も片岡だが、その和了牌を鳴きで的確に潰した沢村も妙だ。それに吉留の初手にあったの対子、沢村が鳴ける
。偶然と言ってしまってはそれまでかもしれんが、まるでこの展開はできすぎている』
『た、確かに言われてみれば……でも、麻雀を長くやっているなら、そういった場面も少しはあるのでは?』
『まぁな、0という訳ではない。ないが……それがこの局で終わるのか、それとも……』
靖子はこれが、ただの偶然で引き起こされたものではない、というのは薄々感じていた。この世界には衣や咲、あるいはチャンピオンの照などの、所謂『牌に愛された子』が何人もいるのだ。これよりももっと酷い超常現象をいとも容易く実現させるような打ち手が何人もいる以上、狙ってこの状況を引き起こせた者がこの中にいても不思議ではない。しかし、前半戦では智紀が狙って鳴いていた以外は特に不自然な点は無かったし、何より優希は安目だとしても和了れていたのだ。それが、前半戦よりも更に好調であると思われた中、和了牌が全て潰された。まるで誰かの意思が介入しているかのように、次々と。
『(……まさか、誰かが後半戦で覚醒した、とでも言うのか?)』
―――
「ツモです。タンヤオ門前ツモ、30符2翻は500・1000」
未春手牌: ツモ
ドラ
この局は、結局未春が11巡目にツモタンヤオのみで和了ったことで終了した。2000点の手ではあるものの、リー棒が2本あったので計4000点の収入となったのは地味ながら大きい点であった。
「(私の和了牌、あんなに固まってるじぇ……)」
ぐぬぬぬ、と言わんばかりに悔しさをにじませる優希。しかしそんな余裕は、この後はもう見せられなくなるのであった。
「リーチ!」
優希手牌: ドラ
東二局。優希はめげずにリーチをかけた。-
-
であればリーピンドラドラ、
-
であればリーチドラドラ。手は安めではあるものの、今度は和了牌が非常に広いため、そう簡単には和了牌を占領されない……はずであった。しかし。
「チー」
智紀は狙ったように鳴きを入れ、ツモをずらしてくる。そしてずらされた巡目では和了牌を拾いにくい優希は、一回目のツモを空振りした。
「ポン」
空振りした直後の巡目。またも智紀がツモをずらす。晒しているのは。親であるにもかかわらず、和了る気があるのか疑わしい晒し方だ。和了れるとしたら役牌バックか鳴き三色以外はほぼあり得ない。その後もツモ切りばかりが進む中、13巡目であった。
「ロン、タンヤオ赤1、40符2翻は2600です」
未春手牌: ロン
ドラ
染め手への渡りも考えていたのか、ダマで待っていた未春に優希が振り込む形となった。その形は、またも優希の和了牌を多く抱え込む形であった。
「(な、何かおかしいじぇ、このおねーさんたち……!)」
得意とする東場で、2連続和了を妨害された形になった優希はようやく、この状況は偶然だけではない何かが働いていることを理解した。ピンポイントで一発目を鳴いてくる智紀も不自然であるし、優希の和了牌をしこたま抱え込む未春も妙である。優希はまるで、自分だけを狙い撃ちされているような感覚を覚えた。
―――
優希配牌: ドラ
東三局。和了を東一局から連続で潰された優希は、既に流れを失っていた。まだ東場だというのに、既に南場の後半であるかのような輝きを失った配牌だったのだ。もっとも、麻雀において普通はそんな連続で好配牌が来ることなどほとんどないので、一般人から見れば正常に戻ったとも言えるのだが……。しかし、あからさまに流れをかき消されたことを理解した優希の瞳には、逆に闘志が宿っていた。
「(あのおねーさんが私を対策してきたのは、いくら私でもさすがにわかる。じゃないと、あんな変な鳴きはしない。……ならいいじぇ。正々堂々相手してやる!)」
少なくとも今の状況は、麻子と連続で打った時よりは遥かに良い状況と言えた。流れを失ったといってもまだ点数ではトップだし、少なくとも麻子を超えるような相手はこの中にはいるように見えなかったこともある。希望は十分にあった。
「(たまには向かい風が吹くことだってある)」
ツモ
打
