仁川麻子の高校生活   作:ぷよん

8 / 28
8話 雀荘

 麻子の鮮烈な麻雀部デビューから約一週間後。麻子、咲、京太郎の3人はいつも通り、3人で話しながら登校していた。但しこの日は休校日であり、いつもより歩いている生徒も少なかった。

 

「そーいやさ、二人は麻雀部に入って大体一週間経ったけど慣れた?」

「私は楽しいよ! 家族以外の人とも打てるし、勝つのも楽しい! ただ……」

 

 咲は一度そこで言葉を切り、すこしトーンを落として話を続けた。少し寂しそうな顔だった。

 

「なんか私達が原村さんに避けられてる気がして……部活に入ってからあんまり話せてないし」

「インターミドルチャンピオンとしては複雑なんでしょう。どうやら雑誌でも天才とか色々取り上げられていたみたいですが、そんな彼女がぽっと出の宮永さんに連続±0を決められて、悔しいのではないでしょうか」

 

 いつもの感情が読めないうっすら笑顔で、その原因と思われる部分を指摘する麻子。その指摘に、京太郎がおいおいと呆れたような表情で突っ込んだ。

 

「言っとくが麻子も原因の一端を担ってるからな? でもまぁ、もう勝つことの楽しさも知ったんだし、±0で打たなくてもいいんだろ?」

「まぁ、それはそうなんだけど……」

 

「そこの3人、止まれ!」

「!」

 

 丁度そのタイミングだった。優希が、少し高台になっている道の塀部分から飛び降りてきた。何故かその手にはタコスが握られている。

 

「とぅっ」

「なんでそこでタコス食ってんだよ……しかも朝から」

 

 今度こそ呆れた表情と声で京太郎が突っ込む。それに対し優希は、何を当然のことを、と言わんばかりの表情で力強く返した。

 

「私はタコスが切れると人の姿を保てないのだ!」

「じゃあ何になるってんだよ……」

 

「 私 自 身 が タ コ ス に な る ! 」

 

「「「……」」」

 

 もう何も突っ込むまい。京太郎のみならず、3人の内心が一致した瞬間であった。

 

 

―――

 

 

 麻雀部。清澄高校の離れにあるその部室の扉を開いた先にいたのは、和一人であった。その雀卓には、すべて開かれた山と4人分の手牌、そして何かが書き込まれた手帳があった。

 

「ぃよーう! 今日はのどちゃんだけか?」

「部長は遅れて来るそうです。そうメールが来てました。まこさんはお店のお手伝いで今日は来られないらしいです」

「そっかー、おい京太郎、お茶入れるの手伝え!」

「はいはい……」

 

 優希と京太郎は、お茶を用意すべく部屋の端にあるティーポットのほうへと移動した。その間に咲は、卓上で何かをしている和のほうへと歩いていった。

 

「な、何していたんですか、原村さん」

「全ての山を開いて、一人で打ってたんです。でも……山がわかってても、毎局±0で終わらせることは簡単ではありませんでした」

 

 そこで和は一度立ち上がり、咲のほうに改めて向き直った。

 

「宮永さん、打ってください。そして、見せてください。宮永さんの本気を」

 

 その顔は真剣そのものであった。そんな二人を尻目に、麻子は京太郎と優希の下へと向かった。

 

「すみません、少しベッドをお借りします」

「あさちゃんはおねむさんかー?」

「まぁそんなところです……」

「なら麻雀は俺達が入りますか」

 

 二人に伝えた上で、麻子はベッドへ倒れこむ。登校時はあまり見せないようにしていたが、この体になってから体が疲れやすくなっていた。と言うより、エネルギーが足りないように感じていた。今のこの体は、どうも普通に食べ物を食べるだけでは吸収効率が悪いのかどうかはわからないが、エネルギーが足りないらしい。麻雀に差支えがあるわけではないのだが、単純に日常生活に影響が出始めたのがまずい、と麻子は感じていた。しかしベッドに倒れこんだが最後、麻子でもその魔力に抗うことは出来ず、対策を考える間もなくそのままはすやすやと眠り始めた。

 

 

―――

 

 

「……!?」

「あ、あさちゃんがめーさましたじぇ!」

 

 目を覚ました麻子が初めに見たものは、文字通り目と鼻の先くらいにある優希のどアップの顔であった。流石の麻子といえども、そんなモーニングドッキリを喰らったことはなかったため、思わず体をビクンと反応させてしまった。

 

「おー、おはよう麻子ちゃん。疲れは取れたかしら?」

 

 椅子に座っていつものお茶を飲みながら、久が麻子に声をかけた。その傍らには、何かの資料と思しき紙の束が何部か積まれていた。

 

