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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第1章 幼年期

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第四話「師匠」

 3歳になった。


 最近になって、ようやく両親の名前を知った。

 父親はパウロ・グレイラット、

 母親はゼニス・グレイラットだ。

 そして、俺の名前はルーデウス・グレイラット。

 グレイラット家の長男というわけだ。

 ルーデウスと名付けられたわけだが、

 父親も母親も互いに名前を呼び合わないし、俺のことはルディと略すので、

 正式名称を覚えるのに時間が掛かったのだ。



---



「あらあら、ルディは本が好きなのね」


 本を常に持って歩いていると、ゼニスはそういって笑った。

 彼らは俺が本を持っていることをとがめなかった。

 食事中は脇に置いているし、特に魔術教本は家族の前では読まないようにしていた。


 能ある鷹は爪を隠す、というわけではないが、この世界における魔術の立ち位置がわからない。

 生前の世界では、中世に魔女狩りというものがあった。

 魔法を使う者は異端で火あぶりというアレだ。

 さすがにこんな本が実用書として存在しているこの世界で、

 魔術=異端という事はないだろうが、あまりいい顔はされないかもしれない。

 魔術は大人になってから、とかいう常識があるのかもしれない。

 なにせ、使いすぎると気絶するような危ないものなのだ。

 成長を阻害させるとか思われているかもしれない。

 そう思ったので、家族の前では魔術のことは隠している。


 もっとも、窓の外に向かって魔術をぶっ放した事もあるので、もうバレてるかもしれない。

 しょうがないじゃないか、射出速度がどれだけ出るのか試したかったんだから。


 メイド(リーリャさんというらしい)は、たまに険しい顔で俺を見てくるが、

 両親は相変わらずのほほんとしているので、大丈夫だと思いたい。


 止められるのならそれでもいいが、成長期があるとして、それを逃したくはない。

 才能は伸びる時に伸ばしておかないと錆び付いてしまう。

 今のうちに使えるだけ使っておかなければ。



---



 そんな魔術の秘密特訓(笑)に終止符が打たれた。


 ある日の午後だった。


 そろそろ魔力量も増えてきたし、中級の魔法を試そうと、軽い気持ちで水砲の術を詠唱した。

 大きさは1、速度は0。

 いつも通り、桶に水が溜まるだけだと思っていた。

 ちょっと溢れるかもね、ぐらいには考えていた。


 凄まじい量の水が放出されて、壁に大穴が開いた。


 穴の縁から、ポタポタと水滴が地面に落ちるのを、俺は呆然と見ていた。

 呆然としながらも、どうにかしようとは思わなかった。

 壁には穴が空き、間違いなく魔術を使ったとバレる。

 それはもうしょうがない事だった。

 俺は諦めが早いのだ。


「何事だ! うおあっ……」


 最初にパウロが飛び込んできた。

 そして、壁に開いた大穴を見てあんぐりと口を開けた。


「ちょ、おい、なんだこりゃ……ルディ、大丈夫なのか……?」


 パウロはいい奴だ。

 どう見ても俺がやったようにしか見えないのに、俺の身を案じているのだから。

 今も「魔物……か? いやこのへんには……」などと呟いて、注意深く周囲を警戒している。


「あらあら……」


 続いてゼニスが部屋に入ってくる。

 彼女は父親より冷静だった。

 壊れた壁と、床の水たまりなどを順番に見ていき、


「あら……?」


 目ざとく、俺の開いていた魔術教本のページに目を止めた。

 そして俺と魔術教本を見比べると、俺の目の前でしゃがみこんで、優しげな顔で目線をあわせる。

 怖い。

 目の奥が笑ってない。

 泳ぎそうになる目線を、必死にゼニスに向ける。


 俺はニート時代に学んだのだ、悪いことをして開き直って不貞腐れても、事態は悪化する一方だと。

 だから、決して目を逸らしてはいけない。

 こういう時に必要なのは、真摯な態度だ。

 目を合わせて逸らさない、というのはそれだけで真摯に見える。

 内心でどう思っていても、少なくとも見た目は。


「ルディ、もしかして、この本に書いてあるのを声に出して読んじゃった?」

「ごめんなさい」


 俺はこくりと頷き、謝罪を口にする。

 悪いことをした時は、潔く謝ったほうがいい。

 俺以外にやれる奴はいない。

 すぐバレる嘘は信用を落とす。

 生前はそうやって軽い嘘を重ねて信用を落としていったものだ。

 同じ失敗はすまい。


「いや、だっておまえ、これは中級の……」

「きゃー! あなた聞いた! やっぱりウチの子は天才だったんだわ!」


 パウロの言葉を、ゼニスが悲鳴で遮った。

 両手を握って、嬉しそうにぴょんぴょんと跳んだ。

 元気だね。

 俺の謝罪はスルーですかい?