「(何をやってもうまくいかないことだってある)」
ツモ
打
「(投げ出したくなるときだってある)」
ツモ
打
「(でも、そこで諦めたら)」
ツモ
打
「(そこが本当の負け)」
ツモ
打
「(私はそんなの……)」
ツモ
打
「(認めないじぇ!!!)」
ツモ
打
「リーチだじぇ!」
この間に何度か無駄ヅモをしたものの、驚異的な確度で有効牌を集めた優希は、あのグズグズの手牌を12巡でほぼ最高形にして聴牌した。ダマで待つことも考えたが、それは自分の流儀に反する。優希が優希であるために、優希はあえてリーチをかけた。
「(……おかしい、2回くらい潰せば、片岡は一旦止まるはず……)」
「(……何かが破られた、そんな気がする……)」
智紀は優希が聴牌したことに違和感を覚え、未春は今まで感じたことのないオカルト感を得ていた。智紀は下手に勝負に出るのはまずいと判断し、オリを選択した。だが、ここでも未春は後ろに引くことをしなかった。
「(……ダメだ、集中するんだ……皆のために、キャプテンのために!)」
未春の集中力が更に増していく。それにしたがって、先ほど破られたと感じた部分が修復されていく。強くなる想い、それに牌が応えていく。
未春手牌: ツモ
打
未春手牌: ツモ
打
『おっと風越の吉留選手! 清澄の片岡選手が聴牌した直後から、その和了牌をどんどんとツモっていきます!』
未春は一度を掴むと、あっという間に
をもう1枚吸い取り、再聴牌を果たした。このままいけば、また優希の和了牌を持たれた状態で和了られる。それは優希もわかっていた。だからこそ、全て掴まれる前に。未春に和了られる前に。この奇跡の聴牌を、聴牌で止めることなく和了らなければならない。しかし、そこで優希が
をツモることはできなかった。ツモったのは
、隣の牌である。悔しそうな表情を隠すことなく、優希は静かにその牌を河に並べた。
「ツモ、一盃口。30符2翻は500・1000です」
この局も未春が和了を獲得。これで後半戦に入ってから3連続で未春が和了したことになる。いずれも安手とはいえ、他家にとっては和了るチャンスを既に3回も潰されている計算になる。特に東場に強い優希が封殺されてしまっているのが大きい。そう考えれば、たとえ安手であろうともその価値は非常に高いと言えた。
―――
東四局。ここまで来ると、智紀も優希も、未春の異常さをはっきりと認識した。未春は確実に、優希の和了牌を吸収している。それはまるで、優希にとっては和了という攻撃を食い止める城砦のように見えていた。いくら攻撃しようとも、その鉄壁が崩れる気配はない。むしろ攻撃を食らうと、それを呑みこんで更に強化されているようにすら思えた。
「ツモ、一盃口赤1。2000オールです」
優希手牌:
未春手牌: ツモ
11巡目、優希が先行して聴牌する中、未春は細かいながらも4連続で和了を拾い、未春は前半戦での負け分を完全に取り戻していた。そしてその形は、またも優希の当たり牌をほぼ全て使い潰していた。優希が手を進めると、それと同時に未春の手も進む。そして優希の有効牌、すなわち和了牌は未春が吸収する。東三局ではまだ完全に諦めきっていなかった優希であったが、流石にここまでくると精神的に来るものも大きくなったようで、優希は和了ることを諦め始めていた。
一方智紀は、和了こそ拾われているものの、未春も優希を抑え込んでくれていることに感謝していた。風越も強豪なのは間違いないが、それよりも危険なのは清澄であることは疑いようもない事実であった。あの咲を先鋒に据えているのだ。大将はどんな化け物が出てくるかわからない。下手をすれば衣でさえ太刀打ちできるかが怪しいのである。それを考えれば、今の状況は理想的とまでは言わずとも、智紀としては及第点と言える状況であった。
―――
オーラス、南四局の2本場。この後半戦は初っ端から優希の大物手が的確に潰されたこともあり、この半荘の一局ごとの収支は非常に地味な数値で動いていた。そしてそういった小場の展開の場合、ものをいうのは和了れた回数である。智紀と未春は、共にそういった展開に強い打ち手であったこともあり、二人で和了り合いをして点数を伸ばしあっていた。そして優希は和了れないことで点を落としつつあり、前半戦の貯金を半分ほど吐き出していた。
