仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

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お待たせしました、次鋒戦です。
次鋒戦はちゃんと前後編で終わります。……本当です(白目)


6話 逆風

 優希が対局室へ入った時には、既に他の3人は入室していた。

 

「よろしくだじぇ」

「よろしく……」

「よ、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

 

 三者三様といった様子の挨拶であったが、未春だけは優希に対して対抗心を隠そうとしていなかった。まるでキャプテンの敵と言わんばかりの表情である。厳密にはその相手は優希ではなく咲であるのだが、今ここで咲と戦えるわけではないため、未春は同じ高校である優希をターゲットしていたのである。

 席決めは既に優希以外の3人が引いており、残る牌はひとつだけであった。優希はその牌をめくり、そして口角を少しだけ上げた。

 

『それでは、次鋒戦開始です!』

 

 司会のその声と共に、対局室内にブザーが鳴り響き、対局開始を告げる。そしてその一瞬、対局室内に一陣の吹下ろしが発生したのを感じた。その発生源は親である優希であった。

 

 

―――

 

 

東一局 ドラ3

 

優希手牌:二三三四赤伍④⑤⑦⑧33348

佳織手牌:一一六八④⑥⑨12西白白中

未春手牌:六七八①③⑤⑦⑨東東東北發

智紀手牌:九④④⑧⑧赤578南西白白發

 

 ぱっと見からして、優希の配牌が非常に良い。二向聴ではあるものの受けが非常に広く、さらにドラが3枚あるという重量級の手牌でもある。未春も向聴数だけで見れば負けておらず、さらにこちらは鳴いて手を進めることも可能ではあった。しかし連続した両嵌系が地味に聴牌時の形を悪くしているほか、④に関してはこの時点で枯れている。そういった諸々の要素を考えたとき、軍配が上がるのは明らかに優希であった。3巡目のことである。

 

「リーチだじぇ!」

 

 あの後も立て続けに有効牌をツモった結果、驚愕の速度で聴牌までこぎつけることに成功したのである。だが、ここで動いたのが智紀であった。

 

「ポン」

 

智紀手牌:九④④4赤5南南西白白發 ⑧⑧⑧ 打西

 

『おーっと、龍門渕の沢村選手、一発消しのポンを入れた! ですが白は鶴賀の妹尾選手と持ち持ちになっています。このままでは和了るのは厳しいか!?』

『……妙だな。1回戦や2回戦で見せていた沢村は、こんな鳴きをする打ち手じゃなかったはずだ。原村や龍門渕のようなデジタル打ちの打ち手だと思っていたんだが……』

 

 無論、これは智紀がおかしくなった訳ではない。智紀は過去の優希の情報を基に対策を立てていた。それが、優希の一発目は消せるなら極力鳴いて消す、ということである。

 確かに智紀も基本はデジタル打ちであることは間違いないが、龍門渕高校にはオカルトの極地とも言える衣が在籍している。そのため、例えば嶺上開花連打や海底連打、東場に強い、南場に強い等、いわゆるオカルト系への理解もそれなりにある。故に優希の東場での爆発も、ただの偶然と一蹴することはしなかった。

 この爆発が10回に1回とか、そんなレベルであれば偶然と片付けて無視してしまっていたかもしれない。しかし中学生時代と今大会での彼女の牌譜を見て、智紀はそれが偶然ではなく必然だと感じていた。ならばそれに対策を立てなければならない。おそらく普通にしている分には、優希の速度に勝てないのは智紀も薄々感じていた。そして十中八九和了られることも。であれば、打たなければいけない対策は、極力優希の和了点を減らすことである。当然最高は0にすることだ。

 そして智紀は、優希の膨大な対局データを自前のアプリで解析する中で、ひとつの法則を見つけた。どうやらリーチ一発目に鳴かれた場合、その局においての優希の和了点がガクッと落ちているのである。さらに大きいのが、一度勢いを削がれると、その半荘で立て直すことが難しい、ということである。つまりこの鳴きは、この局においての点数を減らすと同時に、次の優希の勢いを削ぐ二段構えの攻撃になっていたのである。もっとも、これらは智紀の推測が全て正しければ、という前提はつくのだが……。

 

「(うー、これじゃないじぇ……)」

 

 優希は北をツモ切りした。その巡目の未春のツモは、智紀の予想通り5であった。これで優希は、智紀の鳴きによってメンタンピン一発ツモ三色赤1表ドラ3の三倍満(以上)を流されてしまったことになる。