「いや、おまえ、あのな、だって、まだ文字を教えてな……」

「今すぐ家庭教師を雇いましょう! 将来はきっとすごい魔術師になるわよ!」


 パウロは戸惑い、ゼニスは歓喜している。

 どうやら、ゼニスは俺が魔術が使えたのが嬉しくてしょうがないらしい。

 子供が魔術を使っちゃいけないとかは、俺の杞憂に終わったらしい。


 リーリャは平然と無言で片付けを始めている。

 恐らく、このメイドは俺が魔術を使えることを知っていたか、薄々感づいていたのだろう。

 別に悪い事じゃないから特に気にも止めなかっただけで。

 あるいは、この両親が歓喜する所を見たかったのかも?


「ねえあなた、明日にもロアの街で募集を出しましょう!

 才能は伸ばしてあげなくっちゃ!」


 ゼニスは一人で興奮し、天才だの才能だのと騒いでいる。

 いきなり魔術をぶっぱなしたぐらいで天才ときた。

 親馬鹿って奴なのか、中級魔術を使えるのがすごい事なのか、判別がつかない。


 いや、やはり親馬鹿だろう。

 俺はゼニスの前では魔術を使う素振りは一切見せなかった。

 なのに「やっぱり」なんて言葉が出てくるということは、

 以前から俺が天才かもしれないと思っていたのだ。


 根拠も無く……。



 ああ、いや。

 心当たりがあった。


 俺はひとりごとが多い。

 本を読んでいる時でも、気に入った単語やフレーズをボソボソと呟いてしまう事がある。


 この世界に来てからも、本を読みながらボソボソとひとりごとをしていた。

 最初は日本語だったが、言葉を覚えてからは無意識にこの世界の言葉を使うようになった。


 そして、独り言を聞いたゼニスは、

 「ルディ、それはね―――」と、単語の意味を教えてくれるのだ。

 おかげで、この世界の固有名詞も結構憶えることができたのだが、ま、それはおいておこう。


 誰も何も言わなかったが、俺はこの世界の文字を独学で覚えた。

 言葉も教えてもらっていない。


 両親からしてみれば、

 我が子は教えてもいないのに文字を読み、

 本の内容を口に出して喋れる、という認識をされていたのだろう。


 天才だろう。

 俺だって自分の子供がそんなんだったら天才と思う。



 生前、弟が生まれた時もそうだった。

 弟は成長が早く、何をするのも俺や兄より早かった。

 言葉を喋るのも、二本の足で歩くのも。

 親というのはのんきなもので、

 何かを子供がする度に、「あの子は天才じゃないかしら」とのたまうのだ。 

 それが大したことではなくとも。


 まぁ、高校中退のクズニートだったとはいえ、精神年齢は30歳以上だ。

 それぐらいには思われないとやるせない。

 10倍だぞ10倍!


