……後編でも収められなかったよ(白目)
東四局 ドラ
咲 手牌:
睦月 手牌:
純 手牌:
美穂子手牌:
配牌は全員がそれなりに良いといった感じの様相で、特に平和手が見えている美穂子の手は親としてかなり良いと言えた。また、前の2局と違い、今回は純が流れに干渉できそうな手牌であったことも大きい。最初は美穂子か睦月が真っ先に聴牌するかと思われていたが、美穂子は立て続けに不要牌を引き、足踏みしていた。対する咲は連続で有効牌を引いているのか、2回とも手出しでの字牌切りであった。
「ポン!」
3巡目、またも咲の手出し牌であるを純が鳴き、ツモずらしと共に小三元へ一歩近付いた。そしてずれた先にきたツモは
。偶然ではあったものの、先ほど切った牌が帰ってきた形となる。
「(うーん……あまりよろしくないツモねぇ……)」
美穂子は苦しい表情でツモ切りした。だが、その直後の咲の捨て牌がであったことから、ある程度の効果はあったらしい。続く睦月のツモは
。本来は美穂子に入るはずの牌であったが、それが流れてしまった形になる。かくして
の好形一向聴となった睦月は、そこから打
とした。実は有効牌の入り方だけで言えば、睦月は他3人と比べても非常に早いものであった。
「ポン」
睦月の余剰牌となったを、今度は咲が鳴くことで手を進めることに成功した。また、この鳴きにより、またもツモがずれ、睦月には不要牌の
が流れてきた。勿論睦月はそれはツモ切りする。その直後の純は、ツモ
で
とすると、
を切って小三元一向聴とした。
『龍門渕、この早さで小三元一向聴だー! をツモれば大三元も見えてくるか!?』
『だが鶴賀の速度もかなりのものだ。聴牌するだけならとかなり幅広い。その速度に龍門渕が追いつけるかも問題だな』
解説陣の実況にも熱が入る。そんな中、美穂子の手もまた、他家の手と絡み合うように進んだ。ツモは。奇しくも睦月に入った牌と同じである。鳴いていなければ咲がツモっていた牌であるが、咲にとっては不要牌であったので、単純に流れてきた不要牌が偶然にも有効牌になった形と言える。
「(……あの子、またカンからの嶺上開花を狙っているのかしら……なら……)」
美穂子はここであえて、の搭子を残して打
の一向聴とした。咲が
を加槓してくることを見越した打ち方である。
『おっと、風越の福路選手、両面搭子から切り出しましたがこれは……』
『清澄の宮永がをカンしてくることを見越したのだろう。槍槓狙いだろうな』
『い、いや、しかし、そんなものを狙えるものなんでしょうか……』
靖子の解説に男性の司会が困惑する中、局面は進んでいく。咲は不要牌であるをツモ切り。睦月も
をツモ切り。そして純の手番で局面が動いた。
『おーっと龍門渕の井上選手、をツモって小三元聴牌です!』
純が単騎ではあるが聴牌までこぎつけたのだ。さらに便乗するように、美穂子も
をツモって聴牌した。但しリーチをすると咲に聴牌したことが伝わってしまう上、他の2人も高い手を張っているか一向聴辺りであることが予想されたため、リーチはかけずにダマで待っていた。その咲はまたもツモ切り。生牌の
をそのまま場に叩きつけた辺り、こちらもそれなりの手が出来上がっていることは3人も感じることが出来た。その同じ巡目であった。
「リーチ……!」
睦月が逆転を狙ったリーチをかけた。赤
から
をツモ、
切りでの
-
-
・
-
の5面張であった。仮に振込みが無くともツモ狙いでも十分勝算がある手である。そしてこれで割を食ったのが美穂子であった。
『おーっと、風越の福路選手、ここでをツモってしまったぁ!』
『これは回し打ちだろうな。流石にここでを切るような暴挙はしないだろう』
ここで美穂子は、今の場を両目で改めて見渡した。そして高速でこの局面についての思考に入る。
「(津山さんは牌の並べ方、切り出し方から見て、おそらく索子の多面張ね。それと、井上さんはおそらく字牌をまだいくつか持っている。の位置からして、
を複数持っているから切れない。
単騎か
のシャボ待ちが本線ね。宮永さんはおそらく萬子と筒子で染めている。多いのは筒子のほうかしら。
の出した位置からして、
より下の萬子はほぼ持っていない。なら、今切るべきはこれね)」
この間、僅か3秒。美穂子は打とし、聴牌を崩して回った。仕方がないとはいえ、しかしそれでも欲に囚われず状況を冷静に分析して振込みを回避するのは流石と言える。だが、その下がった一歩が致命傷となった。続く咲のツモ番。美穂子を嘲笑うかのようなタイミングで、咲は動いた。
「カン」
「!」
咲はを加槓したのである。もし直前に美穂子がツモっていたのが
でなく他の安牌であれば、ここで刺せていたはずであった。しかし現実は、美穂子が一歩退却したことによりできた隙に滑り込んできた。あまりの間の悪さに、思わず美穂子は視線を落とした。
