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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第1章 幼年期

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第八話「鈍感」

 6歳になった。



 生活はあまり変わっていない。

 午前中は剣術の鍛錬。

 午後は暇があればフィールドワーク。

 そして、丘の上の木の下で魔術の練習。


 最近は、魔術を使って剣術の補助的な動きが出来ないかと色々試している。

 風を噴出して剣速を上げたり、

 衝撃波を起こして自分の身体を急反転させたり、

 相手の足元に泥沼を発生させて足を止めたり……。


 そんな小手先の技ばかり考えているから、剣術の方が成長しないのだ。

 そう思う奴もいるだろう。

 だが、俺はそうは思わない。


 格闘ゲームで強くなる方法は2種類だ。


 一つ目は、相手より弱い能力で勝つ方法を考える。

 二つ目は、自分の能力を高くするために練習する。


 今現在、俺が考えているのは一つ目だ。

 課題としては、パウロに勝つこと。


 パウロは強い。

 父親としてはまだまだだが、剣士としては一流だ。

 二つ目だけを重視し、馬鹿正直に身体を鍛えていけば、

 確かにいつかは勝てるだろう。

 俺は6歳だ。

 十年経てば16歳、対するパウロは35歳。

 さらに五年経てば21歳、対するパウロは40歳。

 うん、いつかは勝てる。


 が、それでは意味がない。

 年老いた相手に勝った所で、

 「いやー、現役の頃だったらなー」と言い訳されるだけだ。

 脂の乗っている時期に倒してこそ、意味がある。


 パウロは現在25歳。

 第一線は退いたようだが、肉体的には一番いい時期だ。

 あと5年以内には一度ぐらい勝ちたい。

 できれば剣術で。

 でもそれは無理そうだから、魔術を織り交ぜた接近戦で。


 そう思いながら、俺は今日も脳内パウロ相手にイメトレをする。



---



 木の下にいると、高確率でシルフがやってくる。


「ごめん、待った?」

「ううん、いまきたとこ」


 と、待ち合わせのカップルみたいな事をいって遊びはじめる。



 最初の頃は遊んでいると例のソマル坊他クソガキ共がよってきた。

 途中から小学生高学年ぐらいの子供も混ざったが、全て撃退した。


 その度に、ソマルの母親がウチに怒鳴りこんできた。


 それでわかったのだが……。

 この奥さんは子供の事云々というより、どうやらパウロの事が好きらしい。

 子供の喧嘩をダシに会いに来ていたというわけだ。

 馬鹿馬鹿しい。


 かすり傷一つでウチまで歩かされるソマル君もうんざりしているようだった。

 彼は当たり屋ではなかったのだ。

 疑ってすまんね。


 襲撃があったのは5回ぐらいか。

 ある日を境にパッタリとこなくなった。

 たまに、遠くの方で遊んでいるのを見かけるし、

 すれ違う事もあるが、互いに話しかける事はない。

 無視することに決めたらしい。


 こうして、あの一件は、こうして一応の解決をし、

 丘上の木は俺たちの縄張りとなった。



---



 さて、クソガキよりもシルフの事だ。

 彼には遊びと称して、魔術の訓練を施している。

 魔術を覚えれば、クソガキを一人で撃退することもできるからな。


 最初の頃、シルフは入門的な魔術の5~6回で息切れしていた。

 だが、この一年で魔力総量もかなり増えてきた。

 半日ぐらいなら、ずっと魔術の練習をしていても問題ない。


 『魔力総量には限界がある』。

 この言葉の信憑性は実に薄い。


 もっとも、魔術の方はまだまだだ。


 特に彼は火が苦手だった。

 シルフは風と水の魔術を実に器用に操ったが、火だけはうまくできなかった。


 なぜか。

 長耳族(エルフ)の血が混じっているから?