「それにしても、今日の優希ちゃんはしんどそうだったね……」
咲が次鋒戦を頭から思い返しながら呟いた。実際、最初は堅実な打ち手と初心者が相手ということで、優希が勢いに乗って大きくリードをつけられると皆が踏んでいた。しかし蓋を開けてみれば、そこに広がったのはまるでオカルト打ちのような奇妙な鳴きによる妨害、役満の親被り、そして後半戦からは、未春による謎の優希の有効牌・和了牌の吸収。結局、優希が和了れたのは前半戦の東一局の2回、そして東四局1本場の1000点(+1本場分の300点)であった。
「でも、それでも優希はやれるべきことは全部やっているわ。実際、今もスコア自体は次鋒戦のはじめから比べたら増えている。それに、ここまで一切振り込んでもいないわ」
そう、こんな逆風の中でも、優希は腐ったりせずに己が為すべきことを為していたのだ。もっとも、振り込まなかった理由としては、初心者である佳織が危険牌だろうが何だろうが気にせずに捨てていっていたことも大きいかもしれないが……。
「そう考えると、優希も成長したな。合宿での特訓前じゃったら、今頃完全に戦意喪失して振り込み続けよるところじゃろう」
「確かに……俺が入部した頃の優希なんて、東場で和了った稼ぎの大半を、テンション下がった南場で和とかに振り込んで無くしてたりしてたしな」
「そう思えば、優希は本当に強くなりました。麻雀の腕も、精神力も」
今の優希は、決して派手な和了で大きく貢献できているわけではない。むしろ逆風が吹き荒れる中、しかしそれでも優勝のために打っている優希の努力を皆は正しく理解していた。
「まぁ、麻雀やってればこういう日もあったりするわ。そんなときにどういう対応が出来るかが、成長したかどうかの一番のポイントかもね」
久はそう言いながら、足元を取られつつも沼の中を必死に進んでいる優希を見つめた。
―――
「ち、チーです!」
3巡目のことだった。智紀が切ったを、佳織が
の搭子を晒しながら鳴いた。初心者が鳴くのは基本的には役無しのリスクもあり推奨されないはずである。事実、佳織は前後半戦を通してほとんど鳴いていない。数少ない鳴いていた局は、誰がどう見てもすぐにわかるレベルのバカホンだった。当然そんなものに誰も振るわけがなく、そして余る牌もわかりやすいことから佳織が振り込んでしまっていた。
「(まーたバカホンだじぇ……)」
優希だけではなく、3人が佳織の手を半分生温い目で見ていた。もっとも、誰もが必ず一度は通る道と言ってもいいものではあるため、半分は昔を懐かしむような目で見ていたのだが……。
優希手牌: ドラ
佳織が鳴いてから数巡が経った。その間、優希は七対子を狙いに手組みを行っていた。未春が自分を狙い撃ちにしているのはわかっていたため、手組みが不規則になりやすい七対子を狙うことで未春も巻き添えにしようと考えていたのである。また、七対子は防御にも向いており、いざとなればオリを選択するのもそれほど難しくはない。それでも南四局とその1本場では、未春が優希の有効牌をうまく活用して和了を取っていたが、この2本場ではその効果が表れたのか、未春の手組みは非常に遅かった。そして優希は未春がツモに振り回されている間に、うまく一向聴までこぎつけることができた。
「(どうせなら、死なば諸共だじぇ……ん?)」
ここで優希はあることに気付く。佳織が索子の染め手をしているのは誰にでもわかる。佳織がを晒している上、筒子と萬子を片っ端から切っているためである。だが、優希はここで違和感を覚えた。
「(……が1枚も見えてない、それに私から見えてる索子は奇数の牌ばかりだじぇ……)」
その瞬間、優希の脳裏にある光景が再生された。それは前半戦の南一局、優希が佳織に四暗刻を和了られた局である。あの時の優希は、を危険牌と踏んで抱えた結果、役満を親被りしてしまった、あの光景である。
「(……ここで聴牌したかー……)」