「ある程度は……ところでこれは?」

 

 麻子が指差した先には、『目指せ 全国高校生麻雀大会 県予選突破!!』と大きく書かれたホワイトボードがあった。

 

「あーこれね、麻子ちゃんが目を覚ましたら説明しようと思ってたのよ。まぁ見たまんまなんだけどね、来月頭に全国高校生麻雀大会、インターハイの県予選があるの。というわけで、私達はまずそれを突破したいと思います!」

 

 そう力強く宣言しながら、久は傍らにあった資料を部屋の中にいる皆に渡し始める。どうやらインターハイのルールやいわゆる競合校の牌譜が書かれているようだ。同じものが部内のPCにもあるようで、優希はそちらの方で確認するようだ。

 

 

―――

 

 

【基本ルール】

・喰いタン、後付あり

・現物以外の喰い替えあり

・一発、裏ドラ、槓ドラあり

・不聴罰符は場に3000点

・王牌は14枚残し

・和了は頭ハネのみ

・サイコロは一度振り

・和了止めなし

 

【立直関係】

・立直後は取り消し不可

・立直後の和了選択可能(但し一度見逃した後はフリテンとなる)

・不聴立直は流局後満貫相当の支払い(チョンボ)

・オーラス終了時のリーチ棒は供託されたままとする

・ツモ番がない状態でのリーチ可

・オープン立直なし

 

【連荘と流局】

・不聴は親流れ

・形式聴牌可

・九種九牌、四家立直、四槓流れは途中流局とし、連荘で再開

 

【槓関係】

・槓ドラ・裏ドラあり

・大明槓による嶺上開花の責任払いあり

(フリテンでも成立)

・国士無双における暗槓の槍槓あり

・嶺上開花と海底撈月の重複なし

・立直後の暗槓は手牌構成が変わらない場合に限りあり

(手役の増減は認める)

 

【役満の包】

・大三元、大四喜、四槓子を確定させる牌を鳴かせた者に適用

・ツモ和了は全額責任払い、出和了は放銃者と折半

(積み場は放銃者負担)

 

【フリテン・チョンボ】

・同巡内の和了選択不可

・フリテン立直あり

・誤ロン、誤ツモは発声のみでもチョンボ

・錯ポン、錯チー、多牌、少牌はチョンボ

(ポン、チー、カンの発声だけの間違いはアガリ放棄)

・見せ牌はその局に限り、その牌での出和了不可

(ツモ和了は認める)

 

【和了点】

・30符4翻、60符3翻の切り上げなし

・13翻から数え役満、数えダブル役満はなし

・ダブル役満なし

・連風牌の雀頭は4符

・嶺上開花におけるツモ符はなし

・發なし緑一色あり

 

 

―――

 

 

 このルールを見た麻子がまず抱いた感想は、競技ルールの割に運要素に満ち溢れている、という点であった。一発裏ドラ槓ドラすべて認める上、赤牌も混ぜて……となると、実力よりいかにそれらの牌を効率よく引き込めるか、という勝負にもなりかねないと感じていた。但しこと麻子にいたっては、こういった乱戦模様になる麻雀はむしろ歓迎といったところではあった。元々のフィールドを考えれば当然ともいえる。

 次に麻子が気になったのは、先鋒から大将までのオーダであった。極端な話、麻子がものすごく頑張れば、先鋒で全戦を片付けてしまうということも不可能ではなかった。しかしながら傀時代とは異なり、今の女子高生の体でそれを行おうとすると体力がまずもたないであろう。そういった意味では今の体は結構不便と言えた。となれば5人をきっちり配置しなければならないが、今この麻雀部に所属しているのは6人。必然、誰かが溢れてしまうことになる。さてどうするつもりなのか、と麻子が久に聞こうとしたまさにその時、PCで牌譜を確認していた優希が変な声を上げた。

 

「じぇっ……わ、訳わからないんですケド、この人……」

 

 優希が見ていたのは去年のインハイ決勝、大将戦の牌譜だった。その声に反応した久が、後ろから説明を始めた。

 

「ああ、龍門渕の天江か」

「咲ちゃんより変だじょ……」

「6年連続県代表だった風越女子が去年は決勝で龍門渕に惨敗したのよ。天江を筆頭とした1年生5人組に、手も足も出なかったの」

 

 久のその言葉に少し興味が出た麻子は、優希の後ろから軽く牌譜を覗いた。その牌譜を見て、麻子はすぐにその異常性を理解した。咲が何度も嶺上開花で和了るのであれば、衣は海底撈月で何度も和了っているのである。そうかと思えば突然一段目以内での跳満倍満の高額手を連発してみたり、かと思えばまた海底撈月を出してみたり。更にはその海底撈月の際では、一部の局において他家がほぼ完全な一向聴地獄に陥っていたりもしていた。しかも他家の和了をほとんど許していない。はっきり言って、麻子から見ても十分異次元の闘牌をしていたのである。だが、普通の人は見るだけで軽く何度も絶望できるような牌譜を前にしても、優希は暗い表情を見せていなかった。