 違う。


 ロキシーの授業で習った。

 得意系統・苦手系統というヤツだ。

 文字通り、人にはそれぞれ、得意な系統と苦手な系統が存在しているのだ。


「シルフ、火が怖いか」


 と、聞いてみたことがある。


「ううん」


 すると、彼は首を振ったが、手のひらを見せてくれた。

 そこには醜い火傷の痕。

 三歳ぐらいの時、親が目を離した隙に暖炉の鉄串を掴んでしまったのだという。


「でも、今は怖くないよ」


 と、彼は言う。

 けれど、やはり本能的に怯えているのだろう。


 そういう経験が、苦手系統に影響するのだ。


 例えば炭鉱族(ドワーフ)は、水が苦手系統になる事が多い。

 というのも、彼らは山の近くで暮らしている。

 子供の頃から土をいじって遊び、成長と共に父親について鍛冶を学んだり鉱石を掘り出したりして過ごすため、火と土は得意になりやすい。

 しかし、山で活動している時に、いきなり温泉が湧いてやけどをしたり、大雨で洪水になって溺れたりする事が多く、水が苦手になりやすい。

 といった感じだ。

 種族は関係ないのだ。


 ちなみに俺に苦手系統は無い。

 ぬくぬく育ったからな。



 別に火が使えなくても温風と温水は作れる。

 だが概念を教えるのが面倒だったので、火の魔術も練習させた。

 火はどんな時でも使えておいて損はない。

 サルモネラ菌は熱すれば死滅するのだ。

 食中毒で死にたくなければ、火は通さねば。


 シルフは苦戦しながらも、文句を言わずに練習していた。

 自分の言い出したことだからだろう。


 俺の杖 (ロキシーからもらったやつ)と、

 俺の魔術教本(家から持ってきたやつ)を手に、

 難しい顔で詠唱するシルフは美しい。


 男の俺ですらこう思う、

 将来、モテるんだろう。


(嫉妬の心は父ごころ……)


 どこからかそんな声が聞こえたような気がして、慌てて首を振る。


 いやいや。

 嫉妬しても意味はない。

 そもそも、そういう作戦じゃないか。

 イケメン友釣り作戦。

 シルフイケメン、オレフツメン、オンナヤマワケ♪


「ねぇ、ルディ。これなんて読むの?」


 脳内で歌っていると、

 シルフが魔術書のページを指さして、上目遣いで見つめていた。

 この上目遣いも強力だ。

 思わず抱きしめてキスしてしまいたくなる。

 ぐっと我慢。


「これはな、『雪崩(なだれ)』だ」

「どういう意味なの?」

「ものすごい量の雪が山に溜まった時、重さに耐え切れずに崩れ落ちてくるんだ。

 ほら、冬に屋根の上に雪が溜まった時に、たまにドサッと落ちてくるだろ?

 あれの凄いやつ」

「そうなんだ……すごいね。見たことあるの?」

「雪崩をか? そりゃあもちろん……………ないよ」


 テレビでしかね。


 シルフに魔術教本を読ませる。

 それは読み書きを教えるという事にもつながっていた。

 文字も学んでおいて損はない。

 この世界の識字率の高さがどれぐらいか知らないが、現代日本のように識字率が約100%というわけではないだろう。

 この世界には文字を読めるようになる魔術はない。

 識字率が低ければ低いほど、文字が読めるという事は有利になる。


「できた!」


 シルフが歓喜の声を上げた。

 見れば、見事に中級の水魔術『氷柱(アイスピラー)』に成功していた。

 地面からぶっとい氷の柱が生え、陽の光を浴びてキラキラと光っている。


「大分上達してきたな」

「うん! ……でも、この本にルディが使ってたの、書いてないよね?」


 シルフが首をかしげながら聞いてくる。


「ん?」


 使ってたの、と言われてお湯のことだと思い至る。

 俺は魔術教本をペラペラとめくり、二点を指で示す。


「書いてあるじゃん。水滝(ウォーターフォール)灼熱手(ヒートハンド)

「………?」

「同時に使うんだ」

「…………??」


 首をかしげられた。


「どうやって二つ一緒に詠唱するの?」


 しまった。

 自分の感覚で話してしまっていた。

 そうだね、口で二つ同時は無理だよね……。

 これではパウロを感覚派だと笑えないな。


「えっと。呪文を詠唱しないで水滝(ウォーターフォール)を出して、それを灼熱手(ヒートハンド)で温めるんだ。片方は詠唱してもいいと思うし、桶なんかに水を貯めて、あとから温めるのでもいい」