「あなた、家庭教師よ! ロアの街ならきっといい魔術の先生が見つかるわ!」


 そして、才能がありそうと見るや英才教育を施そうとするのは、どこの親も一緒らしい。

 生前の俺の親も弟を天才だと持て囃して、習い事をたくさんさせていた。


 というわけでゼニスは魔術師の家庭教師を付ける事を提案したのだが。

 これをパウロが反対した。


「いやまて、男の子だったら剣士にするという約束だったろう」


 男だったら剣を持たせ、女だったら魔術を教える。

 生まれる前にそういう取り決めをしていたらしい。


「けれど、この歳で中級の魔術を発動できるのよ! 鍛えればすごい術師になれるわ!」

「約束は約束だろうが!」

「なによ約束って! あなたいつも約束破るじゃない!」

「俺の事は今は関係ないだろうが!」


 その場で夫婦喧嘩をはじめる二人。

 平然と掃除するリーリャ。


「午前中は魔術を学んで、午後から剣を学べばいいのでは?」


 口論はしばらく続いたが、

 掃除を終えたリーリャがため息混じりにそう提案することで、口論はやんだ。


 そして、馬鹿親は子供の気持ちを考えず、習い事を押し付ける。

 ま、本気で生きるって決めたし、いいんだけどね。



---



 そんなワケで、ウチは家庭教師を一人雇う事になった。


 貴族の子弟の家庭教師という仕事は、それなりに実入りがいいらしい。

 パウロはこのへんでは数少ない騎士で、一応は下級貴族という位置づけになるらしいから、

 一応は給金も相場と同じぐらいのものを出せるのだとか。


 しかし、何しろここは国の中でも端のほうの田舎、

 つまり辺境らしく、優秀な人材はもちろん、魔術師すらほとんどいない。

 魔術ギルドと冒険者ギルドに依頼を出した所で、はたして応じる者がいるかどうか……。


 という心配があったらしいが、あっさりと見つかったらしく、明日から来てくれることになった。

 この村には宿屋が無いので、住み込みになるらしい。


 両親の予想によると、来るのは恐らく既に引退した冒険者だ。

 若者ならこんな田舎には来たがらないし、宮廷魔術師なら王都の方にいくらでも仕事がある。

 この世界では、魔術の教師が出来るのは上級以上の魔術師と決まっている。

 ゆえに冒険者のランクとしては中の上か、それ以上。

 長年魔術師として研鑽を積んだ中年か老人で、

 ヒゲをたくわえたまさに魔術師って感じのが来るだろう、

 って話だった。


「ロキシーです。よろしくおねがいします」


 だったが、予想を裏切って、やってきたのはまだ年若い少女だった。

 中学生ぐらいか。

 魔術師っぽい茶色のローブに身を包み。

 水色の髪を三つ編みにして、ちんまりというのが正しい感じの佇まい。

 手にしているのは鞄一つと、いかにも魔術師が持っていそうな杖だけだ。

 そんな彼女を、家族三人でお出迎え。


 彼女の姿を見て、両親はびっくりして声も出ないようだった。

 そりゃそうだろう。

 予想とあまりに違いすぎる。

 家庭教師として雇うのだから、それなりに歳を重ねた人物を想像していたのだろう。

 それが、こんなちんまいのだ。


 もっとも、数多くのゲームをこなしてきた俺にしてみれば、

 ロリっこ魔術師の存在は別段不思議ではない。

 ロリ・ジト目・無愛想。

 三つ揃った彼女はパーフェクトだ。

 ぜひ俺の嫁に欲しい。


「あ、あ、君が、その、家庭教師の?」

「あのー、ず、随分とそのー」


 両親が言いにくそうにしているので俺がズバリ言ってやる事にした。


「小さいんですね」

「あなたに言われたくありません」


 ピシャリと言い返された。

 コンプレックスなのだろうか。

 胸の話じゃないんだけどな。


 ロキシーはため息を一つ、


「はぁ。それで、わたしが教える生徒はどちらに?」


 周囲を見渡して聞いてくる。


「あ、それはこの子です」


 ゼニスの腕の中にいる俺が紹介される。

 俺はキャピっとウインク。

 すると、ロキシーは目を見開いたのち、ため息をついた。


「はぁ、たまにいるんですよねぇ、

 ちょっと成長が早いだけで自分の子供に才能があると思い込んじゃうバカ親……」


 ぼそりとつぶやく。

 聞こえてますよ! ロキシーさん!