 

 

 

「変じゃのぉ、沢村やらいう打ち手は、こがいな亜空間殺法みたいな打ち方はせんかったはずなんじゃが……」

「でも、優希ちゃんの一発目の高目が流されちゃったよ……」

「ぐ、偶然でしょう……」

 

 清澄高校控え室でも、智紀のその打ち方について話題になっていた。まこのリサーチでも、智紀はこのような打ち方をしていなかった。やはり入手していたのは、基本的にデジタル一辺倒な打ち方だったのだ。

 

 

 

「な、なんですのあの鳴きは!? 智紀らしくもありませんわ!」

「ま、まぁまぁ……」

 

 一方龍門渕高校控え室。こちらもこちらで智紀の打ち方について話題になっていた。と言うより、一方的に透華がヒートアップしていると言った方が正しい状況ではあるが。

 

「そーいやさ、智紀の奴、なんか秘策があるとか言ってたけど、もしかしてこれじゃね?」

「は?」

 

 純が思い出したように、智紀が残した言葉を復唱する。透華は目立ちたがりな部分はあるものの、大筋はデジタル打ちのため理解不能な様子であった。

 

「オレはなんとなく、智紀がしたいことはわからんでもないな」

「流れ、とかってやつ?」

「そんなトコだな。ただ、基本デジタルなアイツが何を以てそんな打ち方をしているのかは知らんが……」

 

 チームメイトでさえ理解しきれていたわけではない智紀の秘策。それは対局室内のみならず、各校の控え室、いや会場全体に効果を与えていた。

 

 

 

「……ツモ! リーヅモタンヤオドラ3赤1……裏2! 8000オールだじぇ!」

 

優希和了形:二三三四四赤伍③④⑤3334 ツモ4 ドラ3 裏ドラ三

 

 結局優希は最安目を引かされる形となった。とはいえ、それでも表裏赤ドラが豪華に乗ったこともあり、結果的には倍満という凄まじい手ではあった。その手を見て、5を引かされた未春の表情は若干青褪めていた。

 

「(龍門渕の人が鳴いた後にツモったこの5……もし誰も動いてなかったら、この5を引かれて数え役満を和了られてたってこと……!?)」

 

 そう、もし放置しておけば、優希はこの局、以下のようになっていたはずであった。

 

優希和了形:二三三四四赤伍③④⑤3334 ツモ5 ドラ3 裏ドラ三

立直 一発 ツモ タンヤオ 平和 三色 ドラ6 計13翻 数え役満

 

 初っ端から役満をかまされては、少なくとも次鋒戦内でそこから逆転するのは、全国区の魔物でもない限り難しい。だが、まだ倍満であれば半荘内で逆転するのも不可能ではない。そういった希望を繋ぐ意味でも、智紀の鳴きは非常にファインプレーと言えた。

 

 

―――

 

 

「ツモ、4100オールだじぇ!」

 

 東一局1本場。ここでも優希はツモ和了をした。但しこの手もまた、リーチと同時に智紀の鳴きが入り、手を下げられた格好であった。不可解な鳴きから2連続で優希の最高目をツモらされている未春は、ここで確信を得た。

 

「(間違いない、龍門渕の沢村さん……この人はこの変な鳴きをわざと入れてる……そして、清澄の片岡さんの最高手を的確に潰してる)」

 

 どうやら清澄高校をマークしていたのは風越だけではなかったらしい。そのことがわかり、一時的とはいえ思わぬ味方を手に入れた未春は少し安堵の息を漏らした。そしてこの違和感については、仕掛けられている方である優希も薄々感じていた。

 

「(東場では無敵なはずの私だけど……あの龍門渕のメガネの人の変な鳴きで邪魔されてる気がするじぇ……)」

 

 その予感は当たっていた。東一局2本場。

 

優希配牌:一三六七②⑤⑧⑧6799東南

 

 最早、最初にあった優希の勢いは影も形もなくなっていた。優希はこの時点で、この半荘の風が自分に吹き返していることを感じていた。この局は結局12巡目に未春が佳織から中ドラドラの5200+600点を和了り、親が動く形となった。

 

 そこからしばらくは、堅実な打ち手である智紀と未春が和了を奪い合う形となった。優希は勢いを連続で削がれたせいか、ほとんどの局で和了れる手にはなっていないか、和了れたとしても1000点程度の手である。だが、それでも優希は闘志を失ってはいなかった。

 