 実演してみる。

 シルフは目を丸くして見ていた。


 無詠唱での魔術というのは、やはりこの世界では高等技術に入るらしい。

 ロキシーは出来なかったし、

 魔法大学の教師にも出来る人は一人しかいなかったらしい。


 だから、シルフも無詠唱ではなく混合魔術を使っていくべきだろう。

 難しいことをやらなくても、似たような結果は出せるのだから。

 と、思ったが。


「それ、教えて」

「それって?」

「口で言わないやつ」


 シルフはそうは思わなかったらしい。

 そりゃあ、二つの魔術を交互にやるより、一発で出せたほうがよさそうに見えるか。

 うーむ。

 ま、教えてみて無理そうなら、

 自分で混合魔術を使っていくだろう。


「んー。そうだな。

 じゃあ、いつも詠唱中に感じる、体中から魔力が指先に集まっていく感じ。あれを詠唱しないでやってみるんだ。魔力が集まってきたな、と思ったら、使おうと思っていた魔術を思い浮かべて、手の先から絞り出す、そんな感じでやってみろよ。

 最初は水弾あたりからね」


 うーむ、伝わったかな?

 うまく説明できん。


 シルフは目をつぶってむーむー唸ったり、

 くねくねと変な踊りを踊ったりしだした。


 感覚でやっていることを伝えるのは難しい。

 無詠唱なんて頭の中でやることだ。

 人それぞれ、やりやすい方法も違うだろう。


 最初は基礎が大事だと思って、

 シルフィにはこの一年、ずっと詠唱させてきた。

 詠唱すればするほど、無詠唱は難しくなる。

 今まで右手でやっていたことを左手でやるのと同じように。

 今更変えろというのは難しいかもしれない。


「できた! できたよルディ!」


 と、思ったがそうでもないらしい。

 シルフは嬉しそうな声を上げて、水弾(ウォーターボール)を連発しだした。


 詠唱してたと言っても、所詮は1年。

 自転車の補助輪を外す程度の感覚でできてしまうものらしい。


 若さゆえの感性か。

 あるいはシルフの才能か。


「よし、じゃあ。今までに憶えた魔術を無詠唱でやってみろよ」

「うん!」


 なんにせよ無詠唱でやれるのなら、俺も教えやすい。

 自分でやってる事を教えていくだけだからな。



「ん?」


 と、ポツポツを雨が降り始めた。

 空を見ると、いつのまにか真っ黒な雨雲が空を覆っていた。

 一瞬の間を開けて、叩きつけるような雨が降ってきた。

 いつもは空の様子を見て、帰るまでは降らないように調整していたが、今日はシルフが無詠唱で魔術を使えたということで、油断してしまったらしい。


「あーあー、酷い雨だな」

「ルディ。雨降らせられるのに、やませられないの?」

「できるけど、もう濡れちゃったし、作物は雨が降らないと育たないからね。

 天気が悪くて困ってるって言われない限りはやらないよ」


 そんな話をしながら、俺たちは走ってグレイラット邸へと戻った。

 シルフの家は遠いからだ。



---



「ただいま」

「お、おじゃま、します……」


 家に入ると、メイドのリーリャが大きめの布を持って立っていた。


「おかえりなさい。ルーデウス坊ちゃま……と、お友達の方。

 お湯の準備ができています。風邪を引かないうちにお二階で体をお拭き下さい。

 もうすぐ旦那様と奥様が帰ってらっしゃいますので、わたしはそちらの用意をしています。

 お一人でできますか?」

「大丈夫です」


 リーリャはどしゃ降りを見て、俺が濡れて戻ってくると予測したらしい。

 彼女は口数が少なく、あまり話しかけてもこないが、有能なメイドだ。