 ま、俺もそれには激しく同意だけどね。


「何か」

「いえ。しかし、そちらのお子様には魔術の理論を理解できるとは思いませんが?」

「大丈夫よ、うちのルディちゃんはとっても優秀なんだから!」


 ゼニスの親馬鹿発言。

 再度、ロキシーはため息を付いた。


「はぁ。わかりました。やれるだけの事はやってみましょう」


 これは言っても無駄だろうと判断したらしい。


 こうして、午前はロキシーの授業を、午後はパウロに剣術を習うこととなった。



---



「では、この魔術教本を……いえ、そのまえに、ルディがどれほど魔術を使えるか試してみましょう」


 最初の授業で、ロキシーは俺を庭につれ出した。

 魔術の授業は主に外でやるらしい。

 家の中で魔法をぶっぱなせばどうなるか、ちゃんとわかっているのだ。

 俺のように、壁をぶっ壊したりはしないのだ。


「まずはお手本です。

 汝の求める所に大いなる水の加護あらん、

 清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール」


 ロキシーの詠唱と同時に、彼女の手のひらにバスケットボールぐらいの水弾が出来た。

 そして、庭木の一つに向かって高速で飛んでいき、

 ベキィ。

 と、木の幹を簡単にへし折ると、柵を水浸しにした。

 サイズ3、速度4ぐらいだろうか。


「どうですか?」

「はい。その木は母さまが大事に育ててきたものですので、母さまが怒るとおもいます」

「え? そうなんですか!?」

「間違いないでしょう」


 一度、パウロが剣を振り回して木の枝を叩き折った事があるが、

 その時のゼニスの怒りようは半端ではなかった。


「それはまずいですね、なんとかしないと……!」


 ロキシーは慌てて木に近づくと、倒れた幹をうんしょと立てた。

 そして顔を真っ赤にして幹を支えたまま、


「うぐぐ……、

 神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、

 ヒーリング」


 詠唱。

 木の幹はじわじわと折れる前へと戻っていった。

 おー、すげー。

 とりあえず褒めとこう。


「ふう」

「先生は回復魔術も使えるのですね!」

「え? ええ。中級までは問題なく使えます」

「すごい! すごいです!」

「いいえ、きちんと訓練すればこのぐらいは誰にでも出来ますよ」


 言い方はややぶっきらぼうだったが、ロキシーは嬉しそうだった。

 特に捻りもなくすごいすごいと連呼しただけでこれか、

 チョロそうだ。


「では、ルディ。やってみてください」

「はい」


 俺は手を構えて………。

 ヤバイ、一年近く水弾の詠唱なんてしてなかったから思い出せない。

 今ロキシーが言ったばっかだよな。えっと、えっと。


「えっと、なんて言うんでしたっけ?」

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、

 清涼なるせせらぎの流れを今ここに、です」


 ロキシーは淡々と言った。この程度は想定内らしい。

 しかし、そんな淡々と言われても一度では覚えられん。


「汝の求めるところに………ウォーターボール」


 思い出せないので端折った。

 先ほどのロキシーの作った水弾よりもちょっとだけ小さく、ちょっとだけ遅く。

 彼女より大きいのを作ったら拗ねるかもしれないしな。

 俺は年下の女の子には寛容なのだ。


 バスケットボールの水弾は、勢いよく射出された。

 バキバキッ

 木が倒れる。


 ロキシーは難しい顔をしてそれを見ていた。


「詠唱を端折りましたね?」

「はい」


 何かヤバかっただろうか。

 そういえば、無詠唱は魔術教本にも載っていない。

 何気なく使っていたが、実は何か禁忌に触れたりするんだろうか。 

 それとも、俺のようなのが詠唱を端折るとか十年早いとか怒られるんだろうか……。

 その場合、いいじゃねえかよ、あんなダセェ詠唱していられっかよ、って反発したほうがいいんだろうか。


「いつも詠唱を端折っているのですか?」

「いつもは……無しで」


 どう答えるか迷ったが、正直に答えておく。

 これから勉強を教わるのだし、いずれはバレる。


「無し!? ……そう。いつもは無し。なるほどね。疲れは感じていますか?」


 ロキシーはマジビックリ、という顔をしたが、取り繕った。


「はい、大丈夫です」

「そう。水弾の大きさ、威力共に申し分ないです」

「ありがとうございます」


 ロキシーは、ここでようやく微笑んだ。

 ニヤリと。

 そして呟く。


「………これは鍛えがいがありそうだわ」


 だから聞こえてるって。


「さあ、さっそく次の魔術を……」

「ああぁー!」


 ロキシーが興奮した様子で、魔術教本を開こうとした時。

 叫び声が上がった。


 様子を見に来たゼニスだった。

 飲み物を載せたお盆を取り落とし、口を両手で抑えて、ボッキリ折れた木を見ている。

 悲しげな表情。

 次の瞬間、その表情に怒りの色が篭っていく。

 あ、やべぇ。


 ゼニスはツカツカと歩いてくると、ロキシーに詰め寄った。


「ロキシーさん! あなたね!

 ウチの木を実験台にしないで頂戴!」

「えっ! しかしこれはルディがやったもので……」

「ルディがやったのだとしても、やらせたのはあなたでしょう!」


 ロキシーは背景にイナズマが奔ったようなショックを受け、ガーンという擬音が聞こえそうなほど落ち込んだ。

 まぁ、3歳児に責任をなすりつけちゃいかんだろ。


「はい……そのとおりです」

「こういう事は二度としないで頂戴ね!」

「はい、申し訳ありません、奥様……」


 その後、ゼニスは庭の木をヒーリングで華麗に修復すると、家の中へと戻っていった。


「早速失敗してしまいました……」

「先生……」

「ハハッ、明日には解雇ですかね………」


 地面に座り込んでのの字を書き始めそうなロキシー。

 打たれよわいなぁ……。

 俺は彼女の肩をぽんぽんと叩いた。


「………」

「……ルディ?」


 叩いてみたが、20年近く人と話して来なかった俺には、慰めの言葉が見つからない。

 ごめんなさい。こういう時、なんて言っていいのかわからないの……。


 いや、落ち着け。

 考えろ考えろ、エロゲーの主人公ならこんな時にどうやって慰めてた?