「もういっこ、カン」
「「「!!」」」
3連続目の連続槓。咲は、ツモってきた牌を手牌に組み入れ、連続で槓子を晒して見せた。咲の瞳から、眩いばかりの桃色の炎が揺らめいていた。
『おおっと、宮永選手、本日3回目の連続カンで嶺上開花!』
咲手牌:
ツモ
「カン」
『……は……?』
嶺上開花見逃しでの3連続目の槓。あまりの異常事態に、解説陣も言葉を失っていた。そして対局している3人には、咲の様子が大きく変わったことがはっきりと見えていた。咲が嶺上牌へ手を伸ばしたとき、咲の腕からは竜巻とも言うべき激しさの風が鋭く王牌へ向けて吹きつけ、その豪風に桃色の花弁が乗って鋭く王牌を貫いていたことを。そしてその手が引き戻される瞬間、風が周囲に一気にはじけ飛び、自分達の方へと襲い掛かってきたことを。
「……ツモ、嶺上開花、タンヤオ、対々、三暗刻、三槓子、赤1。4000・8000です!」
。
咲和了形:
ツモ
咲がその和了を繰り出した瞬間だった。咲の両目から、鮮やかな桃色の炎、そして稲妻が同時に走った。
「「「っ!!?」」」
敵対する者にとっては、一瞬ながら吐き気すら催すオーラをモロに受けてしまった3人は、一瞬うずくまるような姿勢をとった。そしてそのオーラを受けたのは、この3人だけではなかった。
―――
「ひぇっ……!?」
「うっ……!?」
「っ!?」
「……!?」
鶴賀学園控え室。その中では、人一倍感受性が強い、次鋒である妹尾佳織がひきつったような声を出しながら、絶望の表情を浮かべていた。そしてその横では、副将である東横桃子、大将である加治木ゆみもオーラにあてられ、吐き気とまでは言わずとも苦しそうな表情を浮かべていた。そういったものには鈍感な、中堅であり部長である蒲原智美でさえ、いつも浮かべている笑顔が顔から消えたほどであった。
「っ!? な、なんなんですの!?」
「こ、これは……!」
「こ、衣より遥かに酷いよ……!?」
龍門渕高校控え室。こちらでも鶴賀学園と同じように、画面越しで尚メンバーが咲の押し潰さんとするオーラにあてられていた。もっとも、龍門渕高校には衣という、咲と似たようなオーラを放つ魔物が在籍していたため、鶴賀学園よりはまだマシな反応であった。それでも、その衣を遥かに凌駕するレベルのそれを感じた3人は、咲に対して画面越しでありながら恐怖の感情を浮かべるのであった。
風越女子高校控え室。元々のメンバー数が多い関係上、控えや何やらを含めて控え室にいるメンバー達の数が4校中最も多いここは、その中でも最も悲惨な状況になっていた。並レベルしかない打ち手は、画面越しであるにもかかわらず吐き気を催す阿鼻叫喚の地獄が広がっていた。本来ならそれを止めるべき存在であるはずの、コーチである久保貴子もまた、そのオーラに呑まれて何も出来なくなっていた。
「(なっ……何だこれはっ……!?)」
少しでも気を抜くと、下手すれば意識すら失うのではないか、そう思わせる程の圧力を、今まで貴子は麻雀で受けてきたことがなかった。昨年の天江衣でさえ、画面越しでここまでなることはなかった。見ている分には単純に強い打ち手としか見えていなかったのである。それがどうだ。今年、今ここにいる1年生……、いや、その皮を被った、魔王とでも評するべき怪物は、一瞬ではあったが画面を越えて自分達にまで牙を向けてきた。まるで蛇に睨まれた蛙であるかのように動けなくなった貴子が出来たことは、その場でただカタカタと震えることだけであった。
―――
南一局。純は焦っていた。先ほど受けた強烈な、圧倒的なオーラに加えて、親である咲の手牌から発せられる強烈なオーラにもあてられていたのだ。
「(まずい、感じる……奴の高い手の流れを!)」
「(……龍門渕の井上さん、相当焦っているわね……これはまずい状況なのかしら)」
とにかく鳴いて流れをずらさなければ、咲に強烈な手を和了られてしまう。鳴くか、あるいは咲より早く手を作らなければならない。しかし3連続で連続槓からの嶺上開花という、確率論で考えれば異常極まりない和了を繰り出した咲は、既に自分の流れに乗っている。純はそう読んでいた。そしてそれは事実であった。
咲手牌: ドラ
配牌から既に筒子11枚という、あまりに極端な配牌であった。しかも余剰牌もとヤオチュウ牌であり、自然に切れば染め手の判断もつかない。天和ほどではないものの、こういった手牌が来ることは滅多にない。このまま放っておけば最低でもダマハネはいってしまう。そして勢いに乗ったまま連荘されかねない。普段はこういった思考にはならない面々ではあるが、咲の暴れっぷりを既に目撃している以上、それが再来する可能性は常に考慮していた。
「(っ、鳴けるか!?)」
「(そっちじゃないわ……)」