 特に説明せずとも、シルフの顔を見ると家の中に取って返し、大きめの布をもう一枚持ってきてくれた。


 俺たちは靴を脱いで裸足になり、頭と足元を拭いてから二階へと上がった。


 自室に入ると、大きな桶にお湯が張ってあった。

 この世界には、シャワーというものはもちろん、湯船にお湯を張るという文化もない。

 ロキシーの話によると、温泉に入る種族はいるらしいが。

 ま、風呂嫌いの俺としては、こんなもんでいい。


「ん?」


 俺が服を脱いで全裸になった時、

 シルフは顔を赤くしてもじもじとしていた。


「どうした? 脱がないと風邪引いちゃうぜ?」

「え? う、うん……」


 しかし、シルフは動かない。

 人前で脱ぐのが恥ずかしいのか……。

 あ、いや、まだ一人で脱げないのか。

 しょうがないな、六歳にもなって。


「ほら、両手上げて」

「えと……うん……」


 シルフに両手を挙げさせて、

 ぐっしょりと濡れた上着をずぼっと引きぬく。

 筋肉の全然ついていない真っ白い肌が露わになる。

 下も脱がそうとすると、腕を掴まれた。


「や、やだぁ……」


 見られるのが恥ずかしいのか。

 俺も小さい頃はそうだった。

 幼稚園の頃だ。

 プールの時間になると全裸になってシャワーを浴びるのだが、同年代に見られるのが妙に恥ずかしかった。


 とはいえ、シルフの手は冷たい。

 早くしないと本当に風邪を引いてしまう。

 俺は強引にズボンを引きずり下ろした。


「や……やめてよぉ……」


 子供用のカボチャパンツに手をかけると、ぽかりと頭を殴られた。

 見上げると、シルフが涙目になって睨みつけていた。


「笑ったりしないから」

「そ、そうじゃな……や、やぁ……!」


 わりと本気の拒絶だった。

 シルフと知り合ってから、こんなに激しく拒絶されたのは初めてだ。

 ちょっとショック。

 あれか。

 長耳族(エルフ)には裸を見せてはいけないという掟でもあるのか?

 だとすると、無理やり脱がすのも悪いか……。


「わかった、わかったよ。そのかわり、後でちゃんと履き替えろよ。

 濡れたパンツって結構気持ち悪いし、冷やすとお腹壊すからな」

「うー……」


 俺が手を離すと、シルフは涙目になりながら、こくこくと頷いた。

 可愛い。

 この可愛らしい少年と、もっと仲良くなりたい。

 そう思ったら、唐突に俺の中にイタズラ心が芽生えた。

 てか、俺だけ全裸って、不公平じゃん。


「隙あり!」


 パンツに手を掛けて、一気にずり下ろした。

 いでよ! ゼン○ーペンデュラム!


「ぇ……ぃ、ぃゃあーっ!」

「…………え?」


 シルフの悲鳴。

 一瞬でしゃがみこんで体を隠す。


 その一瞬、俺の目に映ったのは、

 最近見慣れたピュアなショートソードではなかった。

 もちろん、禍々しい紋様の浮かぶダークブレードでもなかった。

 そこにあったものは、いや、なかったものは。


 そう………なかったのだ。


 ないはずのものがあったのだ。

 生前には何度も見てきたものだ。

 パソコンのモニターの中で。

 時にはモザイクがかかっていたり、時には無修正だったり。

 俺はそれを見ながら、いつかはホンモノを舐めたい入れたいと思いながら、ブラックラストをホワイティキャノンしてペーパーハンケチーフにミートさせていた。

 それがあった。


 シルフは。


 彼は……………彼女だったのだ。



 頭が真っ白になる。

 俺は今、シャレにならない事をやったのでは……?