 そう、確か、こんな感じだ


「先生は今、失敗したんじゃありません」

「ル、ルディ……?」

「経験を積んだんです」


 ロキシーはハッと俺を見た。


「そ、そうですね。ありがとうございます」

「はい。では授業の続きをお願いします」


 こうして、初日からロキシーとちょっと仲良くなれた。



---



 午後はパウロと鍛錬だ。

 俺の体格にあった木剣がないため、基本的には体作りが中心となってくる。

 ランニング、腕立て伏せ、腹筋、などなど。


 パウロは、とりあえず最初は体を動かす、ということを中心にやらせるつもりらしい。

 パウロが仕事で指導が出来ない日も、基礎体力訓練だけは毎日欠かさずやるように言いつけられた。

 そのへんは、どこの世界でも変わらないらしい。

 頑張ろう。



 子供の体力では午後全部を使って鍛錬をするわけにもいかないので、剣術は昼下がりまでには終了する。

 そのため、俺は夕飯までの間に、魔力を使い果たすまで使う。


 魔術というものは『大きさを変化させる』と使用する魔力量が変わる。

 詠唱した時に何も意識しない時を1とすると、大きくすればするほど加速度的に消費魔力が増えていく。

 質量保存の法則ってやつだ。


 しかし、なぜか逆に小さくすることでも消費魔力が増えるのだ。

 この理論はよくわからない。

 こぶし大の水弾を作り出すより、一滴の水を生み出す方がはるかに魔力を消費する。

 おかしな話だ。


 前々から疑問に思ってみたのでロキシーに聞いてみたら、

 「そういうものだ」と返された。

 解明されていないらしい。



 仕組みはわからない。

 しかし、訓練を行うに関しては、その仕様も悪くはない。

 最近は魔力総量が結構増えてきたので、大きな魔術を使わなければ消費しきれないのだ。


 魔力を使うだけなら、力尽きるまで最大出力でぶっぱなせばいい。

 だが、そろそろ応用力をつけていっても良いだろう。

 なので、出来る限り細かい作業を練習することにした。


 魔術で小さく、細かく、複雑な作業をするのだ。

 例えば、氷で彫像を作ったり、指先に火を灯して板に文字を書いたり。

 庭から土を持ってきて成分を選り分けたり……。


 錠前の鍵を掛けたり外したり、なんてのもやってみた。

 土の魔術は金属や鉱物にもある程度作用するようだ。

 ただし、金属の種類が硬くなればなるほど、消費される魔力が大きくなった。

 やはり硬いものを変化させるのは、難しいらしい。



 操作する対象が小さくなればなるほど、

 細かく複雑に、かつ正確に素早く動かそうとすればするほど、

 消費する魔力の量が莫大になっていく。


 野球ボールを全力投球するのと、針の穴にゆっくり糸を通すのと、

 同じぐらいの魔力を消耗するのだ。


 また、違う系統の魔術を同時に使用するということもやってみた。

 同じ系統を同時に使うのに比べ、三倍以上の魔力を消費するようだ。

 つまり、二種類の系統の魔術を同時に発動し、小さく細かく素早く正確に動かせば、簡単に魔力を全消費することができた。



 そんな毎日を続けていたら、

 半日以上、そんな魔術を使い続けても、まったく底が見えなくなってきた。

 もうこれくらいで十分か、そんな気持ちが芽生える。

 俺の怠け者の部分が、そろそろいんじゃね? と囁いてくる。

 その度に、俺は自分を叱りつけた。

 筋トレだってちょっとサボったら体が鈍る。

 魔力だってそうかもしれない。一時的に増えたからって訓練を怠ってはいけないのだ。 

 と。



---



 夜中に魔術を使っていると、どこからかギシギシアンアンと悩ましい音が聞こえ出した。

 どこからかもなにも、パウロとゼニスの寝室に決まっているのだが。


 お盛んだ。

 そう遠くない未来に、俺の弟か妹が生まれる事だろう。

 できれば妹がいいな。

 うん。弟はいやだ。

 俺の脳裏には、俺の愛機パソコンにバットをフルスイングする弟の姿が残っている。

 弟はいらない。

 可愛い妹がいい。


「やれやれだぜ……」


 生前なら、こんな悩ましい音を聞いたら、

 即座で壁ドンか床ドンして黙らせたものだ。

 おかげで姉は家に男を連れてこなくなった。

 懐かしい。

 当時、ああいう事をする奴らは、俺の世界を黒く塗りつぶす巨悪に思えた。

 俺をイジメてた奴らが、俺の決して手の届かない領域からアホ面して見下ろしてるような気がして、やり場のない怒りが襲った。

 暗く不快な場所に落とした張本人が、

 お前、まだそんな所にいるの? と、見下してくるのだ。

 これほど悔しい事はない。


 しかし、最近は違う。


 身体が子供になったせいか、ヤってるのが両親なせいか、

 あるいは自分自身で未来に向かって努力しているせいか。

 二人の営みを、すげー微笑ましい気分で聞いている俺がいる。

 フッ、俺も大人になったもんだぜ……。


 音だけ聞いていると、なんとなく内容もわかる。

 どうやら、パウロはかなりお上手らしい。

 ゼニスの方はあっという間に息も絶え絶えノックダウン状態になっているのに、

 パウロは「まだまだこれからだぞぅ」とか言って攻めつづけている。

 陵辱系エロゲの主人公みたいな男だ。

 底知れぬ精力……。


 ハッ、もしかしてパウロの息子である俺のムスコにもそんなパワーが秘められているのでは!?


 覚醒はよ。

 ヒロインはよ!

 俺にもピンク色の展開を!