 

「だが今年は、のどちゃんたちを擁する清澄の1年がそいつらを倒す!」

「え、俺も?」

「京太郎は無理だじぇ」

「わかってたけどひでぇな!?」

 

 元気に宣言しつつも京太郎いじりを忘れない優希。京太郎本人は激しく突っ込みを入れてはいたものの、それ自体はまんざらでも無さそうであった。そんな夫婦漫才のようなやり取りをしている2人を尻目に、麻子は久に、インハイにかかわる重要な質問をした。

 

「オーダはもう決まっているのですか?」

「案はもう出ているわ。とは言っても私が決めたんじゃなくて、まこが出してくれたんだけどね。でもそれについては本人から話を聞いたほうが早いでしょう」

「そうですね。でも今日は染谷さんは来られないと伺いましたが……」

「ええ、今日は実家の雀荘のヘルプに入っているのよ。……あ、そうだ。もしよければ咲ちゃん、和ちゃんも一緒に行ってみない? さっきまこからメールが来たんだけど、手が足りないから手伝える人員が欲しいって言ってたのよ」

 

 久が何かを企んだような顔で、3人にまこの雀荘へ行くようけしかける。とはいえ別段麻雀部以外に何かの用事があるわけではなかったので、行くこと自体は了承した。咲、和も特にそれ自体に異論はないようだった。久、優希はこの後学園祭の準備があり、京太郎はその手伝いとして残らなければならない、とのことで、麻子、咲、和の3人で行くこととなった。その行く準備を済ませ、いざ出発といったところで、麻子が久に近付き、囁いた。

 

「……ところで、実際のところは?」

「ありゃ、ばれてたか。……実はね、私の知り合いにプロ雀士がいてね、まこの店の常連なの。それで、あの二人をしごいてもらおうと思ってるのよ。いろんな強い人と打つのも経験でしょ?」

 

 悪い顔をしたまま、久が麻子にネタばらしをする。勿論2人には聞こえない小さな声で。麻子も特に異論はないようで、久に対して肯定的な返事を返した。

 

「そうですね。雀荘なら特に様々な打ち手がいますから勉強になるでしょう」

 

 そう言いながら麻子は過去の経験を思い出す。思えば様々な打ち手がいた。その中でもよく打っていたのは、安永というプロ雀士だったか。どうやら世界線が違うようで、こちらでは調べてもその名前は出なかったが、彼は元気にしているだろうか。麻子は少しだけ、もう会うことはない知り合いに思いを馳せた。

 

 

 

「……っべっくしょい!」

「また豪快なくしゃみですね、先輩」

「風邪でもひいたかねぇ……ったく、ようやく傀が死んだことを受け入れられたってのに……精神の次は今度は体かヨ」

「病は気から、って言いますしね。しっかりしてないと、傀さんに天国から笑われますよ」

「傀が天国に行くようなタマかよ。奴は間違いなく地獄行き確定だ。そんでもってその地獄を調伏してしまうだろうよ」

「確かに、傀さんならやってしまいそうですね……」

 

 

―――

 

 

「(……ここが地獄か)」

 

雀荘『roof-top』。まこの実家が経営する雀荘である。そこでヘルプとして裏口からスタッフルームに案内された3人は、そこで驚愕の制服を渡された。

 

「め、メイド服~!?」

「世間ではネット麻雀がはやっとるけぇのぉ、客寄せの戦略じゃ。メイド雀荘というやつじゃ」

「……………………」

 

 3人はまこに渡された制服、すなわちフリフリで短いスカートのメイド服を着させられていた。ちなみにまこはロングスカートのタイプの方を着ている。せめてどうしてそちらの方を渡さなかったのか。麻子は内心頭を抱えた。普通の制服にはもう慣れたとは言っても、それとこれとは話が別である。元々女だったとしても大半は恥ずかしがるであろうその服を、よりによって何が悲しくて元男の自分が着ないといけない。何の罰ゲームなのか。しかも自分の体は残念ながらメイド服が映えそうなほどスタイルはよくない。むしろ身長低いちんちくりんの子どもがコスプレさせられるとか哀れにも程がある。とんだ二重苦を背負わされるとか罰ゲームにしても酷すぎる。これが前世でやらかした報いだと言うのか。

 