「ルーデウス、何をやっているんだ……」


 ハッと振り返れば、パウロが立っていた。いつ帰ってきたのか。

 叫び声を聞きつけてこの部屋にきたのか。

 俺は硬直していた。

 パウロも硬直した。


 泣きながらしゃがみこんでいる全裸のシルフがいる。

 全裸の俺の手には彼女のパンツが握られている。

 そして、俺のキュートなベイビーボーイ。

 彼は若々しくも猛々しく、その存在を主張していた。


 何も言い逃れが出来ない状況だった。

 俺の手からパンツが落ちた。

 外は雨だというのに、パサリという音がやけに響いた気がした。




--- パウロ視点 ---



 仕事を終えて家に返ってくると、息子が幼馴染の少女を襲っていた。


 頭ごなしに叱ろうとして、

 しかしオレは慎重になる。

 今回も何か事情があったのかもしれない。

 前回の失敗は繰り返すまい。


 とりあえず、泣きじゃくる少女を妻とメイドに任せて、息子をお湯で拭いてやった。


「どうしてあんな事をしたんだ?」

「ごめんなさい」


 一年前に叱った時には、絶対に謝らないという意思が見えたものだが、

 今回はあっさりと謝罪の言葉が出てきた。

 態度もしおらしい。塩で揉んだ青菜のようだ。


「理由を聞いているんだ」

「濡れたままだから。脱がそうと思ったんです……」

「でも、嫌がってたんだろう?」

「はい……」

「女の子には優しくしなさいって、父さん言ったよな」

「はい……………ごめんなさい」


 ルーデウスは何も言い訳をしない。

 オレがこいつぐらいの時はどうだっただろうか。

 だって、と、でも、ばっかり言ってた気がする。

 言い訳小僧だった。

 息子は立派だ。


「まぁ、お前ぐらいの歳なら、興味を持つものなのかもしれないがな。

 ムリヤリはだめだぞ」

「…………はい、ごめんなさい。二度としません」


 なんだか打ちひしがれた様子の息子を見ていると、申し訳ない気分になってくる。

 女好きはオレの血筋だ。

 オレは若い頃から血気盛んで精力が強く、可愛い子を見ればひっきりなしに手を出してきた。

 今はある程度落ち着いたものの、昔は本当に我慢というものが出来なかった。


 遺伝したのだろう。

 理知的な息子にとって、そんな本能は悩んで当然のものだろう。

 どうして気付いてやれなかったのか……。


 いや、ここは共感すべき所ではない。

 経験からどうするべきかを示してやるのだ。


「父さんじゃなくて、シルフィエットに謝るんだ。いいね」

「シルフィ、エット……許してくれるでしょうか……」

「最初から許してもらえると思って謝っちゃダメだ」


 そう言うと、息子はさらに落ち込んだ。

 思えば、最初から息子はあの子に執心していた。

 一年前の騒動だって、あの子を守るためにしたことだ。

 その結果、父親に殴られることにすらなった。


 その後も、毎日のように一緒に遊んで、他の子から守っていた。

 剣術も魔術を頑張りながら、彼女のためにマメに時間を作っていた。

 自分が一番大事にしていた杖や魔術教本を彼女にプレゼントしてしまうぐらいアプローチしていた。

 そんな子に嫌われたかもしれないと思えば、落ち込むのもわかる。

 オレだって昔はそうだった。

 嫌われては落ち込んだものだ。


 だが、安心しろ息子よ。

 オレの経験で言えば、まだまだ余裕で挽回できる。


「なに、大丈夫だ。今までイジワルしてこなかったのなら、心から謝れば、ちゃんと許してくれるさ」


 そう言うと、息子はちょっとだけ晴れやかな顔になった。

 頭のいい息子だ。

 今回はちょっと失敗してしまったらしいが、すぐにリカバリーするだろう。

 それどころか、今回の失敗をうまいこと利用して、彼女の心を虜にするかもしれない。

 頼もしくも末恐ろしい。




「ごめんシルフィ。髪も短かかったし、今までずっと男だと思ってたんだ!」


 ウチの息子は完璧だと思っていたが、意外とバカなのかもしれない。

 オレは初めてそう思った。




--- ルーデウス視点 ---



 謝ったり褒めたり宥めたりして、なんとか許してもらった。


 シルフは女の子だったので、今後はシルフィと呼ぶ事にした。

 ちなみに本名はシルフィエットというらしい。


 パウロには、あんな可愛い子を男と見間違うとか、どういう目をしているんだと呆れられた。

 俺だって、「お前、実は女だったのかー!」をマジでやると思わなかったさ。


 仕方ないじゃないか。

 初めて会った時は俺よりも髪が短かった。

 ベリーショートというほどオシャレな感じではないけど、

 坊主というほど短くもない、そんな感じだった。


 服装だって女の子っぽい格好は一度もしたことが無かった。

 浅い色の上着にズボン。それだけだ。

 スカートでも履いてれば、俺だって間違わなかったさ。