 と、最初の頃は興奮していたが、最近では枯れたもので、

 ギシギシと軋む廊下を通り抜けて、平然とトイレに行くようになった。

 ちなみに、部屋の前を歩くとギシアンがぴたっと止まるので、結構面白いです。


 その日も、歩けるようになった息子がいるという事を知らしめてやるべく、トイレへと向かった。


 どれ、今日は一つ、声でも掛けてやるか。

 おとーさん、おかーさん、裸でなにしてるの? とか聞いてみるか。

 言い訳が楽しみだぜ。ククク……。

 そんな事を考えながら、音を殺して部屋を出た。


 そこには先客がいた。 


 青髪の少女が、暗い廊下に座り込んで、ドアの隙間から寝室を覗いていた。

 頬は紅潮し、やや荒い息を潜めるように、しかし視線は部屋の奥に釘付け。

 その手は、ローブの下へと潜り込んで小刻みに動いていた。


 俺はそっと自室へと戻った。


 ロキシーとて年頃の娘である。

 彼女がこのようなアレにふけるのを、見てみぬふりをする情が俺にも存在した。

 ……なんちゃって。


 いやぁ、いいものを見た。



---



 4ヶ月ほど経った。


 中級までの魔術は使えるようになった。

 という事で、ロキシーと夜の座学をする事になった。


 おっと、夜のって付いてるからってエロいことをするわけじゃないぞ。

 勉強するのは、主に雑学だ。



 ロキシーはいい教師だ。

 決してカリキュラムにこだわりを持たない。

 俺の理解度に合わせて、授業の内容をエスカレートさせる。

 生徒への対応力が高いのだ。


 教科書用に用意した本から質問を出して、俺が答えられれば次に行く。

 わからなければ丁寧に教えてくれる。

 それだけの事だが、俺は世界が広がるのを感じた。


 生前、兄が受験の時、家庭教師を雇っていた時期があった。

 俺も、一度だけ気まぐれでその内容を聞いたことがある。

 だが、学校の授業の内容とそう変わるものではなかった。


 それに比べて、ロキシーの授業はわかりやすく、面白い。

 打てば響く授業だ。


 ていうか、性に芽生えはじめた中学生ぐらいの先生に勉強を教えてもらう。

 そのシチュエーションが最高だ。

 生前の俺なら、そんな妄想だけで3発はイケたね。



---



「先生、どうして魔術には戦闘用のものしかないんですか?」

「別に戦闘用しか無いわけではないのですが……」


 俺の唐突の質問にもロキシーはきちんと答えてくれる。


「そうですね、何から説明しましょうか……。

 まず魔術というのは、古代長耳族(ハイエルフ)が創りだしたものだと言われています」


 おお、エルフ!

 やはりいるのか!

 金髪で緑っぽい服を着ていて弓を持っていて触手に絡め取られる人たち!

 おっと、落ち着け。

 俺の認識と違うかもしれない。

 字面を見るに、耳は長いようだが……。


長耳族(エルフ)というのは?」

「はい。長耳族(エルフ)とは、現在はミリス大陸の北のほうに住んでいる種族です。

 大昔、まだ人魔大戦が起きる前、

 世界がまだ混沌として戦いが絶えなかった頃、

 古代長耳族(ハイエルフ)たちは外敵と闘うため、森の精霊たちと対話し風や土を操ったそうです。

 そして、それが史上最古の魔術と言われています」

「へえ、ちゃんと歴史があるんですね」

「当然です」


 ロキシーは、茶化すなと言わんばかりに頷いた。


「今の魔術というのは、人族が戦争の中で長耳族(エルフ)の魔術を真似し、形態化させていったものです。

 人族はそういうのが得意ですからね」

「人族はそういうのが得意なんですか?」

「ええ、新しいものを生み出すのは、いつも人族です」


 人族は発明大好きな人種らしい。


「戦闘用しかないのは、主に戦いの中でしか使われてこなかったというのもありますが……。

 魔術に頼らなくても、身近なものを使えば実現できるという理由もあります」

「身近なもの、というと?」

「例えば明かりが必要なら、ロウソクやカンテラを使えばいいでしょう?」


 なるほど、よくある設定、ってやつか。

 魔術を使うより、道具を使った方が簡単だから。

 理にかなってるぜ。

 もっとも、無詠唱なら道具を使うより簡単なんだがね。


「それに、全ての魔術が戦闘用というわけではありません。

 召喚魔術を使えば、必要に応じた力を持つ魔獣や精霊を召喚することもできますし」

「召喚魔術! そのうち教えてもらえるんですか?」

「いえ、わたしには使えませんので。

 それに、道具というのなら、魔道具というものも存在します」


 魔道具か。

 まぁ、字面からなんとなく想像が付くな。


「魔道具というのは?」

「魔力を持つ物質を使って作られた道具です。

 内部に魔法陣を刻んであるので、魔術師でなくとも扱う事ができます。

 もっとも、定期的に魔力を補充しなければいけませんが」

「なるほど」


 大体想像どおりだ。



 それにしても、ロキシーが召喚魔法を使えないのは残念だ。

 攻撃魔術や回復魔術はなんとなく原理がわかるが、召喚魔術は何をどうすればいいのかわからない。


 知らない単語が一気に増えたな。

 人魔大戦。魔獣。精霊……。

 大体わかるけど。一応聞いておくか。


「先生、魔獣と魔物はどう違うんですか?」

「魔獣と魔物は大きくは違いません。

 基本的に魔物というのは従来の動物から突然変異で生まれます。

 それが運よく数を増やして、種として定着し、世代を重ねて知恵をつけたのが魔獣です。

 もっとも、知恵をつけても人を襲うようなのは魔物と呼ばれる事も多いです。

 逆に、魔獣が世代を重ねて凶暴になり、魔物に戻るケースもあります。

 具体的な線引はありません」


 魔物・人を襲う。

 魔獣・人を襲わない。

 という認識でいいのか。


「というと、魔族は魔獣が進化したものなんですか?」

「全然違います。

 魔族という単語は、大昔に人族と魔族が戦争をしていた頃につけられた名称です」

「さっき言ってた、人魔大戦ってヤツですか?」

「そうです。戦争があったのは8000年前ですね」

「それはまた、気が遠くなるぐらい昔ですね」


 この世界は、割りと長い歴史を持っているようだ。


「そう昔でもないですよ。

 つい400年前にも、人族と魔族の間で戦争をしていましたからね。

 8000年前に始めてから、休み休みずっと戦争してるんですよ、人族と魔族は」


 400年でも十分昔だと思うが、しかし7000年以上も争い続けているのか。

 仲悪いねえ。


「はぁ、なるほど。それで結局、魔族というのは?」

「魔族というのは、結構定義が難しいのですが、

 『一番新しい戦争で魔族側についていた種族』というのが一番わかりやすいでしょうか。

 例外もあるんですが……。

 あ、ちなみに私も魔族です」

「おぉ、そうだったんですか」


 魔族がここで家庭教師をやっている。

 てことは、今は戦争してないってことかな?