「(確かに今は、マークされてて邪魔もされてて、風はむしろ向かい風だじぇ。だけど、それでも私に出来ることはある! 今のこのリードを極力失わないように立ち回るんだ!)」

 

 優希は不利な状況の中、それでも懸命に打っていた。こんなところでへこたれるほど、優希の精神はやわではなかった。部活中の対局では、今のこの面子より遥かに酷い面子と打たされることもいくらでもあった。そんな中でも着実に地力を高めていた優希は、最早この程度のことで動じるような精神ではなかったのだ。実際、ここまでで、優希は振込みを一度もしていない。これは合宿前後から始めた、地力向上と精神力向上の特訓が生きている証であった。

 

 

―――

 

 

 ことが起こったのは南一局、優希の親番であった。ここまで佳織はことごとく他家に振込みをしていた。その打ち筋はどう見ても初心者そのものの打ち筋であり、狙い撃ちした訳では決してないのだが、出和了りは全て佳織からのものであった。そんな4人の手牌は以下の通りであった。

 

優希手牌:二九②⑥1234468西西中

佳織手牌:一伍六六八八①②②⑨477

未春手牌:二三伍七九22⑨南北北北白

智紀手牌:二七七④⑤⑤11289南中

 

 佳織は既にこの時点で七対子二向聴という配牌であった、しかし幸か不幸か、佳織はドがつく初心者である。とりあえず鳴かずに同じ数字か連続した数字を3つずつを4つと、同じもの2つを1つ、といった、最早ドンジャラとでも言うべき覚え方でしか役を認識していなかった。せいぜい覚えているのはリーチ、ツモ、対々、三色、あとはわかりやすい染め手くらいである。本来は七対子も覚えやすい役ではあったのだが、3-3-3-3-2の基本原則から外れることもあり、この時点での佳織にはあえて教えられていなかった。そのため佳織は、この手を二向聴とは認識していなかった。

 

 

 

優希手牌:⑥12344468西西發中 ツモ西

 

 5巡目、優希は南場だが珍しくツモが効いており、この時点で索子が溢れることなくメンホン一向聴という大物手を生み出していた。

 

「(大丈夫、南場でも諦めなければ、ちゃんと手はついてきてくれるじぇ……!)」

 

 南場であろうと、暫定トップであろうと関係ない。攻められる場所は攻める。引く場所は引く。今までの麻雀部内での特打ちから学んだことのひとつであった。優希はドラである打⑥とし、その手を進めた。それから2巡後。

 

「(来たじぇっ!)」

 

 あれから少し手変わりした優希は9をツモ、123444568西西西發から發を切り出し、メンホン一通のダマ満の手を張った。その同じ巡目のことである。未春が当たり牌である7をツモったのだ。その瞬間、未春の体に僅かな電流が走った。

 

「(っ……、ということは、これが清澄の当たり牌……もう張ってるんだ……)」

 

 未春はツモった7を手に入れ、代わりに6を手にする。未春の体には、特に異変は起こらなかった。

 

「(ということは、4-7あたりの両面かな……?)」

 

未春手牌:一二三四伍七九赤566北北北 ツモ7 打6

 

 そう考えつつ、未春は一見危険牌である6を何の躊躇も鳴く切り出した。

 

 

 

 それから11巡目まで進んでも、優希は一向にツモることができない。また、未春も同じく手が進まなかった。智紀は丁度今しがた張ったところではあるものの、二三四七七⑤⑤赤⑤12389と役無しペン7待ちであり、さすがにこの手でリーチをかけるのは躊躇せざるを得なかった。そんな中であった。

 

「ででっ、できました! リーチします!」

 

佳織河:伍①4⑥中九 9北東四⑨

 

 突如佳織がリーチをかけたのである。その河はまるで七対子を思わせるような河であったが、手牌をわざわざ3-3-3-3-2の形に分けていたためにそれは否定できた。となると何らかの面子手になる訳であるが……

 

「「「(なんだこの河は……)」」」

 

 三人の内心が見事に一致した。ちなみに佳織がリーチ棒を出すのを忘れていたが、未春が指摘してあげることで事なきを得た。その次巡、優希は現物である⑥をツモ切り、佳織は三をツモ切りし、未春の手番となった。そこでツモってきたのは④だった。

 

「(……でも、これも何も感じない。あんな変な手牌でリーチだったら、この辺でのシャボ待ちになっててもおかしくなさそうなんだけど……)」

 