 いや……落ち着いて考えてみれば、だ。


 髪の色でイジメられていた。

 だから、髪を短く切って目立たなくするだろう。


 イジメられれば走って逃げなければいけない。

 だから、スカートよりズボンを履くだろう。


 シルフィの家はそれほど裕福ではない。

 だから、ズボンを一着作れば、スカートを作る余裕は無い。


 知り合ったのが三年後だったら、俺だって間違えなかった。

 先入観で可愛い男の子だと思っていただけで、中性的というわけでもないのだ。

 もし彼女が……いや、もうよそう。

 何を言っても言い訳だ。



 女の子だとわかると俺の態度も変わってしまう。

 男っぽい格好をしているシルフィを見ていると、変な気分になる。


「し、シルフィは可愛いんだから、もっと髪を伸ばした方がいいんじゃないですか?」

「え……?」


 どうせなら見た目から変わってくれれば仕切り直しもしやすい。

 そう思い、そう提案する。


 シルフィは自分の髪が嫌いだ。

 だが、エメラルドグリーンの髪は、陽の光を浴びると透けるように輝く。

 ぜひとも伸ばして欲しい。

 そして出来ればツインテかポニテにして欲しい。


「やだ……」


 しかし、あの日以来、シルフィは俺に対して警戒心を抱くようになった。

 特に身体的な接触は露骨に避けられるようになった。

 今までハイハイと何でもいうことを聞いていたので、ちょっとショックだ。


「そっか。じゃあ今日も無詠唱での魔術の練習をしましょうか」

「うん」


 内心を隠すように、表情を取り繕う。

 シルフィには俺しか友達がいないので、結局は二人で遊ぶ事になる。

 まだわだかまりは残っているようだが、一応は遊んでくれる。


 なので、今はそれでよしとしよう。



---



 現在の俺のスキルをこの世界での基準で表すと以下の通りである。



===============

・剣術

 剣神流:初級

 水神流:初級


・攻撃魔術

 火系:上級

 水系:聖級

 風系:上級

 土系:上級


・治癒魔術

 治療系:中級

 解毒系:初級

===============


 ちなみに召喚魔術は使えない。

 

 治癒魔術は、やはり7段階のランクに分けられており、

 治療・結界・解毒・神撃の4つの系統から成り立っている。

 といっても、攻撃魔術と違い、火聖とか水聖とかカッコイイ呼び名は無い。

 聖級治癒術師、聖級解毒術師、といった呼ばれ方をする。


 治療は文字通り、傷を直す魔術。最初は切り傷を直すのが精一杯だが、帝級まで上がれば失った腕を生やすとかも出来るらしい。ただし、神級になっても死んだ生物は生き返らない。


 解毒は文字通り。毒や病気を直す術だ。階級が上がれば、毒を作り出したり、解毒薬を作る事も出来るのだとか。状態異常の魔術は聖級以上で、難しいらしい。


 結界は防御力を上げたり、障壁を作り出す術だ。わかりやすく言えば補助魔法だろう。詳しいことは分からないが、新陳代謝を上げて、軽いキズを直したり、脳内物質を発生させることで、痛みを麻痺させたりしてるんだと思う。ロキシーは使えなかった。


 神撃系はゴースト系の魔物や邪悪な魔族に有効的なダメージを与える魔術らしいが、神撃系は人族の神官戦士が秘匿している魔術であるらしく、魔法大学でも教えていないのだとか、ロキシーも知らなかった。

 ゴーストなんて見たこともないが、この世界にはデるらしい。


 原理がわからないと無詠唱で使えないので、不便である。

 そもそも、攻撃魔術に理科っぽい原理があるというだけで、他の魔術にも原理があるのかどうかがわからないのだ。

 魔力というものが万能の元素っぽいのはわかる。

 だが、どういう変化をさせれば何が出来るのかはわかっていない。

 例えば、遠くのものを浮かせたり手元に引き寄せたりするサイコキネシス。

 これなんかも再現できそうではあるが、超能力者でなかった俺にはどうやれば再現できるのか見当もつかない。


 ちなみに、俺は傷が治るプロセスをふわっとしか憶えていない。

 ゆえに、ヒーリングを無詠唱で出来ない。

 医者としての知識を持っていれば、治癒魔術も無詠唱で使えたかもしれない。


 他にだって、何かしらしていれば、魔術で再現できただろう。

 あるいは、スポーツでもやっていれば、剣術も上達したかもしれない。

 そう思えば、生前はなんと無駄な時間を過ごしてきたのだろうか。


 いいや。

 無駄などではない。


 確かに俺は仕事もしなかったし学校にも行かなかった。

 だが、ずっと冬眠していたわけではない。

 あらゆるゲームやホビーに手を染めてきた。

 他の奴らが勉強や仕事なんぞにかまけている間に、だ。


 そのゲームの知識、経験、考え方は、この世界でも役立つ。

 はずだ……!