 平和が一番。


「はい。正式には魔大陸ビエゴヤ地方のミグルド族です。

 ルディの両親も、わたしの姿をみて驚いていたでしょう?」

「あれは先生がちっちゃいからだと思っていました」

「小っちゃくありません。

 あれはわたしの髪を見て驚いていたんです」

「髪?」


 青くて綺麗な髪だと思うが。


「魔族は一般的に、緑に近い髪色を持つ種族ほど凶暴で危険だと言われています。

 特にわたしの髪は、光の加減では緑に見えなくもないですから……」


 緑色。

 この世界の警戒色なのだろうか。

 ロキシーの髪は目が醒めるような水色だ。


 ロキシーは自分の前髪をくるくるといじりながら説明してくれている。

 仕草が可愛い。


 生前の日本で水色の髪といえば、パンク系かオバちゃんと相場は決まっているものだ。

 そういう人らを見ても、俺は不自然さと嫌悪感しか抱かない。


 だが、ロキシーの青髪は不自然さが全然なく、嫌悪感も抱かない。

 むしろ、ロキシーのちょっと眠そうな目によく似合っている。

 エロゲーのヒロインにいたら、最初に攻略するぐらいには似合ってる。


「先生の髪は綺麗ですよ」

「………ありがとうございます。

 でも、そういう事は将来好きな子ができた時に言ってあげてください」


「僕、先生のこと、好きですよ」


 迷わず言った。

 俺は迷ったりしない。

 可愛い子には全員に粉をかけるのだ。


「そうですか。あと十数年した時に考えが変わらなかったらもう一度言ってください」

「はい、先生」

 