今回は幸運にもをツモり、優希は聴牌した。今は12巡目、そろそろ誰かが聴牌していてもおかしくない状況である。ここで優希は少しだけ考えた後、ある牌に手を伸ばした。
「(……これで、どうだじぇ!?)」
「ろ、ロンです! えーと、ホンイツのみだから……」
「……30符2翻は2000点の2本場、2600」
智紀が珍しく少しだけ目を見開きながら、佳織の点数申告を補助した。目を見開いていたのは智紀だけではない。それは未春も同じであった。
佳織手牌:
ロン
佳織が開いた手は、一歩間違えば緑一色になる大物手であったのだから。そして優希は、あえてを切って大安目を差込み、減らす点数を最小限に抑えたのである。
無論放置してツモらせ、清澄の点数を犠牲に更に親である未春の点数を削る、半ば自爆気味の方法も考えなかったわけではない。しかし佳織がツモってくれるかは運次第であり、また仮にツモってくれたとしても、今度はそれによりトップが逆転してしまう。
また、手なりで役満を和了らせると、流れが鶴賀に移ってしまうのではないかという危惧もあった。ちなみに後で和にそれを話したところ、予想通り「そんなオカルトありえません」という回答が返ってきたのは別の話であるが、仮に流れというものが無かったとしても40000点分の点数の動きがあるのだ。いくら後続にも強い打ち手が揃っているからと言えども、決して小さい数値ではない。
それに優希は既に、佳織に一度役満を和了らせてしまって痛い目に遭っている。同じ轍を二度踏まない選択を取ることは当然と言えた。
『次鋒戦終了ー! 1位は清澄、片岡選手の前半戦の稼ぎが大きかったこと、そして堅牢な防御力で1位をキープしました! そして2位には僅差で風越がつけております! 後半戦の吉留選手の稼ぎが非常に大きく、最終的には次鋒戦開始時から16000点以上点数を伸ばしています! 龍門渕は3位ですが、沢村選手の鳴きにより片岡選手の勢いを止めたのは大きかった! 4位の鶴賀は苦しい戦いでしたが、前半戦南一局の役満和了が効いたか、まだまだ逆転できる位置につけています!』
相変わらずテンションの高い実況をする男性司会者のナレーションと同時に、対局室にブザーが鳴り響いた。4人はありがとうございました、と一礼すると、それぞれの控え室へと戻っていった。
―――
「た、ただいま戻りましたっ!」
「おー、お疲れーかおりん!」
鶴賀学園控え室。佳織はチームメイトに笑顔で迎えられた。完全なる初心者である佳織は、トバないというだけで立派に仕事をしていたと言えた。それどころか、読みも何もない暴牌連打を繰り返しておきながら、失点を2万点台に抑えられたのは最早奇跡と言っても過言ではなかった。
「佳織も私達の期待に応えてくれたんだ。智美もしっかり期待に応えてくれよ」
「ワハハ、プレッシャーかけてくるなぁゆみちんは」
智美は口ではそう言っているものの、それほど緊張した顔は見せていない。このメンバーの中では、智美は極端にプレッシャーに強い。このやり取りも、ただのゆみとの軽口の叩きあい、じゃれあいであった。
―――
「ただいま戻りました」
風越女子控え室。こちらでは、区間トップの未春が、固い顔をしながら部室へと戻ってきた。未春自身、この結果に納得はいっていなかった。本来の自分であればもっと稼げていたはずだ。彼女は真面目で純粋で、だからこそ自分には厳しかった。だが、そんな未春を待っていたのは、彼女の予想とは違うものだった。
「お疲れさん、よく稼いで戻ってきた。点数に不満が無い訳じゃないが、あの清澄のパワーヒッターを抑えて区間トップで帰ってきたから及第点だろう」
コーチである貴子は、未春を叱ったりすることはしなかった。貴子も優希の得点力については、以前の牌譜や今回の予選でよく理解しており、送り出すときには得点を増やせなどと言っていたものの、内心では点数を減らして帰ってくることも覚悟していた(無論その場合は容赦ない喝が飛んでくることは言うまでもないが)。それを考えれば、強打者の優希を抑えて区間トップで帰ってこられたこと自体、貴子の期待以上であった。