 まあ、今は役立ってないんだけどね。



---



「はぁ……」


 思わずため息が漏れた。


「どうしたルディ?」


 パウロが聞いてくる。

 現在は、剣術の鍛練中だ。

 露骨なため息をついては怒られる。

 かと思ったが、パウロはニヤニヤと笑った。


「ははーん。さてはお前。

 シルフィエットに嫌われて落ち込んでるな?」


 今のため息はその事ではない。

 ではないが、確かにシルフィの事も悩みの一つだ。


「ええ、まあ。剣術もうまくならないし、

 シルフィには嫌われるし、ため息も付きますよ」


 パウロはニヤニヤと笑って、木剣を地面に刺した。

 木剣にもたれかかるように、目線を落としてくる。

 まさかこいつ、笑いものにする気じゃねえだろうな……。


「父さんがアドバイスしてやってもいいぞ」


 意外な言葉が出た。


 俺は考える。

 父、パウロはモテる。

 ゼニスは美女と言ってもいいし、エトの奥さんの件もある。

 リーリャだってパウロに尻を触られてまんざらではない顔をしていた。

 何かあるのだ、女の子に嫌われないための秘訣が。

 リア充に至る道が。


 まあ感覚派だろうから理解は出来ないだろうが、

 参考にはなるかもしれない。


「お願いします」

「んー、どうしようかなぁ」

「靴でも舐めましょうか?」

「いや、お前、いきなり卑屈になったな」

「教えてくれなければ、リーリャに色目を使ったことを母様に報告します」

「今度はやけに高圧的………って、うぉぃ!

 見てたのかよ! わかった、わかったよ。

 もったいぶって悪かった」


 リーリャに色目ってのはカマを掛けただけだったんだが……。

 もしかして:浮気?

 まあいいか。

 それだけこの男がモテるってことだ。

 モテ男様の講義を聞くとしよう。


「いいか、ルディ、女ってのはな」

「はい」

「男の強い部分も好きだが、弱い部分も好きなんだ」

「ほう」


 聞いたことがあるな。

 母性本能がどうとかって話か?


「お前、シルフィエットの前で強い部分しか見せてこなかったんじゃねえか?」

「どうでしょう、自覚はありませんが」

「考えてみろ。自分より明らかに強いやつが、欲望をむき出しにして迫ってきたら、どう思う?」

「怖い、でしょうね」

「だろう?」


 あの日の事を話しているのだろう。

 彼が彼女になった日のことを。


「だから弱い部分を見せてやるんだ。

 強い部分で守ってやり、弱い部分を守ってもらう。そういう関係に持っていくんだ」

「ほう!」


 わかりやすい!

 感覚派のパウロとは思えない!

 強いだけではダメ、弱いだけでもダメ。

 しかし両方を兼ね備えればモテる!


「でも、どうやって弱い部分を見せれば」

「そんなのは簡単だ。

 お前、今悩んでるだろ?」

「ええ」

「ひた隠しにしているそいつを、

 シルフィエットの前であからさまな態度に表すんだ。

 オレは悩んでいます、あなたに避けられて落ち込んでいますってな」

「す、するとどうなります?」


 パウロはニヤリと笑う。

 悪い顔だ。


「うまくいけば、向こうから寄ってくる。

 慰めてくれるかもしれん。

 そしたら、元気になれ。仲良くしたら相手が元気になった。

 それが嬉しくない奴はいない」

「!」


 なるほど。

 自分の態度で相手の感情をコントロールする……。


 さ、さすがだ。

 でも計画通りにいくとは限らないのでは?


「で、でもそれでダメだったらどうします?」

「そん時はまた聞け。次の手を教えてやる」


 二手目があるのか。

 策士、策士だよこの男!


「な、なるほど、じゃあ今すぐ行って来ます!」

「行ってこい、行ってこい」


 パウロはひらひらと手を振った。

 俺は居てもたってもいられず、駈け出した。


「六歳の息子になに教えてんだか……」


 後ろから、そんな声が聞こえた気がした。



---



 木の下についた。

 しかし、明らかに時間が速すぎたので、シルフィは来ていない。

 そういえば、昼飯もまだ食っていない。

 木剣を持ってきたのはいつもどおりだが、

 いつもは身体を拭いてから来るので、汗びっしょりだ。


 どうしよう。

 どうしようもない。

 こういう時は脳内練習だ。

 俺は木剣を振ってシミュレートする。


 強さは見せてきた、次は弱さを見せる。

 弱さ。どうやってだっけか。

 そう、落ち込んでいる所を見せるのだ。

 どうやって。

 タイミングは?

 いきなりやるのか?