 あっさりスルーされたが、ロキシーがちょっと嬉しそうな顔をしていたのは見逃さない。

 エロゲーで鍛えたナイスガイスキルが異世界でどれだけ通用するかはわからない。

 けど、まったく無意味というわけではないらしい。

 日本では使い古されて冗談のように聞こえる小っ恥ずかしいセリフも、この世界なら情熱的でユニークな恋の導火線だ。

 うん、何言ってんのか自分でもワカンネ。


 ロキシーは可愛くてエッチだからフラグ立てときたいな。

 でも年齢差が結構あるよね。

 将来的にどうなるかな……。


「それでは話を戻しますが、

 派手な色ほど危険というのは、まったくの迷信です」

「あ、迷信なんですか」


 警戒色とか真面目に考えて損したぜ。


「はい。バビノス地方にスペルド族という、髪が緑の魔族がいたのですが、

 彼らが400年前の戦争で暴れまわったため、そういう風に言われるようになったんです。

 なので、髪の色は関係ありません」

「暴れまわったんですか」

「はい。たった十数年ほどの戦争で敵味方あらゆる種族に恐れられ、忌み嫌われるほどに暴れました。

 戦争が終わった後、迫害を受けて魔大陸を追われるぐらい危ない種族でした」


 戦争が終わってから、味方に追い出されたってことか。

 すげえな。


「そんなに嫌われてるんですか……」

「そんなにです」

「何をやったんですか?」

「さぁ、それはわたしにも……

 ただ、味方の魔族の集落を襲って女子供を皆殺しにしたりとか、

 戦場で敵を全滅させた後に、味方も全滅させたとか、

 そういう逸話は子供の頃に何度も聞きました。

 夜遅くまで起きていると、スペルド族がやってきて食べてしまうぞ、と」


 しまっ○ゃうオジさんかよ。


「ミグルド族もスペルド族に親しい種族なので、かつては風当たりも強かったと聞きます。

 そのうち、ご両親にも言われるかと思いますが……」


 いいですか、とロキシーは前置きした。


「エメラルドグリーンの髪を持っていて、

 額に赤い宝石のようなのがついた種族には、絶対に近づかないでください。

 やむを得ず会話しなければならない場合も、決して相手を怒らせてはいけません」


 エメラルドグリーンの髪、額に赤い宝石。

 それがスペルド族の特徴らしい。


「怒らせるとどうなるんですか?」

「家族を皆殺しにされるかもしれません」

「エメラルドグリーンと、額に赤い宝石、ですね?」

「そうです。彼らは額のそれで魔力の流れを見ます。第三の眼ですね」

「スペルド族って、実は女しかいないとかあります?」

「え? ありませんよ? 普通に男もいます」

「額の宝石が何かすると青色になったりとかしますか?」

「え? いえ、なりませんよ? 少なくとも私の知る限りでは」


 なんなんですか、とロキシーは首をかしげた。

 俺も聞きたいことが聞けて満足だ。


「でも、それだけ目立つなら見分けるのは簡単ですね」

「はい。見たら何気なく用事があるフリをして逃げてください。

 いきなり駆け出すと刺激する恐れがありますので」


 不良の顔を見て即座に逃げ出したら、

 なんとなく追いかけられて絡まれるようなものか。

 経験がある。


「話をするといっても、相手を尊重して喋れば問題ないですよね?」

「あからさまに侮蔑したりしなければ問題ないと思います。

 けれども、人間族と魔族では常識が違う部分も多いので、

 どんな言葉がキッカケで爆発するかわかりません。

 遠まわしな皮肉とかもやめておいた方がいいですね」


 ふむ。

 すごい癇癪持ちなのだろうか。

 しかし、迫害を受けているという話だが、どちらかというと恐れられているという感じだ。

 あいつらを怒らせるとヤバイから近くにいないでほしい、といった感じか。


 怖い怖い。

 殺されて二度も三度も人生をやり直せるとは思えない。

 極力近づかないようにしよう。


 スペルド族、ヤバイ。

 俺はそう心に刻んだ。



--- 



 一年ほど経った。

 魔術の授業は順調だ。

 最近は、全ての系統で上級の魔術まで扱えるようになった。

 もちろん無詠唱でだ。


 普段している練習に比べれば、上級魔術なんて鼻くそをほじるようなもんだった。

 ていうか、上級魔術は範囲攻撃が多くて、いまいち使い勝手が悪いように感じる。

 広範囲に雨を降らせるとか、何に使うんだ?


 と、思ったら、日照りの続いた日にロキシーが麦畑に向かって雨を振らせて、村人から大絶賛を受けたらしい。

 俺は家にいたので、パウロから聞いた話だが。


 ロキシーは他にも、村の人に依頼を受けて、魔術を使って問題を解決しているらしい。


『土を起こしていたら大きな岩が埋まっていたんだ、助けてロキシえもん!』

『まかせて、ドン○ラコー』

『なぁにその魔術?』

『これはね、岩の周囲の土を水魔術で湿らせて、土の魔術で泥にする混合魔術なんだ』

『うわっ、すごい、岩がどんどん地下に沈んでいく!』

『うーふーふー』


 そんな感じだ!(多分)


「さすが先生。人助けにも余念がありませんね」

「人助け? 違いますよ。これは小銭稼ぎです」

「金を取っていたんですか?」

「当然です」


 なんて守銭奴だ。

 と、思ったが、村の人もそれは承知だそうだ。

 村にはそういう事が出来る人がいなかったから、

 ロキシーは大絶賛されているらしい。

 ギブアンドテイクってやつか。


 俺の感覚が間違っているのだ。


 困っている人を無償で助けるのは当然。

 それは日本人の感覚だ。

 普通は金を取る。

 それが普通だ。常識だ。


 まぁ、生前の俺は引きこもってたから困ってる人を助ける所か、

 家族全員から困った奴として扱われていたがね。

 ハッハッハー。



---



 ある日、ふと聞いてみた。


「先生のことは先生ではなく師匠と呼んだほうがいいのではないでしょうか」


 すると、ロキシーはあからさまに嫌な顔をした。


「いいえ、恐らくあなたはわたしを簡単に超えてしまうので、やめたほうがいいでしょう」


 俺はロキシーを超えてしまう逸材らしい。

 評価されると照れるな。


「自分より力の劣る者を師匠と呼ぶのは嫌でしょう?」

「別に嫌じゃないですよ」

「わたしが嫌なんです。自分より優秀な人に師匠と呼ばれるなんて、生き恥じゃないですか」


 そういうものなんだろうか。


「先生は、先生の師匠より強くなっちゃったから、そう言ってるんですか?」

「いいですかルディ。

 師匠というのはですね、もう自分に教えられる事は無いと言いながらも、

 事あるごとにアレコレと口出ししてくるような厄介な存在なんです」

「でも、ロキシーはそんなことしないでしょう?」

「するかもしれません」

「もしそうなったとしても、俺は敬いますよ?」


 偉そうにドヤ顔で忠告してくるロキシー。

 きっとニコニコしてしまう。


「いいえ、わたしも弟子の才能に嫉妬したら何を口走るかわかりません」

「例えば?」

「薄汚い魔族の分際で、とか、田舎者のくせに、とか」


 言われたのか。

 可哀想に。

 差別はよくないよな。

 でも、上下関係なんてそんなもんだ。


「いいじゃないですか、威張ってれば」

「年齢が上なだけで威張ってはだめなんです!

 実力が伴わない師弟関係は不快なだけなんです!」


 断言された。

 よほど師匠との仲が悪かったらしい。


 そういうわけで、俺はロキシーを師匠とは呼ばないことにした。

 けれど、心の中では師匠と呼び続ける事に決めた。


 この幼さの残る少女は、本を読むだけでは理解しえないことを、きちんと教えてくれるのだから。

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