「次は文堂か。テメェもわかってんだろうな?」
「はいっ!」
部員の、コーチの、キャプテンの、皆の想いと点数を引き継ぎ、1年ながら中堅を任された星夏は、普段のおとなしい雰囲気が鳴りを潜めていた。皆で全国に行く、そして優勝する。その目標を達成するため、星夏には気合が満ち溢れていた。
―――
「とーーーーーもーーーーーきーーーーー!!!!!」
龍門渕高校控え室、そこには大方予想したとおり、「龍門渕が3位になるとかあり得ませんわ」と透華がわめく光景が広がっていた。一は苦笑いしつつも透華を宥めているが、純は諦めて時間で収まるのを待っていたようだった。
「大体秘策ってなんですの!? ちゃんとその秘策とやらは機能してましたの!?」
ぐいぐいと顔を詰めて詰問する透華。それに対し、智紀はこういった透華に慣れているのか、特に気にした様子もなく口を開いた。
「機能してた、と思う。そうじゃなかったら、清澄にもっと走られてた」
「だろうな」
智紀の言葉に純が味方した。現代のデジタル麻雀の中では少数派となりつつある、流れ論者である純は、智紀の鳴きが優希の勢いを確実に削ぎ、失点を最小限に抑えていたことを確信していたのだ。
「最初の東一局のあれだって、ともきーが鳴いてなかったら清澄に数え役満和了られてたしねー……相性が悪い打ち手が2人もいた中で、ともきーはよくやったと思うよ」
一も智紀に援護射撃を行う。それに乗じて智紀は無言で首を縦にブンブンと振っていた。3:1という人数差もあってか、智紀は普段より強気に出ていた。その様子を見て、透華もそこを追及するのは諦めたようだった。
「はぁ、まぁ結果的にはそうなったのは認めますわ……一! 全力で点棒を取り返してきなさいな!」
「言われなくてもわかってるよ。今回は手を抜いて勝てる相手じゃなさそうだからねー」
いつもの飄々とした口調の一であったが、その表情はいつもより少しだけ力が入っていた。久々に自分の全力の麻雀を出せる機会がきたのだ、そうなるのも致し方ない話ではあった。
―――
「ふぁぁ……」
清澄高校控え室。和が口に手を当てながら欠伸をした。どうやら、今朝が早かった上に昨日は緊張で寝付けなかったことから、それほど寝られていなかったらしい。久とまこは、和の出番がまだ先なために仮眠室で休憩することを勧めたが、変に真面目で頑固な和は、先輩の応援のためには寝られないと眠気を我慢しながら言い張っていた。そんな時である。
「たーだいまー……」
優希が浮かない顔で帰ってきた。次鋒戦全体で見れば4000点を上乗せし、トップを維持して帰ってきたにもかかわらず、である。
「お疲れ、優希」
「きつい逆風の中よう頑張ったよ」
先輩の二人が優希に労いの言葉をかける。その言葉を聞いて、優希の表情がぐっと詰まった。それが涙をこらえているということは、誰から見ても明らかであった。
「咲さん、仮眠室に行きましょう」
「えっ……」
「ほら、早く」
ぐい、と和が咲の手を引っ張る。咲は突然のことに抵抗する余裕も無く、控え室から引きずり出されてしまった。そして扉を閉めたその直後。
「う、うわあああああああん!!!」
控え室の中で、優希が久とまこに挟まれながら大泣きしていた。いつもの自分であればもっと稼げていたのに、全然和了れなかった。オリたせいで役満を親被りしてしまった。耐え続けるのが辛かった、苦しかった。様々な感情が一気に優希からあふれ出したのである。
「大丈夫、優希はあの面子の中でトップを守って帰ってきた。それだけでも100点満点よ」
「仇は久が取っちゃるけぇ、安心しんさい」
「うぅ……ぐすん……」
一度大泣きしてある程度落ち着いたのか、優希は久の体にひっつくと、小さな声で「お願い」とだけ呟いた。
「(……そろそろ大丈夫そうですかね)」
ちなみに麻子はというと、その展開を予測していたのか、優希が帰ってくる前に控え室から出て軽食スペースでもっちもっちと漉し餡の饅頭を頬張りながら、帰るタイミングを適当に計っていた。
麻子さんの出番が最後の数行だけという。
主人公#とは