 そんなことを考えながら、未春は当たらないと感じている④をそのままツモ切りした。実は未春の予想は半分当たっていた。智紀はスジにあたる③をツモ切り。智紀から見て⑤が4枚見えており、かつ①も3枚見えな上に佳織本人も切っているため通ると踏んでのツモ切りだった。その直後の優希。ここで優希は地雷を引いてしまった。

 

「(八かぁ……)」

 

 押すか引くか、ほんの少しの間考える。佳織が初心者であることに加え、あのへんてこな捨て牌であれば、ひょっこりこの辺で当たってもおかしくない。それに今の自分はトップである。なら成すべき事は何か。

 

「(……ここでこの八を切るような打ち方を教わった覚えはない。今は、なるべく回避して振込みを耐える時!)」

 

 優希は躊躇せず9を切って降りた。普通であれば、この判断は正しかったと言える。しかし、この時ばかりは運が悪かった。直後の佳織のツモ番のことであった。

 

「! つ、ツモです! 裏ドラは……ありません」

「……手牌は?」

「あっ!」

 

 手牌を晒す前に裏ドラを確認するおっちょこちょいな佳織に、思わず優希も微妙にジト目になりながら突っ込んだ。そして指摘されてようやく気付いた佳織は、そのツモ和了した手配を広げた。

 

佳織手牌:一一六六六八八②②②777 ツモ八

 

「リーチ、ツモ、対々……でしょうか?」

「「「!!?」」」

 

 開かれた手を見て、3人は驚愕した。リーヅモトイトイなんて2000・4000の手で済めばどれほど良かったか。

 

「そっ、それは四暗刻だじぇっ!?」

「ふぇっ、な、なんですかそれ……」

 

 突如焦りだした周囲につられ、何故か和了った本人である佳織も慌て始めた。もっとも、その役自体を知らなかったのであるから、仕方がないと言えば仕方がないかもしれない。そんな混乱する場の中、務めて冷静に、未春が補足をした。

 

「最も出やすい役満……子ですから8000・16000です」

「そ、そうなんですね……や、役満!?」

 

 和了った張本人が一番驚いているというカオス。点棒の受け渡しは無事に終わったが、ここで優希は少し後悔していた。

 

「(この八を切っておけば、リーチ対々三暗刻の満貫で済んでたじぇ……ぐぬぬ……)」

 

 そう、あそこで降りた八を切っていれば、傷口はもう少し浅く済んだのである。とはいえこれは結果論であり、それが見えていたのでもなければ八切りという選択肢はしなかったであろう。しかしながら、自分の選択の結果、傷口が広がってしまったという事実に、優希は少しの間悔しがっていた。

 

 

―――

 

 

『次鋒戦、前半戦終了ー! トップは東一局で連続和了を見せた清澄高校! 先鋒戦から更に得点を2万点ほど上乗せしています! そして2位は鶴賀学園! 振込み・ツモられ続きでしたが南一局の四暗刻が大きかった! マイナスを最小限に抑えています! 3位と4位の龍門渕高校・風越高校も振込み0・和了回数も十分ではあるものの、やはり大物手をツモられ続けたのが響いたか!? 勝負の行方は後半戦へと移ります!』

 

 結局あの後は、また智紀と未春で和了を競い合う形で半荘が終了した。二人は大物手を狙うタイミングに乏しかったのもあり、和了った回数は比較的多かったものの、優希のツモ和了の巻き添えを食って点数を大幅に落としてしまっていた。

 

「(……キャプテンから引き継いだ点数、減らしちゃった……)」

 

 休憩時間、未春は一人対局室に残りながら得点表示板を見て、心の中でそう呟いた。コーチからは増やして帰って来いと言われ、自分も増やす気で打っていたつもりだったが、結果はこの状況である。もっとも、未春は振込みを回避して防御を固めつつ、隙を見て堅実に得点を増やすタイプのため、大物手が飛び出しやすい優希とはそもそもの相性が悪いとも言えたのだが……。

 

「(……ダメ、今のままじゃ勝てない。……清澄を止めなきゃ……!)」

 

 未春の中で、無意識の内に何かのスイッチが入った。キャプテンを悲しませたくない。キャプテンには笑顔でいてほしい。コーチの、皆の期待に応えたい。その純粋な気持ちによるものだったのかもしれない。それによりこの対局室の空気が一変したのであるが、それに気付く者は誰もいなかった。




ともきーのパソコンは決して飾りじゃないのです。
ちなみにみはるんの当たり牌回避能力は、ゲームでの能力を反映したものとなります。

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