「(……そういえば出る前に竹井さんがまだ何かを隠しているような顔をしていましたが……これだったんですね。それで自分はうまく学園祭の準備で逃げた、と……)」

 

 麻子は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の部長をボコさねばならぬと決意した。その怒りのオーラたるや、麻子が隠していても隠し切れず、まこは引きつり咲は怯える反応をする程度にはダダ漏れであった。

 

 

―――

 

 

 とはいえ、いくらなんでも客に八つ当たりするほど麻子の精神は弱くない。むしろ麻雀に対しては、仕返しこそあれど八つ当たりというものをしたことは一度もなかった。麻子はそれほど麻雀が好きだったのである。勿論、イカサマをされれば倍返しするし、通し等で不正に手を組まれればあの手この手で相手を圧倒的な力でねじ伏せてきた。また、数少ない負けた相手には、必ずリベンジを果たしても来た。

 そんな麻雀大好きな麻子は今、スタッフとして良い感じに手加減をしながら、そして内心の超絶不機嫌をいつもの笑顔で(少なくとも一般人相手には)完璧に隠しながら、何故か役目となってしまった客対応をしていた。メイド姿で。しかしどうやらこの店の客はマナーが良いようで、かわいいとは言われてもセクハラを受けることは不思議と一度もなかった。まぁそもそもセクハラされるほど扇情的な見た目ではない、むしろちんまいせいでアンバランスさが出ていたというのも理由のひとつにあるかもしれない。そんなことを考えたり考えなかったりしていると、近くの卓から声が聞こえてきた。

 

「(……なるほど、あの方がプロ、ですか)」

 

 横目で見た先には、咲と和が、黒い服を着たカツ丼を食らっている女性に、それはもうコテンパンに叩かれている光景が見えた。少なくとも今の咲を余裕を持って下せる辺り、相当な実力を持っていると見えていた。どうやら今回の対局で5連勝目らしい。その近くでは、まこがそのプロ――藤田靖子について補足の説明をしていた。

 

「(……後でお手合わせ願いましょうか)」

 

 そう思いつつ、うっかりちょっとだけ本気を出してしまった麻子は、その対局のラス親で倍満を連続ツモ和了し、トップになったのであった。

 

 

―――

 

 

 それからしばらくして閉店時間となった『roof-top』。しかしそこにはまだ人影が残っていた。麻子、咲、和、まこ、そして靖子の5人である。本気で打ち合いたいと願い出た麻子は、客を巻き込むわけにも行かないため、こういった形でのエキシビジョンマッチを提案した。靖子もこの日は時間が空いていたため、それに乗る形で残っていた。麻子の対面に靖子が座る形となり、和と咲がその両脇を埋める形で座り、対局が開始された。と、ここで靖子が麻子の姿を改めて見つめた後、口を開いた。いつものクールな顔を僅かににへら、と崩しながら。

 

「しかしなんというか……かわいいな、麻子は! このまま抱きしめたい! ぎゅーってしたい!」

「突然何を言いよるんじゃあんたは……」

 

 麻子は恐怖した。おそらく生まれて初めて、生死ではない身の危険というものを感じた。こいつはやばいやつだ。とっととどうにかしないと自分の貞操にもかかわりかねない。変に頭が回り、自分が貞操のことを考えたのはおそらく生まれて初めてではないだろうか、とかそういった変な思考に至っているくらいには、麻子の精神は恐怖に支配されていた。

 

「……では、代わりに負けたら藤田プロがメイド服を着る、ということでしたら」

 

 自分だけ愛玩人形になるというのは真っ平御免だ。そもそも今のこの格好だって早く脱ぎたいのに、靖子が残るならその格好のままでとごり押ししてきたのだ。これ以上好き勝手させてたまるか。むしろ同じ目に遭え。麻子は最速で片を付ける決意をしていた。そのために、ではないが、客とのフリー対局で流れも作ってきたのである。

 

「はっはっはっ、いいだろう、できるものならな!」

 

 麻子は頭にきた。明らかに見下されている感が伝わっている。いや、本人は見下しているとか全く考えてないだろうし、そう感じているのは麻子だけであるのもわかっていた。ただこの服を着た状態で、明らかにかわいいかわいいと愛でる対象として見られていたのは、麻子としては我慢ならなかった。

 

「御無礼、4000オール」

「御無礼、18300です」

「御無礼、8200オール。藤田プロのトビで終了です」

 

 その後、おそらく至上最速での開幕御無礼乱舞により、スタッフルームで同じフリフリのメイド服を着た25歳の姿が発見されたのは言うまでもない。




全国の藤田プロ好きな皆さんごめんなさい。
別にロリコンにしようとは思ってなかったんや……。
まこが考えたオーダについては、次回判明します。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。