 それはおかしいだろう。

 話の流れで、だ。

 出来るのか、いや、やってみせるさ。


 ああきたらこうしよう、こうきたらああしよう。

 そんな事を考えて木剣を振っていたら、

 いつのまにか握力が無くなっていたのか、木剣がすっとんでいった。


「うっ……」


 剣が転がった先に、シルフィがいた。

 俺は頭の中が真っ白になった。

 ど、どうしよう。なんて言えばいい?


「ど、どうしたのルディ……?」


 シルフィは、俺を見ると目を丸くした。

 なんだろう、どうしたって、早く来すぎたせいか?


「んー、ふぅ……んふー、シルフィの可愛い姿が、見れなくて、ざ、残念だなーって」

「そ、そうじゃなくて、その汗」

「はぁ……はぁ……あ、汗? なにが……?」


 はぁはぁと息を荒く近寄ったら、怯えた顔で引かれた。

 いつもどおりだ一定以内の距離には近づかせてくれないのだ。


 俺はこんなに惹かれているのに、君はこんなに引いている。

 なんちゃって。


「…………」


 汗が額から落ちてくる。


 今か。

 このタイミングか。

 息も整ってきた。

 よし。


 俺は打ちひしがれた様子で木に手を当てて、反省のポーズ。

 しょんぼりと肩を落とし、大きくため息。


「はぁ……最近のシルフィ、冷たいよね……」


 しばらく沈黙が流れた。


 これでいいのか? これでいいのかパウロ。

 もっと弱々しい感じを見せたほうがいいのか?

 それともワザとらしすぎたか?


「!」


 俺の手が後ろからぎゅっと握られた。

 暖かくも柔らかい感触に振り返ると、シルフィがいた。


 お、おおお!

 こんなに近い。

 久しぶりにシルフィが近い!

 パウロさん! 俺、やりましたよ!


「だって、最近のルディ、なんかちょっと変だもん……」


 言われて、我にかえる。


 うん。

 自覚はあった。

 言われるまでもなく、

 俺は今までと同じ態度では接していない。


 シルフィから見れば、それはまさに豹変だったろう。

 相手が小金持ちだと知った瞬間の婚活女子の如き豹変だ。

 気分がいいわけがない。



 でも、じゃあどうやって接すればよかったんだ?


 今までと同じように、なんてのはさすがに無理だ。

 こんなに可愛い子と一緒にいて緊張しないわけがない。


 幼く、同年代、可愛い女の子。

 こんなのと仲良くなる方法を俺は知らない。

 俺が大人の立場なら、あるいはシルフィがもっと育っていれば。

 そうすればエロゲー等で得てきた知識を総動員してなんとかした。

 男なら、弟が幼かった頃の経験を生かした。


 けれども彼女は同年代の幼女で、女の子だ。

 無論、それぐらいの年齢の子と性的に仲良くなるゲームもやったことはある。

 が、あんなものは幻想だ。


 それに、そういう関係になりたいわけじゃない。

 シルフィはまだ幼すぎる。

 俺の守備範囲じゃない。

 とりあえず、今のところは。

 将来的には期待してるけど!

 それはさておき。


 彼女はイジメられっ子だった。

 俺がイジメられていた時、味方はいなかった。

 だから、俺は彼女の味方でいてやりたい。

 男だろうと女だろうと。

 その部分だけは変わらない。


 でも、やっぱり今までと同じように接するのは難しいのだ。

 俺だって男だし、可愛い女の子とはいい関係を築いていきたい。

 今後のために!


 ………わからない。

 どうすればいいんだ、俺は。


 そこも聞いておけばよかった……。


「……ごめんね、でも私、ルディの事、嫌いじゃないよ」

「し、シルフィ……」


 俺が情けない顔をしていると、シルフィは俺の頭を撫でてくれた。

 じーんときた。

 明らかに俺が悪いのに、彼女は謝ってくれたのだ。


「だから、普通にしてて?」


 その上目遣いは強力だった。

 俺に決意させるに十分な威力を秘めていた。


 俺は決意した。


 そうだ。

 彼女は普通を望んでいる。

 今まで通りの関係だ。

 だから出来る限り普通に接するのだ。

 彼女が怯えないように、狼狽えないように、

 男としての部分をひた隠しにして接するのだ。


 つまり、アレだ。

 俺はアレになればいいのだ。





 なってやろうじゃないか。

 鈍感系主人公に。

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