何とか流れを変えようと、純は美穂子が鳴きそうな牌を片っ端から切るものの、そのどれもが不発していた。そうこうしている内に4巡が経ち、咲から発声がかかった。
「ポン」
「(っ、自分から鳴いた……!?)」
咲手牌:
打
咲が純からを鳴いた。これは純としては意外な展開であった。仮に純が咲の立場であれば、鳴かずとも良いツモが続くと踏んでダマハネを狙いに行くところである。しかしながら、咲の考えは違った。
「(これが一番早く和了れる打ち方。そしてこれが……私の打ち方!)」
嶺上開花。山の上で花が咲く、という意味を持つ役。自分の名前と同じ、そして姉に初めて教えてもらった麻雀の役。森林限界を超えた高い山の上、そこに花が咲くこともある。おまえもその花のように強く……そう言っていた姉に見せたい。私はここまで打てるようになった、強くなった、と。ちょっと道を外したこともあったけど、それでも今は自分の打ち方でここにいるんだ、と。
しかし、この鳴きで流れが変わったのか、咲は数巡の間ツモ切りが続いていた。もっとも、この間他家も筒子をツモっていなかったので、結果的には咲の聴牌速度としては影響は無かったと言える。だが、ここで思わぬ手が転がり込んできた者がいた。
睦月手牌: ツモ
「(……これは……)」
ツモがずれたことにより、有効牌が立て続けに転がり込んできた睦月。8巡目、結果として最も早く聴牌したのは睦月であった。そして聴牌を取れた睦月は、ここで選択を要求された。現物を切って出和了りが片和了りの-
で待つか、現物ではない
を切って
-
で待つか、である。
「(……普通なら、現物のを切るほうがいいに決まってる。それは私にもわかってる。だけど、左にいるあの怪物は、そんな普通で倒せる相手じゃない……このまま座していても、今よりもっと点数が減るだけ……ならば!)」
津山睦月は、一世一代の賭けに出た。一人負けしている、という背景もあったが、普通に打っていては勝てない相手だと判断し、あえてリスクのあるを選択したのである。
「(……あら? このタイミングで切り……)」
「(……鶴賀の、聴牌したか……最悪清澄に和了られなければ、鶴賀に和了らせるのもいいかもしれないな)」
純はいけそうなら差し込みも考慮に入れていた。それだけ咲を恐れ、なるべくなら勝負しまいと逃げていたのである。美穂子も可能であれば点数は積むが、基本は咲に和了られないのを第一としていたので、似たような立場であった。そして睦月も、それに合わせて逃げ回っていた……はずだった。
「カン」
咲手牌:
をツモった咲は、予定通り
を加槓した。次の嶺上牌が
であることが見えていたからである。しかしそれをツモる手は動かなかった。否、動けなかったのだ。何故なら、嶺上牌をツモろうとした瞬間、咲の周囲に黒い闇の塊がいくつも現れ、咲の動きを拘束していたからである。
「(な、何が起こった!?)」
純にもその光景は見えていた。最初、その闇は咲から発せられたものだと考えていたが、苦しそうな表情を見るにどうやら違うようだ。そして少し場を見渡して、純はようやくその発生源を見つけることが出来た。
「ろ、ロン、だ……槍槓ドラ3、40符4翻は8000。その槓、成立せず!」
睦月和了形: ロン
(槍槓)
若干震えた声の和了宣言と同時に、睦月が持つ剣から斬撃が飛び、闇ごと咲は切り払われ、後ろに大きく吹き飛ばされた。……無論ここまで、睦月の和了以外は幻覚の類であることは確かである。しかし、力無き者が立ち向かい、一瞬の隙を突いて咲から直撃を取ったのは現実である。この事実は純と美穂子に大きな衝撃を与えた。
「(槍槓……そっか、そういったやり方もあるんだね。ひとつ勉強になったよ)」
槍槓を当てられたにもかかわらず、咲はどこか納得したような表情で笑顔を浮かべていた。今までこういった形で嶺上開花を止められたことが全くと言っていいほどなかった咲にとっては、ひとつのいい勉強になった、と捉えていたのである(なお麻子と対局したときは、そもそも嶺上開花どころか槓すらまともにさせてもらえないことがほとんどであった)。自分の戦法の裏をかかれても、それを前向きに捉える心。和から貰った言葉が咲の中で生きている証だった。
覚醒した結果、咲さんは画面越しでも相手校に影響を与えられるようになってしまいました。
そんな化物に立ち向かい、一矢報いた睦月さん。……原作では影が薄かったから活躍させたいと思った結果、こうなりました。
本当は純さんと美穂子さんももっと活躍させたかったんですが、私の技量では無理でした。ごめんなさい。
追記(2019/8/20):途中の咲さんの手牌状況描写が完全に抜けてたので付け足しました。
自分では描いてるつもりでいましたが、読み返したら完全にすっぽ抜けてました。失礼いたしました。
ついでに何故か赤⑤が消滅するバグ()もあったためそちらも修正しました。